部屋中を駆け巡った風は蝋燭の火をも消した。薄暗いどころか何も見えなくなった空間で、しかし、カブトは逐一、闇だからこそ浮かび上がる色を見つける。

金色。
それは、ぞっとするほど神々しい。

カブトの実力も本物だ。戦り合っても、すぐさま敗北するということはないだろう。だがカブトは既に腰が引けていた。目前にあるのは、ただの小娘の意志だけではないのだ。神話の時代から存在するといわれる意志もまた、今のカブトを突き刺している。

「サスケくんが、どうなっても、いいのかい......」
「まさか。そうならないために、動いてるんですから」

威圧感がカブトに迫っていた。
それに気圧される一方で、カブトは冷静に考えていた。目の前にいるのは所詮カナなのだと。未だに敵一人殺したこともない忍なのだと。どれだけ"特別"であろうとも、覚悟はまだまだ中途半端だ。

「それで......キミはどうするんだ?僕を、殺すのかい」
「......そうですね。都合が良いなら」

しかし、呆気なくその意思に踊らされる。

「やぶさかではありませんよ」

カブトは風を近くに感じた。小娘が出しているとは思えないほど冷たい風だった。
今にも斬殺されそうな冷気。
身震い程度で済まされない。
金色がこちらを凝視している。
今にも、獲って、喰らわれそうな。

「もっともその必要はないでしょうけど」

小生意気な声がカブトの脳を通過する。金色はゆっくりと細められていた。

「忍同士の戦いは、数分で決まりますから」


その言葉でカブトは悟ってしまう。この行動は単独で起こしたものではないのだと。そして複数ならば、考えるまでもない。カブトのこれまでの言葉は全て失笑ものだったのだ。サスケもまた動いているのだから。そしてその先の行動は一つしかない。
サスケは大蛇丸と戦っている。

互いの命を賭けて。


ーーー第三十八話 一人目


言葉を操る。バカ正直に戦って時間を稼ぐことはない。あることないこと口からでまかしても、とにかく自分の責任を達成すれば。カナはカナで、懸命だった。裏をかくことは得意ではなくとも、それで目的が叶うならば、やり切るまでだと思った。

カブトがこの部屋に来てから、宣戦布告するまで数分。その前にも、カブトが大蛇丸の元を離れ、この部屋に来るまでにも数分かかっている。そしてこの部屋が暗闇になってからも。
勝敗を知るすべはない。だがカナはこれだけは確信していた。

もう戦闘は終了しているだろうと。


数秒後、カナの口から小さな吐息が漏れていた。


「......殺しませんよ。カブトさんも知ってる通り、私、まだまだ甘いですから」

カ意識して出していた威圧感がすっと消えていく。未だ凝視してくるカブトの前では焦燥感をひた隠し、カナは自然な動作でマッチを擦った。再び蝋燭に火が灯り、部屋をぼんやりと照らし出す。

「もうわかってるでしょう。私はただ時間稼ぎを努めたまでです」
「......なめられた、もんだな......僕も」
「なめてなんか。十分警戒したからこその、時間稼ぎです。......もちろん、契約破棄は取り消せませんが。これで完璧な敵同士です。戦いたいのなら」

金色が消えた瞳で相手を見るカナ。無論、カブトの答は聞かずともわかっていた。
カブトはだっと走り出していた。ずっと慕ってきた主人の元へと。その背中を見送ったカナは、ふっと肩の荷が下りたのを感じたのと同時に、どくりと心臓の高鳴りを感じていた。

走り出したいのは、カナも同じに決まっていた。
サスケの強さは信じている。お互いに信じ、行動に移した。だが、もしものことを考えてしまうと。

「(お願いサスケ、無事でいて......!)」

ごとりと蝋燭を机に置いたカナは、自分で切り刻んだ資料の屑を踏みつけ、カブトと同じように走り出していた。



巨大白蛇とサスケが睨み合っている。その光景が数十秒と続いていた。動かない__いや、動けないのだ。二人の意識は既にここになかった。意識の奥に、引っ張られて。

薄気味悪い転生の場だった。写輪眼は周囲を見渡し、これまでに犠牲になった忍たちを見つけた。彼らは一様に白いぬめりに覆われていた。そしてサスケにも徐々にそれが足から這い上がってくる。大蛇丸はそれを愉快そうに見ていた。写輪眼による幻術も、自分で作った空間の出来事なだけに、今の大蛇丸には効き目がない。

ーーークク......その眼、その眼がついに、私のものに......!!




