あの日見た銀色は、いつまでも色褪せることがない。

物心がついてから一年か二年、恐らくたったそれくらいしか経っていない頃だった。一族の集落には同年代の子供がおらず、遊び相手といえば五歳離れている大好きな兄だけだった。両親や兄に連れられて行く以外には一人で遠出もできないし、しようとも思えないほどの幼さしかなかった。そのため、あの頃のオレの世界とは、一族の集落の内部、ただそれだけでしかなかった。

黒、黒、黒。家の前の通りを黒い人々が歩いていく。そんな、当たり前の日常。
兄がアカデミーに行ってしまっていないと、途端にオレは暇になった。父は仕事をしているし、母は家事で忙しい。誰も構ってくれる人がいない。
黒、黒、黒。自分もそうだし、兄もそう。いつも通り黒髪の人々が行き交っている。それを二階の自分の部屋の窓から、ぼうっと眺めていた。

変化を求めていたわけではないと思う。ただ、退屈していたのは事実かもしれない。何せあの頃は、日がな一日、兄の帰りを待つことしかできなかったのだから。
それは唐突に、訪れた。

銀色だった。
柔らかそうな銀色が、風に揺れていた。

それに気付いた時、ハッとしたというよりは、呆然とその色を見つめていた。黒とはかけ離れた、輝きの色。
オレと同じくらいの子供だということに気付くのは遅くなかった。それをじっと見ているうちに、目が合った気がした。銀色から覗いた瞳の視線を感じた。その色はゆっくり近づいてくる。

よくよく見てみれば、銀色の前に、見たことのある人が歩いていた。どう考えてもそちらのほうが視線を奪うだろうに、オレはよっぽどその銀色に惹かれていたのだろう。慌ててその第一の人物を見つめて、ハッと気がついた。
それは里長だったのだ。
いくら自分の世界が集落の中だけだったといっても、その事に気付かないほどではなかった。

「(ほ、火影様!?なんで!)」

里の隅にあるうちはの集落に、里で一番偉い人物がわざわざ。それも、子供を連れて。

驚いているうちに、二つの人影はどんどんこちらへ近づいてくる。思わず窓から身を乗り出していると、次第に二人は我が家を目指しているのだと気付いた。何で、どうしてと疑念が膨らむばかりの中で、また、その銀色の視線を感じた。

オレと同じくらいの背丈。大きな瞳はあまり元気そうではなかった。三代目の服の端をしっかりと摘み、従順に三代目についていきながらも、その視線をオレに向けていた。

三代目とその子供はやがてオレの視界から消えた。家の玄関に入っていったのだ。追うように父の声が階下から聴こえて、ぱっと身が跳ねた。父の声。驚き、困惑し、警戒している、声。

三代目と話している。父と三代目の声ばかりが行き交っている。
少女の声は聴こえない。

だけど、絶対、下にいる。

そう思った途端、何かに引っ張られるように、部屋を出ていた。階段を降りる手前で少し躊躇をしたけれど、それでも抑えきれず、トントンと下へ向かっていった。不思議と心臓の音が大きくなっていくのを感じながら。

「まさか、そんな......あの一族の、子供ですか。みな死んだと聞きましたが」
「うむ......わしらも驚いた。だがこの子は確かに唯一の生き残りでの」
「......詳しい話をお聞きしましょう。どうぞ中へ」
「済まぬな。それと、この子にもあまり聞かせたくないのじゃが」

玄関のほうへ曲がる一歩手前の角に辿り着いた時、ちょうど父と三代目の話に一区切りがついたところだった。思わず足を止めて、影からそっと様子を伺った。
父親と、三代目。そしてやはり、三代目の影に隠れるようにして、銀色の少女が顔を覗かせている。

「(......なんだ、あいつ)」
「サスケ」
「!!」

バレた。父がこちらを見ずにオレの名を呼んだ。ぴくりと反応したのはオレだけじゃなく、銀色も目を瞬いて、ゆっくりとこちらを見た。

「この子と暫く一緒にいなさい。オレはこれから三代目とお話をする」

有無を言わせない厳格な声に、オレはいつも口答えできない。観念して影から出て、おずおずと玄関に向かった。銀色の視線をひしひしと感じて、それが少し居心地悪くて、目を合わせることはできなかった。
妙な沈黙が落ちたが、それを破ったのは三代目の朗らかな笑い声。

