第十班の応援に来たヤマト率いるカカシ班は、カカシの命により二チームに別れていた。ナルト、ヤマトはその場に残り角都に当たり、サクラ、サイは飛段と対するシカマルの救援に。サイの超獣偽画に乗ってシカマルを探した二人は、なにかに気付いて地上に降りていた。
人影は、一つもなかった。だが明らかな戦闘の跡。地面には、不自然にも瓦礫で埋まっている穴があった。
「どう思う?サイ」
「どう思うもなにも......少なくとも、ここで戦闘が終了したことは確かだろうね。他に目立つところはなかったし」
「そうよね......じゃあまさか、あの瓦礫の下」
暫く周囲を探索していた二人だったが、結局戻ってきたのはここだった。サクラは瓦礫の傍に寄ってしゃがみこむ。最悪の可能性がここに眠っているかもしれない。
「......とにかくサクラ、僕は一度皆のところへ戻ろうと思う」
「え?」
「結果がどうであれ、こっちの戦闘は終わってる。なら救援も何もないからね。とりあえず今はシカマルが勝ったという希望を見て、彼を探すほうと、あっちの戦闘を助けるほうとに別れた方がいい」
冷静に言うサイは、既に隣に墨でできた鳥を呼んでいた。暫く瓦礫を見て様々な予測をたてていたサクラは、そっと立ち上がり「そうね」と頷く。どちらしろ、カカシとヤマトへの報告は必須。意見をあおぐことに越したことはない。
「頼んだわ」
サクラのその一言に頷いたサイは、あっという間に空に上っていく。それを最後まで見ることはなく、サクラは自身のやるべき事に取りかかろうとした。
だがその直前、傍の茂みががさりと揺れた。身構えたサクラはすぐさま戦闘態勢に入った。
しかし、それは杞憂だった。
「......鹿?」
現れたのは立派なツノを持った牡鹿。目を瞬いたサクラだったが、すぐに火の国の地理を思い出した。
「そういえばここって、奈良一族の森よね......じゃあもしかして、シカマルはわざとここに踏み込んだのかしら」
ならば、最悪の可能性は低くなったのではないか。
若干物怖じしながら近づいたサクラは、その牡鹿が案外大人しい気性であることに安堵する。だが頭を下げた牡鹿にその口で服を引っ張られ、硬直した。とはいえ荒っぽくはなく、もう一度顔を上げたその瞳には、何かしらの意思が宿っていた。
「......もしかして、ついてきてほしいの?」
サクラがぼそりと呟く。すると、牡鹿はくるりと姿を翻し、颯爽と歩き出した。
「あ、待って!」
慌ててその後を追うサクラ。牡鹿が歩く道は、先ほどの戦闘の跡があったところのように拓けたものではなく、上空は葉が生い茂るばかり。これでは空からシカマルが見つけられなかったのは無理もない。牡鹿が案内するからには、シカマルがあの瓦礫の下に埋まっているということはないだろう。
だがそうなると疑問は残る。
何故シカマルは戦闘跡から別の場所に向かったのか。
サクラに残る胸騒ぎは、牡鹿についていき、木にもたれかかり目を瞑るシカマルを見た時に、一層高まっていた。
「シカマル!!良かった、生きてる...!シカマル、起きて!何があったの!?」
すぐにシカマルの安否を確認するサクラ。その二人に背後から寄った牡鹿は、そっとシカマルの頭に顔を寄せていた。
顔色は悪くない。泥だらけだが、大した怪我はしていない。チャクラ消耗が激しいようだがそれで気絶するほどではないだろう。サクラはとにかく医療忍者として、シカマルの頭に手をかざし、適切な処置を施した。
その瞼がぴくりと動くのに、そう時間はかからなかった。
「シカマル!」
「......サクラ、か......?」
「ええ、そうよ......よかった、無事で。アンタ一体どうしたの?"暁"は......倒したっていうなら、何でこんなとこで気絶なんか」
「......カナ、は」
「え?」
「......アイツは、行っちまったのか」
初め、サクラはなんと言われたのか聞き取れなかった。
その言葉は予想外で───しかし、予想通りに違いなかった。
ーーー第三十五話 種明かし
