いつもの森を目指して歩く道のりでも、三人はいつも楽しそうに笑っていた。 一人の兄を中心として、二人のまだ幼い少年少女がついて歩き回りはしゃぐ。酷い惨事から暫くして、少しずつ無邪気さを思い出してきた少女と、まだただ純粋で兄に追いつきたい思いでたくさんの少年と、その兄であり弟と少女をいつも見守って穏やかに笑う青年。

『兄さん、今日はこの前の手裏剣術の続きを教えてよ』
『この前の手裏剣術?何の話?』
『視界に入ってない的にも手裏剣同士で弾いて命中させたんだぜ!兄さんが』
『カナがいなかった時にな。この前サスケが足をくじいてたろ、あれはオレをマネしようとして』
『そ、それは言わないでって言ったろ!』
『そうなんだ。私もしたい!サスケより早くできるようになる!』
『お前にはムリだって、アカデミーにも入ってないくせに』
『コラ、サスケ。お前もまたケガをするだけだぞ』
『そんなことあるもんか!』

まるで仲のいい三人兄妹のようだった。そんな日々に徐々にヒビが入っていき始めたことなど、幼い少年少女に気づくすべなどなかった。段々と兄が笑わなくなってしまったことに気づこうと、仕事が忙しいのだと思うしかなかった。それ以上のことなど、幼い二人がどうして察することができただろうか。
二人にとっての崩壊はたった一夜の出来事。

弟にとってはそれだけが全ての真実───サスケの瞳に憎しみの赤が宿る。
幼なじみは未だに何が真実かわからないまま───しばらく呆然として兄のような人を見つめていた。

「二人とも......少し背が伸びたか?」

暗闇の奥でイタチが場にそぐわないことを言う。弟と同じ、赤の瞳で目の前の二人を眺めている。カナはその声に思わず身じろぎしたが、サスケは一切動揺しなかった。

「アンタは相変わらずだな。その冷たい目も......」
「前のように大声でがむしゃらに突っ込んでは来ないか」

三年前のあの不意の邂逅で、復讐の相手を見つけた弟は無我夢中で兄に突っ走った、その結果が惨敗・そして、里抜けの原因に繋がった。だがそのおかげで、サスケは今再びここに立っている。あの頃の何倍以上もの力を得て、再び復讐者としてここに。
鼻で笑ったサスケは、兄以上に一切の情のない暗い瞳で、イタチを見据えた。

「アンタはオレのことを何も分かっちゃいない......」


カナがぴくりと反応する。
イタチの写輪眼が瞬時に後ろを見た。
暗闇の更に奥で千以上もの鳥のさえずる声、そして迸る電撃。千鳥。

サスケが既に後ろから迫っていた。

イタチは一瞬でざっと遠ざかろうとする。だが最早千鳥は直接攻撃に限られた術ではない。うるさいほどの声で鳴きながら電撃は光の速度で伸びる。いくら写輪眼がその先を見通そうと、体が全てについていくわけでもなかった。

ただ、その術をずっと近くで見続け、次の瞬間に何が起こるか予測できた者以外は。

千鳥がイタチの体を貫く前に、唸りをあげて遮ったものがあった。

バチィッと一際鋭い悲鳴を上げて電撃が途切れる。雷は風に巻かれるようにして消滅させられた。暗闇を照らしていた電光が消える。兄は後方に下がっていた足を止める。赤い瞳が静かに前を向く。弟も同じように───その少女を。
幼なじみは、二人ともを睨んでいた。

「雷は風に劣性だし......うちはの火は、私の第二の性質の水に劣性」

銀色は暗闇の中でも煌めいている。

「サスケとお兄ちゃんを戦わせない。それが、今の私の目的だよ」

ずっと共に歩んできたサスケの意志の強さは知っている。それでも、これが今のカナが何よりも突き通したい意志だった。ぶつかり合った意志はどうしたって交じり合いようがないのは当然だった。
こうなることを知っていたのは、カナだけではない、サスケだって分かっていた。ただ、二人は同志であっただけ。自分の命を懸けても成し遂げたいことがある、同志。
サスケはカナと目を合わせる。二人とも、一切の迷いはなかった。

「ここまでだな......」
「うん......サスケが何と言おうと、私は自分の意志を曲げない。サスケがサスケの意志を曲げないのと同じように」
「......それがお前らの"形"か」

不意にイタチが言う。二人の視線がそちらに向かう。三人は対峙するように一定の距離で立っていた。

「てっきりカナもオレを殺しに来たのかと期待したが......やはり、想像どおりだ」
「......殺しに来てほしかったって意味?」
「オレにはオレの目的がある。その為には、お前が邪魔だ。殺しに来たのならまだマシだったが」
「そんなこと言われたって、私は私の目的をやり遂げる努力をするだけ。納得のいく答が得られるまで」

あの日の夜の答を求めて。
言外の意味をイタチは受け取っただろうが、イタチは赤い瞳をすっと細めただけだった。カナはその様子を見つめてどくりどくりと跳ねる鼓動を感じる。イタチの様子は三年前とも違う気がする。まるで、もう一切の躊躇いも許されないかのような、すぐ先の未来を既に悟っているかのような。

「お兄ちゃん......お兄ちゃんも、サスケも、一度話を」
「カナ、お前の目的に付き合うつもりはない」

サスケが遮る。カナに向けられたサスケの写輪眼は、冷たいとまでは言わずとも、強固な意志でカナを遮断する。その瞳がすっとイタチに流れると、一気に温度が下がる。

「イタチ。カナがいくら邪魔をしようと関係ない......性質で劣性であろうとオレのほうが強い。さっきの千鳥で気づいただろうが、アンタはオレのことを何も分かっちゃいない。どれほどの憎しみを心の中に抱えてるか、そのおかげでどれほど強くなってるか」

バチバチと、再びサスケの手に千鳥が宿る。憎悪の瞳でぎらりと兄を睨みつける。
それを見たカナは、ぶわりと風を作りだす。兄弟の距離をじっと見つめ、一瞬も気を抜くまいとして。

サスケもカナも互いに傷つけあうつもりはないだろう。サスケはイタチを狙うだけだし、カナはそれを防ごうとするだけ。ただ、その結果として、サスケの術がカナを襲うこともその逆もまたあり得るのは明白だった。それがわかっていても、サスケとカナは最早道を別とした。そんな日が訪れると考えたのはなにも昨日今日の話ではない。

イタチの写輪眼がそんな二人を一瞥する。その瞳の奥で何を考えているのかは闇に紛れるばかり。

サスケが走り出すのと同時、カナも向かって走り出す。電撃と風が唸り合う。近づいてくる二人を目に、イタチはすっと目を閉じた。

一羽__二羽、三羽。

「!!」

サスケもカナも止まって目を見開く。
イタチの姿が次々と漆黒のカラスに変わり、本来の姿は徐々に崩れ始めていた。暗闇全体にどこからかイタチの声が響く。

「サスケ。一人でうちはのアジトに来い......そこで決着をつけさせてやる」

カナは唇を噛み締める。うちはのアジトと一言で言われてしまえば、カナにはその場所が分かりようもないし、サスケはこの次はカナを撒いてでも連れてこようとしないだろう。

ばさばさと翼を広げたカラスがどんどん出口へと消えていく。何十羽といた鳥たちは次第に姿を消していく。黒い羽根が何枚も何枚も二人に降り注ぐ。サスケはなにも言わずにそれを見守っている。それがサスケにとっても都合のいい展開であるから。

だが、カナは。

───最後のカラスが出て行こうとするのを見て、カナは咄嗟に親指を噛んでいた。


「口寄せの術!」


切羽詰まった声が響くのと同時に白い煙が噴き出した。サスケ、それに、最後のカラスが振り返ってそれを見る。
紫色の翼が煙から吐き出され、意思の強そうな金色の目が瞬時に周囲を確認する。そのくちばしがなんとかと言う前に、カナは叫んでいた。

「紫珀、カラスを......お兄ちゃんを追って!!」

紫珀の目が一瞬で驚愕に染まる。だが、主人であり相棒であるカナの様子、その後方でこちらを見ているサスケの様子、そして今にも消えようとしているカラスを見て、何か余計なことを言うことはなかった。
紫色の羽が風を切り、目の前を飛ぶカラスを追うように消えていった。

残されたのは、まだはらはらと舞うカラスの羽根、そして二人。沈黙数秒、その間、二人の目が合うことはついになかった。

「サスケ、カナ!」

沈黙を破ったのはサスケでもカナでもなく、入口から入ってきた三人の足音と声。水月、香燐、重吾がサスケとカナの姿を見つけて足を止める。それに振り返ったのはサスケのみ、カナは黙って視線を下ろしていた。

「命令があるまで動くなと言ったはずだぞ」
「香燐が他のチャクラを感じたって言ったから気になってね。無事でなにより。なにがあったの?」
「この羽根......あと、さっきカラスと小鳥が一気に出てったが、ありゃなんだ?」

水月と香燐が追うように質問するが、サスケも、もちろんカナもそれに応えなかった。
ただ、サスケは歩きだす。
カナの横を通り過ぎていく。
その一瞬が、互いに数秒に感じた。しかし互いになにも言わなかった。

「オレについてこい。行くぞ」
「......横暴なのはいつもどおりか。ハイハイ......」

サスケは迷いなく歩きだす。それに水月、重吾と続き、香燐も数歩足を動かして、しかし真っ先に異変に気づいた。振り向いてもカナはまだ微動だにしていない。こちらを見てすらいない。
「カナ?」と香燐が訝って問いかけて、水月と重吾も振り向いた。サスケはぴたりと止まるのみ。

「おい、行くって言ってんぞ。早く、」
「もう一緒には行けない」

ようやく響いたカナの声が香燐のセリフを遮る。何も知らない三人は目を丸め、どういうこと、と声を漏らした。応えたのはサスケだった。

「先に覚悟しておけと言ったはずだ。......カナはこれからオレたちと行動を別にする」
「何があったんだ、サスケ。カナは、」
「行って」

カナの一声は、叫んでもいないのに、暗闇に何度も木霊した。
カナもサスケも互いに背を向けていた。この三年ずっとそうしてきたように、心を徹することは二人とも得意だった。たとえ本心がどうであろうと、本当はどうしたかろうと。
自分たちの、命を懸けた目的のために。


暗闇に取り残されたカナは、目を強く瞑って、時を待っていた。



ーーー第四十五話 幻術の中で



一刻の猶予もないと言わんばかりだったカナの表情が脳裏に甦る。目の前で大空の下を飛ぶ黒い鳥を追いかけながら、紫珀は嫌な予感を膨らませていた。紫珀はカナの口寄せ動物として幼い頃からずっと共にいた身だ、うちは兄弟の因縁もカナの心情も全て知っている。それであの状況を見たのだから、紫珀は一瞬で悟ってしまった。

サスケの復讐が今にもなんらかの形を成そうとしている。紫珀の相棒であるカナは、それに抗おうとしている。

「......待ちィや......イタチィ!!」

カラスに向かって怒鳴り声を上げる。カラスはずっと真っ直ぐ飛んでいただけだった。

それが、紫珀の声を機に、僅かに下降し始めた。
目を丸めた紫珀はそれでもその後を追う。二羽の鳥が木々の中に埋もれ始める。葉に邪魔されながらも紫珀はひと時もカラスから目を離さない。カラスは紫珀のようにくちばしを開いて何かを喋ることはなかった。その羽が静かに地上へと舞い降りる__。

それを追った紫珀は、地上に降りる直前で、ボンっと煙に包まれた。現れたのは人の形を模した姿。

「なんとか言えんのか......」
「......」

カラスはやはりなにも言わない。だが代わりと言わんばかりに異変が起こった。
ばさり、と唐突にそこらじゅうから羽音が響く。紫珀がハッとして見上げると、何十羽ものカラスが集まり始めていた。それが次第に形を成していく。
黒髪に赤い瞳、そして、赤雲を浮かせた黒い衣。

「久しぶりだな......紫珀」
「......へっ。あんま変わっとらんな、イタチ。趣味悪いコート着とるようやが」
「それで、お前だけが来てどうするつもりだ?」

紫珀は戦闘に長けたタイプの口寄せではない。多少の使える術は封印術ばかり、それを行使したとしても、イタチに適うものではない。それはイタチも理解していたし、紫珀自身も重々承知だった。
だが、それでもカナが紫珀を追わせたワケがある。

「こうするんや」

皮肉気味に笑った紫珀は、ガリッと親指を噛んでいた。


「逆口寄せの術!」


ボフリ、と煙が現れる。もうもうとその一帯を覆う。
イタチは微動だにしなかった。紫珀に問いかけておきながら、紫珀が何をするつもりかは知っていた。紫珀はカナの忍鳥だ。口寄せ契約を何年も前に行い、呼び寄せが可能な関係になっているーーそれは、お互いに。

銀色の髪が現れ、下ろされていた瞼がすうっと上がる。暗い色を滲ませた瞳が目の前の人物を映し出す。


「イタチお兄ちゃん......」


暗闇から呼び出されたカナは、苦渋の声色で呟いた。
闇の中では見えなかった細部が今はくっきりと照らされている。対峙した二人は互いに見つめ合うばかりだった。赤の写輪眼は張り詰めたように一切の揺るぎを見せず、そこに映るカナばかりが顔を歪ませていた。

「お願い、話を......お兄ちゃんの話をして。あの日、本当はなにがあったか、包み隠さず話して......?」

カナの脳裏にあの夜のイタチの涙がよぎる。決して単なる冷たい殺戮者にはあり得なかったあの表情。カナはその事を拠り所にしてイタチのことを信じ続けてきた。己の器を量るためだのという利己的な理由がイタチを突き動かしたわけではないはずだと。
カナの嘆願を受けたイタチは、一回二回と瞬きする間に、そっと目を伏せていた。



カナが欠けた小隊"蛇"は、移動中誰かが無駄口を叩くことはなかった。サスケは結局ろくな説明もなしにイタチが迎え撃つアジトを目指すだけで、他の三人が問いただせそうな空気は流れなかった。水月、香燐、重吾の中で膨らみ続ける疑念はぶつけるところを知らない。サスケとカナの関係性は三人の中でごちゃごちゃになっていた。
走り続けた先、香燐は不意にハッとする。もうカナのことは頭から追い出すしかなかった。

「同じチャクラがあちこちにあるぞ!どうなってんだ!?」
「......進路を変えるかい?サスケ」
「気にするな。まっすぐ突っ切る」

木々の中を跳び伝う。水月はその合間にちらりとサスケの顔を見る。サスケは元より口数は少ないし、有無を言わせぬ響きだって変わらない。だが今のサスケはそれだけじゃないように水月には思えた。
だがきっと、今口出しすれば怒りを買うだけだ。水月は物わかりよくサスケから視線を外し、「良かった。遠回りは疲れる」と思考とは無関係な内容だけぼやいた。走り去る景色がどんどん変わっていく。この小隊の目下の目的に近づいている。

不意に、香燐が「前だ」と呟いた。

その直後、人影が現れた。

木ノ葉マークの額当て。空色の目が見開かれる。その瞳に映る四人組......いや、先頭を走る黒髪。
ナルトとサスケの視線が交わった。

「サスケェ!!」

だがそのまた直後、千鳥が姿を現し、ナルトはその一瞬で消されていた。ぼわりと煙が舞い、"蛇"はそこを直線状に突っ切っていく。「何だ、今の...」と香燐が振り返るのを、水月が「影分身だよ」と肩を竦めた。

「......ナルトか。うっとうしいヤツだ」
「誰だ?知り合いか、サスケ」
「......木ノ葉はどうでもいい。このまま行くぞ」

サスケの足は止まらない。一人少なくなった小隊を引き連れながら、迷いを吹っ切るように、突き進む。



そして"蛇"からさほども離れていない地点。二小隊で行動している木ノ葉、鼻での追跡役を担っているキバの後方でナルトは今、ハッと顔を上げていた。

「見つけた!」

その声に他の仲間たちが反応する。

「よくやったぜ!どっちだ!?」
「......」
「ナルト!?」

しかしナルトは僅かに逡巡していた。
サクラが叫ぶと、ようやく振り切って「こっちだってばよ!」と方向を変える。その足取りは確かだが、今の一瞬のナルトの様子がおかしかったのは明白だった。隣に来たサイがまず口を出す。

「どうかしたの、ナルト。サスケとカナを見つけたにしては......」
「......見つけたのが、サスケだけだったんだってばよ」

その意味が分からないメンバーではない。全員が目を見開き、「カナちゃんは...!?」とヒナタが零す。だが、誰に答えられる問いであるはずもない。

「分かんねえ......ただ、サスケが連れてる小隊の中にカナちゃんはいなかった」
「けどよ、ニオイは確かにカナのもあるぜ!?サスケと一緒だったのは確かだ!なのに」
「......別行動か、もしくは他の理由があるのかもしれないな。だがとにかく、先に見つけたほうを優先するしかない」

困惑の色を浮かべている小隊にカカシが言う。

「ナルト、今はサスケを追え。カナは後だ」

そう言い切れば、若干の迷いを見せていたナルトも力強く頷いた。一層強く足元を蹴る。力強く前を見据え、先ほど影分身が見たサスケをありありと思い浮かべた。



ようやく"蛇"がその足取りを止めたのは、新たなる人物が現れた時だった。復讐の相手ではなかったが、サスケの目が写輪眼へと変わる。

「ここからはサスケくん一人で行ってください。イタチさんの命令でしてね、他はここで待っていてもらいましょうか」

サスケの記憶が甦る。イタチと共にツーマンセルを組んでいる"暁"、干柿鬼鮫だった。「おや。"神人"はいませんね」とその口で残念そうに言う。警戒を露にしている他三人の前で、直接対峙していたサスケは数秒して応える。

「分かった。小隊で動いてたのは、元々一対一に邪魔が入らないようにするためだったからな...ちょうどいい」
「サスケ、それはダメだ!!コイツを倒して全員で行くんだ!」
「"神人"がいたのならともかく、私はアナタたち相手に戦う気などありませんがね。無理矢理通ると言うなら容赦しませんよ」
「......香燐、お前たちはここで待て。これはオレの復讐だ」

赤の瞳は有無を言わせない力を持っている。これまでもこれからも、サスケはただ自分の意志で突き進むだけだ。香燐の舌打ちを最後にサスケは一人、足場を蹴る。鬼鮫の横を素通りして、馴染みある場所へ、たった一人。

空は曇天模様だった。その下を急くように駆け抜けた。時が経つたびにじわりじわりと湧き上がってくる長年の憎しみ、それをぶつける時が来たことに、サスケは全身で感じていた。懐かしい場所に思いを馳せることもない。サスケの写輪眼は今はただ、憎悪の対象を映すのみ。

「その写輪眼......お前はどこまで見えている」
「どこまで見えてるだと?今のオレのこの目に見えてるのは......イタチ。アンタの死に様だ」

うちはのアジト───廃墟。
狐と書かれた文様はうちはの能力に由来する。そこの玉座に腰掛けていた兄に、サスケは言い捨てた。



ふっと赤色の瞳が消えた。カナも紫珀も目を丸める。本来の深い黒の瞳で、イタチはじっとカナを見つめていた。

「サスケと同じように一族を殺され......にも関わらず、お前はサスケとは違い、復讐の道には踏み出さなかった。それでもお前らはここまで共に歩み、しかし、先ほどここまで一緒に歩んできた道をたがえた......それも驚くほどにあっさりと」

淡々としたイタチの声。イタチはカナの嘆願に応える気はない代わりに、カナには意図の見えないセリフを言う。経緯を知らない紫珀は密かに息をのんだが、口出しはしなかった。「それが......?」とカナが言うとイタチは続けた。

「お前らの関係はなんだ?」

その短い問いかけに、カナは拳を握った。木々のざわめきだけが耳に残る空間ですぐには答を出せない。サスケとは何度も交わしてきたたった二文字を、今目の前にいる人に教えるのが苦しい。イタチとサスケと三人、幸せだった頃の記憶が自然と流れてくるが、今はそれが煩わしかった。

「同志......」
「......」
「私たちは、里抜けして来た時から......幼なじみとしてでも、仲間としてでもなく、同志として道を歩いてきた。同じ目的がある同志じゃない、命を懸けてでも成し遂げたいことがある同志として、」