「そう緊張せんでくれ、サスケ。この子はお前とそう年も変わらんよ。初めての場所でまだ慣れていないから、優しく接してやってくれるか」
「......はい」
「では、三代目。こちらへ」
「うむ」

そうして大人二人は廊下の奥へと歩いていった。客間に案内するのだろうと現実逃避をしたがっている頭で考えていた。その時、オレは味わった事のない緊張感に駆られていたのだ。父と話す時に感じるような重たいものではなかったが、どことなく身動きが取りづらく感じるような、そんなじんわりとした緊張。

銀色はその場に留まっている。玄関に取り残され、二人。

「......お前」
「!」

ぴくりと背後で揺れた気配が伝わった。ようやくそうっと振り返って、再三、目を合わせた。銀色から覗く瞳は、どことなく暗いくせに真っ直ぐこちらを映していて、居心地が悪くなるほどだった。
けど、嫌な感覚ではないと、幼いながらに感じていた。

「何歳?」
「え......えっと」

初めて聴く声は、たどたどしく、おずおずと喋った。

「四」
「ほんとだ、オレとおんなじ。......お前、何しに来たんだ?それも火影様と」
「......なにしに?」
「うん」
「あなたは、ウチハの、ヒト?」
「?......そうだけど」

言いにくそうに、うちは、と言う。木ノ葉隠れで一、二を争うほど有名なはずの名前を。
オレが答えてやると、少女は躊躇するように視線を泳がせた。オレは未だにその正体を量りかねていた。三代目火影という、里のトップが連れて来たこの子供が、何者なのか。どう接すればいいのか。

「......あの。あのね、私。仲良くしなさいって、言われたの」

小さい声。オレはじっと言葉を待った。

「ウチハのヒトたちと、仲良くしなさいって。ウチハがなんなのか、私にはよく分からなかったんだけど、言われたから頑張らなきゃって......それで、ここに」
「......ふうん」

何でとか、誰にとか、そんな色々踏み入ったことを考えられるほど、大人でもなかった。というより、ただの子供だったのだ。少女の言葉がなんだか気に入らなくて、その相づちは刺々しさも含んでいた。

「よく分かりもしないヤツと、仲良くなるために頑張んのか?」
「!」
「オレはうちはだけど、そんなのはイヤだね。オレまだ子供だけどさ、仲良くしたいヤツくらいは、もう自分で決めれるぜ」
「......仲良く、したいヒト」

目を瞬いた少女は、ぽつりとオレの言葉を繰り返した。その瞳がオレを映していた。大きな瞳には、オレがくっきりと映っていた。
得意げに笑っているオレが、映っていた。


「オレは自分で決めるよ。お前と仲良くしたいって」


特別な理由があったとは思えない。目新しい銀色が目を惹いて、物珍しさからの発言だったかもしれない。
だけど理由が何であったとしても、そのおかげでオレはその時、それを初めて見ることができた。

笑顔。はじけるようなものでも、咲くようなものでもない。柔らかい、ふわりとした笑顔。
少女はとても、嬉しそうに笑っていた。


「ありがとう......」


父さんはそもそもあんまり笑わないけど、兄さんとも母さんとも違う。今までとは違う、いつも通りとは違う、初めての。
少女は日常を壊すのでもなく、侵食するのでもなく、薄い雲が青い空に馴染んでいくように、ふわりと日々に染み込んだ。


ーーー第五十二話 泡沫に消ゆ


「オレはサスケ。うちはサスケ。お前は?」

縁側に座り、家の庭を見ながら切り出すと、少女も小さな声で名乗った。名前よりも一族名のほうを限りなくか細い声で口にしていた。それが何故なのか知らなかったが、何も知らず大した反応を示さなかったからこそ、少女はホッとしたようだった。瞳に少し明るさが戻ったような気がした。

「お前、どこに住んでるんだ?」
「おじい......三代目様の家に、一緒に住まわせてもらってるの」
「火影様の家ってどこ?」
「えっとね、ここからだと......」

立ち入った話を聞くことも思いつかなかったし、少女も自分から何かを言うことはなかった。最初はオレが質問して、少女がそれに答える、そのやり取りが何度も何度も繰り返された。初めの一度きりだったかと思われた少女の笑顔も、次第に話の合間合間に微笑むようになって、それが子供ながらになんとなく嬉しかった。
好きな食べ物は?普段何してる?何か面白い遊び知ってる?兄妹っている?

「オレには、兄さんがいるんだ」

空が次第に赤くなり始めたのも気にせず、オレはずっと話し続けていた。

「お兄さん?」
「うん。今は忍者アカデミーに通ってて、まだ帰ってないけど、兄さんはすごいんだ。父さんからもいっぱい期待されてるし、アカデミーの先生にもいっぱい褒めてもらってるらしいし、飛び級ってのも期待されてるんだぜ」
「忍者アカデミー......お兄さん、すごいんだ。サスケくんも忍者になるの?」
「サスケでいいって。もちろん、オレだって、もう少し大きくなったらアカデミーに入るよ。それで、兄さんに追いついて、いつか兄さんと一緒に任務したりするんだ!兄さんはさ、強いだけじゃなくて、すっごく優しくてさ、」

兄の話ならどれだけでも話し続けられて、夕日の赤に染められながら、延々と語っていた。少女はそれを興味津々で、それでいて時たま羨ましそうに目を細めながら聞いていた。

兄のすごさを語るには自分の失敗談も混ぜ込まなければならなくて、自分がバカしたエピソードを話してみると、少女は実におかしそうに笑った。その笑い方は最初のふわふわしたものではなくて、抑えきれず吹き出したみたいなものだった。

「あはははははっ!」
「なっお前、笑い過ぎだ!オレは別にオレを笑ってほしかったわけじゃなくて、兄さんがすごかったって話をだな!」
「う、うんっ......お兄さん、すごいんだっ.......あははははっ、」
「笑ってるだけじゃんか!」

目に涙を浮かべるほど笑っていた少女を、馬鹿にされたように思って怒ったが、その少女の笑い声はどこか、解放感をも含んでいることを感じていた。ずっと心を縛り付けていた重いものがやっと振り払えたというように、目から涙を落として、頬に一筋流れても、まだ笑っていた。
そこに悲しい色を含んでいたことまでには、気付けなかった。むすっとしたオレは子供っぽく口を尖らせてそっぽを向いていた。

「......これは、これは」

その時笑い声に混じって聴こえたのは、老爺の声。ぱっと振り向いたのはオレも少女も同時で、少女の笑い声はハッとしたように止まった。
三代目は僅かに驚いたように目を丸めていたが、すぐに優し気に目を細めた。

「随分、楽しそうじゃな。良かったのう」
「......うん」

応えた少女は、涙を拭いて、子供らしくない微笑みを浮かべた。

「サスケくん......サスケがね、たくさんお話をしてくれたの」
「そうかそうか、良い友達ができたな。サスケ、ありがとうの。わしの言った通り優しくしてくれたようじゃな」
「ま、まあ......オレも、楽しかったし。......笑われたけど」

少し拗ねたように言ってみると、少女は慌てて謝った。暫くそっぽを向いていたが、そのあまりの慌てようにはおかしくなって、オレも笑っていた。
三代目はオレたちを微笑ましそうに見ていて、その後ろに現れた父親も満更でもなさそうな気がした。結局二人が何を話し合ったのかは知らないが、悪い対談ではなかったことは分かった。父親が少女を見る目は、ただの子供を見るような目ではなかったことも。

その時、玄関のドアががらりと開く音が聴こえて、オレはぱっと反応していた。続いて、「ただいま」という声も耳に届いた。

「兄さんが帰ってきた!おい来いよ、兄さん紹介してやる!」
「う、うん!」

大好きな兄の声。さっきまで兄のことを話していたこともあり、オレは迷わず少女の手を取っていた。無理矢理引っ張って玄関へ向かい、ちょうど靴を脱いでいた兄の、驚いたような顔に、いつも通り飛びついていた。
オレと少女とを見比べて戸惑っていた兄、初対面の人物を前に躊躇っていた少女、そんな二人を見て笑っていたオレ。背後から三代目と父親が現れるのにも気にせず、オレは得意気に両方に両方を紹介していた。