全速で走ってきたカブトは、部屋の手前で立ち止まり、一度深く息を吐いていた。しかし、どれだけ落ち着いて酸素を取り入れたところで、心臓の拍動は一向に収まりそうになかった。耳が直に心臓に触れているかのように、どくり、どくり、と聴こえている。大蛇丸の部屋はもう目の前だ。戦闘音は耳に届かない。

カブトにとっては、"自分"の存亡が懸かっていた。


すっと、一人の人影が部屋から出てくるのを、カブトは息を殺して眺めていた。

姿はうちはサスケだった。その黒い瞳と目が合う。何を考えているのかわからない。
カブトは息をひそめたまま歩み寄り、出てきた少年の前で、部屋を覗き見た。

一匹の巨大な白蛇が、首を斬られて横たわっている。二人の足元にまでその血が流れてきていた。


続いて二人の耳に届いたのは、カブト同じく息を殺した気配だった。
カナは、"少年の身体"とカブトの姿を見るや立ち止まった。動揺をできるだけ押さえ込み、視界に入った二人の姿を交互に見つめた。カナの目にも、カブトがまだ結果を掴んでいないことは明白だった。

冷や汗を流したその顔で、一度カナの姿を確認したカブトは、ようやく再びサスケに目を移していた。

「今のキミは......一体、"どっち"なんです?」

ーーすると、その少年はふっと笑っていた。それを見たカナは息を呑んでいた。

彼の笑みなんて、どれくらいぶりに見ただろうか。昔から笑うことの少なかった彼は、音隠れに来てから余計にその回数が減ったはずだ。その彼が笑った。ではこの彼はもう"違う"のか───いや、だけど。


「......サスケ......」


よかった。
擦れるほど小さな声がカナから漏れた。

「どっちだと思う?」

その瞳がすっと写輪眼に変わる。それを少年はカブトにのみ向けていた。
カナには何も見えない。一挙一動しなくなったカブトは、恐らく幻術で何らかの映像を見せられているんだろう。一度カブトを見たカナは、しかしすぐにサスケに目を戻す。カブトに幻術を向けたサスケは、一方で現実にきちんと意識があった。

「......サスケ」
「負けたと思ったか?」

問いかけに対し、ゆるく頭を横に振ったカナは、ゆっくりと歩みを進めた。
部屋の横を通る。ちらりと目を向けたカナは、その光景に気をとられた。無数の小さな白蛇で構成されている大蛇、それが部屋に横たわっている。蛇にある程度慣れたとはいえ、未だ苦手意識を拭いきれないカナにとっては、すぐにでも目を逸らしたい光景であるはずだ。
だが、カナはそれでも暫く大蛇を見つめていた。

「......見たくないのなら見るな」

サスケが静かに言う。それでもカナはまだ目を逸らさなかった。

「自分の感情を把握しておきたいから」
「......憎しみか」
「うん。でも、今は少し、別の感情も持った。彼にとったら余計なお世話だと思うけどね......」

その時、カナとサスケ以外の息づかいが戻ってきた。現実に引き戻されたカブトが、「大蛇丸様が、死んだ......」と呆然とするような呟きを漏らしていた。実際何があったのか知らないカナは黙ってそれを見やる。

「いや、これではまるで......」
「オレがヤツの全てを乗っ取ったのさ」

サスケは素っ気なく返し、すっと歩き始めていた。

カナは暫くじっと動かなかった。カブトは今、カナに意識を向ける余裕もないようだった。生気を吸い取られたかのごとく、遠ざかっていくサスケの背を見つめるばかり。
カナには最後までわからなかったし、わかろうとも思わなかった。カブトがここまで大蛇丸を崇拝する理由。
巨大白蛇の死体を見た時にも浮かび上がった感情が、今も同様に、カナの心中で現れていた。

