その時 森に響き渡ったのは、孤独な絶叫だった。

隅々まで震撼させるような痛々しい声が響き渡り、森に住む動物たちは一斉に顔を上げ、本能のままに逃げ出していた。強風が吹き、木々がざわめく。ただ一種、じっとその場から動かずに声が聴こえたほうを見つめたのは、鳥たちだけだった。

森の中。そこは、焼け落ちたような、無惨な姿の家屋が、ひっそりと集まっている場所。

絶叫は止まることを知らないようだった。酷い混乱と悲痛に耐えかねている声はずっとずっと続くかのように思われた。だが不意にそれは、前触れもなく途切れる。止められる。

「おい、どうした!?」

男の声が木霊して、その絶叫はぴたりと止まった。心の奥底からの叫びは消え、そして、浅い呼吸を繰り返す吐息。安堵に近かったかもしれない。
視界に現れてくれた、自分以外の存在への安堵感。それがやっと絶叫を止め......だがそれでも。

「ちが、う......違う、知らない......!」
「は......?」
「なに、これは、なに......!?知らない、おかしい、ここ............みんなは、もう、いない......?」

脈絡のない話に、現れた男のほうが耳を、目を疑っていた。息を呑んでその様子を見つめていた。

かろうじて焼け残っているいくつかの家屋。比較的形を保っていた一軒の中で、目を覚ましたばかりのその姿は、震える自分の手を凝視していた。確かめるように手を動かし、両腕で、自分の体を抱きしめる。


「なんで......わたし。私、だけ」


その顔に浮かんでいたのは、絶望と恐怖、ただそれだけ。



ーーー第五十一話 燻り



全てが変わってしまった世界の中で、その瞳はじっと夜闇を見上げていた。そこに浮かぶ満月は遠い過去の頃と何一つ姿を変えていない。だがそれでも、その瞳の中では、確かに何かが変わっている。
ほんの数日前までは、ただの憎悪だった。それが今は哀しみの光を帯びている。

「何してる」

夜風の中、声が届く。岩に座るサスケはちらりとも見ずに、変わらず満月を見上げていた。

「......こうして夜月を見ていると、あの夜のことを思い出す。忘れようとしていた記憶も......」

全てが変わってしまったあの日。あの夜も満月だった。真っ暗闇の世界の中、雲一つない夜空にただ一つ浮かんでいたそれは、酷く記憶に残っている。だからこそ嫌いだった。
だが今は全てが違う。

「今ならイタチのことを思い出せる......心の奥にしまい込んでた微かな記憶が甦ってくる」

涙。イタチは、あの夜、泣いていたのに。
夜闇の中、ちょうど月光に照らされたイタチ、その赤い瞳から一筋流れ落ちていた、あれは涙だった。見紛ったわけではなかった、その事を確かに知っていたのだ。だがその記憶は塗りつぶされてしまっていた。嘘で塗り固められたイタチの言葉に。

『あの時、お兄ちゃんは、泣いてたでしょ......!?』
『......気のせいだ、って言ったはずだ。オレたちの願望が見えただけだって、言っただろ』
『そんなわけない!絶対そんなわけ、』
『無駄だ、カナ。オレはオレの復讐の道を変えない』

弟は頑なに気付けなかった。誰よりも傍にいた彼女がそれを受け止めていたのに。

「イタチの涙......あれは、気のせいなんかじゃなかった。見間違いではなかったのに、オレは......カナの言葉も全て、はね除けた。オレは、気付けなかった」

あの涙こそが兄の本心だったというのに。
兄の真実を思うと、同時に当然思ってしまうことがあった。何度も何度も思い返すのは、ずっと隣にいたカナが、サスケが復讐を口にする度に顔を暗くしていたことだった。
カナもまた、一族を殺された痛みを分かっている者として、サスケの復讐心を理解していた、だからこそあの時まで何も言わなかった。それでも無論カナがサスケの復讐をどう思っているか知っていた。だがそれでも、サスケは止まれなかった。
イタチと再会した時の三竦みをふっと思い出す。サスケは自分の思いこそ真実であると疑わなかった。話をしようと言うカナの声など受け入れるわけもなかった。......だけど、本当はどうだったか。

