何度目になろうか、カナは心中で叫んだ。


ーーーやめて...!


しかし、やはり、状況が変わることはなかった。


ーーーやめて、奪わないで!!


水を隔てたすぐそこで無惨に殺されていく僧侶たち。何度も何度も血飛沫が跳ね、その度 カナは悲鳴を上げる。暁色の二人は止まることをしらない。一人は鎌で、一人は素手で、逃げ惑う僧たちを片っ端から殺していく。
カナの伸ばした手が届くことはない。水牢の中に溶けていくのは確かに、カナの涙だった。


私は......なんて、いつも無力なんだろう。


力なら持っているはずなのに。どうしてその力を扱えない。どうして救いたいものを救えない?
歯痒い。悔しい。胸が鷲掴みにされたような感覚。
がぼりと、カナの口から泡が漏れた。カナの視界の隅で酸素が消えていく。息苦しさは徐々に増し、自分の命までが危ない。しかしそうなった時でも、カナは自分のことよりも、次々と失われていく僧侶たちのことを想っていた。


ーーー風、よ...。


薄れゆく意識の中で、カナは最後、確かに願った。
誰に助けを求められるわけでもない今、カナが縋り付けるのは、自分自身に対してでしかなかった。

潮騒に似た血流の音。ーー風が、大きく舞い上がる。


ーーー第二十話 光の代償


その赤黒い鎌から大勢の僧侶の命を垂れ流しながら、飛段はゆっくりと"異変"に振り向いた。

「なんだァ...?」

そこに突如として現れていたのは、銀の輝きで彩られた、巨大な台風ーーーそれは、先ほど角都が"神人"を水牢に閉じ込めた方向から。思わず目を瞬いた飛段の隣に、僧の心臓を貫いたままの角都が現れる。

「暴走しているように見えるな......」
「あの女がか?何でだよ」
「風羽カナは過去に、大蛇丸によって一族を殺されたという経歴がある。......それを手引きしたのは北波だが......とにかく、この血にまみれた戦場を、その時と重ねたのだろう」

二人が悠々と会話している間、それまで必死に"暁"に立ち向かっていた僧侶たちも、その不可思議な光景に目を奪われていた。その全員が全員、呆然とした様子で台風を見やる。
誰の瞳にも浮かんでいたのは絶望だった。
発生源は、先ほど庵樹を殺した少女。僧侶たちの中で、それが敵の術にしか見えないのは当然のことだった。"暁"二人ですら持て余しているというのに、あんなものにどうやって対抗したらいいというのか?ーーー

だが、その僧侶たちの失望は、すぐに呆気に取られる形へと切り替わっていた。

「うぉっ!?」
「チッ」

ーー銀色の台風から枝分かれした鋭い風は何の事はない、"暁"飛段と角都のほうへ向かいだしたのだ。

角都は咄嗟に避けるが、反応の遅れた飛段はまともに喰らい、思い切り吹き飛ばされた。血を吐いた飛段だがそれでも体質が幸いし、すぐに上体を起こす。

「ってェー...半端ねェぞ、こりゃ」

飛段が舌打ちする間も、台風から二人へと狙いを定める暴風の攻撃は続く。再び立ち上がった飛段、それに角都にも、最早 気を緩める暇などなかった。

「なんだってんだ...!本人が出られねェ代わりに風が制裁を加えるってか!?ケッ下らねェ!!」

そう罵るものの、その風をまともに喰らえばダメージが大きいことは学習済みだ。絶え間なくやってくる銀色は"暁"二人に僧侶たちを攻撃する間など与えなかった。
ゆえに手持ち無沙汰となった僧侶たちだが、今は何より現状に呆気にとられていた。「何でだ...?」と誰かが呟く。全員の頭に浮かぶ疑問符。風は一切僧侶たちの元へは届かない。しかし、初めにこの寺の者に手を出した者が、何故僧侶たちを救う真似などする?


「(......風羽、カナ)」


ーーその僧侶たちに混じり、地陸もまた目の前で轟々と唸り、飛段と角都を攻撃していく風を呆然と見つめていた。

地陸の頭にふと流れたのは、先ほどの角都が漏らした名前だった。風羽カナ。それは特殊な一族の末裔の名だった。それは木ノ葉の忍の名だった。それは木ノ葉の抜け忍の名だった。それは、かつての地陸の同志が口にしていた名だった。
守護忍十二士、猿飛アスマ。
十二士の名を語らなくなっても、地陸は度々アスマと談笑を交わすことがあった。その会話の中にたまに出てきたのが、風羽カナという名だった。

『風羽?ああ、あの......風遁使いの一族だったか。確か、滅亡したと聞いたが』
『唯一生きてたヤツがいたんだ。何故か、はオヤジも詳しくは教えてくれなかったんだが......ま、今は木ノ葉で平和に暮らしてるんだけどよ。なんつーか、ソイツがたまーに扱いに困ることがあってな』

煙草の煙を吐いたアスマは、苦々しく笑った。

『一族の滅亡、なんて事があったせいか、やっぱフツーの子供じゃいられねェんだろうな。今はもうアカデミーにも行って、だいぶ過去からも抜け出せたようだが......やっぱ、変わらねェもんもある』
『......笑わないのか?』
『いや、その逆だ。アイツはガキのくせに、既に平穏が幸せであることを知ってる。だから今は強くなりたいと躍起になってる。......他人の為だ。アイツはもう二度と失いたくないんだろうよ......カナはいつも平然と他人を優先する。...自分を蔑ろにする。そうなるべき過去を背負ってるからこそ、オレは何も言えねえし......だから時に、どうすりゃいいんだろう......ってな』
『その少女が、苦手、というわけか』

だが地陸がそう言うと、アスマは『いーや?』と何でもないことのように言った。

『そういうわけじゃないさ。オレはアイツを気に入ってる。自分を蔑ろにするって言っちゃ聞こえは悪ィが』

そして今、僧侶たちを護るべく身を賭している少女は、アスマにここまで言わしめた。


『つまりアイツは、"火の意志"を受け継ぐ資質を十分に持ってるってこと......だからな』


その意味がわからない地陸ではなかった。だからこそ、角都がその名を口にした時、地陸は自身の耳を疑った。
地陸は地に伏した庵樹と風とを見比べる。しかし現に今、カナを台風の目とした銀色は、"暁"のほうを狙っている。

ーーだがこの状況、何よりも優先すべきはあやつらの排除だ。
今も尚 風に負われ続けている"暁"。邪念を吹っ切った地陸は、キッとその二人の内、一人に狙いを定めた。


「覚悟!!」


走り出した地陸の背後に現れる"仙族の才"。「地陸様!」と叫ぶ僧たちの声に参ずるように、銀色の風が地陸を後押ししている。

それに気付いたのは地陸だけではなく、今もまだ風を避けつつ 冷静に状況を確認した角都もだった。今やこの"銀色"が僧侶らを味方し角都らを敵としているのは明白であるーー

「(......厄介だな)」

角都の視界の隅には、四方八方に鎌を振り回し僧侶たちを薙ぎ払う相方の姿があったが、この風を避けながらでは明らかに効率が悪い。一人に手傷を負わせてもすぐ風に邪魔される為、呻き声はそこらにあるが、次々と死人が出ることはなくなったのである。
考えながら角都は地陸の攻撃を避けた。チャクラによる拳は地面にぶつかり、巨大な跡を残す。その隙を狙って角都は動こうとしたが、その間に風が迫り、角都は結局 回避するしかない。
またも地陸の目が角都に向かう。

「(......厄介だ......)」

ーーもう一度 心中で唱え、苛立たし気に眉をひそめた角都のその"心臓"が、ドクリと音をたてた。



曇り空がずっと地平線の向こうまで広がっている。その下で、一羽の鳥、を模した"芸術"が、ばさりと羽を広げていた。

"暁"の一員、デイダラは、その碧眼は真下で騒がしく喚いている相方を映し、わざとらしく溜め息をついた後、ゆっくりと地上に舞い降りた。
手を大きく振っていたのは、最近新たに"暁"の一員となったトビ。三尾へと繋がっている縄を手に歩いている。

「デイダラセンパーイ!見ましたオレの術ぅ!?コイツいちころッスよ!"暁"のメンバーになっていきなりこんな大役を任されるのも頷けるってもんでしょう!?」
「バカか、オイラの起爆粘土がアートしただけだろ」

実際にはトビは水上で逃げ回っていただけである。結局デイダラが主体となって三尾を戦闘不能に追い込んだことは否めない。やれやれと頭を振りつつ三尾を見上げたデイダラは、憂鬱そうに再び溜め息をついた。人柱力死亡より出現した三尾。殻となる人間がいなかった分、捕獲は比較的楽だったが、如何せん、二人にはまだ尾獣を運ぶという仕事が残されていた。

「でももう大半の尾獣集まりましたねえ。僕の今日のこの功績が、"暁"の更なる力の向上に貢献したってわけっスね!」
「無駄口叩いてねーで行くぞ、うん。リーダーに遅いとかごちゃごちゃ言われんのは御免だ」

しかし、ちょうどその時、二人は同時に身動きを止めた。噂をすれば、というヤツである。
見慣れた光景が唐突に二人の脳裏に浮かび上がっていた。"暁"トップ、ペインの術。それによってペインの言葉を受け取ったトビが、意気揚々と「ちょうど業務終了したところっスよ!僕の見事な働きっぷりが...」と続けようとしたところで、デイダラが素早く「黙っとけ、うん」とトビを睨みつけた。

「トビの言った通りだぜ、リーダー。オイラたちはこれからアジトに戻る予定だ、うん。で、何か用でもあんのか?」

デイダラが自然にそう問えば、また二人の頭に意思が流れ込む。デイダラは怪訝そうに眉根を寄せた。

「別に構わねェけどよ......そのノルマならオイラたちのどっちかじゃなくても、あの生意気なガキにやらせたらいいんじゃねーのか?うん」
「ハハハ、デイダラ先輩、ガキっていっても彼と年そんなに変わらないですよねゲフッ」
「お前は喋んなトビ、うん。で、リーダー、どうなんだ?どっちが行くにしても、アイツに後で難癖つけられんのは嫌だぜ」

口を開けば余計なことしか言わないトビに制裁を加え、デイダラは至極真剣に問うた。
デイダラの脳内に甦っていたのは、鋭い視線を備える銀色の青年だった。だが頭に返ってきた答に納得し、デイダラは結局最後「了解した、うん」と答えた。途端に、二人の頭からペインの声が消えた。

「......ん?......あれ?先輩、リーダーなんて言ってました?」
「......聞いてなかったテメェが悪いよなァトビ?どこにオイラが説明する必要がある」
「わぁっデイダラ先輩のいけずー!そんな心の狭いこと言ってると、清き心から生まれたアートが汚れちゃいますよー?」
「......チッ。単純なことだとよ、うん。あの野郎が行ったら捕縛しとくだけじゃ済まさねぇ、カッとなって殺っちまうかもしれねェだろ」
「ああ、なるほどぉ!」

いちいち甲高い声で喋るトビに苛々しつつ、デイダラは再び三尾を見上げた。デイダラの起爆粘土によるダメージで身動きはできないようだが、低く唸るその声は実に憎々し気で、ぎょろりとした目がデイダラを睨みつけている。もし動けるならばすぐさま三尾はその巨体を以て二人に突進することだろう。
人柱力さながら、尾獣も回復は早いという。

「......しょうがねー。オイラが行きたいとこだが、トビ、お前が行け。お前じゃあコイツがまた騒ぎだせば対処しきれねェだろ、うん」
「マジッスか!?やった!!」

重たいもの運ばずに済む!と本音で騒いでいる同僚にデイダラはまたイラッとしたが、三度目の溜め息をつくだけに済ませた。
......それでも、次の瞬間に「あれ、そういえばどこでしたっけ?」と言われ、ブチっといってしまったデイダラは「木ノ葉だっつってたろうがァ!!」と怒鳴りつつ、"アート"を炸裂させていたのだが。



ーーー事の結末はたった数十秒で決した。
発端は、突如 炎を交え始めた"銀の風"だった。どこからか知れぬ炎が、その優劣関係がゆえに、風をどんどん喰らい尽くしていったのであるーーー

「____!!!」

その数秒、僧侶たちは悲鳴にも似た声を聴いた気がした。
その間にも火の手によって風は掻き消されていった。高らかに燃え上がった炎はいつしか全てを呑み込み、そして風は完全に消え去り、残った後には、水牢の中で意識を失っている少女の姿。
生気の薄いその顔に、既に"祈る"余力など残されていなかった。

角都による特異な術によって、援護が失せたのだ。

途端に飛段の歓声が上がった。角都も動きだし、生き残っている僧を確実に殺していく。斬り、殴り、薙ぎ払い、貫き。最後に残ったのは地陸だ。飛段の鎌が彼を襲ったが、彼はすぐさま退いて急所は避けた。
しかし、急所を避けただけだった。

「血ィ!!」

飛段の鎌には地陸の頬から流るる血が付着していた。跳び退った飛段の足元に描かれた円ーーー儀式の準備は、整った。


ざくり。


地陸はその一瞬、何が起こったのか分からなかっただろう。飛段は取り出した槍で、自分の心臓を貫いていたのだ。
だが、地陸にそんな悠長なことを考える時間はもう、残されていなかった。
吐血。ごふりと血を吐いた地陸は、わけもわからないまま、どさりと膝をついていた。あっという間に黒で埋め尽くされていく意識。急速に冷えていく身体。
地陸のその一生は今、幕を下ろした。



"火の国に火ノ寺あり"と謳われたその寺は、今や見る影もなかった。破壊しつくされた建造物、境内を埋め尽くす死体の数。あらゆるところに血溜まりができ、血液特有の匂いが立ち込めている。
その中心で、銀髪の男が一人 横たわっていた。男の身体に垂直に突き刺さった黒槍は、確実に心臓を射ている。とはいえその不死の肉体を持っている男、飛段にとってはそれは苦痛でなく、快楽。一人悦に入っていた飛段はそのまま相方に声をかけた。

「どうやらここには人柱力はいなかったらしいな。祈りが終わり次第、次、行こうぜ」
「いや」
「あ?」
「コイツの死体を換金所に持って行く。まずは金だ」

そう言う角都の手には、先ほど飛段が直々に"裁き"を下した地陸。相変わらずの金の亡者っぷりである。飛段は溜め息をつき、最後の祈りを終えて、自分の臓を突き刺す槍を抜き立ち上がった。

「んじゃま、とっとと行くか......ん?」

だがその槍を弄びつつ進もうとした矢先、飛段はようやく何かに気付いて振り返っていた。ただじっと、座り込んでいるだけのカナを。

「......まーだやってんのか、アイツ」
「好きにさせておけ」

ーー角都によって水牢から出され、意識を取り戻したカナは、それからまだ一度も声を発していない。ただ青白い顔で破壊の限りを尽くされた寺を見つめ、浅い呼吸を繰り返すばかり。
だがそれに同情する心など持ち合わせてはいない"暁"二人は、角都は無感情にカナを見やり、飛段は肩を竦めるだけだった。人の死に一々反応する繊細さなど持ち合わせない二人には、理解できるはずがない。

「好きにさせとけってよォ。連れて行くんだろ?」

実に面倒くさそうに飛段が言ったが、しかし角都は早々に寺の門を通過した。

「まだ風羽カナの額に刻印が残っている。暫くは、わざわざ引っ張らずとも付いてくる羽目になるはずだ。それに、さっきお前が悪趣味な儀式を行っている最中、リーダーから連絡が入った」
「......悪趣味ってテメェ角都、馬鹿にしてんのか」
「オレたちの本来のノルマは飽くまでも人柱力だ。"神人"の分の労力には一人寄越すそうだ」


飛段の青筋の音も気にせず、角都がそう言ったのを最後に、遠ざかっていった二人の話し声はもう、カナの耳には届かなくなっていた。


カナの瞳に尚も残っているのは、噴き出した瞬間の鮮烈な血の色。鼻を突き刺す鉄の匂い。耳をつんざいた僧侶たちの悲痛な悲鳴。
三度目の、惨劇。
涙すら流せなかった。それほどの余裕も塵と化していた。魂の抜け切った顔、と表現するのが正しい。
カナは、ただ座り込み、何もを映さない瞳で心底、自分を憎んでいた。

なにも為せない。

ここ数日の出来事で本調子とはほど遠かった、相手がS級犯罪者だった、一対二で不利だった......そんな言い訳など通用しない。もう失ってしまった。どうしようとも取り戻せはしない。この世界で、次は、など有り得ない。
なにも叶わない。莫大な力を宿しているはずが、目前の悲劇すら止められやしなかった。

こんな私が、どうして。

手の届く範囲のことさえできないのに、どうして、ーーー大切な人を護れると言うのだろう。

ツゥ、とカナの唇から血が流れる。痛々しいほどの赤が滲み出していた。
カナは自覚していた。
サスケと共に里を抜けた、その理由は一つ、いつかの未来を護る為だった。
だがそんなもの、聞こえは良いが結局、カナはサスケを力でねじ伏せることを拒絶したに過ぎない。問題を先送りにして、殻に閉じ篭っているのは一体誰だ。何もかもが自分のエゴなのだと、カナは知っていた。


なにも叶えられないーーー



『......馬鹿者が』

突然 カナの脳に響いた罵声。だがカナは特に驚くこともなく、ただぽつりと、知ってる、と返した。だから何も為せないんだ、とも呟いた。するともう一度、『馬鹿者』と強い語勢の声が響いていた。

『何を立ち止まっている。我の現主はここまで腑抜けだったのか?未来を見据えて来たのではなかったのか。主が絶望して、一体何が救われる』
「じゃあ私が前を見て、何が救えるんだろう?結局同じだった......何も変わってなかった」
『小娘が。血肉の代償に、何もかもを為せるなどと思うな』

吐き捨てるような"神鳥"、朱雀の声色。瞼を閉じたカナの意識に鮮やかな赤の色が浮かぶ。威厳をも感じさせるその巨大な鳥の瞳には、らしくもなく、荒々しい感情が宿っていた。

『不幸を比べろとは言うまいよ。だが、かの時代の惨状は、現在とは天と地の差というものだった。お主ら風羽は揃いも揃って血が憎いと叫んでいた。争いを許すなとほざいていた。人の死などそこら中に転がっていた中で、しかし誰一人として瞳の輝きを絶やすことなど有りはしなかった。......筆頭は、"初代"神人だ、"現"神人よ』
「......」
『歩みを止めるな。希望を見落とすのは早すぎるだろう。何のために歩いて来た。自分の幸せを捨ててまで』

ぐ、とカナは拳に力を強める。

「......でも、血肉を代償にしたところで、何もかもを為せるわけではないんでしょう......?」

弱々しい呟きは、朱雀の鼻で笑う声に掻き消された。


『では、お前は何をするのだ?』


ーーーそれも、カナは知っていた。弱音を吐いて愚図っていても、誰かが為してくれるわけではないことなど。
自分の夢を口にするのなら、進み出すための足の前に、何事にも負けない強い意志がなければならないのだと。

『目前の亡骸を背負え。何も為せなかったなどと懺悔するくらいなら、無念を受け取り駆け抜けろ。お前に罪があるというのなら、それが何よりの罪滅ぼしだと思え』
「......随分、重いことを言う」
『そうして、最後に掴みとってみせろ......お前の光を』

カナの意識の中の紅色の力。それが一気に身体にのしかかったようにカナには思えた。
だが、カナはすっと瞼を上げ、先ほどとは全く違う瞳の色で、しっかりと現実を見つめた。ゆっくりと立ち上がり、唇をきゅっと締める。変わらず在る惨劇の痕を、記憶に強く刻み付けた。ーー悔恨を受け取った。

「(......ごめん、朱雀......ありがとう)」

...フン、と一つ、どこか満足げな声と共に、カナの意識から朱雀は消えていく。

姿を翻したカナは、もう迷いの残らない足取りで歩き、そうしてある地点で数秒、膝を落とした。そこに横たわっている人物の頭に、手を宛てがう為に。

「......できるだけ早く、防御網を......」

独りぽつりと漏らし、再び立ち上がって歩みを進める。一歩一歩、この惨劇の外へ。

刻印がカナを戒めている。ひしひしと近づいてくる圧力に逆らうわけにもいかず、カナは己の意のままに行くことはできない。
だが、それであっても、カナの今の瞳の光は意志に基づいていた。

門を出る直前、カナは今一度 寺を振り返り、深く一礼した。


 
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