扉を壊すために豪腕を披露したことが祟ったのか、水月は南アジトを抜けた途端にしゃがみこんだ。

「また歩くのか......もう少し休憩してかない?」
「これから北アジトへ行くっていうのに、そんなんじゃ着いた途端に殺されちまうぞ」
「なに、そんなにヤバいとこなわけ?」
「北アジトはただのアジトじゃない」

潮風が吹く。ザパンと岩壁に波が弾いた。全員の髪が煽られていた。

「あそこは、人体実験場だ」

そして、そこで生み出された手の付けられない"バケモノ"ばかりが収容されている。大勢の男たちが捕らえられ、全員がある要因のために閉じ込められている。その要因に深く繋がっている二人は、じっと香燐のセリフを聞いていた。


ーーー第四十話 呪いの因縁


香燐がいたアジト、南方面とは一変し、重吾がいる北アジトは岩石に囲まれた地方にある。真逆の方向にあるためにもちろん距離も長く、一行は日をまたいで目的地に向かっていた。大蛇丸のアジトは当然他人の目に触れないようなところに建てられているため、道という道はない。四人の中で先頭を歩くのは当然サスケ、次に香燐、カナと続き、水月は常に遅れ気味に歩いていた。

「ねえ、疲れただろ?少し休憩にしないか?」

水月が最後尾の理由には本人の体力不足が原因だ。三人が振り返ると、水月は既に勝手に岩に腰掛け休憩していた。

「だらしないヤツだな!北アジトまでまだまだだぞ!」
「キミとは行先が違うんだ、僕の心配は結構。もう行ってくれ」
「ウ、ウチも北アジトに用があるのを思い出した!そっちを先に行くことにしたんだよ!」

共に行動し始めてからもう何度目にもなる口論が交わされる。二人の感情任せのケンカはしょっちゅうだ。結局サスケが無言で近場の岩に座ったために、水月が香燐に勝ち誇った目を向けることになった。香燐は苛立たし気に最後の砦、カナに目を向けたが、カナは多数派の意見に従うだけだ。

「休憩できる時に休憩したほうがいいよ」
「...チッ。お前らがウチを連れ出したくせに」

カナも岩に腰を下ろしたが、香燐は意地でも水月に反感を示したいようだった。眉根を寄せながら涼し気に水をすすっている人物を睨む。

「水月。大体、なんでお前が二人についていく?」
「僕には僕の目的がある。サスケといるとそれが叶うからさ。二人に......というよりは、サスケに、って訂正したほうがいいと思うよ。カナもサスケにくっついてるだけだ。だろ?」

水月の目がカナに向けられるが、カナは黙っているだけだった。無言は肯定の印か、それとも言う必要がないと思っているのか、だが、水月はやはり気に食わなさそうに肩を竦める。

「ていうか、香燐こそ。キミがついてくる理由が一番わからないんだけど?」
「だ、だからウチはただ方向が同じだけで...!いいんだよそんなことは!それより、次は重吾だっつったろ?お前ら、重吾のこと知ってて仲間にするって言ってんのか?」
「少しはね。一度手合せさせられたこともあるよ。何考えてるかわからない感じで、好きにはなれなかったけど。噂じゃ自分から大蛇丸に捕まりにきたらしいし、頭がどうかしてる。そんなヤツを仲間にしようと言い出したヤツは、消去法でいくと、カナらしいんだけど」

再び視線がカナに向けられた。今度はもっと刺々しい視線だ。香燐がどういうことだと聞くと、水月は三人の時に話した内容を語ってやる。メンバーを選別したのはサスケとカナ、水月と香燐を選んだのはサスケというからには、後の一人はカナであるはずだと。
それは間違っていなかった。香燐の視線もカナに向かう。

「カナ、なんで重吾にした?選んだからには知ってるんだろ」
「知ってるよ。大蛇丸に言われて、私も彼と手合せしたことがあるから。......彼の頭がどうかしてるとは思えないけど」
「!」

水月の言葉に文句を言うようなカナのセリフは珍しく、水月は僅かに目を丸める。だがカナはそれ以上言おうとはしないらしい。水月のその顔で詳細を知らないことを悟った香燐はカナの言葉を引き継いだ。

「そう、どうかしてるわけじゃない。重吾は更生するために来たんだ」
「更生?」
「ああ。重吾にとって、大蛇丸のアジトは更生施設のようなものだった」
「重吾がなにを更生したい?」
「麻薬と同じだ......自分だけではどうにもできない、その殺人衝動を抑えたかったのさ」