真実はカナの側だった。しかし既にもう、取り返しはつかない。
サスケはもちろん、カナも兄と慕ったイタチはもう死んだ。
否。サスケが、殺した。

「......カナはまだ見つからないのか」

やっと満月から目を離し、サスケはマダラを見る。仮面の奥の写輪眼は夜闇に紛れている。

「ああ。ゼツが捜してくれているが......見つかったならすぐに教えてやる」
「......木ノ葉側に行った可能性はないのか」
「何度も言わせるな。それはない」

会ってなんと言うかなどサスケにも分からない。だがとにかく、カナが今どこにいるかも分からないということが、耐えきれなかった。今ならばこそ、自分の気持ちに正直でいられるというのに。

「木ノ葉の様子を探ることならゼツなら簡単だ。だが、そこにカナの姿はない」
「......」
「しかし......もし仮にカナが木ノ葉にいるとしたら、お前はどうする気だ?」

問われ、サスケはすっと目を瞑った。
ずっと知っていた。カナが心の奥底では木ノ葉を求め、サスケと共にあの場所に帰ることを夢見ていたことなど。数日前まではイタチへの復讐の為にそれは受け入れられなかった。仕方のないこととして。
だが今は、そもそもが違う。サスケは木ノ葉を許さない。

「......確かに、カナがオレの今の目的を受け入れるとは思っていない。アイツもまたイタチを慕っていたといっても......カナは自分の一族を殺した輩にすら明確な殺意を持っていなかった。恐らく木ノ葉に対してもそうなるだろう」

サスケはカナを知っている。幼い頃からずっと隣に居続けたために、互いが考えることなど聞くまでもなく、なんとなく感じてしまう。

「イタチの時と同じだ。オレはアイツのそういった考えにとやかく言うつもりも......今は、資格もない」
「......それで?カナがお前に復讐をやめろと言えば、どうする気だ」

風がサスケの髪を揺らす。闇の中に銀色を捜す。だが今は、ずっと傍に居続けた存在が、どこにも見えない。
カナの顔を思い出す。イタチに会った日の前日の夜、カナは初めてサスケに嘆願した。やめてほしいと、初めてその口で本心を口にした。サスケはそれをはね除けたが、今なら何故、あの時カナの言葉を受け入れなかったのかと悔やむ。


「......分からない」


サスケの口から漏れたその答は、本心だった。
仮面の奥の写輪眼が細まる。

「イタチへの復讐の時は、互いの道があるだけだと言い、互いに受け入れなかった......だが結果、オレは間違ってしまい、今は後悔している......カナの声を聞き入れなかったことを」

もしカナがまた、同じことを言えば?やめてほしいと縋り付いてくれば?
サスケの中の復讐心は本物だ。大好きだった兄を闇に引きずり込んだ木ノ葉が許せない。だがその憎悪とカナは、また別の話だ。きっと今度はその声を心から拒絶することはできない。

沈黙が夜風に流れ、サスケはまた満月に目を向けた。
月を見つめて、三年と少し前の記憶を思い出す。中忍試験本戦の前、悩んでいたカナと月光の下で話したこと。カナはサスケと共に歩むために強くなったという、サスケが言ったそんな自分勝手な話を、カナは笑って受け入れた。

「カナが拒絶するなら分からない、か......幼なじみ、とはそんなに大切なものか?」
「......アイツはずっとオレと共にいてくれた。この三年......オレの勝手な都合で幸せになれなかったというのに、それでもだ。アイツがアイツである限り、オレはもうカナの声を無視することなどできない」
「カナがお前の傍にいたのはカナ自身の勝手な都合のせいだろう」
「その想いの中にオレがいたのなら同じことだ」

