波の国?と眉をひそめたカナに、水月はちらりと振り向いて答えた。

「僕のワガママでね。君も知ってるんでしょ、再不斬先輩の首斬り包丁。あれが欲しいんだ」
「......あれは、彼の遺物だけど」
「へえ、優しいんだ?」

にっこりと笑って答える水月。どう良く捉えても、良い意味で言っているわけではないだろう。そしてカナにもわかることは、これに何か言い返したところで、更に角が立つ以上のこと以外は何にもならないこと。
カナは敢えて目を逸らし、この場をやり過ごすことに決めた。その行動の為に水月が目を眇めたなどということは知るよしもなく。
ちらりと見たサスケが、「水月」と嗜める。水月はハイハイと応えた。

三人はひっそりとアジトから脱出した。夜はとっくに明け、朝の日差しが途端に三人に降り注ぐ。
早速「どっちだっけ?」と首を傾げる水月に、サスケが「こっちだ」と指し示す。自然とサスケが前を歩き、その後ろに二人が続く形になった。

次の仲間を得るまで、さして長い道のりではないが、カナは今から憂鬱だった。


ーーー第三十九話 不和にて


太陽はゆっくりと上り、既に昼に近い。森林の中、普段なら濃いはずの霧は晴れていた。
波の国への道のり。たまたま最後に滞在していたアジトが木ノ葉方面だった為、サスケとカナにとっては懐かしい旅となっている。
たった一本の木を見て、過去を思い返す。

『ナルトォ、アンタなんてことしてんのよ!!』
『ご、ごめんようさこう!』

しかし、そこには泡を吹いている雪ウサギもいなければ、そそっかしかった少年も、それを怒る少女もいない。
カナは数秒目を伏せ、すっと視線を前に戻した。それ以降の懐かしい場所も極力見ようとしなかった。思い返したところで、浮かぶ想いはどれも苦しい。しかし、自業自得だった。



下忍の頃では遠かった距離も、成長すれば感覚は変わる。目的の場所には想像以上も早く到着した。
波の国、その入り口。サスケがふと足を止めたため、必然的にカナも水月も足を止めた。そして誰もがなんとはなしに見上げていた。
青い海を悠々と遮るその大橋、その始まりの場所で、それが大きく主張していたのだ。

「変な名前だな」

何気なく水月が零す。だが反応を得られなかったことに違和感を感じ、視線を同行者二人に向けた時、水月もまた何かを感じ取った。

「なに、どうかしたの?」
「......いや。行くぞ」

とはいえ、一方はさっさと視線を逸らし、さきさき進もうとする。首を傾げた水月もそれに倣おうとしたが、もう一方の気配が動こうとしていないことに気づいた。振り返った水月は更に怪訝気に首を傾げた。

「ほってかれるよ、カナ」
「......うん」

同じくそれを見上げていたカナは、ようやく歩き始めるーーー腕で目元を擦りながら。水月は目を瞬いた。

「なに、泣いてんの?」
「......ううん、眩しかっただけ。行こう」

だがカナはわざわざ親切で待っていた水月を追い越しただけだった。関係性も相まって、それだけのことに苛立ち、水月もそれ以降 口をへの字にして閉ざした。

その橋には、"なると大橋"という名前がつけられていた。この国を救った大恩がその名にこめられていることは明白だ。サスケも思い出したからこそ、立ち止まったのだろう。その事を思うと、尚更、カナの胸に熱い思いがこみあげた。



墓は鬱蒼とした茂みの中に立っていた。人知れず在るそれらの周りを誰かが手入れするわけもない。だが高い丘から見渡せる風景は何も変わっていないまま。
三年前この国を陥れようとした主力たちは、変わらず静かにそこに眠っていた。

水月が土にまみれた首斬り包丁を抜き取る。はらはらと積もった年月が零れ落ちた。

「重い......。これが"血霧の里"、鬼人・再不斬の首斬り包丁か」

すぐに重量に慣れることはできないのか、水月の腕は震えている。天に掲げられた刃をカナは黙って見つめていた。

「お前の力で扱えるのか?」
「"忍刀七人衆"の刀は代々受け継がれていくシステムだった。七人衆に憧れて修行を積んできたからね......僕は。この大剣があればキミにも負けない、かもね」

冗談か本気か、不敵に笑う水月。とはいえ、サスケもまともに取りあう気はないらしく、鼻で笑っただけだった。「それじゃ近いほうから行こうよ」と目的を果たした水月はさっさと歩き出す。自由気ままな猫か何かのようだ。
カナはそれを一瞥したものの、すっと墓の前にしゃがんでいた。両手を合わせ、目を瞑る。

数秒。

再び立ち上がったカナが振り返ると、サスケが少し先で待っていた。視線は鋭いものではない。歩み寄って、ありがとうと一言呟いても、サスケは何も言わずに歩き出すだけだった。



波の国から香燐がいるアジト、南アジトまでは数日かかる。その間に大蛇丸が死んだという噂も少しずつ横行し始めていた。まだ信憑性が薄いが、事実、アジトから抜け出す者も出始めている。


南アジトは大海の真ん中にある。そこに辿り着く手段は忍しか持たない。三人は真っ直ぐアジトを目指し、海の上を横並びに歩いていた。
海猫が心地よさそうに鳴き、"鳥使い"の肩に舞い降りた。

「風羽一族のソレってさ、血継限界?」

不意に言ったのは水月。潮風に吹かれる前髪を払いのけ、カナはそちらを見た。

「......さあ。血継限界だなんて話聞いたことないし、違うと思うよ」
「ふうん。じゃさ、鳥たちを仲間にして、戦わせようと思ったらできるの?」
「できなくはないだろうけど、したことはないかな。忍鳥ならともかく......たまに情報収集に協力してもらうくらい」
「......まあ確かに、戦力にはないそうもないしな。無限近く仲間が増えそうだけど」

ダメか、と水月は溜め息と共に呟く。やり取りを聞いていたサスケが「何が言いたい?」と先に言った。

「いやね。キミら仲間を集めようとしてるでしょ......けどアイツら嫌だからさ、代わりはないかなって思ってね。本気で鳥に任せようと思ったわけじゃないけどさ」
「......小隊を集めるのはオレの目的の為だ。悪いが小隊のメンバーを変える気はない」
「あ、そ......。選抜方法は?」
「オレとカナで決めた。大蛇丸に近づいた時から、こうなった場合のことを考え、力のある忍を前もって選抜しておいた」

"力のある忍"ーーその一人に選ばれた水月は、満更でもなさそうにヘッと笑った。メンバー変更不可能と聞き、一旦不機嫌そうになったはずだが。一度は仲間にされかけた海猫がカナの肩から飛んでいく。

「けど、だったら香燐を選ぶことはないと思うね。アイツは僕と違って大蛇丸の部下だよ。僕も何度か身体をいじくられたし......第一あの性格が好きになれない。香燐を選んだのはどっち?」
「オレだ。確かに扱いやすそうな強い忍は他にいくらでもいた。しかしヤツは他にない、特別な能力を持ってる」
「まあ、それは認めるけどね」

その時、ちょうど南アジトが見え始めていた。海底から海上にまで突き出す大岩、それが南アジトだ。波に打ち付けられる音が聴こえてくる。
それを目指しながら、水月は最後、もう一つ質問した。

「ちなみに、僕を選んだのは?」

言うまでもない。再びオレだと言ったサスケに、水月は「やっぱね」と笑いつつ、カナを尻目に見た。カナは黙々と歩き続けているだけだった。



アジト内の通路は暫く鉄格子の風景が続いていた。ボロボロの衣服を着ている者たちが狭いほどに詰め込まれている。希望も何もない顔でせめてもの遊びに興じている。
三人はその横を通過していく。捕らえられた者たちの何人かがそれに気づき、口々と何かを言い合っていた。


そのうち、別の足音が三人の耳に届き始めていた。高いヒール音が次第に近づいてくる。その人物と対面するまでそう時間はかからなかった。

「やっぱりお前らか......」

薄暗い中にもその色は目立つ。濁りのない赤の髪の持ち主、香燐は三人を鋭い視線で刺していた。

「サスケ、カナ。お前らだけでここに来るってことは、あの噂はやっぱり本当だったみたいだな」

「ひどいな、僕もいるってのに」と無視された水月は皮肉気に笑う。カナとは全く違うタイプだが、犬猿の仲に違いない二人だ。香燐はまたも無視して話を続けようとしたが、結局水月の言葉もあり、三人は別部屋に通された。
その部屋の奥の長椅子に腰掛けたサスケは、早速本題を切り出した。

