音のするほうへ到達した時には、既に一方が武器を相手に突き付けているところだった。
漆黒の生地に赤雲。それを見た時 瞬時に何名かの姿が脳裏に過ったが、すぐに初見の者だと判断する。

相手は二人。フードを深く被り、男たちを見ている青年は、もう動ける様子ではない。どう考えても分が悪い。だが考えている余裕がないことは明らかだった。すぐさま飛び出し、風を起こすーーー。

思いがけず、仕組まれた糸は絡まった。


ーーー第十七話 からくり


カナは顔もわからない青年を引っぱり、全速力で走っていた。"反動"はまだ完璧に抜け切っていないが、"暁"相手に余裕を見せるわけにもいかない。ダメージを振り切るようにして、カナはただ走り続ける。
しかし、宛てはない。

「おい、止まれ......!」
「もう少し、辛抱してください!」

青年が掻き消えるような声で呟く。しかし、カナはそれでも止まるわけにはいかない。「(まだ近すぎる...せめて)」と思うカナの額に滲む冷や汗。どこへ行けば、と心中で唱えて、そしてハッとした。

カナが幾日か眠っていたあの洞穴なら、隠れることは不可能ではない。思い立ったカナはすぐさま行動を起こし、小さい口笛を鳴らしていた。すると走るカナの腕に止まった一羽の小鳥。

「お願い、連れて行ってくれる?」

それだけで"鳥使い"には十分だ。小鳥はばさりと翼を広げ、カナの進行を先導した。




ーー青年はその穴に入った途端、我慢していた荒い息を一気に吐いた。
その上咳き込む青年を見て、カナは慌てて顔を覗き込む。その目元はフードの影で見えないが、相当に汗をかいていることは確かだ。

「ごめんなさい。平気ですか?」

だが、そうしてカナが青年の肩に手を置いた瞬間、それは振り払われていた。とはいえ、その力も弱々しいものだった為、カナの手に痛みがあったわけではない。だが重々しい拒絶だったことだけは確かだった。

その時、青年はようやく顔を上げ、フードの中の顔を晒した。

「......大きなお世話だ。余計なことをするな」

ばさりとフードが落ちる。現れたのは、女性のように繊細な作りの顔だった。
藍色の髪に、同色の瞳。多量に汗をかいているが、それでもなおこの青年は、男のわりに綺麗だとはやされるだろう。もっと身長が低く華奢であれば、本当に女性に見えたかもしれない。

「(......え?)」

ーーだが、カナがその時固まってしまったのは、決してこの青年に見惚れたからではなかった。ごくりと唾を呑み、震えた息を押さえ込んだのは、その為ではなかった。
その理由は、ただ、この青年が。


「ほ......北、波、さん......?」


あの青年と、酷く似通っているような気がした為だった。
それは容姿がそうだとか、単純なものではない。ひやりとしたものがカナの背に伝い、カナは咄嗟に俯いていた。ーーーゆえにカナは気付かなかった。

カナの言葉を繋げ、その意味をようやく理解した青年が、その瞳をめいっぱい見開いたことなど。

「お前......お前、今なんて」

青年の声は震えていた。
しかし、カナにはもう、その言葉に耳を傾ける暇などなくなった。
誰かが風を切るが如き勢いでこの場に近づいて来ている。それをそっちのけで考えられるわけがない。

「こんなに早く...!」

そう苦々し気にカナは吐く。だが青年はまだ気付いていない。

「おい、聞いているのか!」
「......暫くここでじっとしてて下さい。決して動かないで」

カナは青年の言葉をゆるりと交わしそれだけを告げた。すぐさま立ち上がり洞穴の出口に足をかける。
二人して逃げることなどできないと、カナは既に察していた。体力の底をついた人間を一人連れて逃げ切ることは難しすぎる。
それならば、カナに与えられた選択肢は一つ。
それを迷う事なく選んだカナはぐっと足に力を込めた。ーーーだが、急に手首を掴まれ、カナは僅かに振り返った。

「待て......」
「......待てません。死にたいんですか」
「お前一人なら死なないとでも言うのか?」
「わかりません。けど二人でいたら、奇跡でも起きない限り、死ぬことは確かです」

カナはそれでも、忍だった。自分の中に一瞬渦巻いた感情より、どうしたって生死を優先する。それも、他人の命が懸かっているなら尚更だ。
カナはふいと顔を背ける。何故か嫌に北波に酷似した青年を振り切り、カナは一言だけ呟いた。

「......ごめんなさい」


その途端だ。
青年の手からカナの温もりは一瞬にして消え、青年は暫く呆然としていた。
ほんの今までいたはずの銀色が、ほんの刹那でいなくなったのである。それだけに青年はカナの忍としての実力を推し量ることができた。クソ、と呟いた青年は、痛々しいほど顔を歪めていた。

『ほ......北、波さん......?』

青年の頭には、長らく、カナの声が響いていた。



反動による痛みで傾こうとする身体を叱咤する。ここで倒れたら矛先は彼にも行ってしまう、と自分に教え込み、意識を研ぎすませる。
走り続ける。綺麗な青年の顔、北波に重なったあの顔がちらついたが、カナはひたすらに無視し続けた。

「(考えるのは後だ)」

唱える。


「(......もう、鉢合わせる)」


直後だった。
カナは急ブレーキをかけ、視界に映った人物を見据えた。しかし巨大な鎌を片手に持つ"暁"は、それでも急進を止めなかった。

「見っけェ!!」

そう叫んだ男から放たれた獲物を目に、カナはすぐさま上空に逃げた。
風が舞い上がり、宙に浮く。攻撃を避けられた"暁"はそれでようやく動きを止めた。

「何もないところに立つとか人間ワザじゃねェなァ。それが"神鳥"の力ってヤツか?」
「いいえ、違いますよ。これは私の一族の能力......"暁"の人なのに、随分知らないんですね」
「あァ、まあな」

男、飛段は地面に投げ出された自らの獲物を拾い、肩にのせる。

「覚えんのは嫌いでね」

破壊だけを楽しむ笑み。戦闘狂、という表現が一番似合う笑みだ。カナは眉をひそめ、ゆっくりと地面に降り立った。

「私を殺したいんですね」
「ああ、よく分かってんじゃねェか。殺り合うならやっぱ強いヤツとじゃねェとなァ」
「......私はあなたを殺すつもりなんてありませんよ」
「じゃあ、死ね!!」

勢いよく近づいた鎌をカナは寸でのところで避けた。もし反応が遅かったなら、カナの頬に一線ついていたことだろう。
「(この鎌...)」とカナは次々と襲ってくる鎌による攻撃を避けつつ思う。この鎌、形状がおかしい。三つも立て続けに備えてある刃に何のメリットがあるのか、カナには読めなかった。

「(この形状がこの人の"能力"を有利にするの?)」

避けそこねた鎌の先が銀色を散らす。しぶてェなァ、と飛段は漏らした。

「てめェだって無駄に痛ェ思いすんのは嫌だろうが!!血ィさえくれりゃァすぐあの世へいけるものをよォ!」
「(血?)」

吠える飛段の台詞にぴくりと反応したカナ。詳細は分からなくとも、判断できることならある。接近戦は危険だ。

「(それに、できることなら、もっとあの人がいる場所から離れないと...!)」

カナはすぐさまチャクラを足元に集める。ぐんと上がった速度で、唐突に飛段から遠ざかった。

「!? 逃げる気かてめェ!」

カナは答えない。飛段は舌打ちし、その後を追いかけた。
その間も飛段は鎖を持って鎌をカナに放つが、そう易々と受けるものではない。案の定あっさりと避けられ、飛段は戻ってきた鎌を掴み、もう一度苛立たし気に舌打ちした。


ーーーカナが止まったのは、もうあの場からどれだけ離れたか分からなくなった時だった。

その時には、カナは苦しそうに肩を上下していた。どれだけ気力で保たせようと、リバウンドは生半可なものではなかった。だが少なくともあの場から距離をとれた事に、カナは安堵の息を吐いた。

「えらく疲れてるみたいじゃねェか。無駄な追いかけっこだったな。死ぬ準備はバッチリか?」
「まさか。殺すつもりはないって言いましたけど、死ぬつもりだって毛頭ありませんから」
「可愛くねェ女だぜ」
「言われなくてもわかってますよ」

カナの頬に汗が伝う。気丈なセリフを吐いたところで、状況が易しくないのは確かだ。
オマケに敵は目前の一人だけではない。"暁"は常にツーマンセルで行動する。戦闘に入るのは当然 賢明ではない。だが、今の体力で逃げ切れる可能性は少ない。それに、今また"神鳥"朱雀の力を引き出すのは危険な賭けだ。

「行くぜェ!」

カナの事情など微塵も知らず、飛段は嬉々として飛び出した。

__キィン!

鋭い金属音をたてて カナのクナイと飛段の鎌がぶつかりあう。ニィと笑んだ飛段は、一瞬力を抜いた。
相手の思惑通りにバランスを崩してしまったカナは、すぐさま退こうとするが、「オラァ!!」と飛段が鎌を振り回すほうが早い。

「風遁 風繭!!」

カナが叫んだその途端、球体の風がカナを覆った。
直撃した鎌の振動が内部にまで伝わる。それでも鎌は防げ、カナは僅かに力を抜く__が、その時。

「なめんなァ!!」

飛段が叫んだと同時、"風繭"が弾けるような派手な音が響いた。
咄嗟にクナイを構え直し、風のチャクラを纏わせるカナ。寸でのところで刃はせめぎ合い均衡する。飛段はニヤリと笑って。カナは真剣に相手を睨み据えて。
ーーーだが、それは唐突にカナを襲い、カナは耐えきれなかった。

「(反動がッ...!)」

"神鳥"の力の。

「弱ェ!」
「うぁッ!!」

飛段がその隙を突かないワケがない。カナはあっという間に乱暴に吹き飛ばされていた。巨木にぶち当たるまで転がり、その口から吐き出たのは鮮血。自らの服にそれが滲んでいく様子を朦朧と目にしてから、カナは意地でも目線を上げる。睨む先には、へらへらと笑いつつ近づいてくる飛段。

「やっぱ女ってのはつまらねェもんだな。男の力には敵いやしねェ」

やれやれ、と肩をすくめて飛段は言う。飛段がカナが現在 本調子でないことなど知るすべはない。無論 それを口にする気もないカナは、痛む体に鞭打って立ち上がる。
だがそうして距離をとろうとした時には、飛段が瞬時にカナの体に鎌をかけ、全ての動作を封じ込んでいた。

ーー後ろに退けば、斬られる。苦々しく飛段を睨むカナ。対峙する飛段は、カナとは正反対に退屈そうであった。

「なんで攻撃してこねェ?"神鳥"ってのの力を使えば、もっと戦えんだろうがよ」

カナは数秒黙考した後、口を開く。

「あなた達を殺してしまうかもしれない"神鳥"の力が、怖いからですよ」
「......あァ?」
「私は"神鳥"の力を制御しきれていない。私の意思と関係無く、あなた達が死んでしまうかもしれない。それが嫌だから」
「.........」
「私が息絶え絶えになってしまったら、そうなる可能性も高くなりますよ。...そんなことが起きる前に、あなた達のほうが退いたほうがいいのでは?」

ーー嘘八百だ。だが、罪悪感を感じられるほどカナにも余裕はない。

"神鳥"朱雀がカナを認めている限り、カナがその力を制御不能になることはない。カナがカナで居ようとする限り、朱雀はあの"木ノ葉崩し"の時のように憑依することはないだろう。
だが、こんなでまかせで"暁"が退いてくれるなら、カナにとっては万々歳だ。幸い相手は"神鳥"のことをよく知らないようだから__


「おもしれえ」


ーーだが、カナはすぐさま見当違いも甚だしいことに気付いた。

「やってみろよ。受けて立つぜ、その力。オレは死にゃあしねェからよォ」
「な、......」
「あァ?なに驚いた顔してんだよ。できるんだろ?解放しろよ、その力。オレを殺れるってんならやってみろ。万に一つもオレが死ぬ可能性はねェけどな」

宣う飛段を前に、カナはごくりと唾を飲んだ。死を恐れない目へ、それ以上言えることはない。カナに提示された選択肢は戦闘のみだ。
だが、ろくに休養もとれず疲弊しているカナの手に、どこに希望があるというのか。

「(...それに、敵はこの人一人じゃない...!)」


「いつまで遊んでいる、飛段」
「角都か、遅かったな」

別の声が介入する。カナは冷や汗の流れる顔で振り返った。
林の薄暗闇の中に、赤い雲模様が浮かび上がっていた。飛段より数倍冷静な男、角都は別段急ぐふうでもなく、飛段に捕まっているカナをその瞳で捉える。

「思い出した。風羽カナ、という名前だったな」
「......」
「こんなところで遭遇するとは思わなかったが......ちょうどいい、あの小僧のノルマだとはいえ、オレたちがお前を回収する」

ーー重々しく告げる角都の言葉に、カナは最早 一切の動揺を伴わない。だが、ようやくーー決断する。

「(今しかない...もう迷ってる暇はない...!)」

後々のことを考えたところで、今ここで捕まってしまえば、カナはこの先何もできなくなる。この状況で、カナは今が一番冷静だった。

カナの周囲に銀色の風が巻き起こり始めたのは、早かった。

だが、カナより角都のほうが数十倍、場数を踏んでいた。


「寝ろ」


ーー"神鳥"、朱雀の力が完全にカナに宿る数秒前に、カナの首に手刀が当てられた。カナに抵抗するすべはなかった。

「......!!」

ぐらついたカナの体。前倒れになる少女を、飛段が軽く抱える。なんだ、つまんねえ......本心からのその言葉は、誰が拾うわけでもない。


「"神人"、風羽カナ。回収完了だ」


角都はそれだけ呟いていた。


 
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