瞳に広がる星の数のように、私には数えきれないほどの記憶がある。

一番遠くにあるのは悲劇。それは他の星よりも輝きが強い一等星で、他の星の輝きを奪っている。
あれがあるから今の自分がいるのだろうと思う。
遠い遠い記憶が一番身に染みていた。
忍になりたいと思ったことから、大切な人たちを護る覚悟を決めたことも、人を殺す覚悟に踏み込みきれないことだって、全てあれが始まりだった。
それからも点在する哀しみは、それに引き寄せられるように居座っている。
記憶が人格を形成する。
もし、あの星がなければ、私は今頃どうなってたんだろう?

だけど、星はなにも一等星だけじゃない。星は輝きが弱くなるほどその数を増すのだ。
どれだけ弱くとも、あんなにいっぱいある星は、全部笑った記憶だった。
家族になってくれた。仲間がいてくれた。みんなが笑ってくれた。そうして受け入れてくれた。
たくさん、たくさん、幸せをもらって。
やっぱりそんな記憶も、私っていう人格を形成する一部になった。

今の私は、他の人たちと同じように、いろいろな記憶をごちゃまぜにして、やっと生み出された存在だ。
でも例えばもし、あの全部がなければ、私は今頃どうなってたんだろう。
一等星がなければ。
一等星だけが残って、他の星たちが、全部消えてなくなってしまえば。......



星たちを見上げるカナは一人だった。三人に言った通り、数時間だけ休息をとって、今は香燐と交代に寝ずの番の役割を担っていた。夜風を感じて気配を探る。自分たちも追われている側だということは分かっている。"音"の里が崩壊したという噂はもう十分横行しているのだ。それを木ノ葉側が聞きつけていて、探索に向かっているかもしれないとは十分に考えられる。

木ノ葉、と密かに脳内で唱える。

木ノ葉の仲間たちに、カナはもう自分の本音を教えてしまった。正確にはシカマルにだけだが、彼が火影や仲間たちに言うだろうことは明白だし、カナにはどの範囲の人物にまで伝わったのかわからない。同期と...里の上層部。それに、カナを捕獲する時のための予備知識として、ある程度の実力者たちには伝わったかもしれない。
しかしそれらを差し置いて、カナが一番懸念しているのは、自分を姉と呼んで慕ってくれたあの小さな子供のことだった。
木ノ葉は里を家と呼び、そこに住む者たちを家族と呼ぶ。そうであれど実際に家族として過ごした人たちは特別だ。祖父や叔父をなくし、残された小さな少年は今、どうしているだろう。

記憶が人知れず浮かび上がる。

木ノ葉丸との、三代目との、アスマとの。ナルトやサクラ、カカシとの。同期たちとの。今も一緒にいるサスケとの穏やかな記憶だって他と変わらない。笑った日々がなつかしくて酷く恋しい。あとどれだけ経てば、どうすればあそこに戻れるのか。

あの記憶の中の日々のように。

それからーーーそれから。

『カナ』

いつも優しく名を呼んでくれた、兄のような声が耳に反響する。思い出すと今もーーー今だからこそ、涙が溢れそうだった。


風がまた吹く。風で感じ取る気配を調べ上げる。その瞬間、カナはすっと顔を上げた。
大げさには驚かない。振り向くと、その姿がいる。
頭や体中に包帯を巻きつけたその姿は、まだ万全とは言い難いだろうに、だからどうしたと言わんばかりの顔をしてそこにいた。
民宿の屋根の上で、二人の視線は交じり合う。寝ときなよとか、体が冷えるよとか、そんないつものような言葉はカナの口から漏れなかった。
ゆっくりと立ち上がって、カナは目の前にいるサスケ───幼なじみと対峙した。

