「な......なんだってばよ、ここ......」
「前が見えない......それに、何も聴こえない......。......怖い」

ナルトとサクラ。二人は地下への扉を通ってすぐ、呆然とそんな感想を漏らしていた。二人の目の前に広がっているのはただただ闇ーーーこの場所の知識をまるで持たない二人が戸惑うのは当然のこと。

火影室から飛び出した後、ナルトとサクラは必死で結界を張っている見張り番を探した。それは普段なら全く気にしない、階段の裏に潜んでいた。綱手から言われた通り、五代目の許可はとったとの事を伝えれば、見張りは渋々ながらも二人を通した。そして扉を開けて入ったはいいものの、さすがにこの異質な空間の中を走っていけるほど、二人は闇に鈍くはなかった。

「地下牢......だよな」
「......うん。だから、階段がきっと......」
「慎重に行くってばよ」

自然と二人は手を繋ぐ。そうでもしなければ、あっという間に相手を見失いそうなほどの暗さなのである。
先にナルトが一歩を踏み出し確認する。ゆっくりと更に進むと、唐突に足が斜めに滑る。見っけた、と呟いたナルトは、サクラを気遣いつつ一段一段 下り始めた。暫く、二人の足音と息づかいだけが響いていた。...だがそれは、暫くというにはあまりに長過ぎた。不安のせいかもしれないが、サクラは肌寒さに震える。ナルトの背すら見えない今、サクラの目前の闇は二人を吸い込むようだった。

「うわっ」
「え? きゃッ」

ようやく"地下の地下"に下りた時、二人は突如失せた段差に思わず前のめりになった。だがそれが運良く、ナルトが暗闇の中に潜んでいる棚に気付く切欠となった。

「見えねえけど、なんかある......棚か?」
「......よく考えれば、看守たちもこんな暗闇の中では何もできないわ。ナルト、その棚に何かない?」
「えーっと......ん」

ナルトはすぐさまそれに辿り着く。マッチ、続いてランプ。手際よく火をつければ、まだ頼りない灯りではあるが、やっと互いの顔を確認できる程度にはなった。サクラと顔を見合わせたナルトは、それからランプに火を移し、多少は大きくなった火で暗闇の先を照らし出した。

「......先が見えねェ......でも、扉が並んでるみたいだってばよ」

酷く不気味な光景だった。すぐそこの扉にかかっているプレートには、"1"という番号だけが書かれている。ごくりと唾を呑み込んだのはどちらだったか。扉は、この先を見るなと脅すような威圧感を放っていた。

「......ナルト、これ」

ふと何かを目に留めたサクラがナルトを促す。ランプの隣に置かれていたバインダーだった。

「なんだってばよ......名簿?」
「......番号と罪名と......その後に載ってるのは罪人の名前だわ。多分、ここにいる人たち、全員の名簿よ」
「ってことは......」

ナルトがランプを掲げ、サクラが名簿をめくっていく。罪名、罪人、罪名、罪人......数々の名前は二人は知らないものばかりだった。だが、はなからサクラが探しているのはそんな無関係な者たちではない。

「......!」

ーーーそれは最後のページに載っていた。それを見つけて、ナルトとサクラは二人して奥歯を噛み締めた。


いるのだ。間違いなく、この里に、それもこんな嫌な場所に、ずっと探し求めてきた仲間の一人が。


無言でサクラは名簿を戻す。僅かに俯いていた二人、数秒の沈黙。何か言葉を交わすことなどないーーーそうして二人は、どちらからともなく走り出した。

長い長い廊下。暗い暗い道のり。二人の足音以外は何も聴こえない無音の通路。
金色は先を照らし、桜色は必死に探す。扉に割り振られた無感情な数字だけを手がかりに、あの銀色を。

「!!」

見つけた時も、勢いは消えなかった。この無機質な廊下に響き渡った騒音は、酷くちぐはぐだった。

しかし、扉を乱暴に開いて突入したナルトも、それに続いたサクラも、その一瞬で固まったのだった。

その一瞬で二人は、この"個"を許さない場所において、自分たちは無力だと感じ取ったのだ。
格子の向こうで縮こまっている銀色は、二人の目の中で、闇に呑まれる寸前だった。


「カナ.....ちゃん......」


抜け忍、風羽カナ。その銀色は、僅かに震えた。


ーーー第二十七話 里の意志


サクラは唖然とこの空間を見つめていた。二人の荒い息づかいだけが響くこの部屋は、それほどあまりに冷徹で残虐で、孤独だった。地上の明るみなど全く感じさせない。まるでここだけ平和な里から切り離されたようだ。沈黙が落ちて、灯りは今ただ一つ、ナルトが持つ頼りないランプのみ。
サクラは数秒、息をすることさえ忘れていた。
かろうじて見える銀色は、かつてふわりと柔らかく笑っていたあの姿と、全く重ならなかった。

「カナ......」

サクラはぽつりと消え入りそうな声で呟いた。その途端ビクリと震えたのはーーナルトだった。

「カナ......ッカナちゃん!!」

サクラの声で我を取り戻し ダンッと強く足を踏み出したのだ。そしてそのまま格子へと突っ込んでいこうとするその姿を、しかし、サクラは咄嗟に腕ずくで止めていた。

「待ちなさい、ナルト!」
「なっなんで止めんだよサクラちゃん!!今すぐカナちゃんをこっから!」
「そんな簡単にいくわけないでしょ!?一体ここをどこだと思ってるのよ、罪人が抜け出せないように何かしらしてあるに決まってるじゃない!!」

ナルトは言葉に詰まる。サクラはそれを一瞥してから、キッと強い視線を格子の向こうにやった。そこには粗末な簀子が一つ敷いてあるだけで、その他何かがあるようには見えない。となると、とサクラは格子のこちら側に目を向けた。

「あった......あれよ」
「......札?」

サクラの指がすっと天井のほうへいく。そこにはしなびた紙切れが一枚、張り付いていた。サクラはナルトからランプを取り上げて上にかざした。

「何か文字が書いてある......"無"」
「"無"?......どういう意味だってばよ、それ」
「推測だけど、きっとチャクラを抑える効果があるのよ......それも多分、この部屋全体に」

んな馬鹿な、とぼやいたナルトは、ぱっと閃いた確認方法をすぐさま実行していた。印を必要とせず、ただチャクラの形態変化のみを極めたナルトの十八番、螺旋丸ーーーだが。

「出ねえ...!!」

チャクラが集まりもしない。ナルトは痛いほど右手を握りしめ、それから札を睨みつけた。

「そんじゃあ、あんな紙っ切れひっぺがしてやるってばよ!!」
「ナルト!!」

天井はそれほど高いわけではない。ナルトの跳躍力であればチャクラを使わずとも届くだろう。一度深くしゃがみこんだナルトは、ダンッと足元を蹴って跳び上がった。
札はすぐにナルトの目前にまで迫った。......だが、それ以上は許されなかった。

「うわァッ!?」

その瞬間、ナルトは床に叩き付けられたのだ。サクラは慌てて駆け寄った。

「だから、そんなに簡単にいくわけないでしょ!きっと何かしら結界が張ってあるのよ......私たちじゃ外せないわ」
「ち......っくしょう......!!ちっくしょう!」

痛む頭を抑え、上体を起こし、ナルトはギリッと歯ぎしりする。チャクラ封印札は無言で二人を見下ろすばかりで、この状況に一欠片の救いももたらさない。サクラも苦々し気に眉根を寄せる。サクラの最大の武器である精密なチャクラコントロールも、ここでは生かせられない。
今の二人に打開策は一切、無い。

二人が動かなければ、訪れるのは深い沈黙。二人が部屋に入ってきた時からただうずくまっていたカナは、今でも両足を抱えているだけ。
ナルトは不意にバッと起き上がって格子を乱暴に掴んでいた。

「カナちゃん!!!」

怒鳴り声。けれど、カナはぴくりともしない。

「カナちゃん、返事してくれよ!!何でそんなふうに黙ってられんだよ!何でオレたちを見もしねぇんだよ!!こんな......こんな部屋、怖いとか、思わねえのか!?出たくねえのかよ!!」

ガシャン、ガシャン___

ナルトは何度も何度も自分の手を格子に叩き付けた。しかし格子はびくともしない。格子もまた無感情にカナと二人を隔てているだけだ。カナもやはり、反応しないまま。

ナルトは力無く格子に縋るように項垂れ、ぎゅっと目を瞑ってしまった。背負うものが重すぎるばかりに今にも潰されようとしている仲間を、とても見ていられなかった。
それは、サクラも同じだった。しかし、ぎゅっと目を閉じて顔を背けてたサクラは、バッと顔を上げて一歩踏み出していた。

「カナ......ねえ、私たちの声に反応しろだなんて言わないから」

ナルトがそっと顔を上げて振り返る。サクラは目尻を下げて、無理矢理カナに笑顔を向けていた。


「お願いだから......そんなに哀しい姿、見せないでよ......」


暗闇の中、サクラの声が浸透する。カナの銀色がびくりと跳ねた気がした。



『カナちゃんの、本当の気持ちは......もしかしたら、"復讐"じゃねぇかも、しれねぇんだってばよ』

俯きながらそう言ったナルトを思い出した。それは、ナルトやサクラがとある任務から帰還した後の事だった。
サスケとカナに会った、それが二人からの最初の報告だった。もちろんその事にも衝撃を受けたのは確かだ。けれど、きっと同期の全員が、この第二の話でのほうが愕然としただろう。

三年前までのあの日々を本当に大切にしていたからこそ、カナは里を抜けたんだろうということ。

木ノ葉の小川を遮る小橋の上。
いのはそこの手すりに凭れ掛かってじっと俯いていた。その頭に過るの三日前に殉職したかつての上司と、その時 木ノ葉に"連行"した同期の姿。雨雲蔓延る空の下、彼は死んで、彼女は。

「いの?」
「......チョウジ」

顔を上げたいのの瞳に見慣れた仲間の姿が映る。

「...どうしたのよ、こんなところで」

元気とはほど遠いいのの声。突っ立っていたチョウジはその隣に来てから、「いのこそ」と返した。それきり暫し無言で、川の流れを見つめる二人。
唐突にわざとらしい溜め息をついたのはいのだった。

「綱手様もキツいこと言うわよねー......知ってる私たちに、"黙ってろ"だなんて」

何を?ーーーカナが、この里にいることを。誰に?ーーー同期のメンバーたちに。
チョウジは眉を寄せて唇を結んだ。三日前、綱手直々に下された言葉が脳内で再生される。

『風羽カナへの処置の検討がつくまで、余計な混乱を招くのは避けたい。よって暫くは、他言無用とする』

誰がなんと言おうと、カナが抜け忍であることは否定できない。言い渡された誰もが反論できるはずもなかった。
だが、いのやチョウジ、シカマルは、三年前までずっとカナと共に歩んできた。綱手の命は、三人には重かった。

「友達で......仲間なのに。何で、何もできないのよ......」
「......うん」
「あの時......カナは、泣いてたのに......!」

肩を震わせるいのを目に、チョウジは僅かに俯いた。なんとかなるよ、などとはとても言えなかった。ただそっと寄り添って、帰ろう、と声をかける。いのの顔を覗き込む事はできなかった。
ぽたり、といのの足元に雫が落ちていた。



「哀しい......?」

ーーー声。

「哀しくなんか......ないよ」

静かな声が、その場に響いた。ナルトは、サクラは、息を呑んだ。

「何言ってるの......私は、里を抜けた......復讐の為だけに今まで......それなのに、哀しいわけ......!」

否定。サクラの言葉への、否定だった。
しかし、カナは尚も俯いたまま、二人の姿を認めようとしない。その姿はあまりにも小さい。この闇に呑み込まれてしまうんじゃないかと思うほどに、脆く、弱い。


「哀しいんだよ」


ナルトとサクラはハッと振り返り、カナの声はぴたりと止んだ。
扉が、ギィと音をたてた。その人物が持つ新たな灯りがサクラの足下にある灯りと重なる。
深緑のベスト、顔の半分以上も覆う口布、左目を隠す額当て、癖のついた銀色の髪。

「カカシ先生......」
「隠そうとしたって見え見えだ、カナ。お前は、哀しみに今にも押しつぶされそうになってる」
「カカシ先生、何でここに」
「綱手様に聞いたんだ。お前らと......カナがここにいるってな」

かつての第七班の担当上忍、カカシは、ゆっくりと獄内に足を踏み入れていた。任務を請け負った時のように引き締まった表情。その片目に映るカナはやはり顔も上げず、心なしか更に縮こまったようだった。

「久しぶりに見るお前が、まさか、そんな姿だとはね」
「......」
「ま、でも......我愛羅が"暁"に攫われた時、お前はあの場にいたんだから、言うほど久しぶりでもないか」
「え!?」
「何言って......カカシ先生、それって」

ナルトとサクラはほぼ同時に目を瞬いてーーーそして同時に思い出していた。
一旦別れたガイ班と再び合流した時、熱血師弟の足技によって引っ張りだされ、しかしその二人を風を以て一瞬で吹き飛ばした、"黒"をまとった人物。結局あの人物の正体は解き明かされずじまいで、任務は終了したけれど。

「まさか、あれ、カナちゃんだったのか!?」
「恐らく間違いない。オレはあの後 カナの忍鳥、紫珀の姿を一瞬見たんだ。......カナ、ナルトから我愛羅を奪っていったのもお前だったんだろう?」
「奪った...?カナが何でそんなこと」

あの時その場にいなかったサクラは困惑するばかり。ナルトに至っても、頭の中は混乱しているようだった。カカシはその二人に「チヨバアさまがおっしゃってたことを覚えてるか」と問うた。

ーー生きとし生ける者は必ずチャクラを有す......裏を返せば、死者はチャクラを有さんということじゃ。しかし、人は死んだ直後にすぐさまチャクラを失うわけではない。残ったチャクラを安定させることができれば、息を吹き返す可能性はあるというわけじゃーー

そしてその"安定"の力を兼ね備えているのが、カナがその身に宿している、"神鳥"。


「お前は何らかの形で我愛羅が"暁"に攫われたことを知った。そして、"暁"が人柱力をどうするかということも知っていた。だからお前はあの場に来たんじゃないのか?......例え我愛羅が既に死んでいたとしても、自分ならあるいは生き返らせることができるかもしれない、と踏んで」

静かな空気が流れた。カカシはただじっとカナを見つめていた。
昔は誰しもの光であったカナは、今は背負うものに押しつぶされようとして、逆に誰かの光を必要としているようだった。ーーーだが、仮に手の届く位置に光があったとしても、今のカナは手を伸ばそうとしないのだろう。

「何を、勝手なことを......」

カナの三年前の決意は、それほどに重い。

「今の私が、そんなことするワケないじゃないですか......」
「......」
「私があの時、何を思って、里を抜けたと思ってるんです?里を、仲間を捨てた私が、今更そんなことで動くワケ」
「動く」

しかし、それを遮ったのはナルトだった。

「オレってば馬鹿だから、あん時は気付けなかったけどよ......我愛羅奪われた時、オレん中に沸き起こったのは怒りじゃなかった......オレはあの瞬間に感じてた。あれはカナちゃんだ。カナちゃんは昔っからそんなヤツだったってばよ」
「......ナルトの言う通りよ。けど、訂正するなら、ナルト以上に、アンタのが馬鹿だわ、カナ」

サクラは刺々しい視線と共に刺々しい台詞をカナに投げた。しかし、それは次第に苦々しい笑みに変わる。

「本当に......アンタはいつだって、自分のことは置いてけぼりにするんだもん......」

サクラの記憶の中のカナは、いつだって笑っていた。自分のことは語らないまま、仲間が傍にいるだけで、幸せそうに。

「だからこそ、アンタをこんなとこに居させられない」
「カカシ先生、どうにかしてカナちゃんをこっから出す方法ねーのか!?」

ナルトがもう一度カカシに振り返る。カカシも初めてカナから目を逸らして、ナルトを見た。この暗闇の中でも爛々と光る真っ直ぐな空色の瞳。
カカシは思わず眩しそうに目を細めた。ーーーだが、カカシが元暗部にして上忍であることは否めないのだ。

「ないさ」
「...!」
「お前らがカナをどうにかしてやれる方法は、どこにもない」
「そんな......カカシ先生なら何か知ってるんじゃないんですか!?」
「買いかぶってもらっちゃ困るね。オレだってここに入るのは随分久しぶりだ。それに、例え知っていたとしても......お前らに教えるわけにはいかない」

真剣極まりない声を耳に、ナルトとサクラは目を丸めた。第七班の担当上忍として、最も大切なことをナルトたちに教えてきたカカシのセリフとは思えなかった。

「何で......!何でだってばよ......先生はカナちゃんが、」

目に見えて取り乱すナルト。それを静かな目で見つめていたカカシは、落ち着けナルト、と一際冷静な声で言い、ナルトの肩を掴んでカナのほうへ向けていた。ナルトの瞳に、格子の奥で独り小さくうずくまっているカナの姿が映った。

「ナルト、サクラ。オレは昔、お前らに言ったな。この世界では掟やルールは絶対......だが、仲間を大切にしないヤツはそれ以上のクズだと。もちろん今もオレはそう思ってる。......だからこそだ。わかるか」
「......!」
「現状に捕われるな......。もし今ここでカナを連れ出せばどうなる?それこそ、カナには更に辛い罰が下されるだろう。お前らの仲間を、カナを想う心はわかってる。けど、今、お前らの目の前に立ちふさがってるのは"里の意志"だ。それに逆らえば......どうなるか。もう、わからないわけじゃないだろ」

ーーカナを本当に思うなら、今は耐えるんだ。

そう言うカカシの顔も険しいものであった。
その表情を目に、サクラは今にも落ちそうな涙を懸命に堪えて、ナルトは俯いて両の拳を強く握りしめた。

「クソ......」

小さな呟きは、それでも、牢の中には木霊するように響いていた。


 
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