カナ自身の"幸せな未来"のために、サスケを失わないために、この数年を費やしていたカナ。もちろんサスケは知っていた。その代償として、カナは大蛇丸に自分自身を研究材料として差し出していたことを。数年間分の幸せを犠牲に、未来の幸せを夢に見て。
サスケはそれを知りながら、何も言わなかった。全ては復讐のために。だが一方で何度も大蛇丸に甘さを指摘され、その原因も知っていた。
サスケもまたこの三年間、どれだけ言動を徹しようと、本心では、カナを。

「......アイツは、オレにとって......」

すっと目を伏せるサスケを、マダラはじっと見据えていた。

「ゼツから報告を受けている。イタチにとってもまた、カナは無視できない存在だったようだな」
「......だろうな」
「うちはを皆殺しにした夜にも殺せず......数年前の木ノ葉襲撃の時も、わざとカナを逃がしたのは明らかだ。そして今回も、カナがいては自分の目的を貫けないと思っただろうに、殺しはせずに別の手を打った。北波という男を覚えてるか」
「!......カナを恨んでたヤツか」
「正確には風羽を、だな。イタチも北波がカナ自身を憎んでいるわけではないことに気付いていたんだろう。北波を向かわせ、カナがお前ら兄弟の戦いに干渉できぬようにした。イタチは弟のお前のことも殺せなかったが、同時に、カナにも冷徹になりきれなかったようだ」

サスケの知るところではないが、マダラはゼツを通して全てを見て知っている。イタチが去り際に本当の笑顔をカナに見せたことも、イタチの読み通り北波はカナを憎みきれなかったことも。
サスケ同様、イタチにとってカナの存在は小さなものではなかった。この兄弟はあまりにもカナという光に結びついていた。

それはある意味、マダラにとっては都合が悪いほどに。


「......しかし、カナとお前ら兄弟にまつわるその全ては......サスケ。お前が憎む、木ノ葉上層部の計らいによるものだと知っているか」


ぴくりとサスケは揺れる。どういう意味だ、と問うその声は低い。

「お前ら兄弟......いや、うちは一族とカナが関わることになったのは、木ノ葉上層部、ひいては三代目火影・猿飛ヒルゼンの意があったからだ。お前もカナとの出会い方を忘れたわけじゃあるまい」

サスケの脳裏に懐かしい光景がちらつく。
木ノ葉隠れの里、その隅に隔離されたうちはの居住区、そこに現れた人影。三代目の静かな瞳の色と、厳格だった父の驚きに満ちた表情。そこで初めて見た銀の色。
忘れるわけがない。

「......何故カナとオレたちを引き合わせる必要があった?」
「カナはある意味、使われたようなものだった。木ノ葉とうちはの争いを緩和するための妙薬としてだな」

サスケの中でふつりふつりと何かが沸き起こる。イタチの真実を語った者として、今やマダラの話は聞くに値するものだと認識してしまっている。

「教えてやっただろう。風羽はかつて休戦の提案をすることで、千手とうちはの仲裁役を買って出た一族だった。当時の長であった"神人"シギはその後死んだが、風羽が二つの一族を取り持った事実は時が経過しようとも重要視され続けていた......そこに、再び出来上がった千手とうちはのわだかまりだ」

千手とうちはは木ノ葉隠れを共に創始してからも互いに探り合っていた。互いを信頼しきれず、上層部同士での緊張関係は続いていた。それが十六年前の"九尾"の妖狐事件を切欠に、二つの一族の水面下での対立は更に膨れ上がる。当時はまだ赤ん坊であったサスケは知らなかったが、そのせいでうちはの居住区は里の隅に移動させられたほどに。

「......だが」

その数年後、とある事件が起きた。
風羽一族の殲滅。
そこに居合わせた者は当事者たち以外は誰もいない。つまり事件の真相を知る者は誰一人いなかった───ただ一人の生き残りを除いて。その一人であったカナが、木ノ葉隠れに突如現れたのだ。

「そこで不意に木ノ葉に出現したのは、過去、この二つの一族の争いを止めた風羽一族の娘だ。......何故三代目が自ら保護を買って出たのか。その理由の一つは、木ノ葉の内戦を緩和させることが可能であろう存在だったからだと思われる」
「......だから三代目はカナをオレたちうちは一族に引き合わせたと?」
「恐らくな。結局うちは側のクーデターは勃発寸前までに至ったわけだが......しかし今のお前の話を聞く限り、木ノ葉上層部の思惑はあながちズレてもいなかったようだな......サスケ」