その日から、それまでとは少し違う、新たな日々が始まった。


「こんにちは!」
「こんにちは、いらっしゃい。火影様、いつもご苦労様です」
「いや。いつも預かってもらってすまぬな」
「いいえ、お気になさらず。サスケも嬉しいみたいですから」

アカデミーに兄が行ってしまった後は、家でじっとその帰りを待つしかなかったところに、たまに少女が現れるようになった。三代目は仕事の合間合間、仕事の手を休めた時には必ず少女を連れてくるようにしたらしかった。母がいつも二人を出迎え、また仕事に戻る三代目を見送る。そこに何の意味があったのかなど知らず、オレはただ遊び相手が来てくれることが嬉しかった。

「サスケ、ミコトさんのゴハンっておいしいね」
「当たり前だろ、オレの母さんなんだから」

初めは遠慮気味だった少女も、徐々に明るくなり、次第に自分からも話題を振るようになった。たまに話題が切れた時に少女はどこか遠くを見るような、オレには触れられそうもないような表情をしていて、それが嫌で話しかけると、少女は嬉しそうに微笑んだ。

「兄さん、おかえり!」
「おかえりなさい、イタチお兄ちゃん!」
「ただいま、二人とも」

アカデミーが休みの日や早く終わる日だと、兄と三人で遊ぶようになった。少女も兄を兄と慕うようになり、冗談半分、兄を取りあうようなこともあった。一緒に森に行った時には、兄が見せてくれる技の数々に共に驚き、憧れた。
忍者への憧憬は、兄が作ってくれたようなものだった。

「すごい......!お兄ちゃん、忍者ってみんなそんなことができるの?」
「バカ、違うだろ!兄さんだからできるんだよ」
「ハハ、どうかな。人には得意不得意ってのがあるから。オレはたまたま手裏剣術が得意だけど、世界には色んな人がいるさ」
「オレは兄さんと同じことをできるようになる!だから練習したいし、手裏剣貸してよ兄さん!」
「私もやってみたい!」
「お前たちにはまだ早いよ。もう少し大きくなってからな」

兄は心から優しい人だったから、少女にもまるで本当の兄妹のように温かく接していた。次第にそれがなんとなく気に入らなくなったが、何故そう思うのかはよく分からず、一方で楽しかったことは確かだった。
それから、ケンカをする相手というのも初めて見つけた。

「おー、お前がサスケとかいうガキかい。めっちゃチビやな」
「はあ?なんだよお前!鳥のお前のほうがチビだろ!」
「おうおう、対抗してみるか?いいでェ別に、何を隠そう、オレ様はお前とは違って変化の術ってのができんねんからな!」
「なっそんなのセコいだろ!!おい、なんだよコイツ!」
「え、えっと、私のお友達で......」
「コラサスケ、口が悪いぞ」
「だって!!」


平穏な日々はゆっくりとだが確実に過ぎていき、オレも少女も大きくなっていった。
初めは三代目と一緒でなければ来れなかった少女も、いつの日か一人で来るようになった。その頃には保護者なしでも出歩けるようにもなり、たまに二人で冒険と称し、集落外にも出てみるようになった。そこで少女の酷すぎる方向感覚の無さなども知り、その事を種に笑ったりもした。里の町にはどんな店があるのか、兄の通うアカデミーはどこにあるのか、知ることも増え、とにかく、成長していった。

その頃、一つだけ少女に違和感を覚えたことがあった。それまでは時折暗い顔をしていたはずが、一切それをしなくなり、常に前を見るようになっていたのだ。

「最近、何か良いことでもあったのか?」
「え?なんで?」
「いや......少し変わった気がする」
「うーん......あっ。うん、良いこと、あったな」
「何だよ?」
「あのね、元気を貰えたの。前を向いて頑張ろうって、そんな気持ち」

少女は結局抽象的に言うだけではっきり言わなかった。恐らくその時が、あの金髪の"ヒーロー"を見つけた時だったのだろう。

それから少女も「忍者になりたい」と言い出すようになった。兄の技には元から憧れていたが、忍者になりたい、と言ったのはその頃が初めてだっただろう。オレも当然ずっと忍になりたかったから、そんな話題でも意気投合するようになった。兄に色々術をせがんで困らせたものだ。

「兄さん、やっぱり飛び級して卒業試験を受けるって」
「え!すごいね、さすがお兄ちゃん!きっと合格でしょ?」
「ああ、絶対すぐに額当て持って帰ってくる!オレたちも、もうすぐアカデミー生だ。頑張らなきゃ」
「......アカデミー」
「入るだろ?」

里の子供は一定の年齢に達すればみんな忍者学校に通えるようになる。だからこそ当然だと思って聞けば、しかし、少女は俯いて目尻を落としていた。

「まだ分からないの」
「え、何で?」
「私は行きたいんだけど。そう言っても、おじいちゃんがいい返事をしてくれなくて......相談役のお二人がどうのこうのとか、危ないかもしれないとかで」
「何だそれ。何が危ないんだ?」
「うん......」

その頃は知りようもなかったが、少女の体に流れる特殊な血のせいだったんだろう。チャクラ無しに風を操れる能力は、里外に出て他国の忍と交戦すれば知られてしまうかもしれない。そうなれば狙われる原因になる。おまけに、少女の中に住まう強大な力もあった。忍になれば何があるか分からないのだ。

「よく分からないけど、説得してみろよ。お前も忍者になりたいんだろ?」
「......うん」
「危ないっていうなら、強くなればいいんだ。兄さんみたいに」
「うん。......そうだね、言ってみる。それに、一緒に学校に行きたいもんね、サスケと」

そう言って少女は力強く笑った。言われた言葉には照れくさかったが、純粋に嬉しかった。

その頃には、少女と出会って二年以上の月日が経とうとしていた。ほぼ毎日のように会い遊び笑い合い、既に一緒にいることが当然のように思えていた。楽しかった。知らず知らずのうちに、大切な日々になっていた。

父とも母とも、兄とも違う存在が、少女だった。少女とする話は両親や兄とする話とはどこか違ったし、少女には話せないこともあったと同時に、少女にしか話せないこともあった。その笑顔を見るのが好きで、たまに口ずさむ歌が好きで、一緒にいることが好きだった。

それまでは、ただ好きだという、それだけの感情だった。

結局、アカデミーを一緒に入学することはできなかったが、編入という形で同じ時期に通うことができた。
やはり、一緒にいた。
家族の様子、一族内部の様子が何かおかしくなって、その事を色々相談したりもした。
やはり、一緒にいた。

そして、事が起こった日。兄が嘘という名の幻術をつきつけた時も。

ただ、
白い病室で目が覚めた時は、一人だった。医者も看護士もおらず、静かな部屋に一人だった。
ぼやっと目が覚めて、ひっそりとベッドから抜け出し、ひたひたと病院の廊下を歩き、誰にも遭遇せずに病院の外に出た時、ぶわりと風に吹かれた。

向かった先は生まれてからずっと過ごしてきた場所だった。だが、そこにも誰もいなかった。
誰も。


初めて、孤独を知った。


次に目が覚めた時、また病室に"独り"だった。
集落で気絶した後、誰かが見つけて運んできたのだろう。枕元には病院食が置いてあったが、食べる気にはならなかった。

ぼやっとした感覚のまま、学校に行く気にもなれず、看護士と話す気にもなれず、無意味に数日を起きて過ごしていた。寝る気にすらなれなかった。

憎しみと、そして孤独とに、頭を支配されていた。

誰も、名前を呼んでくれない。呼んでくれる人がいない。
こんなにも心が悲鳴を上げているのに。

それに気付いてくれる人が、どこにも............?


「サスケ!!」


いた。
少女だった。瞳に涙をいっぱいに溜めた少女は、オレと同じ病院服を身にまとい、病室に飛び込んできた。咄嗟に反応しきれなかったオレの顔を覗き込んできた。カラカラになった喉で、なんとかその名を呼んだ。途端に涙を流した少女を、呆然と見つめていた。

いた。まだ、いてくれたのだと、オレはその時、やっと思い出せた。

「私が、いるから......!ずっと、そばに、いるから......!!」

他の何にも反応できなかった心が、やっと揺れ動いたのを感じた。

「ほんと、か......?」

目の前の少女と同じように目を潤ませ、

「どこにも、行かないか......!?」
「行かないよ......ずっと、ずっと......!」

そしてオレはその時、やっと知った。少女はオレと出会う前から、孤独を知る者だったのだと。


「「一緒に、生きよう」」


出会った時からたまに見せていた、遠くを見るような暗い表情、あれは孤独によるものだった。少女はそれをずっと隠していたし、あんな事件がなければ、オレにもずっと打ち明けようとしなかったかもしれない。

「......あのね、サスケ。私の一族は......」

色々なことが落ち着いて数日後、少女はやっとオレに切り出した。もっと幼い頃に味わった絶望や孤独をやっと。初めは堪えていた涙も、徐々に抑えきれず、嗚咽を零しながらの話になっていった。
他に誰もいない場所で、二人。オレはただ少女の震える手を握っておくことしかできなかった。しなかった。慰めの言葉なんてこの孤独には染みないと、知っていたからだ。

ただオレは一言、こう言った。今のお前がいるから、今のオレがいるんだよと。

オレたちは二人とも、同じ痛みを抱えるものとなった。
ただの依存と言われればそれまでだ。
それでもオレたちは、お互いだからこそ、心からの安らぎを得られるようになった。


やはりそれからも、一緒にいた。


それからもずっと。事件の後からも、下忍になってからも、里を出る決意をしてからも。


『『一緒に、生きよう』』


あの約束に縋り付くかのように、ずっと。





四人がかりでかかっても、それ以上に"八尾の人柱力"の強さは凄まじかった。人並み外れた身体能力、パワー。八本もの刃を自由自在に操る刀さばきは、写輪眼を以てしても見切りきれず、そして何より、"人柱力"。

"鷹"は互いに庇い合いつつ挑んだ。メインはサスケであったとはいえ、サスケだけでは確実に打ち負けていた。水月の"水化の術"、重吾の仙人化、そして回復役としての香燐。だが香燐だけでは間に合わず、重吾もまたサスケに同化することによってその傷を手当てした。

つまり、レベルの差は歴然としていた。
全忍界、また歴史上で最も"尾獣"をコントロールできた人物、それがこの人柱力だったのだ。

人間としての姿を消し、八尾の完全体が出てきた時点で、"鷹"は既にボロボロだった。サスケと香燐は息切れが絶えずチャクラ切れ寸前、重吾はサスケに力を分け与えたことによって子供化し、水月は八尾の攻撃をまともに受けたことで"水化"が解けかかっていた。

「水月がこんなに......クソ!」

水上。香燐が悪態をつき、必死の形相でサスケを振り返った。

「逃げ切れないぞ、どうすんだよ!?」

その声を受けながら、サスケは順々に"鷹"のメンバーを見ていた。いつも噛み合っていないはずのこのメンバーが、この戦いでは誰も彼もが協力し合い、互いを見て動いていた。個人個人のためじゃなく、助け合って。
この感覚を、サスケは知っていた。今だからこそ鮮明に思い出せた。


第七班を。

仲間を。


助けたいと思う気持ちを。



「(天照!!)」



黒炎が燃え上がった。狙うは八尾の巨体、視線からは逃れられない。
どう足掻いても消せない炎が"天照"。唸り声を上げて無差別に暴れだした八尾だったが、あの巨体だとそれだけでも脅威。万華鏡写輪眼の反動で動けなくなったサスケをなんとか香燐が助けたが、逆にその香燐が狙われる。

一つ目の尾は、サスケが間一髪で切断した。切断箇所が水に沈んでいく。
だが二本目の尾には間に合わず、更に悪いことには、黒炎付きの攻撃を喰らっていた。

「香燐!!」
「...!香燐はもうだめだ!オレたちは巻き添えを食う前にここを一旦離れるぞ!」
「待て重吾!」


仲間。


サスケの万華鏡がまたもや姿を現す。右目が力を発動し、香燐の黒炎に焦点を当てた。すると、みるみるうちに消えていく。その途端目に痛みが襲ったが、とにもかくにも香燐は助かった。
そして、"殺さずに連れてくる"とマダラと約束している、八尾にも。

黒炎を消した後、残ったのは全身火傷だらけのキラービーだった。
重吾が香燐と水月を、サスケが八尾を担ぎ、退却をする。その際 雲隠れの忍に見られていたことには気付かず、"鷹"は移動を始めた。





「マダラとの合流地点に行く前に、どこかで休憩したほうがよくないか」
「......いや。もし八尾に起きられでもしたら厄介だ」

重吾のセリフになんとか返したものの、サスケの状態は確かに酷かった。重吾が回復させたとはいえ、一度は首と胸の部分がえぐり取られた。そのダメージが残っていても不思議ではないし、それに時折、目が痛む。
それでもサスケはなんとか気力で保ってる状態だ。

「......だが、合流地点もまだ先だ。もしこの状態で別の忍にでも遭遇すれば」

今は水月と香燐も動けない。重吾にもそう体力はない。可能性は低いかもしれないが、最悪の場合というのがある。
しかし、サスケは無言だった。というより、話す気力すらもうないのだろう。サスケを助けるために共にいる重吾は眉をひそめる。だが、サスケの歩み方に口が出せないのも事実。重吾はそっと目を伏せた。

「もし、カナがいたなら......もっと」
「......」

過去、重吾は手合わせをした身として知っている。カナは性格に似合わず戦闘タイプで、そして実力者であると。だがそのカナは今いない。

「......カナは今、マダラの仲間が捜してる。見つけたら報告すると言っていた」

サスケはやっとの思いで口にした。疲労で霞む視界に、銀色が映っていた。

それは、何故か随分幼い姿だった。
初めて会った頃の記憶が甦ってきているようだ。
初対面では大人しかった少女は、話す回数を重ねるごとに笑顔が増え、笑い声を咲かせていた。
最初はそれを見るのがただ好きだった。一緒にいて、話し、遊び、笑い合うのが好きだった。
それがただ好きだという感情ではなくなったのは、あの約束の日だった。


『『一緒に、生きよう』』


あの日から、少女はただの友達ではなくなった。ずっとそばにいたいと思う、大切な人となった。一緒にいることに、とても安心するようになった。
少女もそう思っているだろうと、自惚れではなく感じていた。だからこそ、ずっとそばにいた。そばにいたいと言ってくれた。里を抜けてでさえ、未来も含めてずっとそばにいようとしてくれた。

互いにこの感情を吐露することはなかった。
その必要にも駆られなかったから。

ただ、そばにいるだけ。

......それだけで、よかったのだ。



「──────サスケ!!」



重吾の怒鳴り声を聞き、そして自分自身でも過敏に感じ取り、サスケはその場からザッと跳び退っていた。

その直後、先ほどまでいた場所にクナイが刺さっていた。更にそこに貼られた起爆札。


ドカン___!!


派手な音が鳴り響き、草陰に隠れたサスケと重吾はそれぞれ身を伏せた。土煙がもうもうと舞う。木々が爆風に揺らされ、暫くざわめきが収まらなかった。

「サスケ、無事か!?」
「ああ......くっ」

草陰から身を現し互いの無事を確認し合ったものの、サスケはすぐに膝をついていた。抱えていた八尾がどさりと落ちる。「サスケ!」と重吾がは焦るが、この状況───周囲には二人の他に誰もいない。だが重吾が先ほど示唆した、最悪の状況が迫っているのだ。
一呼吸置き、問題ない、と強がったサスケは、ギンと写輪眼を発動した。チャクラを見る目を前に、逃避は許されない。

「そこにいるのは分かっている......二人だな。出て来い」

木々のざわめきが増した。風が嫌に吹いていた。
サスケの声から一拍、二拍。出て来ないかに思われた相手だったが、ただ一人、サスケと重吾の前にはっきりと姿を現した。

その人物は、黒いコートを羽織り、フードを目深に被っていた。華奢であることは分かるが、それ以上の情報は掴めない。

「何者だ。何故オレたちを狙う......木ノ葉の追っ手か?それとももう雲隠れが感づいたか」
「......」
「サスケ、ここはオレが」
「いや......今のお前じゃ無理だろう。重吾、お前は香燐と水月を守り、八尾を見張れ」
「......分かった」

どちらにしても、二人とも万全ではない。子供サイズの重吾とチャクラ不足のサスケではどちらがマシか。サスケが一歩前に進むと、重吾は眉根を寄せるも頷き、三人を抱えて被害を免れるために草陰に入った。


それで、その場には二人。サスケと相手だけになった。
相手が何も言わない以上、その理由は分からない。だが目的はさっきの起爆札付きクナイではっきりしている。

殺す気だ。


精一杯のチャクラを振り絞り、千鳥をその手に宿らせた。戦いを長引かせるわけにはいかない以上、一発で喰らわせる可能性のある術を。
千鳥は一点集中型の突き攻撃、サスケの持つ術で恐らく、一番スピードがある。