カナはそこまで言って、胸のあたりを抑えた。懐かしい姿を目の前にしたからか、沸々と湧き上がる思いは本音ばかりだった。サスケや他の者たちの前でなら絶対に言えないような本心。

「ううん......本当は......少なくとも私は、違った。私は、サスケとどんな関係であろうとなんでもよかった」

あの里抜けの日。大雨に打たれたあの日のことがまざまざと脳裏に甦った。冷たいセリフで突き放そうとするサスケに、カナは最後、こう言っただけだった。そばにいさせてと、それだけ。

「ただ、サスケのそばにいたかった。それで、蛇の近くにいるサスケの無事を確認したかった......いつかの幸せな未来のために。本当は、それだけだったんだ」

カナはすっと目を伏せた。紫珀はカナの一歩手前でその様子を見続けていた。カナのセリフは紫珀に少なからず衝撃を与えていた。

「(ずっと隠しとった本音を、イタチの前で......)」

兄のような、頼れる存在だったからか。
紫珀はそのまま目をイタチに向けて、それで再び息をのんだ。今の今まで感情が一切読み取れなかった瞳が何かを滲ませている。

「イタチ、お前」

思わず漏れた紫珀の声に気づいてカナは顔を上げるが、その時にはイタチはまた感情を隠していた。だが紫珀は確かに見つけた。深く、深く、目の前の存在を呑み込むような瞳の色をしていた。それを紫珀はたまにサスケの目に見つけることもあった。それがどういう感情であるか、紫珀は大体知っていた。

「お前、一体、何を隠しとる?」

一族を無残に殺せるような残忍な者が持てる感情ではない。

「......オレがお前らに教えることはなにもない。お前らが今知っていること、それだけが真実だ」
「己の器を量るために、一族を皆殺しにした...?そんなわけない!じゃあ、なんであの時泣いてたの!?」
「お前は未だにオレがかけた幻術の中にいるだけだな。心優しい兄などいなかった......なんなら今ここで、お前を捕らえようか。"神人"」

イタチの瞳にじわりと赤が浸食する。カナも紫珀も身を固くした。心音は唐突に跳ね上がり、全身が警鐘を鳴らしているようだった。三つ巴が瞳に浮上すると同時に、その恐ろしい能力・幻術に捕まらないためカナはイタチの顔から目を逸らす。だが紫珀は反応が遅れ、唐突に自分の体が思い通りに動かなくなった。

「く、くそ......カナ、早う逃げろ......!」

カナは紫珀を直接は見なかったが、その声色で捕まってしまったことは悟った。じわりと手汗が滲む。カナの瞳に映ったイタチの足が、じゃりと一歩前に出る。そのままゆっくりと近づいてくる。

「お、お兄ちゃんは......そんなことする人じゃない!」
「いい加減現実を見ろ」
「見てるよ!!幻術は、"今"のほう......!だから、私は!」

イタチが近づいてくるのを、カナはただ見ていた。写輪眼に呑まれないようにイタチの顔は見ないまま、接近してくる"暁"の衣を捉えていた。

それでもカナは動かなかった。捕らえようかとはっきり言ったイタチを前に、後方に尻込みすることは最後までないまま。
イタチとカナの距離は最小限までに縮まった。


「私は、お兄ちゃんから逃げない......」


もうどちらかが手を伸ばせば軽く届く距離。カナは無防備に自分を差し出しているも同然だった。緊張は張り巡らされていたが、拒むような警戒心は捨て去っていた。

沈黙の中でカナは強く目を瞑る。目を閉じれば幸せだった日常が次々と浮かんでくる。あの頃のイタチの穏やかな笑顔が瞼の裏に焼き付いている。カナはその笑顔こそを信じ続けた。だから今も、信じて、兄と慕った人に身を任せようと。

紫珀の息を呑むような吐息が聴こえた。それが何に対してかはカナにはわからない。

───頬に何かが触れる。

カナはそれには驚いて、思わず目を開けていた。


「お前に幻術をかけるためには......どうしたらいい......?」


写輪眼はまたも姿を消していた。懐かしい黒色がただカナを真っ直ぐ映していた。
過去のものとまるで変わらぬ表情。そして、カナの左頬に優しく添えられている手。

その感触を通じて何かが流れ込んでくる感覚には、カナは今、意識を向けられなかった。

「......お兄、ちゃん」

呆然とした声がカナの口から零れる。

イタチの右手が静かに下ろされた時、カナはようやくハッとして、目の前のイタチに縋ろうと前のめりになった。

「お兄ちゃん、やっぱり......!!」


だがその次の瞬間、イタチのその表情は消えた。
ちゃきり、と金属音を聞いてカナの背筋は凍った。見れば、イタチは下ろした手にクナイを持っていた。

「イタチ!!」

紫珀が怒鳴るのをカナは聞いているだけだった。


どこかで風切り音がする。森の中を走るような荒い風。
それが近づいてくる。あっという間にこの場に辿り着きそうだ。
"風使い"はそれを敏感に感じ取っていたが、今のこの状況で───クナイが徐々に迫ってくるこの状況で、そんなことを意識している余裕はなかった。



「オレの死に様か......」

憎しみの瞳で睨まれながら、イタチはすうっと目を閉じていた。だが、「では」と言った次の瞬間、その姿はサスケの隣に現れる。

「再現してみろ」

攻防は始まった。写輪眼を使う者同士の幻術合戦。体術を使っての攻防かと思いきや、相手を制したかと思いきや、それは一瞬にして"ただの幻術"へと変わる。サスケが草薙の剣でイタチの体を貫くも、そのイタチが何羽ものカラスへ変わるも、どれが現実かはお互いにしか掴めない。
どちらの写輪眼が、幻術が勝るか、の瞳術の戦い。

"今"の"現実"では、玉座さえも貫いた剣が、イタチを背後から一刺しにしていた。

「オレの質問に答えろ......答えるまでその胸の痛みは続く」

サスケの脳裏に過っていく、いつまでも靄がかからない記憶があった。あの惨劇の夜、家で両親の屍を足元に転がしていた兄を追った暗い夜道。暗部の衣装を身にまとい血のニオイを嫌というほど漂わせた兄は、その時確かにこう言った。サスケが開眼すれば、それで万華鏡写輪眼を扱う者は"三人"になると。

「三人目......もう一人の写輪眼とは......うちは一族とは誰だ?」

イタチは数秒沈黙した。朦朧とする赤の瞳はすっと細められた。濁るような感情が漂い始めている。
兄の次に殺す標的と定めている相手、それがサスケにとっての"三人目のうちは"だった。一族を皆殺しにしたタイミングでイタチが口にした同一族の者となれば、それは協力者に他ならない。そうなればサスケの復讐の対象になる。
再三それは誰だと問うサスケに、イタチはようやく応えた。

「うちはマダラだ」




写輪眼はカナが内側に入り込もうとするのを完全に妨げていた。
穏やかな表情から一変、クナイを振り上げたイタチはカナを確かに狙っている。だがカナは未だに先ほどの数秒のイタチに翻弄されていた。
確かに過去と同じ表情を漏らしたイタチ。どうして、それを隠さなければならないのか。紫珀が怒鳴っている声を聴きながら、カナは呆然とイタチを見上げるばかりだった。

クナイが切る風切り音は、他の音に邪魔された。


キィン___!!


クナイが宙に弾き飛ばされる。ゆっくりと弧を描いた後、ドス、とクナイの切っ先が地面に刺さった。
その音を追うように、しなるような音で木に刺さったものがあった。よく手入れされた短刀が深々と幹を抉っている。


「どういうつもりだ、イタチ......」


地を這うような声が沈黙した場に響き、目を見開いたのはカナと紫珀。イタチはひたすら冷静に短刀が飛んできた方向を見る。
森の陰からひっそりとそれは現れる。銀色が風にさらされた。紫珀はそれを目に入れたのち、強く歯を食いしばっていた。カナはただただ息を呑み、震えた。
久々に見たその姿は何も変わっていない。"暁"の衣がばさりと揺れた。

「アンタが弟と戦ってる間、そいつを相手にしろって言ったのは、アンタのほうだったと思うんだが?」
「!?」
「......お前が来るまでの間のただの時間稼ぎだ。大体オレは影分身だからな」

───北波はギラリとした目でイタチを睨んでいた。カナからすっと離れたイタチはただその目を受ける。互いに何かを探り合うかのように。先にフッと笑ったのはイタチのほうだった。「やはりお前は想像通りのヤツのようだ......」と意味ありげに呟き、北波を反応させる。どういう意味だと凄む相手にしかしイタチは何も言わなかった。

また一歩、写輪眼はカナから離れる。まずは一羽、カラスがイタチの体から出て行った。カナはハッとする。

「待って......!サスケと戦わないで!!」

だが次々とカラスが現れ始め、イタチの姿は足のほうから消えていく。写輪眼はただじっとカナを見つめるばかりだった。
カナが咄嗟に伸ばした手は、何かに触れた。

温かい、イタチの手。

目を丸めたままカナは消えていくイタチを見上げる。数秒、僅かに手を包まれた気がしたが、やはりイタチはもうカナになにも言わなかった。

最後に笑みを見たような気がした、その瞬間、イタチの姿は完全に数十羽のカラスに変わり、カナが触れていた手も消え去った。



うちはマダラ、と口にしたイタチは、数秒その口を止めた。その間すっと目を伏せてから、ようやく振り切るようにまた言う。

「木ノ葉隠れ創設者の一人......万華鏡写輪眼を最初に開眼した男だ」
「創設者...?そのマダラならとっくに死んでるはずだ。オレをおちょくってんのか!」
「マダラは生きている。信じる信じないはお前次第だ」
「戯言はやめろ!!」

サスケは聞き耳を持たないと言わんばかりにがなる。イタチを突き刺している草薙の剣を持つ力が強まった。イタチはさほど痛みを感じていないとばかりの表情だった。写輪眼の赤色は深い。その瞳で背後にいる弟を映す。
同時に重なる銀色があった。

「人は誰もが......己の知識や認識に頼り、縛られ......生きている。それを現実という名で呼んでな......」

カナと対峙していた影分身の意識が戻った。その余韻が残っているようだった。

「しかし、知識や認識とは曖昧なものだ。その現実は幻かもしれない。人はみな思い込みの中で生きている、そうは考えられないか?」
「一体何が言いたい?」

イタチの口がふっと緩む。

「マダラが死んでるというのは、お前の勝手な思い込みだ。かつてお前が、オレを優しい兄だと思い込んでいたように......カナが未だにそれを信じ切っているように」

ぴくりとサスケの眉間が動く。写輪眼には今という"現実"が映ると同時に、過去の姿も映し出す。
兄と幸せに笑っていた。稽古をつけてもらい、様々なことを教えてもらった。そこに次第にカナが馴染み、さらに賑やかになった場所でまた笑っていた。二人でイタチを兄と慕い、兄が向けてくれる笑顔にこちらも笑っていた。
その全てがたった一晩で覆された。身勝手なことを言ってサスケの幸せを奪った兄は、たった一晩で誰よりも憎い相手となった。

サスケはその憎しみを頼りに三年前に里を抜けるまでに至った。
カナは最後までその道に相容れないまま、先ほど初めて道を違えた。
全てはこの兄のせいで。

「アイツの考えに口出しするつもりはない......オレたちは互いに受け入れあって、ここまで共に歩んできた」

弟の低い声は淡々と言う。サスケの見えないところでイタチは頬の筋肉を緩めた。

「幼かった頃のオレは今のアイツと同じだった。幻にしか思えず、酷い幻術の中にいるのだと...そう思いたかった。だが今は、未だに幻術の中で眠っているアイツとは違う!」
「......」
「アレは、紛れもない現実だった!!」

バチィっと電流が鳴る。サスケの写輪眼は強い眼差しで後ろを振り向き、千羽の鳴く声は突き進んだ───玉座に座っているイタチへと。千鳥はイタチを貫かず、その頭の横で鳴き声を上げ続けた。サスケが刺していたイタチはまたも玉座ごと消える。うちはの瞳力の掛け合いだった。

「今のオレの眼は昔ともカナとも違う!オレの写輪眼は幻術を見抜く!!」
「......相変わらず強気な物言いだな」

無傷の姿でサスケを眺めているイタチは、その言葉とりあえず受け取っておこうと、静かな声で返した。


 
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