「......サスケ。私......もう一度言っておくよ」

恐らく、今、二人はどちらも予感していた。明日に起きるであろう様々なことを。その結果はどうなるか分からない、けれど、何かが変わってしまうであろうことを。

「私は......私は、サスケには、一定のところまでしか力を貸さない」
「......ああ」
「サスケが彼と戦うことになったら、私は全力で止めようとする」
「ああ」
「彼は私にとって、今でも大切な人だから。私はただ、会って話を聞きたかったから......だから、今日までこうして......」

胸の奥からなにかがこみ上げてくる。叫びだしたいくらいの熱だった。
思い返せば思い返すほど優しい笑顔を向けてくれた人と、目の前のサスケが、これからきっと、戦ってしまう。あんなにも一緒に笑っていたのに。あんなにも二人は幸せそうだったのに。
どうして、こうなってしまったのか、一つもわからないことが辛かった。

「本当は......やめてほしい......!」

カナの口から溢れるように言葉が漏れた。
サスケの目的に口を出したのは初めてだった。その苦しみを知っているからこそ黙っていた。サスケの選択に文句など言えるはずもなかったのだ。だがそれは、文句ではなく、嘆願だった。

「だって......サスケだって見たって、言ったのに......あの時、彼は......お兄ちゃんは、泣いてたでしょ......!?」
「......気のせいだ、って言ったはずだ。オレたちの願望が見えただけだって、言っただろ」
「そんなわけない!絶対そんなわけ、」
「無駄だ、カナ。オレはオレの復讐の道を変えない。同時に、お前にもなにも言わない......お前はお前がしたいことをすればいい。自分の道を進め。オレとは違う道であろうと......今度こそ、自分の道を」

サスケの目はただカナを見ていた。俯いて震える銀色を見つめていた。そこに宿る意志は絶対的だが、意見をたがう者を見る目に敵意は一切なかった。カナは顔を上げてその目を受ける。今のサスケの瞳の色が尚更胸に突き刺さるようだった。その瞳は今だけは自分に向けなくてもいい。ただ、一度でも、彼自身の兄に向けてほしかった。

何もかもを呑み込んでくれるような瞳。時たまカナに向けられる、今のサスケの瞳が、カナは一番好きなのだ。

「例えそうして意志がバラバラになったところで、オレとお前が同志だということに変わりはない。そして......」

サスケはゆっくりとカナに近づいていた。その間、カナはじっとサスケを見続ける。同志、とカナは自分の口でぽつりと反復する。命を懸けてでもやりとげたいことがある同志だと、前にもサスケは言った。カナもそれが一番自分たちに当てはまる言葉だろうと思っていた。

サスケは目の前で止まる。その距離は、一歩分。あと一歩、たったそれだけ進めば、互いに触れられる距離───。

「全てが終わるまで、この距離も......変わらない」
「......うん......わかってる......」

それが二人がした決意。どちらかが口に出したわけではない。二人の関係について、どちらも特別言及をしたことはなかった。そうでなくとも悟っていた。もう数年前までの、あの居心地のよかった距離を保っているわけにはいかないのだと。互いの意志のために。

カナは目尻を下げて自嘲気味に笑う。こみ上げた感情の名がわからず、何かを言うことはできなかった。それで、一歩下がって、目を背けるようにサスケに背を向ける。

「ごめん、引き留めて......サスケ、まだ寝なきゃ。回復しきらないと......」
「......お前は?」
「私は見張り番。もう仮眠もとったから平気......サスケみたいに戦ってないしね」

暫くの沈黙の後、そうか、と一言返ってくる。うん、と頷いたカナは、その気配がゆっくりとだが遠ざかっていくことに安堵した。これ以上同じ空間にいたら何かとんでもないことを言いそうで怖かった。
だが、その時不意にどくんと心臓が警鐘を鳴らした。
その正体に気づいたカナは逐一振り返っていた。

「サスケ!」
「!」
「サスケが言ってた......"暁"の、面を被ってる人。あの人は......あの人には、気をつけて。なるべく......接触しないで」

それがカナの言える精一杯だ。顔色が変わったカナに気づいたのだろう、サスケは無言で頷いてから、ふっとカナの視界から消えていた。
すっと肩の荷を下ろしたカナは、また星空を見上げる。そうしながら風を周囲に散らし、何かしらの気配がないか探し続けた。
だが夜の訪問者は"同志"一人のまま。暗い夜闇は静かに白んでくる。
次の日がやってきた。


ーーー第四十四話 貫く者たち


日はもう随分高く上った。宿場町では平和な空気が流れている。"蛇"が泊まった宿屋も階下ではパタパタと足音がして忙しそうだ。これから起こるであろう戦闘が嘘のようである。

サスケはまだ布団で体を休めている。香燐は買い出しに行って今はいない。重吾は窓辺に寄る鳥たちと戯れて楽しそうだし、カナは壁にもたれてサスケ同じく寝息をたてている。水月は実に退屈そうにあぐらをかいていた。一番仲が悪いとはいえ、香燐が一番の話し相手になることは否定できない。

「あの女遅いね......買い出しにいつまでかかってる」
「そう急ぐことはないだろう。サスケの体が回復するまで」

水月がいかに退屈を感じているか知らない重吾が答える。ただ、正論ではあるので「そりゃそうだけどさァ」とぶすくれた。生憎水月は鳥とは話せないのだ。重吾は鳥たちとのおしゃべりに興じているのかもしれないが。視線をサスケに変えて、カナに変える。髪に隠れて顔は見えないが、肩が静かに上下しているのは見える。

昨日のあの時、どう考えても様子がおかしかったはずのカナだったが、今朝起きてきてからは何も特別なことがなかった。何かしら違いが出るはずだと思ったところがそれだったので、拍子抜けしたのは何も水月だけではないだろう......重吾は何も考えなかったかもしれないが。
カナが唐突に歌いだしたこと、それから重吾との会話内容を思い出し、水月は顔を窓辺に向ける。

「ねえ。カナのあの歌って、なんだったの?」

重吾が見返す。小鳥のうちの数羽はカナの周囲で羽を休めていた。

「なんだったって、どういう意味だ?」
「いやさァー......重吾なんか知ってる感じだったじゃん。安心するとかどうとかって」
「......まあ」

水月は片眉を上げる。重吾はなにやら言い淀んでいるようだった。ようやく、「すまない。話さないように言われてるんだ」と答えが返ってきて、水月は不満そうにため息をつく。「まーいいけどさ。別に」とそれだけ。思い返したカナの歌が、勝手に耳に響いてくる。それをさっさと消したくて水月はぱっと立ち上がった。暇つぶしも兼ねて。

「僕は少し香燐の様子を見て来るよ。今は二人とも寝てるんだし、頼むから発作は起こさないでくれよ」
「ああ、分かってる」

ふすままで歩きながら重吾に声をかける。それから引き戸に手を伸ばそうとした、瞬間。

「起きろサスケェ!!」

ドカ!!と乱暴な音と共にふすまが蹴り倒され、水月は「ぐあ!!」とそのまま下敷きになってしまった。小鳥たちは驚いて飛び立ったし、カナはびくりと飛び上がって顔を上げる。そこにいたのは香燐、突飛た感知能力を持つ彼女は真剣な表情をしていた。

「追っ手だ。どうする?」

その言葉にカナも重吾も顔を引き締める。すっと目を開けたサスケは数秒ののちに上体を起こした。

それが木ノ葉にせよ"暁"にせよ、こんなところでのんびりしているわけには行かない。サスケの決定で全員は動き出し、すぐに用意を整えて宿場町を出た。カナは風でその追っ手とやらを感じようとするが、どうやらまだ余程離れているのか、香燐の感知能力ほどの範囲は探せない。

「もういいのかいサスケ?」
「ああ。大蛇丸の力を取り込んでからキズの治りが早い」

新しい黒い装束姿のサスケは確かにもうふらつきもない。まだ包帯は巻いているが本当に万全に近いのだろう。全員の準備が完了し、一行は出発しようとする。それを引き留めたのは香燐の提案だ。

「"暁"にしろ、木ノ葉にしろ。イタチの情報を持ってるかもしれねえんだから、待ち伏せしたらどうだ?サスケ」
「いや。追っ手の人数がお前の話通りなら、そいつらは十中八九木ノ葉だ。"暁"は必ずツーマンセルで動く」
「......もし木ノ葉なら、遭遇しただけで厄介なことになると思う。殺される心配はないけど、捕獲するために足止めをくらうよ」
「ああ......お前ら、二人とも追われてるのか」
「だとすると、待ち伏せしても時間の無駄になるね」

そういうことだ、とサスケは言って歩きだす。なら追っ手はどうするんだと香燐が言えば、最悪お前らで止めろと横暴なことを言い出すが、それに意見できる者もいない。"暁"のアジトの場所は重吾・カナの能力で見当がついているし、最近使われたであろう場所も把握済みだ。"蛇"の次の目的地は比較的ここから近い。

香燐の意見は却下され、方針は決まったとサスケはさっさと歩きだす。それに水月が続き、カナも続こうとしたところで、香燐に重吾と共に呼び止められた。「カナ、重吾。ちょっと」と香燐は不自然にこそこそしている。先にカナが手招きされ近くに寄った。

「お前、何か自分のニオイがついてるモノ持ってないか?」
「ニオイ?......これくらいしか」

カナがばさりとコートを脱げば、香燐はそれを受け取ってクナイを手に取った。重吾と共に訝しがって見ていると、更に香燐は懐からなにやら汚れた布を取り出す。

「二人で小鳥を集められるだけ集めてくれねーかな」

それは昨日の戦いでボロボロになって捨てたはずのサスケの上着だった。香燐はにやにや顔を隠しきれていない。カナはさすがに内心身を引いてしまった。重吾が純粋に問いかけるとさらに焦る香燐はわかりやすい。

とにかく、サスケとカナのニオイのついたそれらの服を使い、追っ手を撒こうということだった。木ノ葉の忍は追跡に好んで犬を使う。どうやら追っ手の中に多数の犬がいるらしい。犬と聞くとカナは同期の一人や過去の上司を思い浮かべるが、まさかと思って打ち消した。
サスケの服の入手方法はともかく、その作戦には同意して、二人は小鳥たちに呼びかけた。 一羽一羽に頼み、いくつにも裂いた布きれを持たせ四方八方に送り出す。その作業が追わった頃にはサスケと水月の姿はもう遠く、水月が振り向いて早く来いと怒鳴っているようだった。

「行こうか」

重吾がまず歩きだし、香燐とカナも続く。近づけば近づくほど「遅いよ」云々文句を言っている水月の声が大きくなる。サスケも後ろを振り向いていたが、三人の姿が近くなるとまたさっさと行ってしまう。眉を吊り上げている水月を重吾が宥めているようだ。

「...なあ、カナ。...昨日のアレ」

呼ばれてカナは静かに顔を向ける。香燐の言葉がさし示したものを悟るのは容易い。なに、と聞くと香燐は僅かに口ごもる。

「お前、狸寝入りしてたろ...しばらく。ウチが話しかけても」
「...ばれてたんだ」
「あんなにすぐ寝るような無神経には見えないからな...」

気まずそうに目を逸らす香燐。カナもそれで目を前に戻した。一通り文句を言い終えた水月は今度はサスケに話しかけている。どう考えてもこのメンバー1のおしゃべり好きだ。サスケがそれに応えているかどうかは定かではない。重吾は肩に乗っているリスに穏やかに微笑みかけている。「...あのさァ」、とまた口を開いた香燐は、やはりまだ気まずそうにしている。カナはまた「なに」、と聞き返す。
しかし、今度こそ香燐のセリフは突拍子もないものだった。

「お前、サスケが好きか?」
「.........え?......今、それ聞くこと?」
「い、今までだって聞きたかったさ。ただなんとなくタイミングが......それになんか、今じゃなきゃダメな気がする」
「どういう...?」
「根拠なんてねーよ。カンだ、カン。別にいつだっていいだろ、早く答えろよ。それともなんかやましいことがあんのか?」

いつもだったら恥じらって何度も噛むはずの香燐が、本当にいつになく正常な口ぶりで、それで真剣な顔をしている。香燐のカンとやらはどうか知らないが、数秒困惑したカナはとりあえず考えた。答は出ているので、どう答えたらいいか、を考える。隣にいる彼女はサスケに恋をしているのだから。

「...もちろん、好きか嫌いかの二択なら、私は前者を選ぶよ」
「...それは...」

香燐が言いたいところを察してカナは先回りする。

「でも、それは香燐がサスケに抱いてるような想いじゃないことは確か。恋慕だなんて考えられない、考えたこともない...と思う。ーーー香燐は知ってるでしょ。私は三年前のあの試験でもサスケと同じ班だったし、それよりもずっと前からサスケと一緒にいる。今更 恋だとかは...本当に、ただ仲間だっただけ」

三年前のあの試験。
出会ったことがある。いや、出会ったというのは言いすぎかもしれない。カナは遠目から香燐を見ただけだ。あの死の森で、サスケに危機を助けられて震えていた、赤毛の眼鏡をした草忍を。恐らくは数秒目が合ったと思う。だからこそ、音隠れでその成長した姿を見た時は目を丸めた。その時はカナも確証をもてなかったが、香燐も同じような反応をしたことで確信した。
こうやって今 カナが波を立てることなく香燐と話せるのは、一重に互いの過去の姿を知っているからだろう。

「...それ、サスケには本当に言ってないんだな?」
「言うなって言われたから...本人が自分で覚えてるかどうかは知らないけど」

声を潜めて香燐は念を押したが、とりあえずのカナの返答に安堵の息をついた。なんで隠すの、と追ってカナが聞くが、いいんだよ別にとそっけなく返す。今香燐がカナに聞きたいことはそういうことではない。

「じゃ、サスケはただの仲間なんだな?」
「まあ.........」
「わかった。それはもういい。ウチが本当に聞きたかったのはこっちだ。−−じゃあ、ウチらは仲間か?」

カナが息を飲むのを香燐は見ていた。もう一度はっきり言う。

「お前がずっと一緒にいた、サスケと同じ、仲間か」

香燐の脳裏には昨日の重吾と水月の話がよみがえっている。本来のカナは殻を隔てたところにいるらしい。確かに言われてみれば、今のカナは、三年前に数秒見たカナとは違う気がする。あの時のが本当のカナなら、サスケは本当のカナが仲間と認めた人物だ。
そのサスケとーー同等か、と香燐は問いかける。
「それ、は......」と明らかに逡巡しているカナが目の前にいる。何かが香燐の胸に立ち込めた。それをぐっと押し殺して、冷静に続ける。

「あの時の...歌ってた時のお前は、いつも見てたお前とは違った気がした。...それは多分、水月と重吾も。だからなんとなく気まずい感じがしたんだ」

重吾はなにやら知っている様子だったが、水月は明らかに訝っていた。目の前のカナが本当にカナなのかわからなくなったからだ。

「あれがお前がいつも隠してる本来の姿なら。...ウチらは全然知らなかった。ウチらは、まだ仲間になれないのか?」

香燐の声を聴きながら、カナは奥歯を噛み締めていた。
視線の先では水月はなにやら楽しそうに喋っていた。重吾がサスケの体を気遣っていた。そして、香燐が、その瞳をひたむきにカナに向けていた。その三人に向けているものはなんなのかと、問いかけられていた。
昨日思ったことがある。思ってしまったことがある。三人は何も悪くない。問題があるのは、カナの心の中...過去の鎖。

「(仲間だよ......紛れもなく、香燐たちは、仲間だよ)」

答はあった。カナはもう昨日から答を出していた。新たに小隊として集めだしてから、もう何日もずっと一緒にいて、何度も会話を交わし、その中には目的とは関係のないくだらない話もあって、自制が効かず笑ってしまったこともあって、三人の笑顔も何度も見て、それでーーー昨日、カナは重ねてしまった。
第七班で笑いあった日々を。あのなんのしがらみもなかった頃を。そこまで思ってしまっては、否定できる余地はなかった。

だが、カナは今それを、香燐に伝えきれなかった。
否定できる余地はなくとも。木ノ葉にいる仲間のことを思ってしまうと。

「.........わかったよ」

不意に、香燐の低い声がカナを貫く。香燐の赤い髪がさっと隣から消えて前を歩いて行く。それでも、「ほら、また遅れ気味になっちまった。早く行くぞカナ」と声をかけてくれるその姿に、カナは息をのむ。
それでも震える口からは、うん、との一言しか漏れなかった。

仲間と、言えなかった。



香燐の狙い通りに木ノ葉は混乱していた。朝方出発して暫く、何の異常もなかったキバの嗅覚が、突如惑わされたのだ。つい先ほどまで一か所に留まっていたニオイが動き始めたかと思うと、いきなりニオイが散り始めた。無いのではない、あちこちにありすぎるのだ。これではキバが一人である以上追うことはできない。そこで、ナルトがお得意の多重影分身で、ニオイと同じく縦横無尽に駆け始めた。ここまで来たら無我夢中だった。それしか方法はなかった。

それからしばらくで原因が小鳥たちにあることを知る。それで当然思い浮かべた銀色の姿に歯がゆい思いをした。あちらは遭遇することを望んでいないらしい。こちらがこんなにも探し回っているというのに。
ナルトは駆け続けた。当てもなく森を見渡すだけだった。周囲を見渡し、気配を探し、草の根を分けて必死に探した。懐かしい友の、仲間の姿を。

ーーーその時、二人のナルトが、別々の場所で、同時に誰かの姿を捕らえた。

一つは真紅の瞳。

「(サスケ...!?)」

一つは銀色の髪。

「(カナちゃん!?)」

だが、二人のナルトは別々の場所で、その予想を外していた。現れたのは、探していた二人とよく似た容姿の持ち主たち。
ーーーうちはイタチがナルトを見ていた。ーーー北波がナルトの気配に気づいて顔を上げていた。
二人の"暁"は、それぞれの方法で、最後には影分身のナルトを消した。

その記憶がオリジナルに戻り、仲間と走っていたナルトはハッとする。

「二人、見つけた...」
「!? カナとサスケくん!?」
「いや、違うってばよ。うちはイタチと...」

北波の名前が思い出せなくてナルトはそこで止まるが、「イタチを見つけたのか!どこだ!?」とカカシが詰め寄る。だがそれにもナルトは無念そうに首を振り、「あっちも影分身だった。だから今の居場所はわからねえ」と返す。幻術の中でナルトに話を持ち掛けた跡、無数のカラスとなって姿を消したイタチを思い浮かべ、次にもう一人も思い浮かべる。

『懐かしいな。あのチビが随分成長してんじゃねーか』
『お前...確か中忍試験の時の...!音隠れだろ!?なんで"暁"のコート着てんだってばよ!』
『...あー、お前は知らねえだろうな。オレは最初から"暁"だ。そんでもって、オレは別にお前に興味はねーんで、おしゃべりに使う時間もそれ以上の質問に答えてやるつもりもねえ。影分身だろ?さっさと消えな』

九尾の人柱力であるナルトに、興味がないとまで言い切って、北波はさっさと手裏剣を放ってナルトを消した。その潔さに呆気にとられてそれを避けられなかった。

「サクラちゃん、カカシ先生、カナちゃんが中忍試験の予選で当たったヤツの名前って...」
「ハァ!?今は関係ないでしょ!」
「いや、それが、二人のうちの一人がそいつだったんだってばよ」
「!?」

