消えていく。消えていく。仲間の背中が、闇の中に。
この日を思うがために修行をしてきたはずだった。今度こそ、今度こそと。なのに、手が届かない。声も、気持ちも、何もかも全て、届かなかった。

オレは......弱ェ......!

ナルトは嗚咽をもらしていた。立っていることすら億劫で、しゃがみ込んで丸まった。その胸に広がる喪失感は、容赦なくナルトを襲った。空色の瞳から涙が止めどなく溢れる。

「泣いたって......サスケ君もカナも、帰ってこないでしょ......!」

言ったのはサクラだ。だが、その瞳からも雫が零れ落ちていた。
それでもサクラは覚束ない足取りで歩き、"それ"を拾い上げた。カナがわざと落としていったボロボロのポーチに触れ、サクラは唇を噛み締めた。
それに入っていたものはーーー。


サクラは一層、泣いた。だが、気丈な心は変わらず。


「私もいる!!私だって一緒に強くなる!!」


"それ"にぽたぽたと涙が落ちていく様を、サイはじっと見ていた。サイの中で渦巻く感情が、ゆっくりと勢いを増していくようだった。

「......時間......後、半年近くはあるんだよね」

サクラは顔をあげてサイを見やり、ナルトもぴくりと反応する。サイはにこりと笑った。

「二人より三人のほうがいいに決まってる。それに、僕は結構強いからね」

ヤマトも笑って、そんな三人を見つめていた。新生カカシ班は、ここで新たに意志を固めた。

そしてサクラの手の中で光るものはーーー傷一つない、木ノ葉の額当て。


ーーー第十四話 それは事実か、幻か


カナはゆっくりと森の中を歩いていた。しかし、虚ろな瞳は道の何もを映し出していなかった。どこに向かっているのか、どこに繋がっているのかもわからないまま、カナは他に仕様がないというように、ただただ歩き続けているだけだった。

その瞼の裏に焼き付いているのは、温かな記憶だけだった。

「うッ......!」

不意にずきり、と体が痛む。立つことさえ叶わず、カナはその場に崩れ落ちた。
せめて付近の大木まで体を引きずり、やっとのことで背を幹に預けたカナは、力の無い瞳を上空へ向けた。"神鳥"の力を引きずり出したが故の反動が休む間もなく襲う。だがその感覚に既に慣れきっているカナは、もう嘆くことなどしなかった。

体への辛苦など気にしない。思うのは、ーーただ一つのことだけ。

「あ......忘れてたな......」

ぽつりと零した。
ポーチから出てきたのは、汚れの一つもない、青色の水晶玉が連なったブレスレット。
長い間使用されていなくとも未だ感じる秘められた力。カナはそれをかざしてから、ぎゅっと握りしめた。酷い無力感が、カナを責め立てていた。

「痛ッ......ぅあッ」

そうして更に半端の無い痛みが襲いかかりーーーその瞬間、カナの意識は飛んでいた。

握りしめていたブレスレットがカナの手から落ちる。かろうじて支えられていた体も力を失い、ぐらりと傾き、それに吊れて銀の髪もはらりと追いかける。そうしてカナは、ちょうどそこにあった小さな洞穴に入り込んでいった。

しんと滞る静けさにさえ、少女の吐息はか細かった。一筋流れた涙にも、誰かが気づくことは無い。







場所は変わり、時もあっという間に過ぎ去る。いつでも平和な木ノ葉隠れに先ほどようやく帰還した小隊があった。

新生カカシ班。サイは黙々と悩んでいた。ちらちらとナルトたちが気にするほど、サイはずっと黙想していた。
頭にいつまでも残る、銀の色のことについて。
ナルトやサクラに述懐すべきかどうか、場合によっては供述とまでになる内容を言うべきかどうか、サイには簡単に決断を下せなかったのだ。

大体、本当にそうかどうかなんてわからない。
里の町並みなど一切見えていない黒の瞳を細めるサイ。それに、と心中で続ける。

「(ナルトくんやサクラさんが知ったとして、どうなる?それはただ、彼らが悲しむだけの結果になるかもしれないのに)」
「どうしたんだってばよ、サイ」
「あ......いや」

堪り兼ねたナルトが声をかけるが、サイは曖昧に返すだけに留める。訝しげに自分を見るサクラやヤマトの視線も無視し、悩める少年は未だ打ち明ける勇気を出せないでいた。言うならこのタイミングでなければならない。そう思うサイには、この火影室へと繋がる火影邸の階段が、刻々と迫るタイムリミットにすら思えた。

だが、その刻限はあっという間にやってくる。


火影室。ヤマト率いるカカシ班は今回の任務で起こった全てのことを簡潔に話す。綱手はそれを黙って聞くばかりだった。時たま目を落とすのは、サクラが提出したカナの額当て。傷一つないそれは窓からの陽光を反射していた。

「......で?」

結果を聞き終えた綱手はただ一言訊く。応えたのはナルトだった。

「オレたちは諦めねェ!!」

追いついたと思った影は、あっという間に幻に変わり、ナルトとサクラの手はまるで届きはしなかった。だが、泣いていた少年は既にいない。サクラの瞳も空色の瞳と同じ"色"だ。綱手、ヤマトはふっと笑いーーーサイはそんな光り輝く二人の瞳をじっと見つめていた。

サイの中で未だに結論は出ていない。だが、二人ならなんと言うだろうかと考えた時、結果はサイにも目に見えている。今一度サイの頭に流れた、あの部屋での会話。

「(僕の中で、これは真実だ)」

サイもまた、決断した。

「あの、すみません」
「なんだ、サイ」

聞き返したのは綱手だった。ナルトたちもサイを見やる。僅かに俯いたサイだが、すぐに意を決して顔をあげた。
それは実に唐突だった。だが、ナルトやサクラはすぐにサイの目に冗談が無い事に気づく。

「ナルトくん......サクラさん。もしここに不確かな話があったとして......ただ僕が、そう信じてきただけの仮説があったとして。それが、キミたちの大切な仲間に深く関わっているものだとしたら、」

サイの黒の瞳の中でナルトとサクラは目を丸める。


「どうする?」


部屋の中に滞った静寂。
誰もがサイを見つめて、サイは二人の少年少女を見つめていた。ナルトとサクラ、二人の目にあった驚愕は少しずつ消えていく。代わりに真っ直ぐで強固な意志が見え隠れし始める。先に口を開いたのはサクラのほうだった。

「......どっちの」
「...カナさんです」

綱手とヤマトは口を挟まない。次第に二人の視線はナルトとサクラへと向かっていた。暗にそれは、カナやサスケの事に関して言えば、決定権はこの二人にあるということだった。ーーーそれに、結果は既に、見えている。
ナルトとサクラは同時に答えた。


「「聞く」」


揺るぎのない声。
サイは頷いた。分かりましたという声は、胸を叩く動悸に消えていた。

「話します。......でもその前に、場所を移動しませんか」
「どういうことだ?」
「カナさんのことなら、はたけカカシさんも聞くべきだと思います。カカシさんもカナさんに重要な方ですから」

サイの言葉を心得て、綱手は頷いた。
「じゃあさっさと行くってばよ」とナルトは急かすように言う。そしてさっさと出て行ったナルトを追うように、サクラも火影室を後にした。ヤマトにぽんと背を押され、綱手にも急かされ、サイも歩を進めだす。だが、その顔はどうにも浮かない色をしていた。

これから話そうとしていることが、どれほどあの二人に衝撃を与えるか知っているから。



千羽もの鳥が一斉に鳴いている。威圧的な囀りは眩しいほどの青白い電撃。
サスケは腕に千鳥をまとわせ、その双眸に写輪眼を宿した。そして一切の迷いなく目標に突っ走る。

「フフ。分かってるでしょうけど、無闇やたらに突っ込んだところで当たりゃしないわよ」

サスケが狙う先は余裕綽々な眼で笑う"蛇"、大蛇丸。言葉通り大蛇丸は悠々と千鳥を避け、一層笑う。

「珍しいわね、キミが...」

だが家紋が描かれた背中を見ようとした時、大蛇丸はその身を強く掴まれていた。サスケの背から一瞬で生えた手の如き翼に掴まれていたのだ。

「部分変化......上達したわね。苦労した甲斐があったかしら?」
「それほど苦労はしていない」

サスケはぶっきらぼうに背中で答え、大蛇丸を掴んでいる力を更に強くした。ーーめきり、と骨の折れたような音がする。その途端、大蛇丸はそこで煙になり、代わりにゆっくりとした拍手が暗闇で響いた。

「最初はできなかったくせによく言うわ。私に気付かれないほど早く変化するのには、相当な時間を費やしたでしょうに」
「......」
「私の影分身を消すのはもう楽勝かしら」

紛れも無く本物の大蛇丸が笑う。獲物を失った巨大な手は徐々に消え失せ、サスケは着物の袖を通した。視線を大蛇丸に向けることもない。落ちていた"草薙の剣"も拾い上げ、サスケはさっさと広間を出ようとする。
何を考えているのだかわからない無表情。だが、それさえも見破る瞳が背後で笑っていた。

「今日は少し動きが鈍かったわね」

ぴたりとサスケの歩が止まる。大蛇丸はその背中に投げかける。「それに比例してかかった時間もそれなり」と続ける鈍く光る金色の瞳は、サスケの心情を探るようだった。

「それはナルトくんたちに会ったからかしら......それとも、カナが未だに帰ってこないからかしら?」
「......」
「もう数日......どこかで寝ているのかしらねぇ。あの子、最近かなり精神が大きく揺れてたから。ナルトくん達に会って、気力を使い果たしたのかもね」

さも楽しげに言う大蛇丸は、サスケの癪に障った。うざったそうに細められたサスケの瞳が大蛇丸に向く。

「黙れ」

低く重い声が広間に響いた。その心中がどうであれ、大蛇丸の言葉がサスケにとって心地いいものであるはずもない。

「余計な口出しするな」
「あら、余計だった?それはカナのことなんてもう何とも思っていない、ということかしら」
「黙れと言ってる」
「まあ何にせよ、私もあの子のことが気に懸かるからね......カブトに捜しに行かせようと思っているのだけれど」

大蛇丸は笑いながら言う。サスケの目の色の変化を楽しんでいるかのように。
殊更不快そうに眉をひそめたサスケはただ一言、勝手にしろ、とだけ吐いて今度こそ瞬身で消える。それにさえもサスケの感情を読み取った大蛇丸は、「素直じゃないわね」と呟いた。



その病室に最後に入ったのはサイだった。綱手の後を追うように入った途端、全員の視線が突き刺さる。ナルト、サクラ、ヤマト、綱手、そしてカカシ。サイとカカシは初対面ではあるが、互いにお互いの情報だけは知っている。

「初めまして。サイといいます」
「ああ。今回はオレの教え子たちをどうも」

目に見えてカカシはサイに警戒心を抱いている。木ノ葉の"強硬派"のトップであるダンゾウ、の下についている"根"の一員のサイだ。三代目・猿飛ヒルゼンの元で任についていたカカシが疑うのも当然で、サイは自分の立ち位置をすぐに把握し、一息ついた。

「何から話しましょうか......」

だがその声を遮るように、「その前に」と綱手が口火を切る。

「サイ。お前"根"のくせに、木ノ葉で風羽カナと接触したことがあるのか?」

最もな問いかけに、サイはこくりと頷いた。木ノ葉崩し真っ最中の一連の出来事と、その事後を思い返す。

「直接接触したのは二回だけですが......僕はそれまでも、彼女を見張っていました」
「見張っていた?」
「ダンゾウ様の命で。カナさんを守れと言われたので、その通りに」
「いや......正確にいうと、ダンゾウが言いたかったのは"カナを守れ"ではなく、"神鳥を守れ"だろうな」

鋭くなったカカシの瞳にサイは否定しない。

「神鳥が他国に渡れば、戦力もかなりとられることになるからだろう」

カカシは無言のサイを見据えている。すぐさま口を聞いたのはサクラ。「そんな...」と沸き起こる怒りを抑えるように。ナルトもギリと歯ぎしりをしていた。

「なんだってばよ、それ......カナちゃんを里の道具みてェに......!」

立場上何も言えないサイは、暫く目を落とし、それからまた始める。

「僕はカナさんの身を守るついでに、自然とカナさんのこともどんどん知っていきました」

境遇ゆえに、サイには目新しかったカナの柔らかな笑顔。たまに憂慮することがあっても、結局はカナがあの頃、どれだけ幸せを感じているのか、サイにもよく見えていた。小さな事に喜び、笑う。楽しそうに。そして、仲間には心配をかけまいと、強がる。

「ダンゾウ様は、木ノ葉崩し後に僕への命を解きましたが......綱手様が火影に即位して暫く経ってから、僕も彼女の里抜けを知った」

カナが里抜けした日。すなわち、サスケが里抜けした日。第七班が、分裂した日。

「カナさんやサスケ君が里抜けした状況、理由、そういったもの全てが、綱手様からご意見番に、そしてご意見番からダンゾウ様に伝わって」

サイは静かに続ける。サスケに似た黒い瞳がゆっくりとナルト、サクラ、そしてカカシを映した。

「僕はその全てを知った。......けど、僕は一つの疑問を持った」
「......?」
「カナさんの里抜けした理由に」

途端、サイ以外のその場にいる者全てが息を飲んでいた。

どくり。ナルト、サクラ、カカシの心臓が跳ねる。カカシのこめかみにらしくない冷や汗が流れた。

「......カカシさん。僕は別に、あなたのことを疑ってるわけじゃありません。カナさんの口から"復讐"という言葉が出たというのは確かなんでしょう......でも、僕はどうしても信じられなかった。僕が見ていたカナさんは、あまりにもいつも笑っていたから......あなたたちといること、それだけに、幸せを感じているようだったから」

そこまでの感覚を抱いたのはサイだけだろう。サイには無い感情を晒していたからこそ、サイにはカナの直情をありのまま見て取れたし、感情を理解できなかったからこそ、サイは客観的にカナを考察できた。あり得なかったのだ。サイには、カナの中に"復讐"などという黒い感情があったなど、到底。

「とても......誰かを憎んでいるようには、思えなかった」


ナルトたちの鼓動は時間の経過に伴って速くなっていく。顔が、手が、胸が、焼けるように熱を帯びていくのを、どうしようもできなかった。淡々と口にするサイから、ナルト、サクラ、カカシは目が離せなかった。
どれだけの衝撃が待っていようとも、何も口にすることが叶わなかった。

「だから...僕は自然とこう考えていた」

サイはまたぽつりと言葉を漏らす。ナルトたちの心臓がこれまでにないほどに跳ねる。

「他に考えようがなかった」

ナルト、サクラ、カカシ。三人にはもう分かり始めていた。

「それが何よりも哀しい事実だったとしても」

だが、信じたくなかった。それが真実であれなんであれーーーそれは、あまりにも哀しすぎた。


「カナさんは......例え、犯罪者として扱われても、」


ナルトたちの頭に、衝撃が走った。


「サスケくんを護るために。せめてもの希望を絶やさないために。何よりも、いつかまた木ノ葉での日々を取り戻すために」


それはまるで走馬灯のよう。
『共に、生きること』ーーー笑顔で夢を語り、『生きてた...!』ーーー何よりも仲間の安否を気遣い、『行ってきます』ーーー本心を誰にも言わず、何もかもを隠しきって、そうしていつしかいなくなっていたカナは。


「木ノ葉を、キミたちを想うがゆえに、抜け忍となった。......僕は、そう考えたんだ」


 
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