天は、まるで嘘つきな誰かの代わりだというように、何度も何度も涙を流していた。そうしなければ収まらないというように、しとしと、しとしとと落とし続けていた。嘘つきな誰かはそれを見上げ、その恵みに気づき、甘んじて涙を受けるために、足を踏み出して前に進む。しとしと、しとしと───それでも嘘つきは、誰かに心を見せることはなく、暗い瞳に潜む温もりはじっとうずくまるだけだった。


「お体に障りますよ......」

───雨に体を晒すイタチに、鬼鮫が声をかける。それでもイタチは動かず、じっと雨を見続けるだけだ。

「冷酷なアナタが今何を考えているのか......それは分かりませんが。ここからだと泣いてるように見えますよ。弟さんのことなら残念でしたね......これでうちは一族はアナタ一人になってしまった」
「......いや」

雨音のする中で、鬼鮫の言葉を聞き、イタチはようやく一言返した。
デイダラの大爆発が知れ渡り、組織の諜報役がイタチの弟も巻き込まれたと言った。ゼツは隠密行動に長けている、だから、疑うべくはないはずだった。だがそれでも、兄は言うのだ。「アイツは死んでいない」、と確信を持った声で。
それからか、密かに雨音が小さくなっていく。しとしと......ぽつぽつ。「どういうことです?」と疑ったかりそめの仲間の声に、イタチは答えなかった。

「雨が、やんだな......」

雨音が消え、残ったのはわずかな水たまり。写輪眼はそこに瞳を落とすが、水面は体面を映すだけで真実を映すわけではない。

鬼鮫はもうなにも言わずに秘密主義者のパートナーを見つめていた。時折どこか遠くを懐かしむように見ていることは知っていた。だが、それだけわかっても、イタチはそれ以上は近づけさせない。何よりも固く高い壁は相手が誰であっても消えることはなかった───はずだった。

それが最近、一度だけ薄れたことがある。感じたのは何も鬼鮫だけではなかっただろう。
あの時の、北波の質問に迷うことなく応えたイタチ。あの時だけは。

「......ようやくここがわかったか」

突然言ったのはイタチだったが、鬼鮫も驚くことはない。二人の後方に立つ忍にはもう気づいていた。その歩は声をかけられて一度止まったが、また一歩ずつ近づいてくる。「ああ......どうやら間に合ったみたいだな」といつもよりどこか低い声で言う。

「あと少し遅かったら、もう動くところだった」
「これでも急いだんだ。そう言うな。......ところで、アンタらとこうしてちゃんと会ったのは初めてだな」
「組織の連中に間近で会いたいなんてまったく思いませんからね。ツーマンセルの相方以外で会うのは中々珍しいんですよ」

北波は、へェ、とさして興味もなさそうに応えた。一度鬼鮫と合った視線は、だがそれ以降はずっとイタチに注がれている。イタチもそこでようやく振り返り、北波と目を合わせていた。

ペインの術でいつも幻身だけを引き合わされていたが、その時に二人は特別会話をしたこともなかった。お互いに向かって話したのはこの前の件が最初だと言ってもいい。つまりほぼ関わりがなかった。
にも関わらず、二人は今、何かを共有しているような目をしていた。その、奥底で求めているものか。

次に切り出したのは鬼鮫だ。「どうやらお邪魔なようなので、席を外しますよ」とそれだけを言って肩を竦め、鬼鮫は近くの洞穴へ入って行く。北波がそれを目で追ったが、特別何かを言うことはなく、またイタチに目を戻していた。

「......こっちの要望に応えてくれて感謝してる。だが、オレが言いたいことはわかるよな......なんで応えてくれたんだ?」

ひたすらに冷静に。イタチが北波の望む答をくれる可能性は少なかったが、それでも聞かずにはいられなかった。なによりもそれが北波の内面に関わるがために。真っ直ぐイタチを見て、その口が動くのを待つ。

「......お前はカナに接触したいんだったな」
「!......そうか、アンタ、あのサスケってガキの兄か。......里抜け前にアイツと接触してたことがあるのか」
「ああ......だが安心しろ。だからってお前の目的を止めたいわけじゃない」

