カナが囚われ、数日が経った。


「ったく。こう毎日毎日おんなじことに付き合わされちゃあ、こっちの方が慣れるってもんだなァオイ」
「面倒なことに変わりはない。いい加減、諦めてほしいものだがな」
「そうかァ?オレは結構楽しんでるぜ、少なくとも退屈したりはしねェしよぉ。コイツとずっと行動してるのも中々だ」
「大概にしろ......脱走を促すなよ」
「わぁってるって」

多少の怪我はあるとはいえ、角都と飛段はほぼ万全な状態で歩いていた。ーーしかし、対してカナは傷だらけと言って過言はない状態だった。
血反吐の痕は残り、腕は痛みで震えている。身体を庇うように歩き、瞳は朧げだ。だが、角都に渡されたコートこそ着ているとはいえ、そんな状態でも従順になる気はなく、カナは今でも二人の隙を伺っていた。

この数日間の脱走の日々。しかし、"神人"としての一瞬の力の増幅によって逃げることは容易くとも、逃げ続けることは容易ではない。カナに成功は訪れなかった。

「今そうやって、お前がちゃんと歩けてることに驚きだ......精神力だけは備わっているか」
「褒められたもんだぜ?オレらの能力見てもまだ生きてんだからよ。ま、手加減はしてやってるんだがな」

組織内で"不死コンビ"と呼ばれる二人。角都は呆れたように言い、飛段は調子良く笑う。ぼうっとする目でカナはそれらを睨んだ。
その"不死"という能力のおかげで、カナにも本当の意味で手加減は必要ないとわかったとはいえ、つまり二人は簡単には足止めできないも同然だった。逆に痛めつけられーーーしかし、これまで一度もカナは、寝もしなければ気絶もしなかった。

「質問......、させて......」

いつか角都の火遁を喰らって 未だ治っていない喉。擦れた声が角都と飛段の耳に届き、二人は振り向く。

「木ノ葉まで......あとどのくらい、ですか......」

とっくに火の国には入っている。カナの目はどこか薄暗い。それを知ってか知らずか、角都は意味深な瞳で「あと二、三日だ」と返した。ぴくりと眉を寄せたカナは、今にも光が途切れそうな目で、地面を睨みつける。しかし角都が「だが」と続け、カナはふっと顔を上げた。

「オレたちはまだ木ノ葉を目指しているわけではない」
「......?」
「今オレたちが向かっているのは"火ノ寺"だ。人柱力との関連性を見つけている」

"人柱力"。カナが僅かに反応する。カナの頭に浮かんだのは"九尾"を封印された、うずまきナルトの姿。

「(でも、ナルトはきっと木ノ葉にいる......)」

上がった頭はすぐに垂れた。ーーーだが、その一連の動作を角都は目敏く見つめていた。

「今......少し反応を示したな。"以前の"仲間のことでも考えたか?里を捨てたくせに、随分と未練があるようだ」

探るような声。僅かに高鳴った胸を隠し、カナは小さく言う。

「未練なんて、ない......私は、復讐のために...里は捨てた」
「フン......嘘くせェなァ。復讐者ってのは何人も見てきたけどよ、お前はアイツらみてェな目の色をしてねェ。お前の目は、オレたちみてェなのにゃ相容れねえヤツだ。......ああそういやァ、その点ではあのムッカつく北波も似たようなもんだったな」

北波。
カナの頭にその顔が浮かび、しかしすぐ消し去る。それよりも、今やるべきことをーーー何としても、この二人から逃げなければ。


ーーー第十九話 "ノルマ"


暗闇に途切れ途切れの雑音が響く。無線機を手にしている大蛇丸は、カブトと通信しているところだった。

「そう、分かったわ。まだ暫く続けてちょうだい」

そこでちょうど話は終わり、無機質な音が消える。蛇のような瞳はギラリと光を帯び、周囲を見渡した。
大蛇丸の口が弧を描く。いくら遠くとも、喉から手が出るほど欲しがっているあの瞳を、その目が見逃すはずがない。

「カナはまだ見つからないらしいわよ。一体どうしたのかしらね」

返事はない。それも大蛇丸が予測していたことだ。

「でもカブトによると、あのアジトにカナの戦闘の跡は見られなかった......ということは、木ノ葉に連れ去られた可能性は低いわ。......もっとも、カナが自ら木ノ葉に行ったのでなかったら、の話だけれど」

赤色の瞳が細くなる。その瞳が今何を思い返しているかなど、大蛇丸にとったら想像は容易いことだ。心中で大蛇丸は嘲り、笑う。

「(互いを利用されてるとわかってても、完全には冷徹になりきれない......バカな子たち)」

ーー何もかもを知っているかのように。

「カナがそう簡単にやられるとは思えないけれど。体力を消耗している状態なら、話は別だものねえ。"神鳥"の力のリバウンドは想像以上......気をつけてあげることね、サスケくん」

"蛇"はそこでボフンと煙となって消える。ーーそれでも、赤の瞳を宿しているサスケはそこにいた。
ただ、いつの間にか握っていた拳をすっと緩める。踵を返し、暗い通路に歩き出る。そのどこまでも続くような暗闇はここ数年でサスケが幾度も見てきたものだった。

だが、サスケの瞳に今映るのは、その"いつも通り"ではなくーーー

いつかの、ふわりと微笑む銀色。



カナが次に声を上げたのは、到着早々飛段と角都が"火ノ寺"の門を大破したときだった。

「何をっ...!?」

掠れた声が二人の耳に届く。飛段は相変わらず笑って「見てわかんねぇのかよ」と返した。
壊れた門の向こう側には、驚愕している僧侶たち。敵襲、敵襲と叫んでいる声が聞こえ、カナは嫌な予感に震えた。

「穏便に事を済ませようとは思わないんですか!?」
「ほう。どうやって穏便に済ませようと言うつもりだ」

角都に冷静に返されてカナはハッとする。それから苦虫を噛み潰したような顔になった。
今では"暁"も有名だ。どこの国でも黒装束に赤雲を見たら警戒するようになった。この寺とて火の国のもの、知らないわけがない。それで、どうして"暁"と思われる人物に「人柱力はいるか」と訊かれ、素直に応えることになるのかーー。

「そーいうことだ。オレたちはオレたちのやり方でやってんだよ。お前は大人しくオレたちの仕事見てろって」
「...!」
「行くぞ飛段」

反論を返すことができなかったカナ。その両手首は未だ飛段の鎖によって繋がれたままで、二人が歩き出すならばカナも引っ張られるしかない。
「あの衣、今ウワサの」「間違いない、"暁"だ」と僧たちが口々にそう言っている。だが、加えて。

「あっちの女は...?"暁"の衣を着ていない」
「それに、どこかで」

カナは我に返り、すぐさまフードを被った。そうして悔しそうに下唇を噛み締める。

「さて、と。なァー角都ゥ、コイツの両手首自由にさせていいんだよなァ?さすがにこのままじゃ戦えねーだろ」
「問題ない。お前が全てオレに任せればいいだけの話だ」
「はァ!?ざけんじゃねー、オレもやるっつの!!テメェだけ楽しむなんてぜってェさせねェぞ!いいか、鎖解くぜ!」

その途端、飛段が鎖の力を弱め、カナを縛っていたものはなくなった。同時にカナがすぐさま二人から離れようとするのは必至、だがそれを見越した角都が素早く先手を打ち、カナの腕を掴んだのも然り。

「痛ッ...!」

加減なく腕を掴まれカナは顔を歪めるが、吐息を出すのは堪える。そうしてまたも力任せに脱出しようとするがーーー角都は無言ですべきことを為していた。

「"遊戯の形(ゆうぎのけい)"」

素早い印。そして、トン、と角都の人さし指がカナの額を突く。すると、一瞬にしてカナの額に浮かび上がったのは特徴的な烙印だった。
だが、それ以外にカナにさした異常が現れるわけでもない。パッと腕を放されよろめくカナだが、苦しみもなければ痛みもない。だがーーーカナは驚きに目を見張っていた。

「(......今の)」

「なんだよ角都、その術」
「一刻の間、対象物を術者から一定距離以内に閉じ込める、一種の封印術だ。...といってもオレは見様見真似でやってみただけにすぎないから、あまり範囲は狭くないだろうが」
「ほーお?誰の見様見真似だよ」
「北波だ」

飛段と角都の何気ない会話がカナの体を震えさせる。

「何だか知らないが、アジトで鳥達にこの術をしかけて弄んでいた」
「アイツが......鳥?へッ、見てみたいもんだな。あんの生意気なヤツが、鳥なんぞに癒されてる姿ってのは......後で笑いモンにできるぜ」
「生意気なのはお前も変わらん」
「何をォ!?」

そんな会話が続いている中で、カナは自分の額を抑え、混乱する頭を押しとどめようとした。だが滲む汗は引かず、嫌な感覚が背を這いずり回る。
理由は、術名にあった。

「("形(けい)"......って、)」

カナの記憶の中でそのような術名を言う存在は一人しかいない。だが、それは決して角都の言った、北波ではない。北波よりももっと近しい者だった。


「(紫珀......?)」


ーーしかしそれ以上、悠々と黙考できる時間は与えられなかった。


「ハァアアア!!」
「おいっよせ庵樹!!」


力量の差を理解し、 状況判断のみに徹していた僧侶たちの中でただ一人、その庵樹(あんじゅ)という僧が突如 飛び出したのだ。
向かう先は無論 "暁"ーーーだが、片手に持ったちっぽけな武器で、"S級犯罪者"に敵う見込みがあるはずはない。

飛段と角都は平然とその様子を見つめている。二人に焦る理由があろうものか。ただ二人の白けた目は、もう数秒後に迫った庵樹の武器との接触を待つのみだった。


キィン___!


ーーしかし、受け止めたのはその"暁"でなく、"銀色"。

僧侶たち全員がハッとする。角都と飛段が怪訝そうにそれを見やる。
銀色、カナが突如二人の前に躍り出て、まるで"暁"を護るが如く庵樹の武器を防いだのである。

「やはりお前も、"暁"の一員か!」

庵樹が叫ぶ。一瞬は怯んだが、再び戦闘態勢に入るのは早く、僧侶独特のチャクラを練った。

「双拳!」
「......風遁 風波!」

チャクラでできた二つの拳が背後の二人、角都と飛段に伸びたのを見て、カナもすぐさま術を発動させる。それによって拳は二人にぶつかる寸前で相殺され、四散した。ーー僧侶らしからぬ顔で舌打ちした庵樹と、フードの中で下唇を噛み締めたカナ。

ーーだが、カナは今ここで決断する他なかった。

カナは庵樹だけに聴こえるような、小さな声で何かを呟いてから、また別の印を組んでいた。


「風裏魔(かざりま)」


カナの手が庵樹の頭に伸びる。
人指し指がコートの裾から現れ、トンと、庵樹の額を突いた。

その一瞬だった。
どさりと、庵樹の身体が地面に落ちるのは、その一瞬で十分だった。
僅かに俟った砂埃。横たわった庵樹は、それ以降、ぴくりとも身動きしないーーーできない。

「(ほう......)」

角都がスッと目を細める。数々の死を見てきた角都や飛段には、"それ"を悟ることなど容易い。
一拍遅れて他の僧侶たちが口々に騒ぎ出す。カナはそれに見向きもしないが、ヒュウ、という口笛がカナの耳に届いた。

「お前一応、殺しができんのか。まさかとは思ったが......ちゃんと息してねェし」

ザッと前に進み出た飛段は庵樹の首根っこを掴み、嘲るようにヘッと笑う。角都はというと、庵樹には目もくれずカナだけを見つめていた。

「しかし、一体どういうつもりだ。今のは明らかにオレたちを庇った行動だったが......心変わりをしたわけでもあるまい」
「......簡単なことです。あなたたちに苦しまされて死ぬより、一瞬で苦痛を忘れられるほうが、この人にとっても楽でしょう」

ふっと振り向いたカナと角都の視線が交差する。角都の瞳に映るカナの顔には微塵の揺らぎも感じられない。角都はようやくカナから目を放し、庵樹を見下ろした。息絶えた庵樹ーーそこには確かに生気はない。

「(嘘......か、否か)」

そう角都が考えた時、寺からある一人の人物が出てきていた。
見た目からして徳の高そうな僧侶で、飛段はそのような感想を呟く。しかし角都は何よりも真っ先に「高額の賞金首だ」と吐いていた。同じく顔を向けたカナは、黙ってその僧侶の厳しい顔を見つめていた。

「遅かったか......庵樹を天に召したのは、そこの女性のようだな」
「......ええ」
「ならば、貴殿を返すわけにはいかない。あとで罪を償ってもらわねばならぬ......して、隣のお二方は暁の手のもので合っているかな」
「その通りだ。ここに人柱力がいるかどうかを訊きにきた」
「いるかいないか、どちらにしても、貴殿らに告げることは何もない。それだけの用なら大人しく帰られよ」

飽くまでも冷静にその僧・地陸は言うが、飛段と角都が大人しく従うわけもない。カナはそんな二人をじっと見ていた。この二人が手加減などというものをするワケがない。それは明瞭な事実。だからこそ、カナは二人に提案した。

「......私がします。飛段さん、角都さん」

震えを隠した強気な声。二人はじろりとカナを見返す。カナは冷や汗はともかく、その瞳は本気だった。

「理由は、先ほどと同じ......それに、あなたたちだったらここの全員を殺してしまう。そんなことしなくても、目的は達成できる」
「ほう?どうやってだ」
「あの方を盾とすればいい」

カナが顔を向けた先は地陸。地陸はカナの声が聴こえているのか聴こえていないのか、ただ答を待っているようだった。

「あの方がここのトップなのは一目瞭然です。恐らくここの僧たちは、一人の命か情報かと問われれば、命のほうをとるでしょう。一番簡単な手です」

この場にいる全員を殺して人柱力の有無を確かめなくても、地陸だけを捕らえればそれで済む。カナの言っていることは確かに的を得ている。
しかし、ぴくりと反応した者があった。飛段だ。

「アイツの命をとるかとらねェかで情報を得るゥ...?」

飛段は小さく呟いてから、急に「ざけんじゃねェ!!」と叫んでいた。

「ジャシン教は殺戮がモットーだ!!そんな半殺しみてェな真似をしたらバチが当たんだろうが、バァーカ!!」
「なッ...命を曾末に扱うことのほうがバチ当たりに決まってるじゃないですか!!ッケホ...」
「......どうでもいいが、それ以上喉を使うと声が出なくなるぞ、風羽カナ。言っていることは飛段よりもお前のほうがずっと正論だがな」

角都のセリフによって、地陸の片眉が動いたことも知らず、喉の焼けるような痛みに耐えかねてカナは苦しそうに角都を見上げる。「ハァ!?」と喚いたのは飛段のみだが、カナにしても角都の言葉は意外だった。
しかし、角都はその後「だが」とすぐに続けていた。

「風羽カナ。オレはお前に獲物を譲る気はない」
「!?」
「何故なら、あの徳の高そうな僧は"守護忍十二士"に選ばれたこともあり、こちら側のビンゴブックでは三千万両とされているからだ。みすみす逃す手はない」

カナは息を飲む。対する角都は地陸から視線を流し、ようやくカナを見た。

「よって......オレの仕事を邪魔するつもりなら、更に行動範囲を狭める。水遁 水牢の術」
「!!」

間髪入れずに発動した水牢は、あっという間にカナを包み込んでいた。がぼりとカナの口から空気の泡が溢れる。

「(水遁じゃ、対抗できない...!)」

咄嗟に口元を抑えたカナは苦しそうに身を縮める。カナの持つ性質変化では、角都の強力な水遁に対抗できない。
僧侶たちが仲間割れかと驚いている中、相変わらず飛段と角都は冷静だった。

「おい、コイツ酸素持つのかよ?死なれちゃコトなんじゃねーの?」
「そう思うならとっとと始めるぞ。火の国に"火ノ寺"在りと謳われた忍寺の僧達だ......僧侶はみな、さっきのヤツが見せた、"仙族の才"と呼ばれる特別な力を操るといわれている。気を抜くな、死ぬぞ」

角都がそう言い終わるころには、二人は既に地陸のほうへ走り始め、飛段はその大振りの鎌を大きく掲げていた。

「だから、それをオレに言うかよ角都!!」


ーーーカナにとっての三度目の惨劇が、開幕する。


 
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