香燐は水月やサスケ、カナとは違い、完全に大蛇丸の部下としてその身を捧げていた身だった。その特殊な能力も相まって、研究員として、様々な被検体と関わってきた身。その被検体の中に水月がいたから二人は犬猿の仲であるのだし、そして重吾もいたからこそ様々なことを熟知していた。

「その異常な衝動は、普段は抑えこんでる。けどそれが限界に来た時ヤツは我を忘れ、恐るべき殺人鬼へと性格も見た目も変化する。大蛇丸にとって、その重吾の能力は魅力的だった......そこで大蛇丸は重吾の体液から、他の忍にも同じ状態を引き起こす酵素を開発した。アンタたちも知ってるだろ?」

香燐はなにかを懸念している目をしていた。最早、水月をバカにしているわけではない。水月も真剣な顔をしていたが、彼の理解できるところではなかった。香燐の目はサスケやカナに向けられていた。
サスケには首筋に、カナには首元につけられたそれ。

「呪印だよ」

ひとたび呪印に飲み込まれてしまえば自分をも見失う。制御するためには並々ならぬ鍛錬を積まねばならない。

「重吾はその唯一のオリジナルだ。恐らく、オリジナルだからこそ、力も一番強いんだ......重吾はそれを自分で抑えきれてない」
「へえ。そういや、サスケにもアザがあるよね」

サスケは大蛇丸の元に来ることによって、その強大な力を完全に自分のものにするところにまでいった。重吾とは違い、その力を利用するためだ。水月がサスケの三つ巴に興味を示して立ち上がったが、サスケは隠すように羽織を直して同じように立ち上がる。「行くぞ」と問答無用に言われ、水月の不満の声が上がった。
それでも渋々ついていく水月の後ろで、香燐はカナを見やっていた。

「......カナ、お前のそれは特殊だったな」

立ち上がったカナは香燐と視線を合わせ、皮肉っぽい小さな笑みを零し頷いた。カナは重吾の悩みとは真逆の、抑えつけられる呪印を施された身だ。その印は強く刻まれている。歩き始めながら、香燐は問いかける。

「恐らく、呪印が姿を消そうとする時の成分を使われたんだろうな。無理矢理制御しようとするんだろ?」
「うん。おかげで本来の自分の能力も封じられてる。自分の、というよりは、"神鳥"のだけど」
「......痛むのか?」
「ううん......もう痛みを行使しようとする人も、いなくなったから」

大蛇丸は死んだ。サスケに取り込まれることによって。だがその故人がつけた呪いは、消えないままだった。



また数日、四人を取り巻く気候はますます水月を不利にした。全身が水である彼はよっぽど乾いた気候が苦手らしい。短時間で何度も休憩を促す声と、それに怒鳴り散らす声がこだまする。
最後、ようやく北アジト付近の展望台が見えた時でさえ、水月は自分の言い分を主張した。

「ねえ、少し休まない?」
「水月てめー!もうアジトだっつってんだろ!?その刀か、その刀が重いのか!それ置いてけコラァ!!」

香燐は水月を怒鳴る口を休めないようだ。マイペースに座り込んだ水月をガミガミと上から文句を言っている。サスケは相変わらず我関せずただ前方で立っているだけだ。カナもまた立ち止まったが関わらず、上を見上げ、崖の上に建っている物見やぐらを確認した。
しかし、妙なことに気づく。

「サスケ。人がいない」
「ああ......様子がおかしい」

サスケも異変に気づいていたようだ。言いあっていた二人もぴたりと口を閉じる。サスケが一人足を進めると、すぐに「おい」と呼ばれた。

岩陰の傍に倒れている男がいた。香燐と似たような衣服を着た者だ。すぐに大蛇丸に仕えていた研究員だということはわかった。傷だらけで息絶え絶えの男に四人は近寄る。
眉をひそめたカナが男の手を取った。その向かいで、サスケは腰をかがめた。

「何があった?」
「お前らは、うちは、サスケと......。た、助けてくれ......!」
「助ける?」
「大蛇丸が死んだ、という情報から始まった......囚人たちが、暴れだした...!このままじゃ......?」

研究員は今にも死にそうであったが、そこで違和感を感じた。捕まれている手からだ。男は朦朧とした目でその先を追い、それが見慣れた少女の仕業であることに気づいた。
カナの目が金に染まっている。それに追って気づいた周囲のうち、水月が明らかに呆れた調子でため息をつく。