だがそれを口に出すことはないまま、カナもまたカブトに背を向けて歩き出す。
大蛇丸もカブトも余計なお世話だと言うだろう。小娘如きに何も思われたくはないだろう。しかしカナはどうしても取り消すことはできなかった。思ってしまったのは仕方がなかった。
それは、哀れみに近いものだった。





サスケに追いついたカナは、その横に並ぶことはなく、数歩後ろについていた。行き先がわかっているだけに、少し心が重い。しかし一方で、今カナにかかっている重圧の理由はそれだけでもなかった。

『オレがヤツの全てを乗っ取った』

サスケに任せる、と言ったのはカナ自身だ。今のサスケを気味悪いと言うつもりはないし、思っているわけでもない。しかしカブトへのサスケの言葉を聞いた時、息を呑んだのは事実だった。

「......身体、平気なの?」

思い悩んだ末に口に出たセリフで、サスケは僅かに振り向いた。

「平気じゃないように見えるか?」
「......それならいいけど」
「大蛇丸のように、他人の身体を奪ったわけでもない。心配しなくても自分の状態のことならわかる」

目の前を歩くサスケはいつも通りで変わりない。カナはそれ以上何も言わなかった。

目的の場所にはすぐに着いた。暗い廊下の突き当たり、重々しそうな扉がそびえている。
サスケはふっとカナに目配せする。カナはこくりと頷き、一歩退いて廊下の壁にもたれかかった。その扉の中にはサスケだけが入っていった。



その部屋は異常に広かった。しかし、幾多もの水槽がその印象を薄くする。サスケは迷うことなくその水槽の迷路の中に足を踏み入れ、無駄なく目標を目指した。どれもこれも外装は同じだが、"中身"は違う。そこら中からごぽりごぽりと水泡の音が聴こえてくる。
サスケはようやく足を止め、目前の水槽を見上げていた。事もあろうに、その水から声が届いた。

「やっぱりキミか。なら、大蛇丸は倒したんだね」
「ああ。そんなことよりここから出してやる」

サスケは動揺一つなく返事をし、言うや否や草薙の剣の切れ味を披露した。
途端、滝のように水槽から水が流れ出る。サスケは横目でそれを見ていた。段々とその水が形を成していくのも既に珍しいものではない。

「やっと出られた......ありがとう、サスケ」

水色がかった髪が第一に色彩を成す。体躯は男。ギザギザとした歯を剥き出しにして笑っている。

「水月、まずはお前だ。一緒に来い」
「まずは僕か......じゃあ他は?」
「北アジトの重吾と南アジトの香燐を連れて行く。それと......」

ゆっくりと水から這い出てくる男、鬼灯水月はそこまで聞き、「ほんとに?」とサスケの言葉を遮った。笑ったままではいるが、呆れたような、嫌そうな声であることは十分捉えられる。「何だ?」とサスケが聞くと水月は鼻で笑った。

「いやね......好きじゃないから、あいつら。仲良くはできないなァって、そう思ってね」
「特別仲良くする必要はないが、協力はしろ」
「んー、まあ助けてもらったんだし、ワガママは言わないけど。あの二人を選ぶキミもどうかと思うよ」
「グダグダうるさい。服を着ろ、行くぞ」

付き合いきれないとばかりに言うサスケ、そのセリフに、水月の眉根が少し動いたようだった。完全に身体を形成した水月は立ち上がり、髪を掻き上げながら笑う。

「ハハ、エラく上からの物言いだね......」

そしてその一瞬で、サスケの背後に移動していた。

「キミと僕の関係をハッキリさせておこうか。ねえ?」

銃口を向けるかのごとく、水月の指がサスケのこめかみに当てられる。サスケは身動き一つとらず、視線だけを背後に向けた。不安や動揺は一切見当たらない。

「大蛇丸を倒したからって、キミが上ってわけじゃない。みんな狙ってた......遅かれ早かれ誰かが殺ることになってたのさ。キミはお気に入りで、監禁されることもなく、大蛇丸の傍にいた。殺れるチャンスがみんなよりも多かっただけだからね」
「だからどうした」
「この状況、僕が有利だ」

水に関しては、自分の身体まで自在に操る特殊能力を持つ水月。なんのことはない、子供がするような格好だが、次の一瞬で相手を殺すことも可能である。
ただし、相手が格上でなければの話だ。

水月はじっとサスケを見ていた。サスケも視線を返すばかりだった。何を言い返すわけでもない。ただ、見ているだけ。
そのうち、白旗を揚げたのは水月のほうだった。

「なんてね......冗談。この状況で心拍一つ乱れない。やっぱりマグレじゃなさそうだね、安心したよ」

肩をすくめながらサスケから距離をとる。

「キミが強いのは昔から噂で聞いてたしね。僕の大先輩、桃地再不斬を倒したのも、キミのいた小隊だったんだろ?」

水月が何気なく話題に出した名は、サスケにとったら実に懐かしい。意識することもなく木ノ葉にいた頃のことを思い出す。すっと目を背けたサスケは、「オレだけじゃない」と暗に話題を逸らした。

「お前が話を遮ったんで言いそびれたが、カナもいる」
「やっぱりィ?」

水月はあっさりその話に乗っかるが、その声がまた存外微妙で、サスケは僅かに違和感を覚えた。

「わかってたけどね。キミがいるならカナもいるってことはさ」
「......何か問題でもあるのか?」
「香燐や重吾とはもっと別のタイプだけどね。あんまり雰囲気の良い旅にはなりそうもないよ、悪いけど」

やれやれと首を振る水月、その様子をサスケは見ていた。違和感の正体にはすぐ気付く。

ここ音隠れでは木ノ葉にいる時のようではなかったとはいえ、それでもカナはわざわざ人に嫌われるようなことはしない。相手が気難しい性格だったらまだしも、水月のようなあっけからんとしたタイプなら尚更だ。それが、何かしら軋轢を生み出している。
水月を連れて行くと提案したのはサスケだが、その時カナは頷いただけだったはずだ。つまり、反発しているのは水月か。

「......どうでもいいが、問題は起こすな」
「それ、僕が悪いみたいな言い方。まァいいけどさ」

水月は不満そうに口を尖らせて溜め息をついた。

「これから香燐と重吾のとこに行くんだろ?ついてくよ。ただし、二人を連れにいく前に、少し寄り道して欲しいところがあるんだけど」
「どこだ?」
「波の国。再不斬先輩の墓があるらしいね。墓参りじゃないけど、刀を貰いに」

「戦闘力が増すのは嬉しいでしょ?」と水月は既に決まったことのように言う。サスケは特に何も言わず、水月を一瞥してから帰り道に戻った。もう一度、さっさと服を着ろとだけ言い残して。



扉がギィと開く。
その音を聞き、カナは伏し目がちにそちらに顔を向けた。だが予想していた姿はなく、出てきたのはサスケだけだった。

「一人?」
「じきに来る。......お前、水月と仲が悪いのか」

予想だにしない質問を浴び、カナは内心面食らった。サスケは真っ直ぐカナを見ている。そこに他意がないことは十分分かる。カナは後ろめたくなってしまう心を否定できなかった。
良いとは言えない、むしろ悪い。だが厄介なのは、カナが望んでそうしているわけじゃないというところだ。

「......別に構わないが」

何も言えないまま止まっているカナを見かねてか、サスケは助け舟を出す。カナは結局口を閉ざしたまま。
追い打ちをかけるかのように、再び扉が開く音がした。言うまでもなく水月が、「お待たせ」とサスケに挨拶をし、ちらりとカナにも目を向ける。意味深な目だった。
二人の視線はかち合うが、水月はさっさと逸らしていた。

「さ、行こうよ。まずは波の国にね」


 
|小説トップ |
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -