四人の間には距離があった。
ナルトとサクラを見下ろすサスケとカナ。サスケとカナを見上げるナルトとサクラ。手を伸ばしたところで絶対的に届かない距離。それは、現在の心の距離の如く。


ーーー第十三話 確執


「ナルトか......お前までいたのか」

平坦な声が誰の耳にも届く。ナルトとサクラは同時に汗ばむ手を握りしめた。カナは無表情を貼付けて真一文字に締めた口を一向に動かす様子はない。ナルトとサクラの胸を痛いほど打つ心拍は、サスケとカナには一切無いように思えた。

「なら、カカシもいるのか?」

サスケがそう確認するように言った時、また通路から人影が現れる。「残念だけど」と切り出すその声を、サスケとカナは確かに耳にしたことがある。

「僕が代理だよ......カナ、サスケ。久しぶりだね」

サスケは目を細め、カナはただ視線を向ける。ナルトらと同じ場所に立ったヤマトも二人を見上げた。三年前の中忍試験本戦前、カナに修行をつける為にカカシに呼び出された人物。

「......テンゾウさん」

ようやく口を開いたカナに、ナルトとサクラは僅かに瞠目した。だがカナの視線はただテンゾウ、もといヤマトと交差していた。

「師匠とは呼んでくれないのかい。カナ」
「......水遁を教えてくれたことには感謝しています。けど今はもう、何の関係もありません」

ヤマトはカナを視線で射る。その体にはもう一切木ノ葉に関わる物はない。額当てはもちろん、テンゾウが以前渡した、水遁術の効果を高めるブレスレッドも見当たらなかった。

「......キミがそういうことを言うようになったとはね。......けど、これから僕たちカカシ班は、キミとサスケを、木ノ葉に連れ帰る」

カナはまた閉口する。静かな視線はヤマトから離れた。
代わりに、「カカシ班か」と呟いたのはサスケだった。三年前までは、ナルトとサクラの隣にサスケとカナはいた。だが今は対峙する形で向かい合っている。それが、サスケとカナ、二人がした決意の形だ。
そして今、短刀を手にとったサイにもまた、確かな決意がその胸に宿っていた。

「サイ!あなたやっぱり!!」

真っ先に気付いたサクラが声を上げる。だがサイの瞳は刃を向ける先であるサスケ、カナを睨むばかりだった。その二人は動かない。サイの目的が今、サクラが懸念したようなものではないことを、二人は既に知っている。

「そいつが穴埋めか?ナルトとオレ、カナのつながりを守りたいだの何だの言ってたが......またぬるいヤツが入ったもんだな」
「......え?」

サクラは目を見開く。視線を向けられたサイは落ち着いた声色で言った。カラッポだった胸に流れ込んできたナルトの想いが今のサイを満たしている。

「確かに僕の極秘任務の命は二人の暗殺だった。けど命令はもういい。今は自分の考えで動きたい」
「!!」
「カナさん、サスケくん。ナルトくんやサクラさんが、ここまで必死にキミたちを追うのには、何かワケがある。キミ達とのつながりを切るまいと......つなぎ止めておこうと必死になってる。僕にはまだはっきりとわからない。けど、キミたち二人には分かっているはずだ」

サイが見る先ーーーサスケとカナを、ナルトとサクラも見る。だが、面影を残しつつも成長した二人の心はそこに見つけられない。
四人の間にあるのは、確かな空白だった。

「ああ、分かってた......だから断ち切った。オレには別のつながりがある......」

ナルトは強く眉根を寄せる。"終末の谷"でサスケと戦ったナルトには、サスケが次に何を言うか十分予想できた。サスケはその為に里を抜けた。ナルト、サクラ、サスケ、カナで笑い合った日々を捨てて、サスケはその為だけに力を求めた。

「兄との、憎しみっていうつながりがな」

うちはイタチ。己の兄に再び相見えたのを切欠に、サスケはまだ漠然としていた未来を捨てた。

「いくつものつながりは己を惑わせ......最も強い願い、大切な想いを弱くする」

サクラは強く唇を噛み締める。サクラの瞳に、かつては小さくとも笑みを浮かべていたサスケなど、一切見つけられなかった。サスケは、希望も何もない"復讐心"こそが一番大切だと言うーー。

だが、誰の心にも残る違和感があった。サスケの隣に平然とした顔で並んでいるカナ。サスケと同じく、昔の表情豊かだった影など一切消えている。だが、サスケのそばにいるのは、昔と変わりがなかった。

「......カナのことは?」

サクラは呟いていた。カナは頬の筋肉一つ動かさなかった。

「......サスケくん。じゃあ、今まであなたと一緒にいた、カナは......カナとのつながりはどうなってるの?」

サスケとカナ。
そのつながりは、誰から見ても切れるようなものではなかった。単純な言葉では言い切れない関係が、誰の目にも見えていたーーーだが、

「まだ分からないのか......今のオレが持つつながりは、イタチへの憎しみだけだ」
「!?」
「カナとはもう、今は幼なじみでも何でもない。ただ......同じ目的をもった同志、というだけだ」