「なにやってんの?無駄に消耗してどうすんのさ」
「心配しなくても、完全に回復させようとなんてカケラも思ってないよ」

カナは回復させる一方で、男を睨みつけていた。しかし、男は何を思う間もなく、引っ張られるように意識を失ったようだ。カナは言葉通り、最低限のことしかしなかった。即死はしないが放っておけばいずれはそうなる。大蛇丸の配下であったことが何よりの原因だ。

だが、意識のない男にずっと構っている間もなく、誰もが気づいて崖上を見上げた。
そこにいた異形の人物が、破壊音をたてて地上に降りてくる。褐色で覆われた、囚人服を着た者。脱走者だ。

「何なのアレ?」
「"呪印状態2"だ、もう変化してやがる!」

しかし、焦る間もない。
誰かがサスケを見る間もなく、事は瞬時に終わっていた。

サスケがはるか前方で刀を振り上げ、血泥を切って鞘にしまっている。
その中途で、男は既に呪印状態から解き放たれ、地面に情けなく転がっていた。

「北アジトはそこだ。さっさと重吾に会いに行くぞ」

成長したサスケにとって、もはや呪印に染まるだけの相手は敵にもならない。

急くように向かった北アジト、その入口からも一帯呪印を使用した褐色の者たちで溢れていたが、それさえもさしたる問題ではなかった。看守は全滅、全員が脱獄。あの異形の群れでは重吾が混じっていてもおかしくはないが、それは香燐の能力によって無いと断言された。見るからに好戦的な者たちが集まっている。

「重吾がいないんだし、お構いなしにやっちゃっていいよね?」
「急所は外しておけ」
「......ハァ。さっきのカナといい、やっぱりキミたちは木ノ葉出身だ。甘い甘い」
「この人たちは元はただの実験体だったんだから」
「行くぞ」

サスケは草薙の剣を抜き、水月は首切り包丁を構え、カナは風を生み出す。戦闘タイプではない香燐は後方に、荒々しい戦闘が繰り広げられた。無茶苦茶に壊しつくす相手とは対照的に、サスケとカナは速さ、身軽さを利用する。水月はその特殊な体をもってすれば、相手の攻撃など露ほども怖くない。
香燐が重吾の檻のカギを手に入れ帰ってくる頃には、褐色の体躯で床に立っている者はいなかった。

倒れている者たちの合間を歩き、四人は殺風景な通路を歩きだした。

「香燐、どっちだ。案内しろ」

そして分かれ道に差し掛かったところでサスケが言うと、香燐は少々むっとしたようだ。

「サスケ、アンタさっきからなに仕切ってんだ!」
「いいから早く調べてくれないかな。それがキミご自慢の能力だろ」

水月に言われることで尚更不機嫌さが増したようだが、香燐は渋々案内する。香燐が指さした方向に全員が足を向けた。また会話もそこそこに歩き出す。
その中で、香燐は後方を歩いていたカナの近くに歩み寄った。首を傾げるカナの耳にこっそりと耳打ちする。どことなくばつが悪そうな顔だ。口をつぐんで聞いていたカナは小さな苦笑を漏らしてしまった。

「いいよ」
「い、言っとくけど別にウチは二人っきりになりたいこととかそういう、のは違ェんだけど、勘違いすんなよ!?」

あくまで小声でのやり取りだ。前を歩くサスケと水月は気づいていない。懸命に弁明しようとする香燐に対し、カナはそれ以上はなにも言わず頷くだけだ。頬を染めている香燐はわかりやすい。もうすぐ再び分かれ道に差し掛かる。なにも知らない水月が振り向いた。

「香燐、次は?」
「み、右だ」

すると水月は何も言わずに右へと方向転換する。足を速めたカナもサスケを通り過ぎてそちらへ向かった。前を歩く水月を警戒しつつ、ちらりと振り向けば、サスケと目が合ってしまった。僅かに心臓が高まったが、そこで香燐がサスケをうまく引っ張っていくのを目にし、密かに長い息を吐いた。

ーーなんとなく思い出してしまったのは、同じようにサスケのことが好きだった親友のことだった。幼なじみという立場で何度協力を頼まれただろう。一方でサスケはといえば、恋愛にうつつを抜かしていられないとばかりにつんけんしていて......あの平和な場所から離れたこの場で似たようなことが起こっていると思うと。

じわりと広がってしまった温かい気分を振り払うように、カナは目の前の水色を見た。
その時、密かに嵌められた水月が喋りだし、カナは内心身を固くする。

「しかし、呪印ってのは体形をあそこまで不細工に変化させるんだね」
「......」
「サスケ、キミも呪印であんな風になるのかい?」
「......サスケは、わりと、姿かたちを留めているほう、だよ」

誰も何も言わないのも不自然かと思い、カナはおずおずと返事する。しかし、サスケへとかけられた言葉に、香燐ならともかく、よりによってあまり口を開かないカナが返事をするのも十分不自然だった。

「......?」

水月が訝しそうに振り向くのも当然だった。そして、目を逸らしていカナを確認する。だが、その後方には誰もいない。

「......翼が、生えるけど......」

苦し紛れのカナの言葉が通路に響く。しかし聞こえているのかいないのか、水月はひくりと唇を上げていた。「あの女ァ...」と憎悪の籠った声。

「カナ、どういうつもり?その顔は分かってたって顔だけど」
「......ごめん」
「まったく、香燐と仲がいいキミも、キミと仲がいい香燐も、僕にはわけがわからない」

嵌めた事実は確かなのでカナはさすがに居心地が悪い。水月はくるりと身をひるがえし、元来た道を戻っていく。カナはその後ろに続いた。だが殺風景でどこも似たような通路が続くこのアジトで確かな方向感覚は掴めない。
何度か水月が「こっちだったっけ?」と言うが、カナに至っては生返事するしかなかった。自分が口出しすると更に道に迷いそうなことを自覚しているからだ。

「キミってしっかりしてそうで、案外頼りないよね。......あれ、元の場所に戻ってきちゃったか」

通路を抜けた先に、先ほど三人で戦闘を終えた部屋があった。囚人たちはまだ転がったままだ。二人は踵を返そうとするが、それを止める声が上がった。

「お、お前らは一体、何が目的で......ここへ来た?」

仰向けに寝転がっている男の一人だ。水月がそれに目を向ける。

「重吾を連れ出しに来ただけだけど」
「クク......お前ら、自分たちが何をしようとしてんのか、分かってんのか?あんなヤツを、世に放したら」
「僕も同感。だけど、」
「私は反対。今連れ出さないと、彼は自ら死を選ぶ」

水月を遮るように言ったのはカナだ。睨みつけるように水月と男を見ていたが、「行こう」とすぐに水月を促した。その眼光に固唾を飲み、男はそれ以上何も言わない。水月は男とカナを見比べた後「はいはい」と肩を竦めた。再び歩きだしながら皮肉った目を向ける。

「どうやら新しく集めてるメンバーで、キミと仲が悪いのは僕だけみたいだね。重吾とも仲良しかい?」
「仲良しってわけじゃないけど。大体、私を嫌いなのはそっちでしょ?」
「まあね。だけど、それにしたって重吾の肩を持つよね、キミ。手合せは一回きりじゃなかったの?」
「......一回きりだったよ。手合せはね。私が好きでここによく来てただけ」

好きで?と問い返されたが、カナはそれ以上は何も言わないようだった。視線を合わせようともしない。水月は白けた顔になってため息をついた。

その時、通路の向こう側から破壊音が響いた。それに混じって悲鳴や怒鳴り声も聴こえる───

「重吾が檻から出たな。話し合いじゃ済ませられないみたいだ。これでもキミは重吾の肩を持つわけ!」

走り出したのは水月が先だった。一歩遅れてカナもそれに付いていく。もう迷うわけもなく、より音が大きいほうへ向かえばいいだけだ。

二人が褐色を見つけるのはそう遅くなかった。部分変化した二人、サスケと重吾。サスケのほうに争う気はないようだが、重吾が戦闘狂の表情で詰め寄っている。再び襲い掛かろうとしたところに入っていったのは、更にスピードを上げた水月だった。
首切り包丁と呪印の拳がぶつかり合い、弾かれた。

「何だァ!!?」
「やあ久しぶりだね、重吾」

苛立った顔をしている重吾に、水月はにこやかに挨拶した。その場にいたサスケ、香燐も遅れてやってきた二人に気が付く。
カナは水月の一歩後方で立ち止まった。重吾も新参者二人を見比べるが、特段表情に変化はない。

「サスケ、コイツは僕に任せてよ。......それと香燐、後で覚えてなよ」
「やめろ水月。争いに来たんじゃない、オレが話す」
「話して言葉が通じるようなヤツじゃないだろ?力ずくで連れてくまで!」
「そうか!!てめェは水月、思い出したぜ!!」

