猿飛アスマ、奈良シカマル、神月イズモ、はがねコテツ。以上の四人が、件の緊急事態に召集された一小隊であり、真っ先にとある換金所へ向かったメンバーであった。五代目より伝達された命を果たすため。


"暁"二人を拘束もしくは抹殺・及び、"銀色の漆黒"なる人物の正体を確かめよ。


換金所に到着した四人の目が例の衣を捉えるのは早かった。隊長であるアスマは、瞬時にその場にいる人数を確認した。"暁"のコートを羽織っているのが二人、そして無地の黒コートをフードまで被っているのが一人。何も知らない四人がそれを疑問に思わなかったのは何もおかしいことではない。
"暁"のツーマンセルに、恐らくもう一人が"銀色の漆黒"。

そこまで判断すれば、木ノ葉の小隊の行動は早かった。

手裏剣が飛び、弾かれる。その隙を抜い、影で縛る。動けなくなったところにーーー血飛沫が、飛ぶ。


ーーー第二十二話 "銀色の漆黒"


それは遥かに致死量を超えていた。間近でそれを見ていたカナは、しかしそれにはさほど動じはしなかった。
ただどくりどくりと高鳴る心臓は、不死の飛段の安否などにではなく、あまりに懐かしすぎるチャクラの感覚だけに左右されていた。一瞬にしてトビが姿を消したことにも、最早一切の懸念を払えなかった。

つまりカナはこの間、冷静な判断を行う余裕などなかったのだ。何もかもに頭がついていかず、呆然とする頭に喝を入れられもしなかった。 書き加えられていく情報をただ呑み込むことに必死で、ーー

自身の首にチャクラ刀を突き付けられるまで、恐らく、現実とすら考えられなかった。

「"銀色の漆黒"......とはお前か?」
「!!」

たった今飛段は狩り終えた、と確信している、猿飛アスマ。カナの背後に現れたアスマは、眉をひそめて目前のフードを見据えている。

問われたカナは何も言わない、否、言えない。
ようやく現実ははっきり認識したが、それなら尚のことカナは声を出せなかった。この至近距離であれば、多少 フードで籠った声でも、アスマは確実にカナと判断ついてしまう。それは何よりカナにとっては避けたい事態だった。


「......あーあァ」


ちょうどその時 呑気な声を上げたのは、飛段。

「なっ...!?」
「ハァー、痛ッてえ。なんだてめーら?」

アスマを含む木ノ葉の忍は全員目を見開いた。急所を突かれている人間の様子ではない。木ノ葉の誰一人とて、こんな事は予想していなかった。コテツが更に武器に力をこめたところで飛段は怒鳴り散らすだけだ。

「コイツ......不死身か?」
「見りゃわかんだろうが。バカじゃねーの?」

イズモの声に鼻で笑った飛段は、だるそうに目線を変え、もう一人の組織メンバーを探した。

「(トビは消えたか......あのヤロー)」

散々わめいておいて真っ先に姿を隠した男に苛つきを覚えつつ、次に目を留めたのは"神人"だ。

「よォ、小生意気なガキ。何 大人しく掴まってんだァ?オレらの時には必死に抵抗してきた癖によォ」

「(......抵抗)」

飛段の言葉の意味をいち早く考察したのは、換金所の屋根の上で影真似を発動しつつ、全体を見渡していたシカマルだった。
綱手からシカマルらが説明を受けた"銀色の漆黒"は、無論 最初から"暁"の一員である可能性はかなり小さかった。しかしゼロではない、というのがシカマルの見解だったのだが、たった今の飛段の発言によってそれは確実にゼロとなった。僧侶の救済にどんな方法をとったにせよ、"銀色の漆黒"が忍であることはまず間違いない。そして捕まった云々の話からいけば、"暁"に利用価値があると判断されているとみえる。それに抵抗はしているものの逃れることができなかったのだろう。

「(......けど......)」

シカマルは眉根を寄せた。
アスマに捕まったままの黒コートは、飛段の不死身の様子を見ても微動だにしない。話しかけられても同じである。そして、チャクラ刀を向けられようとも、戦意を見せる様子はない。
だがそれでも、"銀色の漆黒"が無害な人物であるかどうか、までは断定できはしない。

シカマルと同じく、飛段のセリフで幾分か警戒レベルを下げたアスマだが、その事もわかっているがゆえにチャクラ刀を下ろすわけにはいかなかった。

「お前は......敵か?......一言くれるだけでいい。木ノ葉に害を為す者でなければ、オレはすぐにお前を解放しよう」

だがそれでも無言が続く。

「フン、ソイツがなんか言うわけねー。オイコラ、さっさとコレ抜きやがれ!」

飛段がカナの代わりのように言いつつ、未だ武器を抜かないイズモとコテツにまた怒鳴り始める。
飛段の言ったことは的を得ている。アスマに応答を求められようとも、カナは何も言えないのだ。

「(......動け、ない)」

できて、歯を食いしばることだけだ。今もしバレてしまえば、カナはギリギリで留めている理性を手放してしまいそうだった。今もまさに熱を帯び始めている目頭を制御できなくなりそうだった。
だが、タイムリミットは容赦なくカナに襲いかかる。

「返事をしないというのなら、その顔を隠しているフードをとる」
「...!」

アスマの片手が徐々にカナの頭に近づいていく。その気配を感じて、更にカナは身体を硬くする。脳内に様々な感情が巡りに巡って、何をするにも決断できない。
一センチ、また一センチ。
飛段のそれほど興味無さそうな視線以外は、全員が真剣な表情でアスマの動作を見ていた。

アスマの指先が、カナの頭に辿り着く。


「......取るぞ」



ーーーカナは瞬間、息を呑んだ。
顔を見られたから?角都が出てきたから?飛段が行動を起こしたから?


「ジャマな木ノ葉は消しちゃいましょー♪」


否。

ーー明るく陽気なトビの声が、鼓膜を震わせたから。

木ノ葉の忍たちが目を見開いてトビを確認するのと、カナの心臓がどくりと音をたてるのとは同時だった。空中にていきなり出現した二人目の"暁"。カナの背後のアスマの、更に背後に、突如。その手にあるのはギラリと光を反射するクナイ。

それはアスマの首へと向けられて。

アスマに反応する時間はない。「アスマ!!」「隊長!!」と叫ぶシカマルたちはとても助太刀に間に合う距離にいない。
僅かに振り向き瞠目したカナの瞳にーーーまるで幻術にかけられでもしたような、鮮やかな未来像が映った。


ーーートビのクナイが深々と刺さり、アスマの頭が宙に飛んでいく。シカマルたちの叫びだけが響く中で、軽やかに着地したトビが浪々と語りだす。首から上が無くなったアスマの体は徐々に倒れこみ、カナがそれを受け止める。
生温かい血が、カナの頬に、ベトリと、ついて。


「(......!!!)」


起こりうる可能性。
それを潰すためには、カナに残された選択肢は、とても冷静な行動ではなかった。


「!!?」

またも、木ノ葉の面々は開いた口が塞がらなくなった。
今度ばかりは飛段も同様である。


トビのクナイは、アスマの首を刎ねてなどいない。それは、寸でのところで止められていたのだ。
カナの手が、直にクナイを握り、ぴちょりと血を垂らしていた。


フードはまだとれていない。その首はチャクラ刀によって一線 血が滲んでいるが、アスマの背後に回るためには仕方のない傷だった。それに元より、カナはそんなことを気にかけていない。フードの奥の瞳は静かにトビを睨んでいる。決して小さくはない手の傷さえ、目に入っていなかった。

「わっ何してんスかー!!せーっかく木ノ葉の刺客から助けてあげようって思ったのに、これじゃ僕、あなたを傷つけに出てきたみたいに...」
「うるさい!!」
「って、ええっちょっと!?」

そして、一瞬で二人の姿は消えていた。呆然と見ていたアスマの髪を緩やかな風が揺らす。"銀色の漆黒"が"暁"を掴んで瞬身で連れ去った、その一連の出来事に、木ノ葉の誰もが動けなかった。

「...ったく、何やってんだあのヤロー」

飛段だけがそう悪態をつく。苛立ちの対象は主に騒がしいだけの新人である。だがそれでもまだ木ノ葉の面々よりは冷静を保っている飛段は、換金所の屋根を仰ぎ見て、ニィと口元に弧を描いた。

「シカマル!!」
「!!」

コテツに叫ばれ、シカマルはハッとし振り返った。
その瞬間 衝撃に耐えかね崩れた屋根、もうもうとあがった煙からボフリとシカマルは飛び出る。集中が途切れ、飛段を縛っていた影真似が解ける。賞金を片手に迫る"暁"角都は尚も追撃をやめない。だが、アスマがいち早くシカマルの前に立ちはだかり、角都は一旦飛び退いた。

「コテツ、イズモ、下がれ!!」

隊長の指示が下り、その二人も一度 集結する。自由になった飛段、そして三人目の"暁"角都を前に、木ノ葉のフォーマンセルは緊張した面持ちで警戒していた。

「アスマ隊長、どうします」
「まさか、"暁"が三人もいるとは......」
「けど......"銀色の漆黒"は?」

シカマルがアスマを伺い見る。アスマは"暁"を睨んで離さないが、シカマルの目には、アスマはただそれだけに気をとられているようには見えなかった。
アスマの頬を汗が流れる。その心境を知らないイズモが眉を寄せる。

「アイツ......さっき、明らかに隊長を助けていた。手を傷つけてまで......一体、何の目的がある......?」


ーー気付いているのは、オレだけだ。

"暁"を見据えながら、アスマはぐっとチャクラ刀を握る手に力を込めた。その刃には"銀色の漆黒"の首を僅かに切った為に少量の血がこびり付いている。

『うるさい!!』

アスマの脳裏に響き続けている声がある。フードに多少籠っていようと、その声の主がわからないほど、アスマは鈍感ではなかった。
"銀色の漆黒"。ーーー"漆黒"は恐らくコートの色。

そして、"銀色"は。

「......けど......今ここで任務を投げ出してアイツを追っちゃあ、隊長失格ってもんだよな......」
「......アスマ?」

怪訝気に眉を寄せた教え子に笑い、アスマは顔を引き締めた。

「シカマル、イズモ、コテツ。早いとこコイツらを終わらせるぞ。......そして、さっきの二人を、追う」



考えられる程の余裕はなかった。脳裏に過ったあの生々しい映像を否定するには、理性はただの邪魔物でしかなかった。迷う事なく左手を犠牲にし、トビの仮面の奥の写輪眼を睨み据えたーーーただ一つ、今になって後悔した事と言えば、
感情の高ぶりに任せて小さく声を吐き出してしまったこと。今は、あの声がアスマの耳に届かなかったことを祈るしかない。

「ちょっとちょっとカナさーん!一体このいたいけな僕をどこまで誘拐する気なんですかあ!?」

そんなふざけた声が聴こえ、カナはようやくトビの服を放す。突然 放り出されたトビは「わわっ!?」と情けない叫び声を上げたが、その体は声に反して悠々と地面に着地していた。対し、風の勢いでフードがとれたカナは若干 肩を上下させつつじっと茂みの向こうを覗いていた。

換金所から僅かに離れ、木々に囲まれた空間。アスマら木ノ葉や"暁"飛段、角都が対峙している光景は木々の間から見えなくもない。
しかし、そのカナの視線をトビが自身の体で遮るのには、三秒とかからなかった。

「僕をここまで連れてきておいて、それで眼中ナシってのは酷い話じゃないっスか?」
「......あなたに用があったわけじゃありません」
「へえ?じゃあなーんで彼らから僕を引き離したんです?」

カナが思わず口を噤む様子を見て、トビは尚も楽しそうに続けた。

「どう考えても、さっきのアナタの行動。あの木ノ葉の人を助けてましたよね?でも、あっれれー?カナさんは木ノ葉出身って話は聞きましたけど、今は仲間を捨てて抜け忍になったんでしょ?これって、すっごいおかしなことだと思いません?」
「......何もかも知ってそうな口ぶりですね」
「さーて、どうでしょー?」

間延びした声はカナを馬鹿にしているようだ。だがカナにとってはトビに腹を立てるよりも、胸に渦巻く焦燥を処理することのほうが一大事だった。カナから見て最大の危険人物であるトビはこの場にいる。だが、木々の向こう側ではまだ、特有の能力を誇る"暁"と木ノ葉側の対峙が続いているのだ。

「(せめて逃げられる隙が彼らにあれば.......)」

「どうも落ち着かない様子っスね?」

トビがまたもや声を上げる。改めてその姿に焦点を合わせたカナの、その左手がズキリと悲鳴を上げた。

「自分の手が傷つくことも厭わないで......お人好しって話は間違いなかったみたいだ」

ぽたり、ぽたりと鮮血は滴り、地面を濡らしていく。だがカナはトビを見据える他にしない。赤色の瞳力を警戒するあまりに、意識を逸らせない。

「うーん、これって戦う雰囲気ってヤツっスかね?」
「......」
「僕は"暁"!アナタは"神人"。ま、戦うのは最初っから百も承知だったんスけどお、できればまずその傷の手当とかしちゃいません?そのくらいの猶予をあげる寛大な心は僕にも備わってますし、何より、僕のクナイのせいでカナさんが死んじゃいました!なんてことになっちゃった日には僕、即刻"暁"失格になっちゃいますし!」
「......お気遣いなく。あなたの言う通り、私は"神人"だから、そう易々と死んだりはしません」

チャクラの乱れを抑える力を有している"神鳥"。反動で四肢を貫く痛みに襲われることは度々あっても、自身の体の中で"神鳥"の能力をコントロールし、失血死に至らないようにする程度のことは雑作もない。カナはキッとトビを睨み見た。

「それに......トビさん。戦うどころか、私は、あなたにここを退いてもらいたい」

こくりと唾を呑み込むカナ。瞳に宿る意志は強い。声はどことなく震えているが、はっきりとした口調は真剣そのものだ。それを耳で受け取ったトビは、仮面の奥の瞳でカナを直視する。「......へえ?」と、滲み出るチャクラの密度とは全くそぐわない声。カナは尚更、体を緊張させる。

「あなたが何者なのかは知りませんが......少なくとも、怖いくらいの実力者だということは分かる。私がとれる最善策は、あなたに頼んで自分から退いてもらう事。ここは立ち去ってくれませんか」

自分自身の体裁の心配より、カナには何より恐ろしいことがあった。
何より、木ノ葉の"彼ら"が殺されることだ。今、カナはトビを放り出すわけにはいかない。だがだからといって、茂みの向こうの"暁"も無視するわけにはいかない。
"S級犯罪者"の看板は伊達ではない。"暁"をツーマンセルのまま行動させるのは得策ではないのだ。もしここでトビが退けば、カナがあの二人のうち一人を引き受けることができる。正体を暴かれるかもしれないというリスクはあれど、カナにすれば、"彼ら"が殺される事のほうが避けたい事態に決まっている。

「もし......もし、ここであなたが一時的にでも退いててくれるのなら......」

カナはきゅっと眉根を寄せて、苦々しくも言い切った。


「私は大人しくついていくことを約束しますから...!」


トビの体がゆらりと揺れる。カナは意地でもその姿から目を離さなかった。胸に宿る決意は重い。中途半端な気持ちで言葉を選んでいるわけではない。

「......フゥン?」

静まり返った空間に、ようやくトビの楽天的な声が響いた。

「で、それで仮に僕が手を引いたとして......あなたはどうするんです?」
「......もう、分かってるんでしょう」
「あららー?カナさん、それは買いかぶりってヤツっスよ!........................まあ、」

仮面の奥の写輪眼は、笑っていた。


「カナさんがどー言ったって、僕はぜーーーったい命令無視をするわけないっスけどね!!」


ーー風が吹き上がる。銀色の混じった冷たく、痛いほどの強い風。

大きく舞い上がったそれは木々や葉を一切の情なく切り裂く。容赦のない一陣の風が一気にトビへと襲いかかった。「うわおっ!」とトビは間一髪のところで直撃は避けたが、そのコートは大きく裂けていた。


「......なら......強行手段に移ります」


ぼやくような声は、この強風の中ではすぐに掻き消される。台風のような銀風の中で、金色が光っている。
トビはコートのことは気にせず、再びカナに向かい合った。その手にいつの間にやら装備されたクナイがくるくると回っている。

「強行手段?なるほど、僕を倒してあちらに救援に行こうというわけっスね?けど......できると思ってるんスか?」

小馬鹿にするような口調は、相変わらず。

「仮にも僕は"暁"の一員!いくらカナさんが"神鳥"の力を従えてようとも、経験の差というものもある。僕を倒せたってその時はアナタもボロボロでしょう!それに、アナタもさっき言ってたっスよねえ?カナさんがとれる策は......」
「私が頼んで、トビさんに自分から退いてもらうこと......ですか?でも、そうはしてくれないんでしょう?」

カナは皮肉っぽく笑う。その脳裏には、朱雀の声が響いていた。

『では、お前は何をするのだ』

ーーー火ノ寺で、カナに喝を入れた台詞。
何もしなければ、何かを為すことなどできるわけがない。

「言いましたよね.....それは、ただの"最善策"ですよ。それがとれなくったって、何もできないわけじゃない」
「......それが、"強行突破"なんスね?」
「ええ......分かってくれますよね」

一際大きい暴風が吹き荒れる。ばさりとカナのコートもはためいた。
"銀色の漆黒"は、強い意志と共に動き出す。


 
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