北波は依然としてこのうちはイタチという男が掴めない。その瞳が何を求めているのかがわからない。"暁"という非合法な犯罪組織に属していながら何も求めていないように見える。何かしらの目的を持っていて、そのために組織に利用されながらも利用する、そんな他のメンバーには当てはまるわかりやすい公式が、この男にだけは無い。だからこそ、イタチが何をしたいのか、全く読むことができないのだ。

「オレがお前に親切をしてやったのは、他でもない。こっちも叶えてほしい要望があったからだ」

その先が読めない口でイタチは言う。北波は息を飲み、それから眉根を寄せた。

「フェアじゃねえな。まずそれを教えてから取引を成立させるもんだろ。オレはもう叶えてもらったんだから、叶えてやるのが義務になるじゃねえか」
「だから、安心しろと言っただろう。お前には願ったり叶ったりの義務を用意してやったんだ」

赤い瞳は相手に何も伝えない。目で語るということを絶対的に閉ざしている。その目を見ながら、北波は黙ってイタチの宣告を待っていた。


ーーー第四十三話 嘘吐き


"暁"デイダラの最後の爆発は、木ノ葉が仲間たちを追う手がかりを残すに至った。既に二小隊の大半のメンバーが集まっている中、遅れてカカシの忍犬率いるナルト、ヒナタ、ヤマトが到着する。「何があったんだってばよ!?」と待ちきれずに言ったナルトに、答えたのは拳を握ったサクラだった。

「サスケくんが、さっきまでここにいた形跡があるの!」

ナルトは目を見開く。「サスケが...!?」とぼやいた声は驚きで最後まで続かなかった。忍犬たちがその場に集まり鼻面を地面に押し付けている。その彼らと同じくらい敏感な嗅覚を持つキバが断言する。

「あいつのニオイが、微かだが残ってんだ。そのサスケのに混じっていくつか他のニオイもあって、そん中にはカナのもある」
「カナちゃんのも......」
「この地形の傷跡からしてここで戦闘があったと考えられるが......」
「...!やっぱりだ」

ぐっと鼻面を上げて小隊を見上げたのは、サクラと共にいた忍犬の一匹だった。サクラは単独での探索中、一度この忍犬に、サスケとカナ・二人とものニオイがすると言われたのだが、その時は結局明確な手がかりを得られないまま終わった。それが、今この場でまったく似たようなニオイがするという。サスケとカナのニオイが混じった他の人間のニオイ。

「どうやら二人の近くについて、一緒に行動しているヤツらがいるようだ。同伴者がいる」
「......なるほど。恐らくあいつらは小隊を組んで移動しているな。他の七つのニオイのうち、二つは"暁"だろうが......」
「......同伴者がいようがいまいが、とにかく今はここにあるサスケのニオイを追うってばよ!」

ナルトの意気込みに、しかし「それはダメなんだ」と忍犬パックンが応える。食って掛かろうとする様子にはカカシが。

「ニオイがここで無くなってるんだ。だから立ち止まってる」
「なんで!ここにあるニオイは分かるんだろ?」
「こういう場合は......サスケも爆発に巻き込まれて消し飛んだか、あるいは時空間忍術で飛んだと考えるのが普通だ」

消し飛んだと聞いてナルトはぎょっとする。相手はあの"暁"であろうから、安直に否定はできない仮定だ。「そんな......まさか、そんなこと」とサクラが表情を硬くして俯く。ナルトはそれに何も言えず、救いはないかと仲間たちの顔を確認して、そこでその中の一人が何やらじっと印を組んでいることに気づいた。
「......キバ?」と声をかけると、ちょうど印を解いて目を開けたキバがニッと口元を上げた。

「大丈夫だ。どうやら後者のようだぜ」

ぱっと全員が犬塚家の跡取りの顔を見ると、「今のオレは犬以上に鼻がきく」とキバはすっと遠方の地に目をやる。

「見つけたぜ。二人とも!」
「...! 案内してくれ、キバ!」

ナルトが今にも駆けださんとばかりに踏み込む。おうよ、と応えたキバはひらりと赤丸に乗り、それに全員が続こうとした。
ただ一人を除いて。
カカシは一人、すっと空模様を見上げていた。爆発の影響で雲が四散した空が、もう徐々に暗くなり始めている。探索から既に数時間が経過したのだから当然のことだ。これからは一気に夜が来るだろう。

「カカシ先生、早く!」
「いや、待った。その前にキバ、もう一度確認してくれ。オレが思うに、二人のニオイは今動いていないと考えられるんだが、どうだ?」

根拠はこの戦闘の跡だ。ニオイからするとサスケは一人で"暁"と対峙した。それで生きているということは勝利を得たのだろうが、その時の戦闘の凄まじさは想像以上だろう。"暁"と交戦して無傷などということはあり得ない。どこかしらで休息をとっていると考えられる。カカシがそう睨んだとおり、もう一度印を組んだキバは「確かに。どっかの街で止まってる感じだ」と応えた。

「よし。では、焦って今追うことはない」
「はァ!?なんで!」
「考えてもみろ。こっちが迫ったら多分、あっちも気づかないということはないだろう。アイツらだって追われてることは承知のはずだから、なにか対策手段を考えてるに違いない。それで逃げられて、鬼ごっこになって、さらに夜になってみろ......もしニオイを辿らせない手段を使われたら、暗闇の中でのかくれんぼになってしまう」

それが追う側に圧倒的に不利になることは明白だ。ぐっと詰まったナルトと同じように、他のメンバーも唇を噛んだ。

「キバ、悪いが今晩は二人のニオイに集中してくれ」
「......了解ッス」

二人のやり取りが決定的になり、木ノ葉の陣営は一時休戦することとした。



何よりもまずサスケの体の回復を最優先すべく、小隊"蛇"は宿場町まで移動し、そこの一軒で部屋を借りていた。
使い物にならなくなった服は脱ぎ、畳に敷かれた布団の上に座るサスケは、自分の小隊のメンバーと対峙している。自分の体調もかえりみていないが、チャクラを使いきったせいもあるだろう、顔色は良くない。

「で、イタチの情報は集まったのか?」

体の調子云々よりも自分の目的なのだろう。「ボロボロのてめーがえらそーに言ってんじゃねえよ!」と素直じゃない香燐がまず口答えする。暗にサスケの体調を気にしているのかもしれない。

「"暁"ってヤツらの情報はいくつか掴んだけど、うちはイタチについてのハッキリしたものはなかったよ」
「......ウチはチャクラを探ったが、周囲にそれっぽいヤツはいなかった」
「あ、そうそう。色んなヤツに聞いてたら、一つ重要そうなコトも聞いた。"暁"はなにか、特別なチャクラを持つ者たちを狙ってるらしい」

特別なチャクラ?とサスケが聞き返す。同じく聞いていたカナの脳裏には三年前のことがよぎる。カナも狙われた者の一人であるし、何よりイタチにもう少しで連れ去られるところだった。そしてその時狙われていたのはカナだけじゃない。当時は何故だかわからなかったが今は違う。

「人柱力のことだろうね」
「......人柱......なんだっけそれ?」

水月が聞き返すが、サスケはそれでピンときたらしい。「...アイツみたいなヤツのことか」とぼやき、恐らくカナが思い返している人物と同じ人物を思い返す。ナルトの中に眠る強大な力を、サスケは既に間近で見たことがある。ナルト本来のチャクラとは正反対の、禍々しいチャクラを持った巨大な狐だ。

「他は?」
「ちょっと、僕の質問に答えてくれないワケ?勝手に納得して進めないでよ」
「オレとカナは動物たちに語り掛け、"暁"のアジトをいくつか把握した。その周辺ではいつも大きく嫌なチャクラを感じるらしい」

重吾の肩に乗る小鳥が鳴いている。カナにも詳細はわからない言葉を重吾に囁いているのかもしれない。

「アジトは広範囲に分布してるけど、最近特にチャクラが集まった場所を知ってるって。行くならそこかな」
「へェーー。低能な動物たちもチャクラを感じ取ることができるのか。いや、低能だからこそかな?まるで香燐みたいだね」

結局無視されてしまったことを八つ当たりしたいのかもしれない。水月が煽るように言うと、香燐は無論ケンカを買って、怒鳴る前にまず手足を出す。

「んっだとテメー!!」
「うばっ」

香燐の足がクリーンヒット、一度顔を潰された水月だがニヤニヤ顔がまた戻る。「まったく口では何も言えな、」と、しかし全部を言いきる前に今度は拳が。
そこらじゅうに水が飛んでいる光景に、カナは思わず笑ってしまったがすぐに口元を抑え、ケンカの声を背景にサスケの布団に寄った。

「もう満足したでしょ。寝て体力を回復しないと」
「......うかうか寝てもいられない。今から行けば、もしかしたら今日中にアイツに会えるかもしれないんだ」

イタチのことだろう。カナは一瞬表情を暗くしたが、すぐにはねのける。「今日はもう動けないよ。夜になったら行動しにくいし、それに」と一度窓の外を見てから、眉根を寄せてサスケを見る。

「回復しないうちは行動させられない。いくらサスケが行きたがっても今は絶対に止めるよ」

強がったところで限界に近いのだろう。もうどこか意識が朦朧としているように見える。その体を寝かせようとカナが手を伸ばすと、さした抵抗もなく、むしろぐらりともたれかかってきた。少しクセのある黒髪がカナの腕を触る。一瞬硬直したカナだが、ほっと安堵の息を吐く。結局のところ動く元気がないのなら一安心だ。

「大体っテメーは!いっつも無駄に!一言多いんだよ!」
「全部、ホントの、ことだろ!ちょ、もういいだろ、体が飛び散る、」
「全部飛び散って消えてなくなれェ!」
「......香燐、水月。サスケが寝るから......」

いまだにケンカをしていた二人に言いかけたカナ。
その目が自然ともう一人の小隊メンバーに向かって、その異様な雰囲気に気づき、さっと体温が冷える思いをした。
重吾の表情がおかしい。ハッとするが、もう遅い。

「じゅっ重吾さん!?」
「殺す......誰でもいい......殺したい......!うォおおおおお!!」
「げぇっ!!ヤバイ重吾の殺人衝動が!!」
「重吾しっかりしろ__ったく!サスケェッ早く......って、」

同じく異変に気づいた香燐と水月が咄嗟に重吾に駆けついて抑えつけ、香燐がすぐさまサスケに怒鳴るが、その瞬間水月も合わせて固まった。
サスケの瞼は完全に落ちていて、その体をカナがやっと支えている状態だ。動揺しているのはカナも同じで、サスケの寝顔と重吾を見比べておろおろするばかりだ。

「なに寝てんの!?カナ早くサスケ起こして!」
「えっでもサスケは今寝たばっかりで、起こすのは忍びないよ!」
「離せテメェら!!まずテメェらから殺す、殺してやるぞ!」
「そんなこと言ってる場合かァ!暴走した重吾にこんなところで暴れられちゃたまんねェだろ!!」
「それはそうだけど!え〜っと、ちょっと待って......考えるから!」
「考えるゥ!?」

これだけ騒いでいるにも関わらずサスケの意識は戻って来ない。よっぽどの疲労で最早昏睡状態に近いのだろう。
ギャーギャー喚いている水月と香燐、そして重吾の咆哮を聞きながら、カナはどうすればいいのか本気で混乱して、......そしてその頭の隅で冷静に考えている部分に気づいた。

一つの目的のために共に行動して。
すぐに衝突する二人がいて、穏やかに笑う時間があって、今はこうして同じことに焦っている。
それがなんとなく懐かしい気がした......だがそれに気づいてしまうのがダメな気もした。
嘘をついて置いてきた仲間がいる。その彼らに目を向けずに、今新たに違う彼らと共にいる。

「(......私)」

カナはぎゅっと目を瞑る。
言い訳はできない。弁解なんてあるものか。

じゃらりとした鎖がカナの心から抜けていく。

その口が自然と開いていた。まずは小さく......だが次第に確かな声となって。


歌だった。


「......え?」

水月がぽつりと漏らす。耳に微かに入ってくる音。香燐も目を瞬いていた。それは俯きがちなカナから聴こえている。

初めは夜を詠んだ詞が、ぱっと朝に切り替わる───歌はそこで途切れたが、水月と香燐は自分たちが抑えていたものに変化を感じた。抑えつける力が必要なくなっていたのだ。
背の高い重吾を見上げると、広がっていた褐色がみるみる消えていた。黒く染まっていた瞳は柔らかな山吹色に。そして急にガクリと膝を落とす。

「うわっ。痛てて......ちょっと、いきなり落とさないでよ」
「す、すまない......衝動も、抑えきれなかった」
「せ、世話の焼けるヤツだぜ......ホント」

三人は三人とも呼吸を荒げている。それから、三人同時にカナを見た。
しかしカナはもう何事もなかったかのように動いていた。サスケをきっちり布団に寝かせ、掛布団をかけている。その表情も髪に隠れて見えない。その姿に重吾がまず言う。

「ありがとう、カナ。落ち着くとは言ったけど、まさか消せるとまでは思わなかった」
「確証はなかったけど、サスケを起こすより先に試そうと思って......元に戻ってくれてよかったです」

それでもカナは三人を見ない。サスケの世話をしているからと言ったらその一言で終わるが、なんとなく不自然だ。水月が目をすがめて、香燐がおずおずと言った。

「あ〜......ど、どうかしたのか?」
「どうもしてないよ。それより、私も疲れたから、別部屋で仮眠をとるね。寝ずの番も必要だろうから、後で交代するよ」

そこでようやくカナは三人に顔を向ける。やはり、どこがどうとは言えなかったが、いつも以上にぎこちなかった。立ち上がったカナは静かに歩いてふすまを開け、その奥へ消える。ふすまは、閉める時まで一切音をたてなかった。

残された三人はなおも沈黙。どうと言うこともないのだが、違和感ばかりが張り詰める。寝息をたてているサスケが恨めしいほどだ。
ハァー、とため息をついた水月が、窓辺に寄って暗い空を見上げた。ちょうど水月の心のもやもやを表わすような色だ。

「やっぱダメだ。僕、アイツのことは好きになれない」
「......なぜだ?」

水月の本心であろう言葉に重吾が問いかける。水月はちらりとふすまを見やった。

「気持ち悪いから」
「な......お前、なんてこと言うんだよ!カナに気持ち悪い要素がどこにあるってんだ」
「色々だよ。たとえば、香燐ってすごいわかりやすいでしょ。重吾もいつも物静かだけどそれが本来の性格で、サスケも無表情っぽいけど、目的がハッキリしてるし。それに怒った時とかはピリピリしててすぐわかる。それが、カナはどうだ?」

"わかりやすい"発言をされて拳を振り上げかけた香燐は、問いかけられて言葉を呑み込んだ。
普段のカナを思い返す。大抵はサスケと似たような表情をしていて、言動も冷静でほぼ非の打ち所がない。だがそのサスケとは違い、いつもどこか一歩引いていて、果たしてカナが何か自分の本心を匂わすようなことを言ったことがあるかというと。

「......だけど、それがアイツなんじゃないのか?重吾と変わらない」
「いーや、違うね。カナはいっつも何か隠してるんだ。殻にこもってる感じ。だけどその殻の表面さえも見せないんだよ。だからわかりにくい」

カナも口数が多いわけではないが、無口だということはない。重吾よりはよく喋るし、口調もそれなりに柔らかい。もしそうじゃなく、一切の接触を拒むようなわかりやすいヤツであれば、水月もここまで邪険に思わなかったかもしれない。

「アイツは僕たちをちゃんと見る気なんてないんだよ。ホント、イラつく......」
「......オレは、そう思わない」

口を尖らせた水月に反論したのは重吾だった。じろりと見返した水月は「なんで?」と問い返す。重吾は座敷に座って寝ているサスケに目をやった。

「見る気がないわけじゃないと思う。原因は、さっき水月も言ってた、カナが被ってる殻だ。何かを隠すために、カナはいつもその内部に籠ってる。その中にいながらオレたちのことを見てるんだ、きっと」
「......同じことだろ?出てこようとしないんだから」
「隠し事が大きすぎるんだ。出てきたくても出てこれない。カナの本来の性格ですら、殻に内包されてるんじゃないかと思う。本来のカナはその中にいて、いつものカナは一部だけなんだ。それは......確かに、オレもずっと感じていたことだ。だけど」

重吾は今日のカナとの会話を思い出す。『少し変わったな、カナ』と重吾がそう言った時、カナは静かに息を飲んで動揺していた。結局カナがあの言葉に応えることはなかったが、あの表情がまずその証だ。隠そうとしても隠しきれないものもある。カナは今、前に比べて明らかに心の鎖を緩めている、その事に重吾は確信を持っていた。

「水月も香燐も感じなかったか?さっき、オレが暴走した時も......サスケが時空間で飛んで、ボロボロの状態で現れた時も。あの時のカナは、殻を突き破ってた。最近のカナは、少しだけ変わったとオレは思う」

焦っていた......そういえば。
先ほどの騒動が一番顕著だ。あの時は全員が焦っていたので考える余裕もなかったが、カナは表情から言動から何やら何まで、確かにいつもと違っていた。香燐はなんとなく口元を緩め、水月は逆にむすっとする。

「そうでなくても、たまに笑うようになった。見てないか?」
「あ!そうだ、ウチ、見た......南アジトで驚いたの覚えてる。あのカナが笑った、と思って」
「......でもすぐに隠すじゃん?何か悪いことをしたと思ってるみたいにさ。......やっぱり僕は、気に入らないよ」
「そうか。......でも、気持ち悪いってことはなくなったんじゃないか」

重吾が穏やかに笑うのがなんとなく気に入らなくて、水月は顔を背ける。香燐は暫く思い返すようにした後、思い立ったようにカナが出て行ったふすまに向かった。
緩やかな風が吹いて部屋の中に侵入する。それが布団のところまで届き、───目を開けていたサスケは風になびく自分の前髪を見ていた。




遥か遠方の地。どこまでも雨雲が続き、まるで雨雲が周囲を探るようにいつでも蔓延っているその場所、雨隠れ。
この里のトップは里の長にして犯罪組織のリーダーを兼任する男だった。

意志の強そうな橙色の髪が生ぬるい風になびいている。波紋模様が描かれた藤色の目はどこか浮世離れしていた。光がなく、闇もない。それでもその瞳はじっと見据え続ける。自分の里をか、あるいはもっと別の目的か。

奉られるようにそびえている高き塔の最上階、そこから里を見渡している里長の背後で、ハイヒールの音が響いた。

「ペイン来て......彼が来たわ」

"暁"メンバーの一人、組織で唯一のくノ一である小南。里と組織のトップ・ペインの相方として就く彼女も、ペインと同じく雨隠れの額宛てをその身に隠している。呼ばれて歩み寄ったペインは、その他にもう一人いる男に目を向けた。

「サスケのほうは?」
「いい感じだ......写輪眼の力を十二分に発揮していた。アレはイタチ以上の眼になる......」

低い声が轟くように空気を伝う。満足げな様子がなお一層不気味だ。

「機は熟した。ヤツも覚悟は決まっているだろう......そう長くはないからな。本人も本人で、北波に接触することで対策をたてたようだ。それも含め、全て計算通りにコトは進んでいる。ペイン、九尾はお前が狩れ」
「ああ。わかっている」
「うずまきナルト......アレはただのガキではなくなった。今や大層な術も身につけ仲間も多い...簡単にはいかんぞ」
「ターゲットを恐るべしとする言葉は塵に等しい。ペインは負けたことがないのだから」

フン、と男は笑う。小南はじっとその様子を見ていた。なにからなにまで観察するように......しかし、表情だけは、面によって拒まれる。「まァ、それもそうだな」と男は言うが、その実 男がどう思っているかなど把握できない。

「全てが終わったその後、"神人"は大丈夫か」
「最後まで思い通りに進めば問題ない......そればっかりは、アイツにきちんと働いてもらわねばな。話は終わりだ。他のメンバーに残りの人柱力を急がせろ」
「ああ......」

男は悠々と歩き、壁にかけていたそのコートを手にした。大きな動作でそれを羽織り、またゆっくりと歩を進める。塔の端、里が見渡せるそのはたへ。
ゴロゴロ、と不穏な音が空から落ち始める。

「いよいよだ......我らが目的を達成するのもあと僅か。そうなれば、全てが"本来の形"に戻るのだ......」

男がその面の中で何を考えているのかは誰にもわからない。そのための面であり、"殻"───自分の中に眠る奥底の目的を、心を、隠すための。突如降り出した雨と共に雷が落ちる。男が向かった先はすぐに雨に濡れ、その足がびちゃりと雨水を跳ねた。
男は振り返る。コートが強い風に吹かれた。

「写輪眼の本当の力が......この、うちはマダラの力が」

面から見える赤い瞳は、いつでも何かを渇望している。


 
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