「......これがその"根"の少年、サイが言ってたことの全てだ」
「そうか......」

空中にぷかりと煙草の煙が揺れた。煙は暫く目的もなく彷徨った後、前触れもなく消えていく。
カナも同じように、こうしていきなり消えた。その時の衝撃は忘れられるものではなく、そして信じがたかった。だが、今しがた聞いたこの理由なら考えられるとーーーアスマは思った。

カカシとアスマは今、木ノ葉病院の中庭のベンチに腰掛けていた。また煙草の煙が浮かぶ。

「納得できる......カナらしい理由だ」
「......オレは申し訳ない気分でいっぱいだよ。カナにも、ナルトたちにも」
「しょうがないさ。お前も随分カナに入れ込んでたからな。いつものような冷静な判断もできなかっただけだろ、気にすんな」

アスマに励まされても、カカシの頭には教え子達の顔が浮かぶ。貼付けたような無表情で、サヨナラ、と告げたカナと、泣いていたナルトとサクラ。思い返して、カカシは心臓が掴まれるような感覚を覚える。

「お前にも悪いことしたな...」
「気にすんなって」

カカシは苦渋の末 言うが、しかしアスマは小さく笑っただけだった。

「ただまァ......さすがに木ノ葉丸には言えないけどな。サスケをよく知らないアイツは、ヤツを目の敵にしちまうだろうし」
「そうだな......そのほうが良い」
「......カナが復讐者であったほうがいい、っつーのも嫌な話だけどな」
「......お前はどうする気だ?」

アスマの軽口に応えかねて、カカシはそう切り出す。笑ったアスマはまたふぅっと煙草を吹かした。
その脳裏に自然と浮かんだのは亡き猿飛ヒルゼンの顔。カナが事態の中心にいる時、アスマはいつも、父の顔を思い出していた。

「......待つだけさ。オレはアイツの父親気取りだったからな......親なら信じて待っとくだけだろ。サスケと一緒に戻ってくんのをな」

アスマはまたも大らかに笑う。カカシは僅かに瞠目した後、そうか、と目尻を下げた。
そして「引き止めて悪かったな」と立ち上がる。「いや」とアスマは返し、カカシが軽くはない足取りで病棟に入っていくのを見送った。

そのまま暫く一人、煙草を吸っていたアスマは、ふと思った。

ーーーお前はまだ、ちゃんと泣けてるか?

『......"家族"、だろ』

三年前の言葉を思い出す。



ーーー第十六話 そして新章へ



サイの"仮説"は、極少数の者の間にのみ伝わった。すなわち、カナが最も深く関わってきた同期たちや、そして上層部。彼らの想いは様々だった。だが一様なものも確実にあった。
カナの意志は彼らの意志へと。いつか、絶対に、と。

それは、サクラとて同じだった。


「......サクラちゃん」

第七班が結成した場所に二人、ナルトとサクラは来ていた。懐かしい丸太にもたれかかって空を見上げるサクラにナルトが話しかける。サクラは視線を変えず「何よ」と返した。

「いや......その、」
「励まそうとしてるなら結構よ。私はもう落ち込んでなんかないんだから」

思ったよりも力強い声が返ってきて驚くナルト。そこに、泣いていたサクラはもういなかった。
サクラの瞳に映る青い空は絶好の日和。その空を横切るように鳥が何羽か飛んでいく。彼らを呼ぶように歌うカナが安易に想像できて、サクラの唇が緩く弧を描く。

「言ったでしょ。泣いたって何も変わらないって。だから、もうマイナスに考えずに、プラスに考えることにしたの。カナはきっと......ううん、絶対、まだ木ノ葉を想ってる。それなら今度こそ分かり合えると思うの。......今度こそ、連れて帰れる」

カナが望んだ世界は、サクラたちと同じだったのだから。「自信をもって、連れて帰れるのよ」とサクラはもう一度繰り返した。志が同じなら、カナだけが苦しんでいる必要はないのだから。
サクラの顔には決意が溢れていた。
それを見ていたナルトはすっと空色の瞳を細める。徐々に上がっていく口角。ナルトはいつもと変わらない快活な笑顔で、ニッと笑った。

「オウ!今度は力づくでいってやる!」
「そうよ!いくら私たちを想ってのことだって、勝手に出て行った罰に一発くらいはたいてやるんだから!」
「...イヤ、さすがにサクラちゃんの怪力で殴られたら、カナちゃんが死ぬってばよ...」
「怪・力...?」
「あ......イエ、ナニモイッテマセン...!」

冷や汗を流して身を引くナルトに、サクラは見せつけた拳をといて、愉快そうに笑ったのだった。
二人の中に存在する"火の意志"は、決して諦めを見せなかった。



歩いていた。ただひたすらに。無理は禁物だと叫ぶ身体の軋みに抗い切れず、急く気持ちを捨て置いて、その足はゆっくりと歩んでいた。
呪印を刻まれてなお力を引き出し続けた三年。反動が激化するのは目に見えていた。それでも逃げ出すつもりはなかった。自分もまた強くなる為に、三年を歩み続けてきたのだから。

カナはゆっくりと歩き続ける。その肩に舞い降り、時たま入れ替わっていくのは小鳥たち。次のアジトの場所を明確に知らないカナを案内しているのである。カナが言うでもなくそうしてくれる鳥たちを、カナは時折、ありがとう、と労る。

愛らしく鳴く鳥たちは自然、カナの心も癒す。ただし口から漏れそうになった歌だけは噛み締めた。今ばかりは、心配そうに顔を覗き込んでくる鳥たちに、笑いかけることだけがカナの精一杯だった。


ーーーだが、突如、"それだけ"を壊す轟音がカナの耳に届いていた。


バキバキ___!!


「...!?」

破壊音。
カナの肩にいた鳥たちが驚いて羽撃いていく。近くの動物たちが慌てて逃げていく音も続き、何羽、何十羽の鳥が、森から微かに見える空を覆っていた。
それらに取り残されるように、カナの足はすぐには動かなかった。

「(忍同士の戦い...?)」

ばくばくと脈を上げていく心臓。カナは瞠目したまま固まっていた。未だ続いている木々がなぎ倒されていく音。それは遠いものではないが、カナが位置するところからならば、逃げるのは不可能ではない。

だが、ざっと足を一歩退いた時、カナはぐっと拳を握りしめた。

「(もし......それが木ノ葉の忍だったなら、私は...!)」

人が死ぬのは嫌だ。それも、"おじいちゃん"と呼び慕った三代目が、"家族"と呼んだ者たちならば、一層嫌だ。
"木ノ葉崩し"の戦場下、三代目が命を懸けて護り抜いた、大切な"家族"なのだから。

ーーーカナの瞳に陽光が宿る。忍になったその時から、"盾"となるため培った力が体を支配した。
途端に消えたカナの後には、柔らかな風だけが残っていた。




破壊音が近づいてくる。恐怖のファンファーレが頭を貫いていた。
恐怖ーーー死への。これほどまでに死を身近に感じたことはなかっただろう。クソ、と何度も心の中で呟いた。こんな時に、自分の目的の人物であるアイツが脳裏にちらつく。

「たぁっくめんどくせェ獲物だなァオイ!!」

二人組のうちの一人が実に楽しそうな声で喚く。その理由がわからない。何をした覚えもない。たまたま、偶然近くを通っただけだ。目を合わせることもなかったーーーのに、男は突然 襲いかかってきたのだ。
元より戦闘派ではない。不運なことに疲労が溜まっていたので、得意の術も今はうまく扱えない。息切れがもう激しい。自分のひ弱な体をこれほど恨んだ事があっただろうか。

「クソ...!」
「待てってんだ!!弱ェくせにいつまでも!」

背後を見ると、巨大な鎌を持つ銀髪の男だけが追ってきている。もう一人は見えないが、だからといって自分一人も救えない。あの鎌が迫ったら、その時が終わりなのだ。
だが、不意に地面から頭をのぞかせた木の根につまずき、平衡感覚を失った。

「しまっ...!」

自分の口から悪態が出た時にはもう遅い。
そのまま体は地面へと転がった。すぐさま起き上がろうとした時には、不気味な色の鎌は既に目前に突きつけられていた。

「遅ェ。身のこなしからして一応は忍なんだろうが、戦う能力には長けてねーみてェだなァ?」
「......黙れ。これを下ろせ」
「下ろすわけねェだろーが、バァーーーカ!!」

下品な笑い声が林の中の静かな空間に広がる。男はぺろりと唇を舐めた。

「さァ、どうして殺してやろうか?...って、やっぱジャシン様に捧げるのが一番だよなァ!」

耳障りな声と共に巨大な鎌がさらに近づき、とっさに身を引く。脳内を相変わらず支配する自分の"目的"を前に、やはりどうしても簡単に諦めるわけにはいかなかった。
そう思った時には、ありったけのチャクラを練り込んでいた。男が動く前に印を組む。

「水遁 水龍弾!」

大きいとはいえない水龍がその場に現れる。
それだけで一気に疲労が頂点にまで上ったが、今はこれに賭けるしかなかったーーーが。
その時、二人組のうちのもう一人が姿を現していた。

「土遁 土流弾」

低い声が唸るように言った。その瞬間、もう駄目だと歯ぎしりした。土遁に水遁は劣勢だ。あっという間に掻き消された水龍は呆気なく地面に散る。
よぉ遅かったじゃねぇの、と緊張感なく言う鎌男に、土遁を発動したその巨漢はうるさそうに顔をしかめた。

「お前の無駄な遊びに付き合ってやる義務がどこにある。いつまでも雑魚を追いかけるな」
「いーじゃねーか別によォ!最近殺る相手が見つからなくて暇してたんだぜ!わからねーでもないだろ、そうゆーの!!」

男は言うが、もう一方は相手にしない。混濁した深緑の視線は真っ直ぐこちらを刺す。まるで下等なものでも見るかのような目に一層気分を害した。

「やはり賞金首でもないな。殺すならさっさと殺せ馬鹿者」
「一々ムカつく言い方しやがんなテメェ!コイツが終わったら、次はテメェをジャシン様に差し上げてやろうか、この金の亡者が!」
「やれるならやってみろ。お前には一生無理な話だがな」

そう言って岩に腰を下ろす冷静な男は、もう一度「さっさとやれ」と相方に促す。男はチッと舌打ちするも、血に飢えていることに変わりはない。先の水龍弾で少し離れた鎌が、また喉元近くに突き付けられた。

「オレの視線に止まったのが運のツキだな」
「ふざけるな......消えろ!!」
「フン、大した戦闘もできねェくせによく言うぜ。まっ心配すんな。ジャシン様は半殺しは認めねえから、一発で殺してやるよ」

男は口元をあげてそう言う。悔しくも強く目を瞑るしかなかった。
助けなどは一切想定していなかった。想定できようはずもなかった。


だからこそ、次の瞬間の声を、オレは暫く現実のものだと思えなかった。


「やめて」


凛とした声だと思った。ただ、それだけだった。

ゴウ、と唐突に唸った風。目の前に広がった色は銀。
少女と共に現れた風がオレと男たちを遮っていた。暖かいわりに鋭い風ーーこの少女が?

その顔は見えない。風の隙間から見える男たちも既にオレを見ていない。少女と男たちの視線が交わっているようだった。

「あァ?何だお前」
「......さあ、なんでしょうね」

この風で護ったとでもいうのだろうか。何の為に。何の目的で。
風が薄れていく。咄嗟に身を引いたのだろう鎌の男は、不愉快そうに少女を睨んでいる。だが、巨漢は目を眇め、少女を上から下まで注意深く観察していた。

「......この女」
「なんだ、知ってんのか?」
「名前は忘れた。が、確か"神鳥"をもつ......"神人"」
「やっぱりあなたたち、"暁"で間違いないみたいですね」

少女の凛とした態度は変わらなかった。有利な状況とはいえないだろうに、その背筋はぴんと伸びたまま。

「相手が誰にしても.....意味もなく人を殺す光景を、黙って見ているわけありませんが」

ーーそう言って少女は初めてこちらを見た。男たちを物怖じしない態度のわりに、その目の色は、酷く柔らかく灯っていた。

「お前は...?」

不意に問うたこちらの声にも、少女は目を細めて僅かに口元を緩めるのみ。だが、その笑顔を見た瞬間思った。ーーーこの手の人間に、オレは"合わない"。
しかし、そんなオレの思いなど蚊ほども知らない少女は、唐突に動いたかと思うとオレの手首を掴んでいた。

「行きます」
「!?」


青年の手を引っ掴んだ少女ーーカナはその場を一瞬にして離れていた。
かなりのスピード。"暁"の巨漢・角都は冷静に判断する。

「(だが...)」

ーー"神人"一人ならともかく、あの青年を連れ添ったままでは必ずどこかで休息をとる。まだ追うつもりなら、その時を狙え。

角都がそう、相方・飛段に言うと、飛段はニィと笑い、そこから消えた。


 
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