人の世に例えどんなことがあろうと、時間は平然と変化なく流れていく。変わるのは人の意識のみであり、時間の流れは何も変わってなどいないのに、早くも遅くも人が勝手に感じているだけだ。

八尾襲撃による痛手を癒している"鷹"は、体を休める以上にすることはなく、嵐の前の静けさと言わんばかりの遅い時間の中を過ごしていた。しかも、今は手持ち無沙汰であること以上に違う問題も抱えている。
そこで過ごしているのは水月、香燐、重吾、サスケ以上"鷹"だけでなく、カナとイギリもそれぞれの事情で留まっているのだ。これまで完全に部外者であったイギリはともかくとして、"鷹"とカナの現在の関係は非情にややこしい。

それをさして気にしていないのは、張本人であるカナと、もう一人は意外にも水月だった。さして広くない廃墟の中でよく響くのはその二人の声。

「でも実は僕、キミのことキライだったんだよね」
「えっ......」
「ハハ、そんなショック受けたような顔しないでよ」
「そ、そうなんですか......私、何か嫌な事でもしてしまって?」
「そういうわけじゃないけど。言ったろ、ホンット前のキミって何考えてんのか分かんなかったんだよね。無理矢理自分を押し込めてる感じ?それで、僕たちには何もかも隠してたんだ。苛つくのもしょうがないだろ?」
「......私、本当に面倒くさかったんですね。おかげで皆さんに聞いても自分のこと分からないし」
「そうそう。正直僕は記憶をなくした今のキミのほうが好きだね。別に無理して思い出さなくてもいいんじゃない?」
「うーん......でも、そういうワケにもいかないんです。思い出さなきゃいけない気がしてて」

以前ならありえなかった光景だが、水槽の中の水月とその前に座り込むカナが親し気に話し合っているのだ。ペラペラと何でも話す水月は、カナの目的に安く応じてくれたし、水月も満更ではないようだった。
そんな二人の会話を聞いて、苛々しているのは香燐。今にも文句を言いた気に二人を見ているが、ここ暫くずっとそうであったように、結局何も言えずじまいで唇を噛み締めている。

一人客観的に物事を見ている重吾は、そんな三人に一人ずつ目をやってから、たった今動きを見せた一人に視線を送った。
今の今までじっと目を瞑っていたサスケが立ち上がっていた。

「サスケ、どこに行くんだ?」
「外の空気を吸ってくるだけだ」

重吾がいつものように声をかけるが、サスケはさっさと出て行くだけだった。

その黒髪が見えなくなった瞬間、カナの声も途絶える。水月との会話の途中途中もカナは何度もサスケを気にしていたが、サスケ本人は気付いていたのかどうか。サスケが消えた先を見つめて動かなくなったカナを見て、水月が「どうかした?」と首を傾げる。すると、カナもすっと立ち上がった。

「私もちょっと外に行ってきます」
「......ああ、サスケ?そういえばキミたち全然話してないよね」
「あはは、避けられてるみたいで......追いかけてみますね。水月さん、ありがとう」

苦笑したカナは、そう言った途端小走りしてサスケを追いかけていった。果たしてそう簡単に話せるのかどうかは定かではないが。
銀色もこの廃墟から消えて数秒静けさが残る。水月は水槽の中で気楽そうに頭を掻いた。

「やっぱ今のカナのほうが良くない?」
「どこがだよ!!てめー水月、さっきから聞いてりゃあ好き勝手言いやがって!」
「何怒ってんのさ、香燐」

二人が消えた途端、香燐は今まで抑えてたものが噴き出したように水槽に詰め寄った。もし水月が実体化してたらいつも通り殴っていたに違いない。

「思い出さなくてもいいって、いいわけねえだろ!あんなののどこがカナなんだ!?記憶なくして今まで抱えてたもんもなくして、それで気にすんな忘れてろ、なんてよく言えるな!」
「別にそこまで言ってないし」

水月は呆れたように溜め息をつく。頭に血が上っている香燐は聞こえているのかいないのか、ガンッと力任せに水槽を叩いた。
その脳裏に甦っているのは、過去数年前、例のあの試験で一目だけ見た二人の姿。

「大体っ......サスケの気持ちはどうすんだよ!」
「サスケって。サスケなんて全然気にしてないみたいじゃん」
「そんなワケねえだろ!アイツらは......アイツらは、ずっと一緒だったんだ!それが、気にしてないわけねえだろ......!」
「......香燐、落ち着け」

重吾が座っているその場から声をかける。首を傾げている水月とは違い、重吾は一際サスケをよく見ているために香燐の言葉の意味にも気付いている。「今のサスケにそのことを言うなよ」と冷静な判断の上の言葉は香燐にも届き、赤色の頭は静かに頷いた。
しかし水月とて、何も考えていないわけではないのだ。

「まあ、僕にはよく分かんないけどさ。香燐のそれは、サスケ視点の話だろ?」
「......どういう意味だよ?」
「今のカナ自身を見てみたら、やっぱり僕は今のままでいいんじゃないかって思うね。前の、色んなモノに縛られてワケ分かんなかったカナとは違って......自然体っていうかさ。今のカナは、随分楽そうだろ」

水月の言葉に香燐は反論しようとして、しかし上手く言葉にできなかった。二人の意見の相違はただ重きを置く視点の違い。どちらも間違っているというわけではない。珍しく互いに矛を収めた二人を見て、重吾は静かな息を吐いた。
カナの記憶の喪失で入った亀裂は深い。特に、目に見える形には出さないものの、サスケにも少なからず影響を与えている───恐らく、悪い形で。

「......どうしてカナの記憶が失われたのか、お前は何も知らないのか?」

重吾が静かに言葉を向けた先は、最初から最後まで無関心を貫いていたイギリだった。相変わらず部屋の隅に居座っていたイギリもじろりと視線を返す。

「言ったはずだ。オレは何も知らない。オレだって自分の目的の手がかりを失って迷惑してるんだ」
「......カナは急にお前の前に現れたって言ったな」
「ああ。悪いが、それについても何も分からないぞ。風羽一族の集落に入り込んでいたら、突然銀色の風に包まれたカナがオレの前に落ちてきただけだ。見捨てなかっただけでもありがたく思ってほしいな」
「......お前はそこで何をしていたんだ?」

重吾は慎重にイギリの発言の不可解な場所を突く。だがイギリも同じく慎重に言葉を選び、自分の本質には触れさせようとしない。

「......ある人物の手がかりを追っていた。それだけだ」

渦木イギリ。この人物もまた、カナの記憶喪失にも並ぶ問題点のまま、まだ暫く解決しそうもなかった。



一方、現在妙木山にて蝦蟇の修行を受けているナルトには、ペイン六道のことを考えると、焦りからか時間が急速に流れているように感じられていた。しかし師である自来也から引き継いだ"諦めないド根性"の持ち主、それがナルトだ。
仙人化という尋常ではない強さを身につけるため、その修行は困難で苛酷なものではあったが、ナルトは着実に成長して新たな力を身につけつつあった。

だが、時がそう待ってはくれないのも事実。
その頃の木ノ葉は既に、ペインによる進撃を受けていた。


ーーー第五十五話 平和の形


『お互いを受け入れて......心からの笑顔を繋ぎ、そうして出来上がる......"輪"。それが、私たちの望んだものでした』

今はもうただ一人しか生き残りがいない風羽一族。その血筋は、戦乱の時代より平和を求めてきた一族として有名だった。だからこそ、ペイン───否、"長門"は一度、その末裔であるくノ一と話をしてみたかった。

犯罪組織"暁"のリーダーとして、長門がかつてからの仲間である小南と共に心底から願っているもの。それが"平和"であることは紛うことなき本心だった。例え"犯罪組織"を率いていたとしても、"争いのない世界"を望んでいることは本当だった。

そのやり方が大勢の者から支持されるものではないと知っていても。長門にとっては、このやり方こそが"正"だった。
"風羽"の答を聞いてもそれはやはり変わりそうもなかった。

「(そんなもの、ただの綺麗事だ。どうすれば互いを受け入れられる。どうすればこの痛みを忘れられる。......忘れられるわけなどない。痛みを忘れられないなら、その痛みこそを抑止力にすればいいのだ)」

木ノ葉からさほど離れていない塔、その暗闇の中で一人、長門は呟いていた。
長門の痛みの象徴である"天道・弥彦"、彼の口を以て。


"ここより、世界に痛みを"───。



時間はどんな時であっても平等に過ぎていく。だがこの数時間は、木ノ葉にとって痛ましいくらい長いものとなった。

始まりはどこからともなく空に上がった煙。あちこちで爆破音が響き始まり、その寸前までの平和は轟音に掻き消された。誰も彼もが上空を見上げて、まず初めにすることはといえば大口を開けることだった。
それほどまでにこの里はその寸前まで、長きに渡り安寧だったのだ。戦に、痛みに慣れていなかった。

里中から涙声が上がり始めるのは遅くなかった。忍たちは全員が勇ましく襲い来た敵に立ち向かった、それでも被害はどんどん広がるばかりだった。非戦闘員を避難させようにも、その前に忍たちの数がどんどん減っていく。避難できないうちに、多くの人々がその命を落としていく。

それはある意味、ペイン六道の掲げる"平和の紡ぎ方"に、これまで木ノ葉が繋げていた"平和"が敗北しつつあるということだった。もしこの襲撃者がただの破壊者であったなら、木ノ葉がこれほどまでに打ちひしがれることはなかったかもしれない。

ペインは、"悪"ではない。ただ、違った立場からの"正義"であったから。
この争いは、"正義"を決めるためのものでも、"悪"を倒すためのものでもなかったから。


だからこそ───ナルトは今までにない苦悩を味わうことになった。


里は壊滅状態に陥っていた。木ノ葉はたった一つの凄まじい術によって、まるで里の中心部から津波が起こったかのように、全てがなぎ倒されていた。初代火影の時代から積み上げられてきた木ノ葉の平和は、たった一人の"痛み"によって破壊された。たった一人が生み出した破壊は、またその何十倍もの"痛み"を生み出していた。

そうして師を、仲間を、殺された。その破壊者が今、ナルトの目の前にいた。

妙木山から木ノ葉へ口寄せされ、途端に目の当たりにしたその惨状を前に、ナルトの中には確かに憎しみが生まれていた。大切なものを壊していった目前の敵が許せなかった。
だが一方で、ナルトは悟ってしまったのだ。

ただ敵を倒せばいいだけじゃない。がむしゃらに自分の意志を貫き通せばいいだけじゃない。そんなことを考え無しにできた"子供時代"は過ぎ去ったのだ。この選択は間違いなく、"次の平和"がどうなるかに直結する。

その一方で長門もまた、これからナルトが紡ぎだす選択を待っていた。
これこそが、"予言の子たち"の宿命だったのかもしれない。



ペイン六道は既にその機能をなくした。派手な戦闘は終焉を迎え、残ったのはただ静けさだった。
長門の目前には今、たった一人でやって来たナルトがいる。もうここにあるのは暴力で何もかもを決める争いじゃなかった。

「オレの話を聞かせてやった。答を聞こう」

同じ師を持ったのにも関わらず、どうしてこうも道を違えてしまったのか。ナルトが求めたその理由に応え、長門は端折ることも省略することもなく、その全てを提示してやり、その上で問いかけた。
昔は確かに長門も同じだったのだ。ナルトと同じく師の意志を継ぎ、人を傷つけなくても殺さなくても力に訴えなくても、いつか本当の平和がやってくると、そう信じていれば必ず届くと、そう思っていた。
だが、その思いを折るだけの"痛み"を知ってしまった。だから───

ナルトはゆっくりと瞼を閉じていた。

「アンタたちのことは理解した。......それでも、やっぱり......お前らは許せねえ。やっぱり、憎い」
「......なら決着をつけるか」
「でも」

長門、そして小南もぴくりと反応する。

「エロ仙人は、オレのことを信じて託してくれた。ならオレは、エロ仙人の信じたことを信じてみる」

自来也が言っていたこと。
この忍の世に蔓延る憎しみをどうにかしたいと言っていたこと。それでも答が見つからないと言っていたこと。けれど、もし自分がそれに辿り着けなかったのなら、"ナルトを信じて答を託す"と言ってくれたこと。

「それが、オレの答だ。だからお前たちは殺さねえ」

憎悪が無いとは言えない、憎しみに身を任せたくないとも言えない、それでも。ナルトの脳裏に残る自来也の自分を信頼してくれた笑顔こそが、今のナルトが最もなくしたくないものだった、だから。

「......自来也先生が信じたことを信じてみる、か。なるほど......で?オレたちに、お前が世界を平和にするのを待てとでもいうのか?」
「......」
「ふざけるな!!今更自来也の言ったことなど信じられるか!本当の平和などありはしないのだ。オレたちが呪われた世界に生きている限り、そんなもの、ありはしない!!」

この忍の世のシステム。正義と称された破壊が憎悪を生み、その憎悪がまた次なる正義となって破壊に繋がり、そうして循環していく救いの無い仕組み。それこそが忍を取り巻く呪われた世界であると、ナルトもこれまで何度か聞いた。
長門が言っていることは戯れ言ではない。
それは、今ナルトがその懐から取り出した本にも描かれたものだった。

「"なら......"」

それは、物書きの師が最初に書いた物語。

「"なら、オレがその呪いを解いてやる。平和ってのがあるなら、オレがそれを掴みとってやる。オレは諦めねえ!"」

それは、かつて長門自身が師に断言した言葉。

目を見開いた長門の脳裏にもまた、さっとその時の光景が甦っていた。今の今まで失っていた、かつて平和を求めた自分自身が導きだした答、その全て。
師が悩んでいるというその問題に、一つの光明をもたらしたのは長門自身だった。
平和を掴みとるにはどうすればいいのか。その方法よりも大切なのは、自分が信じた平和を信じることだと、そう言い切ったのは紛れもなく、長門自身だったのに。

「お前......それは。その、セリフは」
「そうだってばよ。今のは全部、この本の中のセリフだ。エロ仙人が書いた、最初の本だ。エロ仙人はこの本で、本気で世界を変えようとしてた」

弟子であった長門から受け取った言葉を、その本に。その本を以て、世界へ、平和へ、この忍の世へ。
もうそれは十数年は前の話になる。自来也のそうした希望は叶ったとは言えなかっただろう。忍の世はまだ変わっていない。相変わらず憎しみや恨みがあちらこちらで立ち上るがまま。

けれど、それでも、影響はゼロではなかった。

「そして......この本の主人公の名前。それが、」

自来也の書いたその物語を読んで、先のセリフを言った主人公を目指した者はいた。
その主人公に希望を持った男はいた。


「"ナルト"だ!」


波風ミナト。四代目火影は、そうして息子に名をつけたのだ。いつか、息子がこの主人公のようになるように。

「自分を信じられなくなっちまったら......主人公が変わっちまったら、別の物語になっちまう。師匠の残した本と、別の本になっちまう......それじゃあ"ナルト"じゃねえ」

だから諦めない。師の意志を継ぐことを、平和を、変化を、諦めない。

「オレは師匠みたいに本は書けねえ。だから、続編はオレ自身の歩く生き様だ。どんなに痛ェことがあっても歩いてく......それが、"ナルト"だ!!」

いずれ火影になって、雨隠れも平和にしてみせる。だからオレを信じてくれと、そう言うナルトの真っ向からの瞳の光が長門に届いていた。

きっとその方法はまだ分からないのだろう。それでも、信じることこそを大切にしたいのだろう。それは、いつか長門が自来也に言ったことと同じように。
だからこそ長門はもう、ナルトの思いが分かってしまった。分かり合えてしまった。
否定することは、いつのまにか叶わなくなっていた。

「......お前は、不思議なヤツだ。昔のオレを思い出させる......」

そう思った時、長門の口角は自然と上がっていた。

ナルトは目を丸める。振り返った小南も、ハッとしていた。長門自身も自分が笑っていることに気付いた時、自然とその脳裏に思い返した声があった。

『お互いを受け入れて......心からの笑顔を繋ぎ、そうして出来上がる......"輪"』

平和を求めた銀色の一族もまた、そこに至る方法のほうは重要視していなかったのかもしれない。その末裔が口にした"平和の形"は結果論でしかなかった。だからあの時の長門には、ただの綺麗事としか思えなかった。けれど今ナルトと対話して、信じることこそが大切だったことを思い出すと、もうあの言葉も否定しようがなくなっていた。

「......うずまきナルト」

長門はその顔のまま言う。顔を上げた今のナルトには戸惑いのほうが大きいようだった。

「世界が平和になった時。人々はなにをしてるとお前は思う?」

唐突な問いかけは、しかしナルトにとって、それほど難しいものではなかった。ただ思い出せばいい。ナルトにとって、平和だった時のことを。
数年前の姿が思い描かれる。自分がいて、サクラやカカシがいて、そしてサスケやカナもまだいた頃。その頃、自分は。いや、自分だけじゃない、みんなが。


「みんな......笑ってる」


今のナルトもまた、緩く口に弧を描いてそう言った。幸せな平和を思うと真っ先に浮かぶ笑顔は、きっと誰しも同じだから。
そうして笑顔は笑顔を呼び、繋いでいくのだ。笑顔が巻き起こす幸せを繋いで、平和を作り上げていく。それはいつか輪になるのだろう。誰もが互いの幸せを受け入れ合う、そんな輪へ。

ゆったりと瞼を閉じた長門に、もう思い残すことはなかった。

「お前は、オレと違った道を歩く未来を予感させてくれる。お前を信じてみよう......うずまきナルト」




二人の"予言の子"が交わり、この忍の世に変革をもたらす、その第一歩がこの戦いだった。苦しみや痛み、そして憎しみが至るところで蔓延っているこの世界を、いずれ別のものへと変えるために。

兄弟子は弟弟子へ、その先を託し、この世から去った。
その先こそが辛く困難な道になるだろう。これからも何度も何度も辛苦が降り掛かってくるだろう。それでも、ナルトは決してその足を止めないだろう。ナルトが"ナルト"であるために。

ほんの数年前までは、ただのイタズラ小僧だった少年だ。周囲から疎まれ、周囲を疎んでいた少年は、ちっぽけな存在だった。けれど、今は違う。

この世界を変える大きな希望の光として。そして多くの人々から感謝される、"里の英雄"として。
誰よりもその存在を認められ、ナルトは未来の平和のために、これからも歩み続けるだろう。



次の困難はもう既に迫って来ようとしていた。
"暁"であるサスケに怒りを燃やした雷影が、今、五影会談召集を決定する。


 
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