重吾が咆哮し、そして再び二人は対峙した。狭い通路の中で破壊のやり取りが続く。サスケが何度か静止の声をかけるが、その言葉は破壊音に紛れて聴こえない。香燐は共倒れしろとばかりに笑っている。
カナは眉をひそめて二人を見ていた、だが、その視線が不意にサスケに向けられた。
最後の警告が出たが、やはり水月も重吾も気づいていない。
サスケが一歩を踏み出した。

幻術が、現れる。

「お前ら......オレに殺されたいのか?」

二匹の大蛇が二人に巻き付いていた。今にも武器を振り下ろそうとしていたのが、あっさりと食い止められている。両目に宿った写輪眼は不機嫌そうに。水月も重吾も、途端に溢れた冷や汗を感じていた。
殺意だ。これまで何度も殺しを止めてきた人物とは思えない、圧迫するような殺意が二人を押しとどめた。
蛇がゆっくりと後退する。身を固くした水月はゆっくりと武器を下ろした。

「あ......あ、あ......!」

そして重吾は、ゆっくりと"自分自身"に戻っていた。消えていく呪印におののき、周囲をキョロキョロと見渡す。他人がそこに四人、その一人一人の顔を確認して、最後に見えた一人に目を丸める。「カナ、」と呟いた声は小さく、しかもすぐに思い出したようにハッとした。

「わ、あああああ!!!」

一目散に駆け込んだのは、自分の檻だった。水月やサスケが怪訝そうに見やる。

「は、早くカギをかけてくれよ!!」
「重吾、オレはお前を連れ出しに来ただけだ。オレと共に来い」

「ビビりすぎでしょ」と水月が呆れたように言うが、それに香燐が「そうじゃねーよ」と深刻な声で返す。檻の中からは響くように恐れた声が溢れだすばかりだ。

「オレはもう人を殺したくないんだよ!オレは外になんか出たくないんだ、ほっといてくれよ!!」
「何アレ?スゴい二重人格だね」
「言ったろ、重吾は自分でも制御できない殺人衝動に駆られるって。自分をコントロールできないだけで、本当は殺人なんてしたくないんだ」
「オレはまたいつ人を殺したくなるか分からない!いいから早くカギをかけてくれよ、カナ!!」

全員の視線が呼ばれた人物、カナに向く。「...呼ばれてるけど」と水月が促せば、カナは前へ出てサスケの隣に並んだ。「お前、そんなに重吾と親しいのか?」と香燐が疑わしそうに言うが、それには返事する前にまた声が響く。

「カナ、お前は分かってくれただろ!?抑えられないんだ、どうしても!暴走したオレに何を言っても無理だって分かったはずだろ!!今のうちに早くカギをかけてくれよ!」
「もうこのアジトも終わりなんです。大蛇丸はもういません。このままだとあなたも死んでしまう」
「それでいい、これ以上人を殺したくはない!」

不意にカナは肩を引かれ、代わりにサスケが前へ出た。

「安心しろ。オレがお前の檻になってやる。オレがお前を止めてやる」

カギがかかっていない扉の前で、サスケは無理矢理こじ開けるようなことはしなかった。静かな声で檻の中で怯えている重吾に話しかける。それが功を成したのか、向こうからも幾分か落ち着いた声色が返る。

「お前に何ができる......オレのこの衝動を止められるのは、君麻呂だけだ。君麻呂がいないなら外へは出ない!」
「......君麻呂って確か、かぐや一族の......」

水月がぼやく。
かぐや君麻呂は、三年前まで大蛇丸に仕えていた人物だった。そしてその血継限界は強く、更に重吾から得た呪印の力を以てして、唯一重吾の暴走を止めることができた存在だった。二人は幼い頃からの仲で互いに心を許した相手だったのだろう。
しかし、彼は今。

「重吾......君麻呂はオレのために死んだ。もういない」
「......!お前のために死んだ......!?じゃあお前が......」

君麻呂は大蛇丸の次の体のために死んだ。それはすなわち、うちはサスケのために。
重吾はそれを知っていた。病に侵されていた君麻呂が、自ら選んでその身を捧げたのはサスケのためであると。重吾を閉じ込める檻越しに話した君麻呂の顔を、重吾は覚えていた。主の為と使命感に溢れたその顔は、それ以来戻ってくることはなかった。

君麻呂の手によって扉が開けられることは。

だが今、重吾が自らその扉を開けた時、うちはサスケがじっとこちらを見つめていた。


 
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