対局は終了した。角行、飛車は最後まで投了することなく、詰みとなり、戦闘不能と化した。無事誰一人欠けることなく全員が里に帰還する。酷く疲弊したナルトはチョウジに肩を貸されながら。
一行の最後尾を歩いていたシカマルとサクラは、かの銀色に関しては、無言を貫いていた。
"暁"との戦闘経過に関して、里に戻り火影に報告する。
綱手もまた、矢継ぎ早にその事を言うことはない。二班の中に二人ほど暗い顔をしている者がいることに気付くも、じっと報告を聞いていた。
「......報告は以上か?」
「ええ」
「そうか。みなご苦労だった。だが"暁"はまだいる......これからも気を抜くんじゃないよ」
執務机に座り、両手を組んでいた綱手は、それからキィっと椅子にもたれかかった。
妙な間が空き、事情を知らない六人は違和感を覚え、怪訝そうに眉をひそめる。シカマルとサクラは目を伏せて綱手の宣告を待った。ここにいる者は全員、"脱獄者"と深く関わりがある。
そして、サイとヤマト以外は、彼女が入獄させられていたことも知っている。
避けて通れる話題のわけがなかった。
「......私からも一つ、報告がある......落ち着いて聞いてくれ」
ナルトがあからさまに首を傾げた。嫌な予感を感じた者は少なくなかっただろう。誰もが綱手の朱を引いた唇を凝視した。
だが、その綱手が何かを言う前に、乱暴に火影室の扉が開かれていた。
「綱手様!!!」
「───ヒナタ!?」
全員が振り返った先に現れたのは、酷く息を荒げている同期の姿だった。その身には病院服をまとっており、顔色も悪く、とても良い健康状態とは言えない。慌ててサクラといのが駆け寄って、「ヒナタ、あんたどうして」とその体を支える。
だがそれを遮るように、また声が上がる。
「おい、待てってヒナタ、お前まだ体が!」
「ワンッ!!」
「キバ、お前もまだ起きたばかりだろう」
キバ、赤丸、そしてシノ。突然現れた第八班にナルトやいの、チョウジは目を白黒していた。
それでも声をかけられなかったのは、何よりヒナタの顔が、異常に切羽詰まったものだったからだ。サクラといのに支えられつつ、胸を抑えて肩を上下させていたヒナタは、そうして、叫んだ。
「綱手様ッ、カナちゃんは!!カナちゃんは、連れ戻せたんですか!?」
ひゅっと、数名が息を飲む。
綱手は目を瞑り、サクラ、シカマルは歯を噛み合わせた。ナルトは目を見開き、ヒナタを凝視していた。
「ヒナタ......何言って」
「私が気絶したあとも、任務は続行されたんですよね!?カナちゃんを追いかけたんですよね!?綱手様、カナちゃんは...!!」
ヒナタがナルトすらも視界に入れていない。視界が広いはずのヒナタの瞳は、今はただ一点、綱手しか見えていなかった。ヒナタの後ろで息を切らしているキバ、シノ、そして赤丸も......綱手の表情を見て、察してしまう。だがヒナタだけは、綱手を真っ直ぐ見つめながら、まだ現実を見つめられないまま。
震えていたナルトが、ヒナタからゆっくりと綱手に目を戻した。
「ばあ、ちゃん......」
空色の瞳は、鈍く歪められながらも、しかし、しっかと現実を受け止めていた。
状況を未だ掴めないでいるサイとヤマトはともかく、カカシもまた、ナルトと同じ心境だった。
サクラがそうだったように。あの時 地下牢でカナを見た二人もまた、予感していた。そうあってほしくないと願いながら、もしそれが可能になれば、カナは行動するだろうと。
「......すまない」
綱手からぽつりと吐かれた一言に、ヒナタが打ち震える。込められた意味ははっきりと伝わった。サクラといのに支えられ、やっとのことで立っていた体から、力が抜けていく。
ゆっくりとヒナタは膝から崩れ落ちた。声はなかった。だが、つっと頬に涙が伝っていた。
「ヒナタ......ナルトも、カカシ先生も」
「......なんだ、サクラ」
「ごめんなさい、私......みんなより先に、」
「待てよ、サクラ。お前が謝るなら、オレのほうが謝るべきだ。......だろ」
それまでずっと押し黙っていたシカマルが口にする。ヒナタの背を撫でるサクラは、そのシカマルを一度見上げて、俯いた。ナルトが視線を向ける。