「香燐、ついてこい。お前が必要だ」
「な......はァ!?なんでんなコト、大体、ウチはここを任されてんだよ!!」

突然の誘い文句に香燐は動揺を隠せず。香燐は水月の言葉通り、望んで大蛇丸の傍にいた人物だ。水月のように軽くついて行ける立場ではない。もっとも原因なのは彼女のプライドなのだが。
カナは今、香燐と目が合ったことに気が付いた。

「大蛇丸はもういない」
「捕まえてるヤツらはどうすんだよ!?」
「解放してくるよ」

真っ先に言ったのはカナだった。全員の目がそちらへ向く。椅子に腰を下ろしていたカナは、スッと立ち上がってドアへと向かう。「ちょ、カナお前勝手に!」と香燐は吠えようとするが、もう一度目が合いグッと詰まる。それをじっと見ていたサスケが口を出した。

「水月、お前も行け」
「ええ?何で僕まで、カナ一人でいいでしょ」
「私からもお願い、水月」

水分を補給していた水月はあからさまに嫌そうな顔をしていた、が、カナからも言われたことで目を丸める。カナは至っていつもと変わらない表情だった。それが原因で、溜め息をついた水月だが、結局「わかったよ」と腰を上げた。

香燐は始終苦虫を噛み潰したような表情をしていたが、カナは出て行く前に最後、その香燐に向けて笑顔を向けた。
それは香燐が目を見開くほどに自然な笑みだった。



「で、どういうつもり?」
「......何が?」
「キミだって僕のこと嫌いでしょ。サスケに言われるだけならまだしも、キミにお願いされる筋合いはなかったと思うけどな」
「私は水月のこと嫌いだと思った覚えはないけど......」

どうしたって刺々しい言い草をされ、カナは内心鬱々としていた。どう考えてもカナは一方的に嫌われているだけだ。「そうなの?嫌われてると思ってたけど。嫌いだし」と水月は更に追い打ちをかける。好き好んで嫌われているわけではないために、その意味はわからないままだ。

「で、実際のとこどうなの?」
「こっちの目的を達成するため」

廊下を歩きながら、カナは淡々と応えた。隣を歩いているが、どちらかというと水月が先導している。

「どういう意味さ」
「好きな人の前なら素直になるって話」
「......サスケか。そういやキミと香燐、一瞬アイコンタクトしてたね。あれってそういうこと?」
「多分本人は自覚なかったと思うけど、なんとなく、お願いされた気がしたから。ついて来たいのは山々なんじゃないかな。素直になれないってだけで」

大蛇丸を主人と付き従ってきたとはいえ、恋の力の前には主従関係など敵わないだろう。
相変わらず表情一つ変えず説明したカナを横目に見て、水月は鼻で笑っていた。カナの話から推測するに、水月とは違い、香燐とはそれなりの仲なのは明らかだ。
間にサスケがいるのにも関わらず。


一度 看守部屋に寄ってカギを入手した二人は、そのまま先ほども通った通路へ戻っていた。ざわざわとどよめく男たち。二人は格子の窓の前で立ち止まり、カギを持っている水月がしゃがみこんだ。
男たちは主にカナを見上げていた。

「風羽カナ、何故お前がここに......!」
「さすが、キミは有名人みたいだね、カナ」
「......いいから早く、この人たちを解放しよう」

立ったまま一歩下がっているカナは促す。その言葉に顕著に反応したのは男たちのほうだ。

「か、解放?オレたちを逃がしてくれんのか!?」
「そ。サスケが大蛇丸を倒したからね、もうキミたちも用済みってワケ」
「ホントか!?」
「ああ。僕だってこうして外にいるだろ」

格子内のざわめきが大きくなっていく。水月の声はそう大きくないが、人伝いに興奮が広がっているのだろう。

「今からカギを開けるよ。......ただ、その前に、みんなに一つだけお願いがあるんだ」

水月がそう言った途端に、カナはぱっと水月を見た。男たちは既に乗り気で、何でも言ってくれと口を揃えて囃し立てている。水月はわざとらしくカギを見せびらかしてから、やっとカギ穴に差し込んだ。

「大蛇丸を倒し、僕たちの自由を取り戻してくれたのはサスケだ......外に出たら、その事を言い広めてくれ。この世に安定と平和をもたらす男が現れたとね......」

カギが開く。その途端に、男たちは溢れ出すように走り出した。口々に喜びの声を発し、聞き取れない言葉を喚きながら遠く遠くへ駆けて行く。例え他に大蛇丸の部下が残っていたとしても、あの数と勢いは止められまい。次第に人がいなくなっていく様を、水月とカナは後ろから見ているばかりだった。
ついに最後の一人までもいなくなった時、カナは眉をひそめて水月を見た。

「なんであんないい加減なこと......」
「面白そうだろ?ああ言わなくったって、どうせアイツら勝手に噂していくよ。ちょっとくらい脚色したって構いやしない」

水月の手から落ちたカギが、カランと音をたてて床に落ちる。カナはそれを一瞥したが、水月が戻って行くのに気づき、その横に並んだ。用は済んだ。後は先ほどの部屋に戻ればいいだけだ。暫く二人分の足音だけが響いていた。
不意に言い出したのはまたも水月のほうだった。

「話は戻るけどさァ。香燐はサスケが好きなんだよね」
「?......多分、そうだと思うけど」
「じゃ、キミは?」
「サスケに恋してるかって話?してるように見える?」
「いや、あんまり。でもずっとよくわかんなかったんだよね、そこんとこ。恋人同士なら多少しっくりくるんだけど......そうじゃなかったらじゃあ、キミとサスケの関係ってなんなの?」

カナはその質問に躊躇わずに応えようとして、しかし閉口していた。
口にしようとした答は、甘すぎるほどだった。三年前なら一言で済ませられただろう。しかし、今は。
ナルトたちと邂逅した時のサスケの声が甦った。

『カナとはもう、今は幼なじみでもなんでもない。ただ、同じ目的を持った同志、というだけだ』


「......同じ時に同じ故郷を抜けた、同志」
「......それだけ?僕にはそうは見えないけど」
「それだけ」

感情を隠すように目を閉じたカナ。それを見て、水月は不機嫌そうに眉根を寄せていた。



一方、カナと水月が二人して出て行き、サスケと二人っきりになれた香燐は、背後でカギをかけていた。こうなるともう止める者はいない。

「行く」

語尾にはハートマーク。あっという間に意見を裏返した香燐、その内心にサスケは気がつかず、怪訝そうに相手を見ている。香燐はメガネを外し、サスケの隣に座った。

「サスケがぁ、どうしてもって言うならぁ、ついてってやるよぉ」
「どういうことだ?気の変わりが早いな」
「よく考えたら見張りも飽きちゃってたところだしィ......」

艶っぽい瞳でサスケに詰め寄る。頬は紅潮して完全に恋愛モードだ。不意に誰かが外側からドアノブを回そうとする音がしたが、気にもしなかった。

「ねえ、どうせなら三人......ウチらとカナだけでいいんじゃない?水月なんかいらないだろ......アレ」

相性が合わない二人はどこまでいっても平行線だ。香燐がようやく本領発揮しようとし始めた瞬間、邪魔したのはやはり犬猿の仲の相手だった。
カギがかけられていた扉が轟音をたてて崩れ落ちる。まず現れたのは、細腕を豪腕に変えた水月の、苛ついたようなその視線。

「さァ行こうよサスケ......香燐はダメだったようだしね」

カナも水月の後ろから姿を現す。その頃には香燐はサッとサスケから離れ、慌ててメガネをかけ直していた。

「いや、どうやらついて来るようだ」
「だっ、誰が行くっつった!!ウチはたまっ、たまたま一緒に行方が同じだった、、行くだけなんだけでっ、その、えっと......!」

焦り過ぎて呂律までも回っていない。水月の背後でカナは思わず手で口元を覆ってしまった。サスケに至っては香燐の支離滅裂な言動に眉を寄せるばかり。水月は嫌味たっぷりに「へェ」と笑った。

「ならちょうどいいね。途中まで、一緒に行こうよ。途中までね」
「あ、ああっ、途中までな!」


かくして、残るはあと一人。北アジトの重吾のもとへ向かうのみだ。


 
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