カナは木ノ葉とうちはの争いの緩和役として知らず知らずのうちに効力を果たしていた。うちは一族それ自体は結局止まらなかったが、サスケは先ほど何と言ったか。

『アイツがアイツである限り、オレはもうカナの声を無視することなどできない』

サスケは目を細めて口を噤む。マダラはその様子を眺めて、フン、と笑った。皮肉っぽくある一方で意味深なものだった。「まあいい」とその口で話題を切り替える。

「ところで、イタチの眼はどうする?移植するのか」
「......いや。......イタチの見たかったものと、これからオレが見ていくものはまるで違うものになるだろう。イタチが望んだ通りにはできない......オレはオレのやり方でうちはを再興する.....少なくとも、今は」
「少なくとも今は......か。今の話を聞いても、それでもカナの思いを捨てきれないか」
「イタチもそれは同じだった。それから先の結論は、実際にカナと話をしてから決める」

立ち上がったサスケはすっと夜闇を歩いていく。マダラの横を通り過ぎ、"暁"のアジトの闇の中へ。
マダラは暫しその場でじっとしていた。サスケが消えていった先をその写輪眼で見つめる。渇望を滲ませた赤色は、"未だ光を残した存在"へのどす黒い嫉妬をも滲ませつつあった。



見慣れないアジトの中で、サスケ以外の"蛇"改め"鷹"は暇を持て余していた。サスケはイタチとの戦闘によるケガが大きく、その為の回復に時間がかかっているが、一方で三人には大した戦闘もなかった。そのためずっと何もしないまま待ちぼうけを喰らったままだ。香燐と重吾はそれでも構わないが、水月は我慢のできる性分ではない。

「こうもタイクツ続きだと、やってらんないな。大体、もうそろそろサスケのケガも治ってるだろ?」
「別にいーじゃねえか。何か予定があるわけでもねえんだろ、水月」
「あのね、僕にはちゃんとした目的があるんだよ。七人衆の刀集めっていう目的がね。......まあ香燐、キミはサスケといること自体が目的なんだろうけど?」
「は、はァ!?誰がそんなワケ、コトがッ違いあるかァこのッバカヤロー!!」
「落ち着け、香燐」
「意味分かんないし。まったく」

いつも通り狼狽えてがなる香燐に、やれやれと首を振る水月。今にも暴力を行使しようとする香燐を重吾がしっかりと止めている。もうこんな定番の会話をするにも飽きている水月は、机によりかかってだらんと天井を見上げた。

「鬼鮫先輩もいないし、あのマダラってヤツもずっとサスケに付きっきり。僕はずっと代わり映えしないキミたちとこんな所に押しこめられてるだけだ」
「ウチだってテメーなんかといたかねえよ!しょうがねえだろ、サスケが回復するまでは!」
「......あんまりでかい声を出さないでくれ。今オレの殺人衝動が出てきたら、止めるヤツがいない」

香燐の怒鳴り声とは対象的に、努めて静かな声が場に響いた。それで水月も香燐もぴたりと口を止め、お互い顔を見合わせてからそっぽを向く。重吾の腕を振り払い、苛々しながら机に腰掛けた香燐は、長い溜め息をついた。その視線が宙を漂う。
重吾の殺人衝動を傷つけることなく止めることができたのはサスケと、もう一人。その一人は今はいない。

「カナ......今頃どうしてんのかな」

重吾と水月も香燐を見やる。暗闇の中で唐突に訪れた別れを思い出し、水月は尚更不機嫌になった。

「知らないよ。アイツ、最後まで本心晒さなかったし」
「......何があったんだろうな。傍目から見てもサスケとカナ、二人は互いに信頼しあってたと思うんだが」
「ケンカって感じでもなかったでしょ。まるで最初から決めてたみたいな雰囲気あったよ。僕らには何にも言わないでさ」

とにかく水月は自分たちが蚊帳の外であったことが気に喰わない。「ガキかよ」と香燐が悪態をつくと、「うるさいな」と睨みつける。

「大体香燐、そんなにカナのことが気になるんだったら、サスケ本人に聞けばいいだろ?」

ある意味正論だ。結局三人は何故カナが途中で別れることになったのか聞いていないまま、知っているのはサスケしかいない。水月が投げやり気味に言うと、しかし今度は香燐のほうが不機嫌そうな表情をする。

「お前だって分かってんだろ。聞ける雰囲気じゃねーよ」
「だからといって、ここでグダグダ分からないことを想像しててもしょうがないじゃん」
「冷たいヤツだなお前は!!」
「冷静って言ってくれる?」

結局意味のない言い争いに発展していく様を、重吾は横目で眺めていた。真剣だったはずの話があっという間に霧散していく。「何でお前たちはケンカをせずに会話できないんだ」と暫くしてから言うと、二人はようやくピタッと止まり口を尖らせてそっぽを向いた。まるでデジャヴだ。

その時、アジトの暗闇の中を歩いてくる足音が響いた。全員でそちらを向くと、まだ見慣れない大柄な男が歩いてくる。

「ここも随分騒がしくなりましたねェ」

最早残り少ない"暁"のメンバー、干柿鬼鮫だ。
その不敵な雰囲気を感じ、香燐は慌てて机から降り警戒心を張る。ニヤッと笑ったのは水月で、香燐と同じく机から離れ背中の刀に手をかけた。「どうも、先輩」と目をギラつかせる。

だが更なる変化が目の前に起き、水月もぱっと止まった。突如空間に現れた渦巻き模様。
チャクラを機敏に感じるはずの香燐もようやくハッとする。まるで別の空間から這い出るように現れたその影は、うちはマダラと名乗る男だった。

そしてもう一人、また暗闇から姿を現す。重吾がそちらに目を流し、「もう体はいいのか?」と問うと、あっさり「ああ」と頷かれた。どかりと遠慮なく椅子に腰を下ろしたのは、先ほどから水月が望んでいた姿。

サスケ率いる"鷹"と、"暁"マダラ・鬼鮫が揃い、ようやく話が次に進み始めた。

そもそもこの二つの組織は最終段階の目的は違う。だがその過程において利害は一致する。
"鷹"の狙いは木ノ葉一点だが、一口で木ノ葉といってもその里の力は凄まじい。それに対抗するには一小隊である"鷹"だけでは立ち向かえまい。一方で"暁"でも既にそのメンバーの半数以上が消え、戦力不足は否めない。だからこそ、"手を組む"。
"暁"がずっと狙い続けてきた"一尾"から"九尾"までの尾獣、その残りは今や"八尾"と"九尾"の二匹になった。"鷹"はその狩りを引き受けることで"暁"の戦力不足を補い、"暁"はその見返りとして"鷹"に尾獣の力の分け前を与える。

"鷹"が"八尾"を、"暁"が"九尾"を。それで話はまとまったが、マダラはサスケを量るように見据えていた。






「アマリ良イ表情ハシテイナイ様ダナ」
「......ぼちぼちと言ったところだ」

"暁"と"鷹"の話し合いが終わり、朝焼けの元、"暁"のコートに包まれた人影が二人。後ろから現れた人影に反応し、植物のような姿をしたゼツが振り返る。面をしているマダラの表情など分かりようもないはずが、まるで感じているような言い草だった。

「イタチは死んだ。目の上のコブはもういない......"木ノ葉に手を出さない"という条件はこれで白紙だ。だが」
「やっぱりカナか」
「危惧した通りだ。......何か掴めたか?」

川の水面に二つの影がゆらゆらと揺れる。黒ゼツが暫し目を閉じ、あらゆるものを感じるように息を潜めた。数秒後、「今ハ何モ感ジナイ」と答を出す。シカシ、とその声が続けた。

「真夜中、風羽ノ森近クデ悲鳴ヲ聞イタ。アレハ恐ラクカナダ。ソレ以来ハ感ジナイガ」
「風羽の森か。......今感じないのは、結界のせいだな。つまり大方狙い通りにいったわけだ。お前らが入り込めないほどの結界なら間違いないだろう」
「北波の最期の大仕事が役に立ったってわけだね。でもさ、それはよくても、カナ自体に関しては失敗したかもしれないんだろ?もしそれでサスケに会っちゃったら、サスケは使えなくなるんじゃない?」

サスケの復讐心が最後まで貫かれるかどうか。マダラは数秒ひっそりと写輪眼を闇に潜ませる。
昨夜の会話で確定した。サスケの中でのカナの存在の大きさを。
カナがもし、今も、"今まで通り"ならば。

「......恐らく完全には失敗していないはずだ。少なくとも数秒は刻鈴の音を聴かせたからな」
「北波、想像以上に甘かったよね」

風羽に対する復讐心を滲ませていた北波は、結局最後の最後でカナを護る意志を通した。そうさせたこと、それ自体はマダラの予想通りだった。だがただ一つ思惑から外れていたこと。
そこでもカナはそうだった。北波の"光"であり、その輝きはマダラの予想以上に強かった。その為に今までの目的を捨てカナを護るという、北波の決断も早かったのだ。

「カナがあのままであれば困る。今のサスケに光を見せるわけにはいかない」

その為の刻鈴であり、北波の仕事であった。

「カナと"あの男"の正確な居場所は掴みようもないだろうが、今のカナを量るための人員は泳がせておく。風羽の森付近だったな」
「ソウダ。......確カニ、ココマデ来テ計画ヲ崩サレル訳ニハイカナイ。ココマデ来ルノニモ多大ナ犠牲ヲ払ッタノダカラ」
「ああ。どこかしらに問題はあったが、みな己の意志で"暁"に貢献してくれた。デイダラ、サソリ、飛段、角都......彼らなくしてここまでの進展はなかった。そのおかげでここまでは大体オレのシナリオ通りに事が運んでいる」

"暁"の裏の暗役者たちは、十数年にも渡りたった一つの結末へと足を進めてきた。

「後は......サスケを完全に、手懐ける」






もう少しでかつての仲間とぶつかるか。そう思えた予想を裏切り、木ノ葉側は何の収穫も得られず、二小隊は数日後、里に帰還した。その余韻が覚めぬまま、そこに届いた訃報。現火影である綱手と同じ"三忍"であり、そしてナルトの師であった、自来也の死が里に報告された。

それは里にとっての大打撃であったし、それに何より大きな"心"の喪失でもあった。

それでも、誰もが立ち止まるわけにはいかなかった。何より、自来也の意志がそう高らかに語っていた。
死して尚、彼が繋げようとしたものがある。次へと繋げるために、残されたものがある。


ペイン六道に、抗え。


弟子として、師である自来也の意志を受け継ぐための、次なる一歩。
自来也も仙人となるために修行した場所だという"妙木山"へと踏み込んだナルトは、次なる力のための修行を始めた。
託されたものを、次へと託す、その第一歩として。



日数が経過し、そこから遥か離れた土地でもまた、動きが現れていた。

雷の国・雲隠れの里。その外れにある雲雷峡には、ある人物が住んでいた。他に誰も住まう者がいない地にただ一人。
最低限の大きさの小屋から、その時、その人物が姿を現す。雲隠れの額当てに、浅黒く屈強な肉体、その背に背負われた八本の刃と、頬に入れられた牛のツノの入れ墨。

そして今、雲雷峡には四人の来訪者があった。

「アンタが八尾の人柱力か?」

うちはサスケ、鬼灯水月、香燐、重吾。

「いや、"八尾様ですか?"だろソコ。"人柱力様ですか?"だろソコ」

"八尾の人柱力"、キラービー。


「アンタを拘束する」


"暁"の衣を羽織った少年もまた、次なる一歩を踏み出していた。
もう後には引けなくなる、第一歩を。


 
← |小説トップ |
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -