"暁"の誇る、不死身タッグがその場に揃う。
アスマを前に一時停止した角都。ぐさぐさと体に刺さっている刃物を抜き、地面に放り投げた飛段。数の上では不利なのは一目瞭然であれど、二人の余裕はカナを連れ回していた時と変わらない。角都は目の前の賞金首に目を光らせた。

「やはりあの真ん中。珍しく金に縁があったな、飛段」
「角都、てめェは手ェ出すな。こいつらはオレの儀式用だ。金はてめーにやる」
「それならいいだろう。ただし気を抜くな、死ぬぞ」

飛段の足が地面に溜まっている血の上に這う。首飾りと同じ模様のマークが描かれた。

「だから、それをオレに言うかよ......殺せるもんなら殺してほしーぜ」


対する木ノ葉のフォーマンセルは胸の高鳴りを抑えるばかりで、余裕とは程遠く、"暁"二名を警戒している。既に飛段の特異な能力は目の当たりにし、"暁"が尋常の者でないことは確認済み。人数では勝っていても結果どうなってもおかしくはない。

「オレが突っ込む。シカマル、隙をついて不死身男を影縫いで縛れ。少しの時間でいい、すぐに首を刎ねて動きを止める」
「それじゃリスクが高すぎっスよ......!アンタらしくもない」

小声で指示を出すアスマに、シカマルは同じく小声で抗議する。「私も一緒に...」とコテツが提案をする、が。

「分からないのか!奴らはオレより遥かに強い...!それが今打てる最善の手だ!」

声をなるべく抑えているとはいえ、アスマの剣幕は凄まじいものだった。シカマル、コテツ共に口を噤む。いつもの寛大なアスマを知っているだけにその表情による迫力は大きい。

「相手の力が分かっているのなら尚更......ここは一旦退いて作戦を立てるのが」
「コイツら相手に簡単に退かせてもらえると思うな。戦意なく逃げようものなら、オレたちは全滅する。そうなれば木ノ葉のリスクは更に高まるんだ」

アスマは小さく笑った。

「敵陣突破の先兵......たまにはこういう指し方もできないとな」

真剣だった。真剣に前を見据えていた。それは、"隊長"としてーーー"家族"として。ここで逃げてしまえば、"銀色の漆黒"と接触できるチャンスも失ってしまう。

アスマの冷や汗がぽとりと、地面に落ちた。


ーーー第二十三話 誘惑


キンキィン__!!

甲高い金属音が木々の間で響き渡っていた。
縦横無尽に駆ける金と、それを避けつつも応戦する赤。元より速度に長けたカナは既に常人で見えるものでなく、それゆえにトビが押されているように見えなくもない。風が舞い、カナを後押しする。

カナは、全力だった。自らの全てを以てこの戦いに臨んでいた。必死だった。木ノ葉を想えばこそ。

風羽一族が殺されたあの日から三年前まで、異分子だったはずのカナを受け入れたあの里。それがカナの世界を形成する全てだったからこそ、その欠片も失いたくなかったがために、カナは里抜けした。三代目が命を賭して護った"家族"。それを、諦めきれるはずもなかった。

トビと戦いつつも、カナの脳内にずっと昔の記憶が甦る。


『お前が、カナか』

それは風羽が殺され、三代目にカナが引き取られてから長くは経っていない頃だった。まだうちは兄弟とも顔を合わせておらず、孤独に怯え、一人で居ることを極力避けていた日々。
しかし、その日は三代目に何やら重大な仕事があるからと、留守を頼まれてしまったのである。表面上だけは笑顔を振る舞っていたカナがそれを拒むことはできなかった。その日、カナは三代目の家の居間のこたつで、じっと踞っているしかなかった。そんな時だった。

不意に障子の向こう側から聴こえた声に、カナの体はびくりと跳ね上がっていた。

『えっ......だ、だれ......?』
『そんなに怯えんなって。オレは猿飛アスマってんだ』
『......さるとび?おじいちゃんと同じお名前......』

ひょいと顔を覗かせていたのは、髭を蓄えた大柄な男。どこか三代目に似ているその目の穏やかさにホッとして、幼いカナはそこでようやく体の緊張を解いていた。
『おじいちゃんか』と小さく吹き出したアスマは、ゆったりとカナの真向かいに座ってから『ああ、同じだよ』と切り返す。

『オレは猿飛ヒルゼンの息子さ。そうか、オヤジはんな風に呼ばれてんのか......ハハッ、今度からかってみてやろうかな』
『おじいちゃんの......息子さん。えっと、そうとは知らず、ごめんなさい』

聞くや否やカナはぴしっと居住まいを正していた。おまけに小さな両手をちゃぶ台に乗せて、深々と頭を下げる始末である。......それを見ていたアスマはどんな心境であったか。
『おいおい』と降ってきた声は、驚いたふうでも呆れたふうでもあった。

『随分と硬いな、お嬢さん。人見知りってヤツか?』

苦笑混じりの声に顔を上げたカナは、不思議そうに首を傾げていた。

『人見知り...?私が、ですか?』
『違うのか?』

カナは自分ではとても自然な行動のつもりだったのだ。人見知りも何も、当然の反応をしたつもりだった。
本来なら、誰、と問われるのは私のほうだ。この里での部外者は自分なんだ。この里の人に、とても失礼なことを尋ねてしまった...。

『だって、私のほうが居ちゃおかしくて......だから。何か、私、おかしいですか?』

眉根を寄せて質問を重ねるカナに、アスマはまたもや苦笑した。

『......どうもお嬢さんは、まだ慣れていないようだな。ここに』

それは三代目と同じ、まっすぐ相手を見つめる瞳。惚けるカナの頭にゆったりと優しい重みがのしかかった。

『まあ、そりゃすぐには慣れんわな......突然の環境の変化だ。色々思うところもあるだろう......』
『...?』
『じゃあそんなお嬢さんに、不器用なオレでもできるアドバイスを一つ、しておくか』

ぽん、ぽん、と温かく大きな手がカナを撫でる。アスマを見上げた幼いカナは、不思議とそれだけで何か心地のよいものが心に流れてくる感じがした。アスマの鷹揚な笑みがカナを包み込んでいた。

『あんまり他人行儀になるこたねえよ、お嬢さん。木ノ葉はお前を否定しやしない。生まれがどこだ、一族がどうだ、なんてのはオレたちは気にしやしないんだ。なんてったって、木ノ葉に来たヤツはみーんな"家族"になるんだからよ』
『......かぞく?』
『そうだ。お前も、オレも、オヤジも......そこらへん歩いてるヤツも、全員な。だから、無駄に気ィ張って周りを伺うことねえさ。お前ももうこの里の家族の一員なんだ。あんまり気兼ねすんなよ......な、カナ』


それが、カナが木ノ葉に本当の意味で馴染むことができた気がした瞬間。そして、カナが初めてアスマに笑みを零した瞬間だった。
実家を離れていたアスマは、それから度々 カナに顔を見せにきた。その度にカナは嬉しそうに笑っていた。三代目と同じく大らかなアスマは、小さな体で過去を背負うカナを包むようだった。
三代目が殉職した時も、アスマはいち早くカナの心の悲鳴を察知して、救い上げたのだ。

「(アスマさん......)」

歯を食いしばったカナは、トビを蹴り上げて追いかける。くるりと身軽に身を捻ったトビはその後の猛撃は軽くいなし、クナイを片手に振りかぶる。それを察知して身を沈めたカナはそのまま風遁の印を組むーーー。

その脳内で、記憶がまた移る。

黒髪を一つにまとめた目つきの悪い少年。面倒くさがりで、アカデミーの授業は一度もまともに受けていなかったが、そのくせ頭の回転が早く、誰より真っ先に中忍に昇格した同期......シカマル。
カナの記憶では、その始まりはあの木ノ葉で最も空に近い丘から。そして、切れ目は三年前。

『......髪』
『え?』
『髪、また伸ばせよ。短いのもいいけどよ、お前には長いのが似合うぜ』

シカマルは気恥ずかしそうにしながらも、口角を上げていた。

カナはそれを思い出し、振り切るように一層強くトビを睨み、術を発動した。それを咄嗟に避けたトビの隙を狙い、クナイで切り裂こうと前に出る。しかしトビはさっとしゃがんでカナの足を払う、それで思わずバランスを崩したカナだが、すぐさま風の力を借りて後方に下がっていた。

短いままの銀色が、風になびいている。


「渡り合ふ。敵(かたき)なる者討つ為に。"しんじん"たる者、手は抜かざるべし......字余り、と」
「......」
「あれ?無反応だなんて悲しいっスねーもう!ところで分かりました?今の歌、カナさんの"神人"と僕の"新人"をかけたんッスけど!どうですどうです!?」
「......」
「全く、お喋りぐらいして下さいよー」

カナは応えない。金色の沈黙はじっと保たれる。トビはふてくされるように声を上げたが、そのくせ、仮面の奥の瞳には温もりなど見当たりもしなかった。

「カナさんは頑張り過ぎ......いや、欲張り過ぎっていうんですかね?こういう場合。何でもかんでも護れるだなんて、大間違いにもほどがある。せいぜいアナタは、近くの"蛇"から大事な人を庇うくらいの事しかできないんでしょ?」
「(......!)」

一瞬カナの目が丸くなる。それと反比例するように仮面の奥の赤が細まった。だが、カナもさほどは取り乱しはしなかった。既に目前の人物の異様さは確認済みだ。

「(この人はやっぱり、何もかもを知ってる......)」

知りつつ、それを隠している。だがカナはやはり、何も言おうとはしなかった。
ただ、ダンッと地面を強く蹴る。カナの手から風が起こり、刃のような鋭いものに変わる。「うおっと!」とトビは間抜けた声を出すが、行動は的確、ただ避ける。それが何度か続いてから、カナは攻撃パターンを切り替え、トビの腹を思い切り蹴った。吹っ飛ばされるトビ、その両足が後方にあった木の幹に吸着する。


「(...違う)」


カナは止まらない。トビを睨みつけ、印を素早く結束する。分裂した風は四方八方トビに向かっていく。
すると、トビのほうからは炎が飛び出す。火の玉もまた、術者であるトビの思うがままに進んでいく。ぶつかる二つの力。火遁と風遁、有利なのは勿論 火遁だ。
しかし、カナの攻撃はまだ終わっていなかった。
唐突に"風波"から手裏剣が飛び出す。予め仕込まれていた刃がトビを追う。風で動きを統制された手裏剣は、トビの退却も虚しく役目を果たした。

「(違う......)」

その上、手裏剣にはワイヤーが取り付けられていたのだ。トビの体は問答無用で縛られ、その膝はどさりと地についていた。仮面の奥の写輪眼は今暫く色を見せないまま。
カナの行動は迅速だった。動けないトビの目の前に瞬身し、クナイを渦巻き模様に突き付けていた。

ぽとり、とカナの冷や汗が地面に落ちた。その場に落ちたのは異様な静寂だった。この状況、圧倒的有利はカナだというのに、カナの顔はとても涼しいものではなかった。


「違う......!!」


震えているカナの声。先ほどからずっと心中で唱え続けていた言葉。それは、トビのセリフへの否定であったと同時にーーー痛々しいほど、現実を見据えた結果のものだった。


「そう......違う」


低く地を這うようなトビの声が、その本性が、また姿を現していた。

「よく気付いた......そう、"これ"は"違う"のさ」

カナを嘲笑うが如き声。その赤き瞳。聞いているカナは、強く唇を噛んだ。

「何故オレがああもグダグダと話を続けていたか分かるか?......お前の意思の弱さを突くためだよ、"神人" 風羽カナ。普段のお前なら容易く落ちてくれるだろうが、"神鳥"の力を引き出している今はそうはいかない。だからお前の心の弱味を利用させてもらった」

"心の弱味"。
カナは沈痛な面持ちでぐっと目を瞑った。トビの言葉は間違っていない。"木ノ葉を護る"というカナの意志は、状況次第ではカナの一番の弱味にも成り得てしまうのだ。


その証拠に今ーーカナは掴まっている。


すぅっと戦況が様変わりしていく。全て、一切が、一変していく。真実は、事実は、こちら側。ーーートビではない。掴まっていたのは、紛れも無くカナだったのだ。
カナがワイヤーに巻かれ、トビがその前に立ってクナイを突き付けている。
それが、現実だった。

「......おかしいと、思った......最初、から」

カナは苦々しく顔を歪めた。細いわりに強固なワイヤーはカナに自由を許さない。

「私はあなたに負けるつもりはなかったけど......それでも、あなたはあまりにも弱過ぎた......!」
「そりゃそうだ。"オレはお前"だったんだからな」

トビは笑う。面をしているというのに、カナはその気配に酷く寒気を感じた。
「だが...」とトビは続ける。仮面の奥の瞳。紅色の写輪眼がすうっと細められる。カナはハッとして俯こうとしたが、その顎は下りる前にトビの手で固定されていた。

「くっ...!」

問答無用で、トビの写輪眼がカナの瞳に映り込む。ぐるり、と三つの勾玉が一周した。


「お前にはまた幻を見てもらおう............ちょうどいい、前段階だ」


落ちていく。堕ちていく。カナの瞳からふっと金色が失せ、急速に焦点が合わなくなっていった。写輪眼の幻術。現実から遠ざかっていくカナ。視覚も、嗅覚も、聴覚も奪われていく。

ーーだからこそカナは、知ることができなかった。茂みの向こう側で動き始めた、惨劇を。



ーーー薔薇という花は美しいと思わないか?


脳内で響いた声に、カナは微かに目を開けた。


ーーー特に毒々しいほどの赤い薔薇は素晴らしいと思わないか。その花弁が鮮血のように染まっているものだと、触ることすら躊躇してしまう......あれは決して人間如きが触れてはならない植物だと思わないか。


声だけが響く中、視界に入ったのはただどこまでも続く暗闇。
その中でカナの四肢は全く動かず、地面に足を下ろしている感覚もなく、何かに絡めとられているようだった。薄ぼんやりしているカナは自然と視線を上げた。すると、遥か上空のほうだけ明るくなっている事にようやく気付く。

薔薇だ。

そこには、血のような赤に染まった美しく巨大な花があった。鮮やかな色がカナの目を奪った。

ーーーほしい。

それはカナの欲望として現れていた。動かない四肢も忘れて、手を伸ばそうとするが、すぐにカナは鋭い痛みを感じ、はたりと止まった。視線を下ろしてまじまじと見たカナの瞳に映ったのは、棘だった。
なんのことはない、カナは薔薇の持つ蔦に絡めとられていたのだ。


ーーー気付いたか?綺麗な花には棘がある......薔薇は自らの美しさを保つために、多くの凶器を身につけたのさ。そう簡単に手に入れさせてなるものかと、高らかに叫ぶ声が聴こえてくるようだろう?そう......まるでお前が常に求めているもののように。

"常に......求めている、もの?"

ーーー平和、安穏、幸福。そのようなものだ。違わないだろう?


トビの声が深く深くカナの心に沈み込む。しかしその瞳は再び薔薇に吸い寄せられた。食い込んでいる棘を気にすることも無い。焦点が歪み始めた視線は、ただ赤色に魅せられているだけ。


ーーーお前が望んでいるそれらは、確かに素晴らしいものだ......だが、お前はそれを望むばっかりに、今までどれほど傷ついてきた?どれほど悲鳴をあげてきた?自身がそれだけボロボロになってまで、それは守らなければならないものなのか?


不意に、非現実的な大きさの花弁がひとひら、ふわりとカナの足元に舞い落ちていた。それは不気味なほどの存在感を誇り、カナの視線も次第に下り、その赤を暫し見つめていた。それから、カナはまたも魅入られたように、腕を伸ばそうとする。だが蔦と棘が食い込むばかりで功は為さず、皮膚から血がつぅっと流れ落ちるだけ。

しかし、カナは尚も必死だった。その気高い色が、カナの瞳には"ずっと望み続けたもの"に見えていたがために。三年間ずっと願い続けていたものに見えていたがゆえに。
だが、それでも傷が増えていくばかりで、手は届かないのだ。


ーーーそう......お前はそうやって、今まで自分を酷使してきたのだろう。しかし、それでも叶わなかっただろう?そこまでする必要がどこにある。もういいのだと割り切ってしまった方がどれだけ楽なことか。お前だって分かるだろう......それは、無駄なことだ。お前はいつまでもそこにいる必要はない......


現実。木々だけがざわめく中で、トビは写輪眼を見せつけながら、仮面の中で薄く笑った。


ーーーこちらへ来い......"神人"、風羽カナ。


ぴくり、と幻術の中でカナは反応する。瞳が僅かに揺れた。カナの視界に映る色が、花弁の赤から変わっていく。様々な色、様々な感情に。希望、困惑、焦燥、切望、狼狽、不安、絶望、その全てに。


ーーー"暁"に染まってみせろ、"神鳥"に魅入られた娘よ。そうしたら、世界は変わる。お前がやってきたことの全てが、無駄だったということに気付くだろう。

"無駄だった......?でも......"

ーーー心配するな......お前が今まで護ってきたサスケには、必ずまた再会させてやるさ。サスケは、オレも必要としていることだしな......クク

"......サスケ......"


ぼうっとしてきたカナの口から、大切な者の名前が零れ出た。そうして、ゆっくりと、カナの腕に籠っていた力が抜けていく。
"希望"の化身であった花弁を掴もうとしていた手がだらんと垂れ、棘の食い込みは緩まった。血の流れが、必然的に遅くなった。

ただその代償として。花弁が、カナの遥か頭上にある薔薇が、徐々にしおれ始める。


ーーーそうだ、それでいい。


何枚も、何枚も、変色しつつある花弁が落ち始め、上空の薔薇の花は着実に原形を失い始めた。
カナはそれを意味もなくただ眺めていた。ぼんやりする頭でカナは見つめているだけだった。"希望"の枯渇になどまるで頓着せず、トビの甘言に、乗せられて。

最後の一枚が。


ーーー木ノ葉など......捨ててしまえ。


 
|小説トップ |
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -