白眼によって広い視界を得られる日向一族のヒナタ。寄壊蟲を自在に操り命令を実行させる油女一族のシノ。嗅覚が特に優れた一門である犬塚一族のキバ、忍犬 赤丸。以上 三名と一匹、過去チームとして常に共にいた第八班の得意分野は、総じて探索・追尾だった。
しかし、この捜索がいつになく難しいものであることも明白だった。
なにしろ里内部での任務となるゆえに、白眼や寄壊蟲で早急に発見するには他のチャクラが邪魔となる上、無数の匂いが漂っているのである。

『くっそ...!火影様から預かった額当ても意味ねェ、匂いを完全に消してやがる!』
『当然と言えば当然だな。何故ならカナはこの里の出身、匂いで捜索される可能性を十分に知っている』
『キバくんや赤丸の鼻じゃないから、シノくんの蟲も私の白眼も特定の人物をすぐさま見つけることは難しい......でも、絶対に見つけてみせる......!』

三人の脳裏にそれぞれの記憶が甦る。思い返したカナの表情は、どれも罪人になりえるものではない。第七班がそうだったように、第八班もずっと消えた二人の仲間のことを捜し続けていた。その一人が未だ木ノ葉のことを想い続けているなら尚更、三人は諦められない。

また、あの笑顔をこの里に取り戻す為に。



『───!!』
『どうしたヒナタ!』
『見つ、けた......見つけた、黒いコートを着ているけれど、あれは...!』
『カナ、か』

『───うん!』

『......ヒナタ?おい待てよ、ヒナタ!?お前まさか、一人で行こうとしてんじゃねェだろうな!?』



ーーー第三十一話 叫ばれた想い


ヒナタにとって。
風羽カナは、どうしても捨てきれないつながりだった。
まだ幼かった頃の、あの日、あの時から、それまで以上に強く憧れ続けた大切な友人だった。

その彼女の姿を三年ぶりに捉えて、どうして冷静でいることができただろう。


「カナちゃん!!!」


木ノ葉の森中心部には、忍がよく修行の為に使用していた場所があった。木々はあちこちに倒され、いつしか随分広い土地になった所だった。
穏やかな川の流れ。忍たちの姿がなければ、鳥や虫たちの声で溢れ返り、今は夜明け前の冷涼な風が通る。暁色の空が顔を覗かせ始め......そこに、ヒナタはザッと現れていた。

抜け忍・風羽カナの姿を見つけて。


「......カナ、ちゃん......?」


ーーしかし、白眼を解いたヒナタは、信じられないとばかりに目を丸めていた。

そこにいるのは確かにヒナタがよく知る銀色だった。三年の月日を経ても、何一つ変わらない輝きを放つ銀は、見紛うはずもなかった。だが、この状況は、カナをよく知るヒナタが信じられるものではなかった。

暗部のコートを身に纏ったカナが、一人の暗部を横たわらせていたのだ。


「ヒナタ......」


背を向けているカナが一つ吐き出す。その声に、ヒナタは震える。子供っぽさが抜けた声だが、よく覚えている。間違いなく友人の声であるものを耳に、ヒナタの胸が更に波打つ。
銀色は振り返らない。暗部を地面に横にした格好のまま、ヒナタを見ようとはしない。ヒナタが見る限り、その暗部は間違いなく意識を失っている。

「......なにをしてるの......?」

一拍、二拍。応えは返る。

「見たら、わかるでしょ。私は抜け忍だよ?」

追い忍として向かってきたものを叩き伏した。ただそれだけだと、その声は物語っていた。ようやくその姿がゆっくりと立ち上がり、暗部のコートをはためかせる。半歩だけ振り返り、カナとヒナタの目は今、合わさった。

その距離は、とても近いとはいえないものだった。息を呑むヒナタを見て、カナは僅かに目を細める。

「さすが白眼だね......拝借した暗部のコートのおかげで、あまり追跡されなくなったんだけど」
「......それも、誰かから、奪ったの?」
「うん。そう」

"風羽カナが暗部のコートをまとっている"などという情報は回っていなかった。それはカナが確実に一対一で暗部と戦闘に入るようにした為だった。なんとか全ての暗部を里内で撒く必要がカナにはある。情報を漏らさないよう、最高の注意を払って追い忍を引き離してきた。
ただ一つのカナの誤算は、こうした血継限界を持つ者が任にあてられたこと。

一息ついたカナは、ようやくヒナタにきちんと向き直る。互いに成長した姿だが、お互い、三年前の無邪気に笑う姿が重なるように思い浮かんでいた。

「カナちゃん......どうして、こんなこと.....!」

耐えるように拳を握りしめたヒナタは、ただ昔のようにカナと笑い合いたいだけだった。

「ずっと会いたかった!!カナちゃんが里を抜けたって聞いた時、どれほど泣いたかわからない......復讐って聞いた時、どれほど悔しかったかわからない!!なんで、どうしてって、そればっかりで、私!」
「......恨んでもおかしくないね」

カナはなるべく静かに応える。目はヒナタから微妙に逸らされた。常にもの静かでおっとりしていたヒナタをこうさせている自分が一番憎らしかった。
だがカナは、こうなるために真実をひた隠しにしてきた。本望のはずだった。里を抜けると決めたからには、尋常一様に抜け忍として扱われることを覚悟した。

「でも、そんなこと言われたって私は」
「違うよ......」

小さく聴こえた声に、カナは言葉を詰まらせ、ゆっくりとヒナタを見た。
ヒナタは変わらず苦々しい顔で、けれど弱々しくも微笑んでいたのだ。カナは不意に昔のヒナタの笑顔を想起した。


「本当に恨んだのは......自分自身だったもの」


この展開がどの方向に向かっているのか、カナは考えたくもなかった。嫌な予感は一瞬にしてカナの背を流れ落ちていった。どうして、と口にした言葉はヒナタの耳に届いたのだろうか。
ヒナタはまた、震える唇を開いた。


「だって......私には、カナちゃんの本当の決意に気付けなかったから......!」


風が吹いて、ヒナタの声をさらっていった。
葉のざわめきが虫や鳥たちの声を掻き消していき、訪れた静寂は、カナを突き刺すように。

目を見開くカナの脳裏に、数週間前のサイの姿が浮かび上がる。真っ白な顔に浮かんでいた確信の色は、精一杯の抵抗を以てしても消えなかったのか。今となっては取り返しがつかないことに気付きたくもなかった。
それでも。

「......笑っちゃうよ」
「カナちゃん、」
「ヒナタも......他のみんなも、サイさんから聞いた夢物語を信じたの?」
「夢なんかじゃない!!今なら分かるよ、カナちゃんは本当に、あの頃を毎日幸せそうに過ごしてたもの!!」
「昔の話だよ」

努めて冷静に切り返すカナに、ヒナタのほうがたじろぐ。カナの瞳には変えようのない決意が色づいている。誰が何を言おうと、頷きはしない意志が潜んでいる。銀色は昔と変わらぬ色で風になびいていた。
ヒナタに嘘をついてまで病室を抜け出した三年前のように。一度突き通すと決めたカナの心が塗り替えられないことなど、ヒナタはよく知っていたはずだった。それが例え、自分の身を削る決断であろうとも。

「そんな話、信じられるの?知ってるんでしょ......私の一族が死ぬ原因を作った人がいるってこと」
「だからってカナちゃんは!」
「......悪いけど、長々と話してる時間はないの」

ヒナタの声を遮るようにカナは口にする。じゃあね、と背を向ける。
カナにはもう、一分一秒もヒナタを顔を見ていられる自信がなかった。顔を崩さないでいられる限界だった。手を伸ばさないでいられる限界だった。

カナちゃん、と嘆願するような声が背後から聴こえる。だが、カナは一歩を踏み出す。感情をひた隠しにして、進み始める。
それがカナの道だった。自ら闇に進むことこそが、カナが自身で決めたことだった。


「行かせない!!」
「!!」


カナは咄嗟に横に逸れた。チャクラで覆われた手は尚もカナを襲い、すぐさましゃがみ込む銀、それを追う紫がかった黒。
無防備な黒の足を払おうと銀は瞬時に思うも、

「(......できない!)」

結局それを決断できず、風を扱いつつ身軽に後方に逃れるのみだった。
土ぼこりが、嫌に俟っていた。

「......油断だね......カナちゃん」
「......まさかヒナタがそう来るとは思わなかったからね」
「いつまでも......いつまでも、カナちゃんに背中を押してもらってた私ではいられないもの......!!」

体勢を崩していたカナもゆっくりと立つ。カナの目に映るは、特異な血継限界を発動させた瞳。そこに宿るは、幼い頃には見られなかった確固たる意志。

「カナちゃんが無理矢理行くっていうなら、私はそれを無理矢理止める!!」

両手に宿るチャクラの塊。それで構えをとるヒナタに隙はない。白眼は、カナの行動の全てを見逃そうとしない。その能力を相手にするのには、カナとて力を出し惜しみするべきではないはずだ。
しかし、カナの瞳に金色が侵食する様子はなかった。
理由は明白だった。
足を払う勇気すらも出なかったのに、どうして朱雀の力を引き出すことができようか。

きゅっと真一文字に口を締めるカナ。真剣な目で真っ直ぐに前を見据えるヒナタ。
それは、数年前までは反対の立場のはずだった。


「行きます!!」


襲ってくる日向の柔拳、それを苦もなく避けていくカナ。
二人は、両者とも相手を見つめながら、脳内に流れる記憶を感じていた。三年ぶりの邂逅は、二人に同一の記憶をもたらした。

それはもう、十余年も前のこと───




『よーし、じゃあ次!!』

わいわいと子供たちが騒いでいる中で、アカデミー教師のイルカの声があがった。演習場の中央には白線で大きな丸い円が描かれ、イルカはその前でバインダーを持って立っている。

『風羽カナと日向ヒナタ、前へ!』

ところどころから意味のない歓声が上がる。
銀色と紫色は、相反したところでぴくりと反応した。そうして二人はゆっくりとクラスメートたちの間を抜けて、円の中に入ってからようやく、顔を合わせていた。互いに今まで見たことがなかったわけではない。しかしこうして対面するのは、これが初めてのことだった。

『よし、じゃあ"対立の印"を。戦う意思を示せ』
『カナとヒナタが戦う意思ってえ。二人とも喧嘩だって全然しないのにねー!』
『あはは、確かに。おやつ争奪戦にも参加しない二人なのに!』
『こらお前ら、茶化すんじゃない。これは伝統的な忍組手の作法だぞ。昔からこうして忍は鍛錬してだな...』
『その話はもういいから、早く始めろってセンセー』
『誰がこの話を持ち出させたんだコラ!!』

横やりを入れる生徒にカッと怒鳴るイルカ。その姿に、素直に従って"対立の印"を組んでいた二人は、目をちらりと見合わせてくすりと笑っていた。それに気付いて、ゴホン、とイルカは気を取り直す。

『もういい.......とりあえずカナ、ヒナタ、準備はいいか?』
『はい!』
『は、はい』
『ようし。では......始め!!』

歯切れの悪い返事をしたヒナタとは対照的に、カナははきはきと返事をし、尚かつイルカの掛け声と共にバッと動き出した。一気に相手に詰め寄り、ふっとヒナタの前から消え、手に地面をついて勢いよくその足を振り上げる。
しかし。

『あっ...白眼!!』

誰かが声を挙げた。ヒナタは自身の能力を以て身を逸らし、その上でカナの足を逆に掴んでいた。

『っと!』

カナは咄嗟にもう片方の足も上げ、ヒナタのほうへ体重を傾ける。無理矢理ヒナタをよろめかせることで場外を狙う、だがヒナタはすぐに足を放して一度カナから離れる、すると体勢を立て直したカナはまたもやヒナタへ向かう。
幼い二人の攻防戦は割にレベルの高いものだった。同期たちはそれを見ながらまたわいわいと騒ぎ始める。

『カナちゃんって喧嘩とかに関わったりはしないのに、実技やる時はいっつも楽しそうだよね......』
『確かに!何気に座学よりも実技好きってねー。カナ、よく放課後も残って手裏剣の練習してたりするしー』
『へー、元々成績いいのになにしてんだあ?』
『ヒナタはあれだろ。家が家だから、いっつも父親と稽古してるらしいぜ』
『うん、ヒナタもかなり実力あるよね。......でもさ、ヒナタは』

その間ももちろん二人の攻防は続いていた。カナが向かい、ヒナタが退き、カナが繰り出し、ヒナタが受け止める。
大抵 カナが先に動き、ヒナタがそれに合わせて次の行動に出るというような形だった。見ようによってはヒナタが今一歩カナに及んでいないようにも見える。しかし、そんな単純なことではないのは事実なのだ。

『......攻撃、苦手だよね』

ある男子が言うーーーちょうどその時、ヒナタはそこで初めて構えらしい構えを取っていた。

それに向かっていたカナは僅かに瞠目する。カナが放った手刀はパシンと今までで一番強く弾かれた。逆に放たれた柔拳をカナは一度目は避けるものの、思いがけず体勢を崩す。なんとか持ちこたえて再び攻撃態勢に移ったが、それでもヒナタに遅れたのは確実。

柔拳はまたもや、カナを睨んでいた。カナの攻撃は今一歩間に合わない。


『え......ッ!!』


ーーはず、だった。しかし実際 場外へ飛ばされたのは、ヒナタだったのだ。

ずさっと白線の外で尻餅をついたヒナタ。一瞬静まり返って、また歓声を上げた生徒たち。慌ててヒナタの安否を確かめに行ったイルカ。
白線の中で、カナは拳を握ったまま、誰より目を丸めていた。

『ヒナタ、大丈夫か?立てるか?』
『だ、大丈夫、です。歩けます』
『そうか、そりゃあよかった。......カナ、どうした?』
『あっいえ......ヒナタちゃん、だ、大丈夫?本当に?』
『うん、大丈夫』

狼狽えて傍に寄ったカナに、顔を上げて控えめに微笑んだヒナタ。それ以上何も言えず立ち尽くすカナの前で、ゆっくりと立ち上がって、無言で土ぼこりを払う。そんな二人を見下ろしていたイルカは、ふうと一息ついた。

『よし、じゃあ二人とも。"和解の印"を』

二人の指がゆったりと結び合わされる。
その時のカナの怪訝そうな瞳を、向かい合うヒナタが直視することはなかった。



「カナちゃん!!」

ヒナタのチャクラをまとった拳がカナに近づく。

「覚えてる!?私たちが初めて対峙したあの日のことを!」

ヒナタは技を仕掛けながら必死に叫ぶ。表情を徹するばかりでずっと下唇を噛み締めているカナから、決して目を離さないようにしながら。白眼は全てを見通すようだった。

「私はよく覚えてるよ......!カナちゃんが、こんな私に話しかけてくれるようになった切欠!全部、全部覚えてる!だから私にはよくわかるんだよ......今のカナちゃんは、あの時の私、そっくりだってこと!!」



その組手試合があった日の放課後のことだった。ヒナタは教室の椅子に座りつつかちこちに緊張していた。理由はただ一つ、その日の授業が全て終わり、さあ帰ろうとヒナタが思った途端に声をかけてきた銀色が、今 隣に座っているからである。

『急に引き止めてごめんね』
『ううん......』

苦笑を零したカナに、ヒナタは弱々しく首を振ることしかできない。放課後の教室で特に親しくもないクラスメートと対談する、そんな状況に陥ったのはヒナタには初めてのことだった。

『それで......どういうお話?』

おずおずと口にするヒナタに対し、カナのほうは割と気楽だが。

『えへへ。まず最初に、もう痛くないかなって。かなり派手にやっちゃったから、ちょっと気がかりで』
『だ、大丈夫だよ?』
『そっか、よかった。ずっと気になってたから。......それでね』

カナは心底安堵したように息をついてから、数秒 躊躇するように目の前の机に視線を落としていた。

『どうして、攻撃...やめたのかなって』

静かに吐き出された問いかけに、ヒナタの心臓はドキリと高鳴った。

『やっぱり、どう考えてもあの時、私の攻撃が先に入ったのは不自然だったよ。でも、これは負けるなって思った瞬間、場外になってたのはヒナタちゃんのほうだった。だからあの時驚いてたの......どうしてって』
『それは......』
『負けたいなんて思う人、いないのに。ヒナタちゃんは、自分から負けを宣言してたから。なんでかなって』

試合中のカナの目に見えていたこと。ヒナタは、普段から鍛錬に励んでいるカナの攻撃を、最後の一撃以外はまともに受けなかった。つまりそれだけの才能を持っているはずだというのに、にも関わらずヒナタは最後まで勝とうとはしなかったということ。

『......あのね』

躊躇いつつもちゃんと真摯に相手を受け止める、真面目で優しい人柄だということ。

『私ね......怖いんだ』
『怖い?』
『うん......人に力を向けたり、傷つけたりするのが、すごく怖いの。強くなるために、アカデミーに通ってるのに、おかしいよね......』

ぽつり、ぽつり。小さなヒナタの口から漏れる言葉は切実だった。

『昔からそうだったの。日向の宗家の長女として、ずっとお稽古もしてきたのに、いつまで経っても攻撃に移るのには尻込みしちゃう。ずっと怖いまま......やっぱり今日もそうで。......でもね、今日 カナちゃんを見てたら、一瞬だけ、勇気が出たんだ』

小さく口角を上げたヒナタを見て、カナは『私を見てたら?』と不思議そうに首を傾げる。その言葉に、ヒナタはこくりと頷いた。カナとヒナタ以外の生徒がいない教室は、静かに二人を見守っていた。

『いつもニコニコ笑ってて、喧嘩になんて全然縁のないカナちゃんでも、こんなに真っ直ぐな目で相手を見据えるんだ...って。そう思った時、私にもできるかなって、一瞬だけだけど......考えられたんだ』
『...ずっと、私を見てたの?』

目を瞬いたカナに、ヒナタは恥ずかしそうに頷く。ヒナタにとってカナは今まで縁遠い人物だった。クラスの中心とは言わないが、端っこにいても不思議と周囲の調和を謀れるカナは、ヒナタには遠い存在だったのだ。ご、ごめんね、ともじもじ言うヒナタ。カナは慌てて首を振ったが、カナもまた照れて僅かに目を逸らしていた。

『......これは、私の考えなんだけどね』

やっと頬の朱が消えたのは、カナがまた切り出した時だった。

『私だって、人を傷つけるのは嫌だよ。傷つけられるのも、痛いのも、もちろん好きじゃない。きっと誰だってそうだと思う......ヒナタちゃんはおかしくないんじゃないかな』
『でも......』
『でも。私たちは、何も成績のためだけに学校に来て、授業を受けてるわけじゃない。そうでしょ?』

"忍者"になるために。最終的には誰もがそこを目指して、忍者学校に入学した。
ふわり、と微笑むカナ。ヒナタは戸惑って俯いてしまう。紫がかった黒髪は、相変わらず優しい色を放っていた。

『私たちはね、多分、自分のためだけに鍛錬してるんじゃないと思うの。なにより、ここは学校だから......仲間同士で、高め合うために向き合ってるんじゃないかな。それで、最後はみんなで行き着くの。卒業して、忍者になって、今度は護る為にお互い背中を預けることになる。きっとその時は、一緒に高め合ってきた仲間が、一番信頼できる人になってる...』

ヒナタはちらりとカナを見上げた。まだ幼いのに、どこか大人びた銀色は、どれだけつながりが大切かということを既に知っているようだった。柔らかい色を放つ瞳の奥で、様々な想いを抱え込んでいた。

『......きっと、傷つけ合うってことじゃない。自分のためだけじゃない。お互いのために、私たちは向かい合わなくちゃいけない。......私は、そう思ってるよ』




「うじうじ悩んでた私を笑顔にしてくれたカナちゃんは、今のカナちゃんじゃないよ!!」

ヒナタの攻撃が飛び、カナは難なくそれを避ける。決してカナの体が掴まることはなく、常に先読みを行ってヒナタの攻撃を避け、受け止め続ける。まるであの時の組手と立場が逆転したように。

「今のカナちゃんは、昔の私みたい......!自信がなくて、目の前の私を見れてない!敵だと思うなら刃を向ければいいのに、それすらもできてない!私と向かい合うのが怖いって、そんな顔してるよ!」
「......余計なことばかり言ってないで、早く私を倒してみたら......!」

カナも忘れているわけがない。ヒナタと過ごすようになった切欠は、ずっと脳裏に大切にしまっておいていたのだから。
二人はもう立派に忍になった。もし三年前のあの日のことがなければ、カナもヒナタは今、互いに背を預け合う仲間になっていただろう。だがーーー

カナは今、木ノ葉に甘んじる立場ではいられない。決意を胸に、過去に縋るわけにはいかない。

「今の私はただの罪人!ヒナタこそ、殺すつもりで向かって来たらいい!」
「そんなことするはずない!私にとったら、カナちゃんはまだ昔のままの優しい人だよ!!」
「空想話ばっかり、」
「違う!!私だけじゃない───みんながそう思ってるもの!!」


「───!!」

その時ヒナタは、気付かなかった。
カナの意識が一瞬、ヒナタから外れたことを。そうした後にカナが苦々しく眉を寄せたことも。

"風使い"は周囲の状況を把握する。しかし、ヒナタにはわからなかった。


「ナルトくんたちからカナちゃんのことが話された時、誰も疑うことはしなかった!みんながみんな、どこかでずっと思ってたんだ、カナちゃんに復讐なんて似合わないって!今のカナちゃんは私を真っ直ぐ見ることも、ましてや本気を出すことだってできてない!!それはつまり、カナちゃんが......!」


ーーヒナタは、気付けなかった。この刹那で起ころうとしていることを。

一瞬だ。
それだけあれば、カナには十分だった。

金色に侵食された瞳は、あっという間にヒナタの懐に入り込んでいた。目を見開いたヒナタを、カナは戦闘に入ってから初めて真っ直ぐ見つめていた。
戦況が一変した時にヒナタが気付いた時には、既に遅く。

ヒナタは避けるすべを見つけることはできなかった。

カナの風をまとった人指し指は、トンと、ヒナタの額をついていた。


「......風遁 風裏魔」


顔を強ばらせたカナがそう言った時、ヒナタの膝はがくりと折れた。

「あ......」

漏れた声は既にか細く、ヒナタの意識は急速に遠ざかっていく。その拳に燃えていたチャクラも一気に薄まり、発動していた血継限界も失われていく。

ヒナタは今、自分がどういう術をかけられたのかはわからない。朦朧としてきた意識の中、ヒナタにわかることはただ一つだった。


「それ、は......つまり、カナちゃん、が......」


ゆっくりと倒れていきながら、ヒナタは擦れた声を絞り出す。


「カナ、ちゃんが......木ノ葉を......捨てきれて、な.......」


長く伸びた黒髪は、落ちゆく体を追うように引っ張られていた。
どさり、とその姿が倒れたとき、場所は地面ではなく、カナの腕の中だった。

間一髪のところで受け止めた銀色は、そのまま静かにヒナタを地面へと下ろす。強く眉根を寄せた顔で、何も言うまいと唇を噛み締め、ただカナは自身が為すべきことを行っていた。
ヒナタの額に、カナの手の平が押し当てられた。

"風使い"は、予測していた。木々の間を抜けてくる激しい風の音を聞き取っていた。

恐らく単身行動を起こしてしまったのだろうヒナタを追って、更なる増援が向かってきているのだということは、明白だった。

そしてそれが誰であるかも、カナには十分、想像できることだった。


「ヒナタ!!!」


ざ、ざ、ざ、と三つの着地音。そして先ほどのヒナタの時のように、息を飲んだ音。
カナはやはり振り向かなかった。手を押し当てて数秒、金色は徐々に元の色に戻りつつあったが、それでも顔を見せようとはしなかった。ただ黙って、彼らの声を聞いていた。

「おい......お前、カナなのか......?」
「暗部のコートに身を包んでも隠せるものではない......何故ならオレたちは、昔からの付き合いだからだ」
「クゥン」
「いや、けど......!そこで寝てんのヒナタだよな!?それにこっちの暗部もカナ、お前がやったっていうのか!?」

キバに赤丸、シノ。今は意識の無い日向ヒナタも含めて、かつて夕日紅が率いていた第八班。
シノの相変わらず長いセリフにも、赤丸の不安そうな鳴き声にも、キバの必死な様子にもカナは目に見える反応はしない。ただゆらりと立ち上がり、またヒナタを見下ろすだけだった。

「沈黙は......肯定の証かよ......!!」

怒鳴ることを必死で抑えていたキバは、しかし釘が外れるのは早かった。

「何でこんなこと!!お前、ヒナタとは昔っから一番仲が良かったじゃねェか!!ヒナタはこの三年間、ずっとお前を思って泣き続けてたんだ!そんなことも知らねえで、お前は!!」

「待て......キバ」

ーーしかし一歩を踏み出そうとしたキバを、止めたのはシノだった。

「止めんな、シ、ノ......」

振り返って喚きそうになったキバも、何か異変に気付いたようだった。赤丸もまた、シノを見上げて、狼狽えた。
あのシノが、僅かに震えて、冷や汗を流して、カナの背中を見据えていた。

シノのぶら下げている右手には、一匹の小さな蟲が蠢いていた。

「おい、カナ......お前、まさか」

ポーカーフェイスは完全に消えていた。キバも赤丸も何も言えず、カナもやはり無言で立っているだけ。
その背中に、シノは投げかけた。


「まさか............ヒナタを、殺したのか?」


 
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