「シカマル、サクラちゃん、もしかして」
「......ううん。私は、シカマルから聞いただけよ」
「オレだけが会った。あいつに......会って、話して......多分、あいつの忍鳥に気絶させられて、終わった」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。カナって......何でカナが?」
「僕も、全く話が掴めてないんですが......」
場の空気を裂くように、ヤマトの動揺を隠しきれない声と、サイの困惑が混じった声があがる。カナに会うタイミングがなかった以上、第七班・カカシ班の一員といえど、易々と口にできる内容でなかった為だ。
一瞬で誰もがどう説明しようかと悩んだところ、綱手が長く深い溜め息をついていた。
「最初から説明するには、かなり長話になる。とりあえず、ヒナタはまだ絶対安静......病室に戻ったほうがいい」
「で、ですが師匠、ヒナタは」
ヒナタを気遣うサクラは目で綱手に訴える。ヒナタは聞こえているのか否か、力無く俯いているだけだ。
ナルトサクラカカシから、カナとサスケの人となりは大方綱手も聞いている。その中で、カナの忍者学校時代から最も親しかった女友達がヒナタだったということも、もちろん耳にしていた。確かに同期は一様に熱心に欠けた仲間を捜していたが、とりわけヒナタは、七班であるナルトとサクラと同じくらい必死だった。
少なくとも、突き付けられた事実に取り乱してしまうくらいには。
そんなヒナタをそっちのけでカナの話をするなど、酷以外のなにものでもないだろう。
しかし、ヒナタは病室に帰さなければならない。
結局、全員が移動することとなった。
"暁"との戦闘後、帰還してすぐのことだ。カカシ班、第十班の疲れはまだとれていなかったが、それを口にする者は誰一人いなかった。
ヒナタは移動の途中も、ベッドに寝かされてからも、先ほどの興奮が嘘のように、静まり返っていた。病室に集まった同期八人、サイ、カカシ、ヤマト、綱手の、各々語る声だけが全員の耳に通っていった。
事の始まりから全てが話される。
まず、"暁"、角都・飛段の"火ノ寺"襲撃事件。そして、彼らと何故か共にいたカナ。
その話は綱手が僧侶、庵樹から聞いた話だ。全貌は見えないが、"暁"に与していたわけではないのは確か。"暁"に挑戦した庵樹は、飛び出してきたカナによって遮られ、意識を奪われた。
だがおかげで庵樹一人は生き延び、木ノ葉に情報を伝達することにより、進撃してきた"暁"に素早い対応ができた。
そこで綱手が得た情報。"銀色の漆黒"。庵樹を救った不特定人物。
案の定、綱手が命じた多くの部隊のうち、角都と飛段と行き会ったアスマ班が再び、顔を隠したカナを確認した。
三人目の"暁"。面をかぶった男にアスマが殺される瞬間、またも、カナはそれを遮った。三人目を捕まえたカナは瞬時にどこかへ消えていた。そのため、それから二人がどうしていたのかはわからない。
「......今思えばあの時、アスマは既に感づいていた」
「先生が......?どうしてそう思うの、シカマル」
「多分、言ったら他の隊員の......特にオレが目の前の戦いに集中できなくなると思ったんだろうな。はっきりとは言わなかったけどよ......思い返せば、あれがカナだって匂わせるようなことを言ってたんだ」
『けど......今ここで任務を投げ出してアイツを追っちゃあ、隊長失格ってもんだよな......』
そう言って笑ったアスマには、その時のシカマルも違和感を感じていた。だが、結局その正体は掴めずじまいのまま、戦いは最終局面を迎えた。
アスマが致命傷を喰らった。いのやチョウジ、他の部隊が駆けつけた時にはもう手遅れだった。何故か"暁"二人が撤退したが、それを追う体力もなければ気力もなかった。曇天の下、教え子三人は、顔を歪め、涙を流し、アスマの最期の言葉を聞いているに徹した。
だが、全てを言い切ったかと思った時、アスマが願ったのだ。"家族"との再会を。
「あの時は、アスマ先生が何言ってんのか、全くわからなかったわ......まさか、カナがいただなんて」
「......シカマルも、よく気付いたよね」
「それで、あのカナさんが、簡単に従ったんですか?」
「......従ったとかじゃねえよ。泣き崩れてたから、無理矢理引っ張っただけだ」
"銀色の漆黒"と呼ばれていたかの人物が、カナだと感づいたシカマルは、無謀かもしれないと思いつつカナの姿を捜した。そうして案外呆気なく見つかった彼女は、力無く座り込んでいただけだった。引っ張れば連れて行くのは容易い。抵抗する力も弱かった。
茂みからカナを連れ出したシカマルは、問答無用でアスマに会わせた。カナは泣きながらなんとかと喚いた。字面だけでは気丈な言葉も、声にすれば酷く脆いものだった。笑うアスマとは対象的に、カナは始終涙を流したまま。
「カナはアスマさんに"神鳥"の力を使おうとしなかったのかい」
「してたッスよ。けど、アスマ本人がそれを止めた。成す事が大きい分、反動がカナにあるのは確かだからと......」
「本当に父親面か......アスマらしいな......」
ーーそしてそのままカナは捕らえられ、牢に入れられた。
そこからはシカマル、いの、チョウジも与り知らぬところ。全て情報を手にできたのは火影である綱手だけだ。丸一日眠っていたカナは、地下牢の中で起きてもずっと、無反応のままだった。
「私の言葉にも、尋問官の言葉にも一切口を開けなかったよ。恐らく......あの牢の中で一番初めに喋ったのは、ナルトとサクラに対してだろう」
「私たちにも、すぐには何も言いませんでした......ナルトが怒鳴ってるのにも全然反応しなかった」
「十分想像できる、何故なら昔のカナも妙なところで頑固だった。何と言ったらカナは口を開いたんだ?」
「......サクラちゃんが言ったんだ」
『お願いだから......そんなに哀しい姿、見せないでよ......』
サクラの無理に作った笑顔。それに、カナは初めて反応を示した。精一杯の否定の言葉を主張したその姿。嘘だということは誰にでもわかった。しかし、誰にでもわかる嘘を、カナは決して折ろうとしなかった。
その後カカシが現れ、ナルトとサクラの、カナを脱獄させようとする計画は遂行されなかった。立ちはだかった"里の意志"に、成すすべもなく。
それから六日目、今日までの三日間。それからもカナが見せた反応といえば涙一粒限りで、何も口にすることはなかった。希望は一つ、これから帰還するだろう情報部の力を借りて、カナの脳内を直接覗き込むことのみだった。
だが、その直前に、事は起こった。カカシ率いる第十班が里を出発した時とほぼ同じ頃だろう。
カナが、脱獄した。
「だって、綱手様!あの牢はチャクラなんて一切使えなかったのに、どうやって!」
「......牢に入った食事係を素手でやったそうだ。それまでカナは一切抵抗しなかったから、完全に油断していたのもあるだろう」
「けど、綱手様が気付く前に、他の見張りが気付くのが普通っスよね。そんでそこで戦闘になっててもおかしかねえ。でも、オレたちが綱手様と一緒に騒ぎに気付くまで、カナは誰にも認識されてなかったみたいだった。......それっておかしくねえッスか?」
「見張り番の言うところによると、まず先に侵入者がいたらしい」
「"暁"の騒ぎで厳重警戒態勢になっていた、この里に?」
「そう......お前の上司のダンゾウですら気付かなかったくらいだ。まだ誰かもわかっていない......だが、タイミング的に、"音"の者と見て間違いないだろうな。そいつがカナに脱獄を促したか。なんにせよ、カナはその時、消えた」
騒ぎを聞きつけた綱手、そして、たまたま居合わせた第八班・キバ、赤丸、シノ、ヒナタが、すぐさま任務を引き受けることとなった。四人だけでなく、動ける者は動けるだけ使われた。
だが、一向にいい知らせは舞い込まない。それどころかどんどん連絡の数が減っていく。結果的に死者どころか重傷者もいなかったが、カナが確実に気絶させていたことは確かだろう。
そして。
「......私が最初に、見つけたの......」
「ヒナタ......」
「暗部のコート着て......カナちゃんは、私と向かいあった。復讐なんて嘘でしょって言っても、全然聞いてくれなかった......!行こうとするカナちゃんに、私は柔拳を向けたの!カナちゃんは全然打ち返してこなかった、けど......」
「......オレたちが駆けつけた時には、既にヒナタは倒れていた。動揺したキバもまた、あっさりとカナに気絶させられた」
「あっさりって......否定はしねえけどよ」
「クゥン」
ヒナタと対峙したカナは、他の第八班が駆けつけてくる一瞬前に、ヒナタを再起不能に陥れた。人指し指をトン、とヒナタの額についた、それだけだった。ヒナタの意識は急速に遠のき、"仮死状態"に陥った。
「それって......」
サクラがぽつりと呟いた。
シズネと交代で庵樹を看病していたサクラ。サクラはその時に説明されたのだ。庵樹は一時、仮死状態になったと。「庵樹さんと同じ......」と唱えたサクラは綱手を仰ぎ見る。
「綱手様。人指し指を突き付けるだけで、そんなことができるんですか?」
「その件は庵樹本人に、お前たちが帰還する前に聞いた」
首を傾げる数人の前で、綱手はまだそう時間が経っていないその時のことを思い出した。
夜が明けてすぐのことだった。火影室を訪れた者がいた。それが、まだ病院服に身を包んだ庵樹だった。こっそり病院を抜け出してきたことは一目瞭然だ。綱手は瞠目したが、庵樹は真剣な顔をして言った。
『実は......"私"は、約束したのですが』
『何の話だ?』
『彼女......風羽カナに、他言無用と言われ、それに頷きました。けど、それは一個人としての"オレ"じゃない......屁理屈なのは承知だが』
庵樹はそう言って俯いた。
綱手はその時察した、庵樹が個人的にカナと接触したことを。僧侶としてカナと向かい合い、他言しないと誓ったらしい彼は、僧侶としての自分を捨て、それから綱手に語った。
カナ本人が口にしたという。
"仮死状態"を起こす術は、実は本当に人を死に至らしめることが可能な術であること。それが"仮死"の段階に切り替わる切欠は、カナが保有する特殊なチャクラだということ。発動条件はただ一つ、額を直接、しかも精密に突かなければならないということ。
「そしてカナは、ある一族の眼があったら、額を突かなくてもその術を発動できる......などと匂わせる発言をしたらしい」
「ある一族って......なんだってばよ」
「それははっきりと口にしなかったらしいが、恐らく日向一族だ」
ヒナタが最も顕著に反応する。「日向...?」と呟いたカカシは、日向特有の眼、白眼の特異な能力を思い出した。ほぼ360度を視ることができる、広範囲な視野。更には、透視能力と共に、遥か遠くを見据えることができる望遠能力。
そして、日向が得意とする柔拳に有為となる、経絡系を見抜く能力。それも、天才と謳われるネジは、点穴までもを見切れるという。
「経絡系......それも最も重要な額の点穴への直接刺激、ですか」
カカシが言えば、綱手は「恐らく」と頷いた。「どういうことですか?」といのがおずおずと尋ねる。
「つまり......日向、それもネジが得意とするように、カナは点穴に深いダメージを与えることによって、相手の経絡系のチャクラ輸送を止めたんだ。風遁のチャクラは性質変化で最も攻撃力が高い忍術。それでも、相当な修行は労しただろうが......ピンポイントで点穴を突くなんて芸当は、白眼持ちでなければ普通はできまい」
「チャクラの流れを止められると、必然的に死へとどんどん近づく......その前に、カナはまた、"神鳥"のチャクラで相手に生を吹き込んだんですね」
"暁"を、そしてキバ、赤丸、シノを欺くために、カナはそうしてわざわざ二人を仮死状態に陥れた。"暁"のその後の反応は誰にもわからない。だが、ヒナタの呼吸が止まっていることに気付いた三人は、確かに動揺した。
「それで......キバも、動揺しちゃって、すぐに気絶させられたんだね」
「......ちげえよ、チョウジ」
「え?」
「オレも赤丸も、それにシノも多分、カナが本当にヒナタを殺したなんて思っちゃいなかった」
