「君にしては少し遅かったね、サスケ君」

開口一番。銀髪に丸眼鏡の男、カブトは、そこに少年、サスケの姿を確認するとそう言った。
サスケは木ノ葉にいた頃から全てが大きく変わった。ぐんと伸びた背ももちろんだが、最も顕著な違いは光を灯さない瞳だろう。サスケが一々受け答えをするような性格ではないと理解しているカブトは、そこできょろりと周りを見回す。

「それに......珍しいな、カナがキミの修行に立ち会わないなんて。まさか喧嘩でも」
「黙れ。さっさと始めろ」

軽い調子で話すカブトにサスケはここにきて初めて口を開く。その口調はいつも以上に刺々しい。
カブトは僅かに目を細めた。機嫌が悪いサスケに余計なことを言うと身の危険を感じかねない。それにカブトは言っておきながら、サスケとカナの間に喧嘩は有り得ないことを知っている。

既に己の刀、草薙の剣を引き抜いているサスケ。カブトはふっと笑い、指をぱちんと鳴らした。すると現れたのは千にも値する数の忍。

「選りすぐりの忍を集めたよ。キミはいつまでもつかな」
「......フン」

その瞬間、サスケはその場から消えていた。途端に聴こえてきた人の悲鳴、そして肉が断たれる音。

カブトはゆっくりとした動作で壁にもたれかかった。サスケがこの調子であれば、十分とせず全滅することは目に見えた。
ただ、もしこの場にカナがいたならば違ったかもしれないと、カブトは思う。
本人同士が気がつかないところで互いをいつも気にしている二人だ。カナが立ち会った場合は、サスケの修行で血が飛びにくくなることを、恐らく当人たちは気付いていないだろう。
二人は相変わらず、甘い。

「(さてと......そのカナは一体どこに行ったのやら)」

血飛沫の音を聴きながらカブトは目を閉じた。カナ特有の気配が近くにないことだけは確実だった。



ーーー第一話 過去



うちはサスケ、風羽カナ。その二人と相対する二人の人物がいた。
うずまきナルト、春野サクラ。この二人とサスケ、カナは今は全く別々の道を歩いているとはいえ、ほんの二年半前までは毎日顔を合わせる仲だった。

木ノ葉隠れに残った二人が決意したことは一つ。強くなって、絶対に仲間を連れ戻してみせること。
その為に二人はそれぞれのやり方で修行に明け暮れ、そして先日ナルトが木ノ葉に帰郷したのをきっかけに"カカシ班"は復活し、今は任務に狩り出されていた。


任務内容。風影・我愛羅を暁から奪還せよ。


「......ナルト。一つ、聞いてもいい?」

木ノ葉から砂へ。砂から暁のアジトがある川の国へ。移動を開始し数時間経った頃、サクラは隣を走るナルトに顔を向けた。その横にはカカシとそれからもう一人、砂の相談役・チヨがいる。

「いつから暁に狙われてたの?」

控えめな問いを聞き、ナルトは僅かに瞼を落とした。「わかんねェ...」とそうぼやいたナルトを目に、カカシが口を出す。

「一度 "暁"の二人がナルトに接触しに木ノ葉まで来た事があった......あれから三年。今になって再び動き始めた理由は分からないが......」
「......どうして三年も待ったんだろ」

またもサクラが疑問を口に出すと、次に答えたのはチヨだった。

「人に封じられている"尾獣"を引きはがすには、それ相応の準備もいるからの。大方、それに手間取ったのじゃろう」
「"尾獣"って...」
「尾を持つ魔獣のことじゃ。我愛羅に封じられた"守鶴"のようなな。"暁"が何のために"尾獣"を欲しとるかは分からんが......危険な力であることに変わりはせん。どうあれ、渡すのは得策ではないな」

何でだ、と強く唇を結んだのはナルトだった。ナルトが思うのは同じ境遇にある我愛羅のことだった。その胸に籠ったのは哀れみではなかったが、憤りだった。酷い運命への怒りだった。
そうして拳を握りしめるナルトを、チヨはじっと見つめていた。......それからすっと瞼を落とす。

ーーチヨはまさか、今ふと思って呟いたことが、この場にいる全員を驚愕させるなどとは思わなかった。


「"神鳥"を持つ者さえおればな.........」
「___!!」


まるでその場の空気が一瞬で固まってしまったかのようだった。
チヨはすぐに違和感を覚えて立ち止まった。

ナルトとサクラが目を大きく見開いて、立ち止まっていたのである。
どうしたとチヨが言おうとする前に、ようやく動いたナルトがガッとチヨの両肩を掴んでいた。

「"神鳥"って......どういうことだってばよ、ばあちゃん!!」
「"神鳥"を知っておるのか...!?」

ナルトは頭に火がついたように他のことはもう考えられなくなっていた。だが、それを抑えたのはカカシ。ナルトの手を掴み、そっとチヨの肩から外していたカカシは、ナルトを一瞥した後にチヨを見た。

「実は以前、コイツら......私も含めて、"神鳥"を持つ少女と同じ班だったんです」
「なんと...!では、"神人"の知り合いか」
「知り合いなんかじゃねえ。カナちゃんは"仲間"だ!」

また吠えようとするナルトをカカシは制す。それからそっと背後を振り向き、サクラの顔を見て、カカシは目を細めた。カナ、その名を久々に聞いたためか、サクラは目に涙を溜めていた。カカシは自分の中でも熱くなった感情を自覚する。

「教えて下さいますかチヨバア様......"神鳥"がいたら一体、どういうことになるのか」
「......知ってどうする?今から"神人"をここへ呼び寄せるつもりか、カカシよ」
「......いえ」

妙な沈黙が場に滞る。サクラは涙を拭こうとしていた動作のままに止まり、ナルトは奥歯を噛み締めていた。

「......ワケあって、彼女は今 里にはいません......ですから、どうしようもできませんが」
「ほう。なら尚更知ってどうするつもりなのじゃ」
「それでも、カナは今でも"仲間"なんです!!......知っておきたいから......!」

サクラは涙を振り切って言った。サクラの瞳に映るのは三年前の小さなカナの後ろ姿だった。
『行ってきます』ーーーカナのその一言は今でもサクラの耳に付いて回る。格好よく凛としていると同時に、どこか哀しい言葉だった。

「...何か理由があるようじゃな」と呟いたチヨは、サクラとナルト、カカシまでもの顔にある感情に気づき、小さな溜め息をついた。

「"神鳥"は"安定"の力を持っとる......ということは知っておるか?」
「"安定"......?」
「そうじゃ。生きとし生きる者は必ずチャクラを有すことなら知っとるな。"神鳥"のチャクラは、そのチャクラの波を一際静かにし、平穏をもたらすものだとされておる」

そう言ってから、チヨはナルトたちに背を向け枝を蹴った。止まる猶予など本来なら一刻もない故だ。一瞬躊躇った七班もその後に続き、風音に掻き消されそうなチヨの声を必死に耳で拾う。

「つまり、"神鳥"のチャクラが他者の体内に流し込まれた場合、そやつの力は落ち着き、より高度な技術で術を扱うことができるというわけじゃ」
「......けど、それが今の話とどう関係あるんだってばよ?」
「生きとし生ける者には必ずチャクラを有す......裏を返せば死者にはそれがないということ。だがの、誰しも死んだからといってすぐチャクラを失うわけではない」

一同はハッとしてチヨを見ていた。

「それって......つまり、もし我愛羅くん奪還に間に合わなかったとしても」

震える唇でサクラは言う。チャクラは生ける者たちの力の源。そして"神鳥"のチャクラは他者のチャクラに"安定"をもたらす。ならば?

「カナちゃんがいれば、希望は見えてたってことか......」

そう無念そうに吐き出したのはナルト。脳裏に浮かんだ穏やかに笑う少女が、徐々に消えていく。

「......聞いたところでどうしようもなかったじゃろう」

チヨが最もな意見を零す。四人は暫く黙って走りつつ枝を踏みしめ、数秒後、カカシが「急ごう」と声をかけた。チヨを除く三人の脳裏に暫く流れた過去は、全て虚しさにしかならないまま。



"暁"。

それは現在、"リーダー"と呼ばれる存在・ペインを筆頭に、十人が揃う組織である。個性も術もそれぞれだが、十人が十人とも一癖も二癖もある強者であることだけは確かだ。その強さの証に全員がある一つのレッテルを貼られていたーーー"S級犯罪者"。

その"暁"が現在潜伏しているアジトは、川の国付近の小さな洞窟であった。
五封結界で潜入を拒んでいる洞窟で目下"作業中"であるーー。

「風羽カナはどうだ」

そう静かな声で告げたのは藤色の瞳の"リーダー"、ペインだった。同じく幻灯身の北波の目が密かに動く。答えたのはゼツという、不気味な形を象る者。

「アア、大分前カラ視界ニ入ッテイル。冷静ヲ装ッテイルツモリダロウガ、カナリ焦ッテイルヨウダ」
「クク......完璧に罠にハマったというわけですね」

ゼツのカタコトな言葉に続いたのは干柿鬼鮫。愉し気な笑い声がその口から漏れる。それに、フン、と鼻で笑ったのは北波。「どうするんだ?」と鋭い眼光をペインに突き刺した。ペインもまた視線を返す。

「どっちにしろオレの言うことなど聞かないつもりだろう、北波。オレの部下を一人使ってやる。象転の術を使え」
「......チッ、さすがにそりゃしょうがねぇか......だが、恩に着るぜ、リーダー」

そう言ってすぐ、北波はその場から消えていた。

その場から姿が消えたのは北波で三人目だった。初めは鬼鮫、そして二番目はうちはイタチ。"作業"を邪魔されない為にペインが命じたことである。だが恐らくこれが最後になるだろう。
何故なら、もう"足止め"は必要ではなくなるのだから。

"一尾"を封印された少年の命の灯火は、もうすぐ消えゆく。



風が吹き抜けていく。向かい風にも負けることなく、カナは森の中を走り抜けていた。その前を走るは一羽の小鳥。紫色の翼をもつカナの忍鳥は、彼女の案内係を勤めている最中だ。
三年の月日で急激に伸びたカナの身体能力は最早、紫珀と同等のスピードを誇っている。

「紙に書かれてた場所によるともうこの近くや......気ィ抜きなや、カナ」
「うん、分かってる」

カナの瞳には強き意志、それから微かな怒りが滞る。カナは強く唇を噛み締めながら前へ前へと進んでいた。

ーーーだが不意にハッとし、銀色は唐突に止まっていた。それは紫珀も同じだったようで、忍鳥はゆっくりとカナの肩に降り立った。

「............」

カナの視線はすうっと辺り一面を見渡した。そして、深呼吸してから、カナは口を開いた。

「いるんでしょう。出てきたらどうですか」

カナの声が響く。ざわり、と木々が揺れた。カナの短い銀色の髪がなびいたーーー瞬間。

カナは瞬く間に後方に下がっていた。カナが先ほどまでいた場所に、短刀を突き付けてる人物がいた。
銀色の髪に、焦げ茶の瞳。左頬の傷跡。全てが、カナたちが脳に描く、記憶の中の者と合致していた。


「久しぶりだな......姫」
「......三年ですか。確かに、お久しぶりですね......北波さん」


自身を狙う青年、北波を、カナは複雑な表情で睨みつけた。


 
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