聞いていた他のメンバーも目を丸める。ヒナタは特にじわりと冷や汗をかいた。あの時のカナの試合は誰にとってもいい記憶ではない。カカシが俯いて、「確か、北波...」と名前を思い出す。「そう、そいつ!そいつが、"暁"のコート着てたんだってばよ」と続けると、更に驚きの声が上がる。唯一カカシとヤマトだけが冷静だった。

「そういう噂を聞いたことはあったよ。確証はなかったけど。先輩も知ってましたよね」
「ああ。ナルト、何かされなかったか?」
「それが、オレには興味ねえって言ったんだ。んであっという間に消された。イタチもそんな感じで...」
「興味がない...?」

"暁"は総じてお前を狙っているはずだろう、何故なら人柱力なのだから、とシノが言う。そんなことはナルトとて分かっている。だから訝っているのだ。イタチに至っては三年前の前科があるはずなのに、カラスを口の中に突っ込んでくるというわけのわからないことをされただけで、十分あったはずのダメージを与えるチャンスを棒に振った。
沈黙を破ったのはカカシだった。「まさか...」と冷や汗を流して顔を上げる。

「...音隠れが潰れたと聞いてもう結構経つ..."暁"側がそれを知らないはずがない。そして、この近くにサスケとカナはいるはずで、更にイタチと北波までもがいる...」

誰もが固唾を飲む。そうして情報を整理されれば、これからのことが予測できる気がした。

「イタチと北波、二人はそれぞれぶつかる気だ。イタチはサスケの復讐を迎え撃ち、北波はカナとの因縁に結末をつける」

サスケの復讐心は言うまでもない。北波とカナの因縁は、正確に二人の間になにがあったかは知らずとも、あの試合を見たものなら誰でも感じたものだ。
二組は必ずぶつかり合う。−−−その時までもう長くはない。結末など想像できるはずもない。

前方を睨み見たナルトは、二人の仲間の名前を呟いて、早く二人の姿を見つけられるよう祈った。



ーー次第に鼓動が大きくなっているような気はしていた。

茂みを分け入り歩き続ける。暗い木々の下を通っているその先に光が見えた。

ーーあったのは予感だけだ。何も知るはずがなかった。

視界が開けた先に見えたのは、切り立った崖の中腹付近にある、暗闇の入口。
この先か、とぼやいた"同志"の声が耳に響いて、見る。黒髪が生ぬるい風に揺らされ、その双眸は真っ直ぐ目的を見据えていた。

ーーダメだ、と思った。その詳細は自分でも定かではなかった。

「お前たちは命令するまで待機してろ...オレが見て来る」
「私は行くよ」

驚いた顔をしたのは視線の先の彼ではない。一斉に向けられた目には振り向かず、カナはじっとサスケを見ていた。ゆっくりとその視線が合う。互いに何を考えているのかが分かっていた。そしてなにも言わず歩きだしたその背を、カナは追いかける。

「ちょ、ちょっと!?サスケいいの、カナは連れてって!」
「問題ない。...ただ、覚悟しておけ」
「はァ!?なにを!」

それきりサスケは口をつぐんだがために、残された三人はただただ目を疑い、暗闇の中に消えていく二人を見ていた。

闇の中は広かった。
二人の押し殺したような足音だけが音を刻む。
どちらもなにも言わない。
闇の中だけを見ていた。
進むたびに闇は二人を呑み込む。
闇はどんどん深くなった。
まるで一切を晒してたまるものかと。
隠したものを探させてなるものかと。
闇は二人を受け入れながらも拒み続ける。
決して最後まで近づけさせまいと言わんばかりに。

最奥で、二人は止まった。
そこに誰かがいることは感じていた。

動く気配がする。

来たか、とそれは言った。

誰だ、と弟は応えた。

「オレだ。...サスケ、カナ」

暗く哀しい赤い瞳が露になる。それは紛れもなく、二人がかつて兄と慕った人。
お兄ちゃん、と震えた声は、闇の中に霧散した。


 
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