「多分とは心外だ。もちろん、オレもそうだ」
シノは既に綱手には言った。キバが動揺し、憤慨した先にあったのは、カナの冷酷な仕打ちではなかったはずだと。キバも赤丸もシノも、"仮死"云々についてはもちろん何も知らなかった。だが、三人共感づいていたのだ。
カナがまた、虚偽の向こう側に隠れようとしていることに。
「苛ついたんだ。何でそうまでして、オレたちを騙さなきゃなんねえんだってよ。似合わねえ表情貼付けやがって、んなもん、オレたちにゃ強がりだってことバレバレだってェのに......!」
「同感だ。だからといって、我を見失うまでになるのは頂けなかったがな、キバ」
「......うるせーよ。こういう性分だ」
結果的にキバも意識を失い、シノと赤丸もリタイアせざるを得なくなった。真実がどうあれ、ヒナタの容態が気がかりなのは確かだった為だ。阻むものがいなくなったカナは、シノが言葉をかける前に、あっさりといなくなった。
向かった先は、誰にもわからなかった。だが、可能性として考えていた一人がいた。
シカマルは、確率的には低くとも、ゼロとは言い切れないと考えていた。カナも慕ったアスマの弔い合戦だ。もしそれを小耳に挟むことが万一あったなら、動かないとは言い切れない。
「"暁"と交戦する前から、オレは、鹿たちに最大限に警戒するように頼んでおいた。例えオレんとこの森に足を踏み入れずとも、様子を伺ってるヤツがいたら、絶対に報告してくれって。......そんで、それはビンゴだった。子鹿が見慣れない人影を確認したって聞いて......そしたらやっぱりそれは、カナだった」
茂みから銀色を確認した時、酷く熱い感情がシカマルを襲った。もう体力もチャクラも限界のはずだったが、最後の力と言わんばかりに影は自在に動いた。
「捕まえられたの......?」
「いいや、ヒナタ......結果はお前と同じだ。あいつはオレたちが思ってる以上に強くなってるらしい......けど、話はできたんだ。......多分ヒナタ、オレの前にお前が話したおかげだったんだろうな」
「......え?」
「アイツは言ったよ。───また、木ノ葉に戻りたいって」
誰もの体が震える。
誰もがもう知っていた。だが、本人が頑なに否定していた、その想い。
「カナちゃんが......本当に、そう言ったんだな、シカマル......!」
「......ああ。......けど」
「?」
「つまり、こういうことなんだ。......アイツはここに帰りたいって本当に思ってるくせに、"ここ"に殺されるかもしれないっていう道を選んだ。そうしてまで、サスケと共に行く道を選びやがった......」
シカマルが強く拳を握りしめる。じんわりと熱くなる瞼には無視を決め込んだ。
一瞬緩んだ空気は、途端に再び張りつめる。
なんて自分勝手なと、吐き捨てられるなら吐き捨てただろう。事実、事情を知らない者はそう思って仕方がない。だが、この場にいる者は知っているのだ。
強くなるのは護るためだと言っていたカナ。それは決して、建前などではなかったことを。
■
お前を、迎えにきただけだ───
脳内に響いた声に、カナはひっそりと瞼を開けた。今が何時なのか、昼なのか夜なのかもわからない地下。もう三年とそんな生活をして、慣れたはずが、今のカナにはまたも酷く気分が悪いものに思えた。
地下室の一室。帰ってきてから何時間か経っただろうか。帰ってきた途端、泥のように眠ったカナは、まだ大蛇丸の顔さえ見ていない。
布団から上体を起こし、折り曲げた両足を抱きかかえる。霧がかった脳内に、響く。
───オレが、気付いてないとでも思ってたのか
サスケと会話することは、大蛇丸やカブトよりも多少多かったといえど、それでも一日に片手で数えられる程度だった。サスケは基本的にずっと無口だった。そのはずが、サスケはあの時、カナよりも口を開いていた。
あのやり取りを忘れられない。
「なにしてたんだろ、私......」
零れるのは、涙ではなく、自嘲の笑みだった。
心のどこかで解放感を感じている自分への、嘲笑だった。