「千鳥!!」


───だが結果、千鳥は擦っただけだった。
相手のコートの腕辺りが電撃で破れる。僅かに抑える様子を見せたが、それだけだ。

「(速い......!)」

そして一瞬の隙ができたサスケへ、クナイが向けられた。サスケもまたその攻撃を擦ったが、決定打にはならない。咄嗟に草薙の剣を振りかざすもキィンと弾かれ、それからクナイと剣の金属音が何度も響き渡った。




「(やはり、サスケも消耗しすぎてる。いつもならもっと相手を押せるはずだ)」

重吾はその様子を草陰から見つめていた。危なくなりそうならいつでも出て行ける準備はしている。
その時、背後でむずりと動く気配を感じた。重吾はサスケに目を向けたまま一切振り返らずに声をかける。

「香燐、起きたか」
「う......重吾か。ここは......うげ、八尾もいるし」

痛む体を抑えながら起き上がった香燐。赤い髪を掻き上げ、とりあえずそばに寝ていた水月と八尾の男を確認し、最後に重吾の姿を見る。重吾と草陰に遮られ、その先の光景は見えない。

「ウチが気絶してから、どれくらい経った?......つかお前、何してんだ?サスケは?」
「質問が多い。今は全部後にしてくれ」
「はあ?」
「サスケが戦ってるんだ」
「え!?」

その言葉に初めてぎょっとして、香燐は慌てて重吾に並んだ。草陰の向こう側に目を凝らし、ハッとする。
見るからに体力不足のサスケと、黒いコートを羽織った人物。何度も何度もあたりに木霊する金属音。万全ではなくとも、香燐には今のサスケの太刀筋も見えないというのに、どうやら相手はクナイ一本で対抗している。いやむしろ、サスケよりも優勢だ。
ヂッとサスケの頬にクナイが擦った。

「なんでこんな、今のサスケは戦える状態じゃねえだろ!」
「しょうがなかったんだ。いきなり襲ってきたんだ、相手が」
「相手って......一体、」


今の今までその戦闘の雰囲気に呑まれていた香燐は、そこで、息を呑んでいた。


「......おい。何で、アイツが」


香燐は、チャクラで相手を識別できる。



「風遁」



そう唱えたのは相手。
目の前で組まれた印を見て、サスケもまた、目を見開いた。


「風波」


風が吹き荒れた。術者の周りを一周して唸った風は、そうしてその人物のフードをもめくり上げていた。

サスケの心臓が、悲鳴を上げた。



「(......嘘だ)」



黒とはかけ離れた、輝きの色が、そこにはあった。


『オレは自分で決めるよ。お前と仲良くしたいって』
『ありがとう......』

初めて会ったあの日から。

『きっと一緒に下忍になろう』
『......当たり前だ』

忍になる日もずっと一緒だった。

『サスケの、馬鹿!!』

任務先でケンカしたこともあった。

『......感謝してる』

でもそれは全てオレを思ってくれてのことだった。

『お前は、オレの隣にいるために......ここまで、オレと共に戦ってきた』

何故強くなりたかったのかと悩んでいたお前に、オレは傲慢な言い分を押し付けた。それでも笑って受け入れてくれた。同じ想いをその瞳に見ることができていた。
そして、

『そばに......いさせて......?』

何度突き放そうとしても、幸せを捨ててでも、共にいてくれた。



なのに、これは何だろう。



今にも術を放とうとしている目の前の人物は、その大切な人だった。大切な人のはずだった。
それが、何故か、こちらを睨んでいる。

そんなこと、あるわけないのに。

幼い頃からずっと見続けたはずの笑顔が、消えてゆく。
兄の真実を知ってもなお、ようやく自分をつなぎ止めていた糸が今、切れていった。


「なんで......」


向かってくる術を防ごうと思う気力すらなかった。



「......カナ」



幼い頃、たくさん遊んだこと、話したこと、笑い合ったこと。
その全てが、消えてゆく。

目の前のこの人物は、誰だ。


『『一緒に、生きよう』』


そう誓い合ったはずの、あの少女は一体、誰だったんだ。


 
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