全てを断ち切った。サスケはそう続ける。そのサスケも、そしてカナも微動だにしなかった。ーーー孤立。ナルトたちの頭にその文字が浮かんだ。だが、それは到底、信じきれるものではなかった。

ナルトは俯く。かつて、つながりを失う事の痛みを語っていたサスケ。今のサスケはそれさえも切り捨ててイタチへの憎しみだけを背負っているという。

「それなら......それなら、なんであの時、何でオレを殺さなかった!?それで断ち切ったつもりかよ、サスケェ!!」

精一杯の声でナルトは叫ぶ。「ナルト...」とサクラが小さく呟く。
気を失っていたナルトをサスケが殺すのは容易いはずだった。だがナルトは生きていた。

「......簡単な理由だ。お前とのつながりを断ち切れなかったんじゃない......あいつに聞かされたやり方に従って力を手にするのが、癪だっただけだ」
「どういうことだってばよ!?」
「......お前に説明する必要はない......」

サスケは漆黒の瞳をナルトに向ける。その瞳から感情は読み取れない。

「ただお前に言えることは......あの時。お前の命は、オレの気まぐれで助かっただけだということだ」

その瞬間、誰もが目を見開いて驚いた。
サスケが一瞬にして消えたかと思えば、今はナルトのすぐそばに。ナルトさえも、肩に腕が置かれるまで気付けなかった。

カナだけが冷静にサスケの動きを捉えていた。サスケが加わった五人を、上から見張るように。

「そういやお前には、火影になるっていう夢があるんじゃなかったか?」

ナルトの耳元でサスケが言う。ナルトも、ヤマトもサクラもサイも、固まったように動けない。カカシ班に緊張が伝い、誰もが唾を呑み込んだ。

「オレを追う暇があったら修行でもしてりゃよかったのに......なァ、ナルト...」

サクラは息を飲んだ。サスケの手が自然な動作で剣の柄に手をかけていた。すらりと黒い刀身が露になっていく。しゅりん、と鞘から刃が抜け切った音が、沈黙の落ちる場に響いた。

「だから今度は......オレの気まぐれで、お前は命を落とすんだぜ」

ーーナルトは動かなかった。状況を把握しても、尚もサスケから一心不乱に逃げ出そうとはしなかった。
刃が自身に向けられていることをわかっていても、空色の瞳の意志は強固だった。


「仲間一人も救えねェ奴が、火影になんてなれるかよ。そうだろ......サスケ、カナちゃん」


カナはじっとナルトを見つめ、サスケはフンとだけ鼻で笑った。サスケに容赦はない。刀は戸惑いなく振り上げられた。
しかし、その寸前にサイが止めていた。それでもサスケは相変わらず顔色を変えない。

「その防ぎ方、正解だったな」

その間も、カナはずっと、ただ全員の動きを目で追っていた。

意味深なサスケの言葉にサイは怪訝な表情をする。その隙に、ナルトはサスケの腕を掴んで大きく跳び上がる。そうなるとサスケの姿は無防備より他に言いようがない。「よし!」とヤマトがすぐさま拘束の為の木遁を発動しようとした。

しかし、サスケの瞳がすっと赤色に変色した時、状況は一変する。

「千鳥流し!」

千もの鳥が一斉に囀る。
ナルト、サイ、ヤマト、三人は同時に行動を制され、地に転がった。それは最早カカシがサスケに教えた規模の技ではなかった。迸る電撃の中で写輪眼の赤が不気味に光っていた。

「(みんな......!)」

唯一 無事だったサクラは、怖じ気づいた自分に喝を入れた。サクラもまた、決意をしたのだ。ナルトだけに頼らず、自分の力で仲間を取り返すとーーー

カナの瞳がサクラに向かう。次の瞬間のサクラの行動を見透かすように。

サクラは、走り出していた。サスケがそれに気付かぬわけがない。写輪眼がサクラに向けられる、その手には既に千鳥が鳴いていた。
それに気付いたヤマトがすぐさま走ったが、間に合わないーーー

そう思った瞬間。


「キャッ......!」


サクラは後方に吹き飛ばされていた。
銀の髪が風に舞っている。

サスケはその光景を見てすぐ、標的をヤマトに変える。目を丸めていたヤマトも我に返り、すぐさま草薙の剣をクナイで受け止めるが、クナイは呆気なく敗り去り、剣はヤマトの肩に達していた。

すたん__
どさっ__

サクラが咄嗟に壁に着地した音と、ヤマトが瓦礫に衝突した音は、同時だった。


「サクラの拳はサスケに届かない」
「その防ぎ方、失敗だったな」


二人、カナとサスケの静かな声が重なった。
身軽に地に降りたサクラは、冷や汗を流して歯を食いしばる。無表情でサクラの前に立ちはだかっているのは、カナ。サクラがサスケに到達する前にカナが風で邪魔したことは明白だ。

「カナ、どうして......!」
「............何が、どうして?」

動揺の一つもない声がサクラに返る。サクラは尚更奥歯を噛み締めた。カナの表情は、サスケと同じだった。
だがサクラはすぐに顔を引き締める。手を伸ばすなら、サスケであろうとカナであろうと同じなのだ。

「(私だって...!)」

サクラはぐっと拳にチャクラを集め、ダンッと片足を踏み出した。
しかし、途端にカナが消え失せ、代わりにサクラの背後に気配が現れる。

「......そんな調子じゃ、私にも届きそうもないね」

サクラの首筋に冷たい感覚が這う。クナイだ。
サクラは動けなくなっていた。


「今のサクラじゃ......私たちを取り返すことなんて、できないよ」


一方で、ヤマトもサスケ相手に簡単には動けなかった。草薙の剣から伝う千鳥がヤマトの体を麻痺させていた。だが、サスケの写輪眼は今、ヤマトには興味を持たず、サクラと対峙するカナや、倒れているナルトに向けられている。その隙を見逃さない手はなく、ヤマトは精一杯の力で印を組んだ。

ヤマトの肩から生えた木が剣を押し返し、サスケは一瞬バランスを失う。

「木遁 木錠壁!」

サスケを捕らえるように木が組み立てられていく。だが、それが完成されたその時、木錠壁は呆気なく破壊され、サスケは崖の上に跳んでいた。そしてカナもサクラがハッとした時にはその場から消え、元の位置に戻る。
二人に傷は一切無い。対するカカシ班は、全く刃がたたなかった。
それが、"蛇"の元へ走った二人との差だった。

「サスケ......カナちゃん」

立ち上がったナルトは、バッと顔を上げる。

「何でわからねェんだ!!もうじきサスケ、お前の体は大蛇丸にとられちまうんだぞ!!」
「カナもよ!私たちが何も知らないと思わないで!"神鳥"のことを全部研究されたら、その後は殺されるかもしれないのよ!?」

三年という月日が経った今、木ノ葉の誰がどんな事を知っていようと驚くことではない。サスケもカナも、それでも表情一つ動かさない。カナは再び沈黙を守った。代わりに、サスケが言う。

「そうなったら、そうなっただ」
「!?」
「子供のままだな、ナルト。オレにとっては復讐が全てだ。復讐さえ叶えばオレがどうなろうが、この世がどうなろうが知ったことじゃない」

サスケの写輪眼がカカシ班全員の心を射抜き、凍てつかせる。サスケはイタチへの復讐を糧に生きてきた。それは誰でも知っている。だが、誰が命を投げ売るまでだと思おうか。

「はっきり言うとだ......イタチは今のオレでも、大蛇丸でも倒せない。だが、大蛇丸にオレの体を差し出すことで、それを成し得る力を手にできるなら......こんな命、いくらでもくれてやる」

サスケの写輪眼が鈍く光った。その言葉に嘘は無い。だからこそ、ナルトとサクラも何も言えなかった。
ヤマトは立ちあがる。ヤマトがテンゾウとして接していた半月とは、あまりにも変貌した二人がそこにいた。

「変わったね......サスケ、カナ。僕も少しは希望をもってここに来たんだけど、どうも交渉では帰ってきてくれないようだ。......ナルト、サクラ。悪いがもう、本気でやるよ」
「ヤマト隊長......!」

そのセリフにサクラが怯む。だが対する二人はやはり、無表情で、無感情だった。「木ノ葉か...」とサスケがぽつりと零した。それに、やっとカナが反応した。

「お前達はもういい......終わりだ」

サスケが印を組む。それは火遁の印、寅。
ナルトたちは訝しむ。ここにきてようやくカナの表情に変化が生じた。

「サスケ、それは」
「......」
「......まだ、......」

全てを言い切る前に写輪眼がカナを映し、カナは二の句を継げなくなっていた。焦るかのように。
その間にも、サスケの左手がゆっくりと空に向けられていく。何が起こるのか、木ノ葉側は身構えた。

しかしその時サスケの腕を掴む手があった。

「その術はやめておきなさい。サスケくん」

大蛇丸。カカシ班は目を見開き、サスケとカナは不快そうに目を細めた。
「放せ」とサスケが言うと、今度は「またそんな口の利き方を...」とカブトが現れる。だが気にせず「やめる理由はない」と言うサスケに、カブトは溜め息と共に言った。

「今の"暁"の動きを君も知ってるよね。この木ノ葉の人たちには"暁"を始末してもらいたいんだよ......一人でも多くね」
「......情けない理由だな」
「他の"暁"に邪魔されると、キミの復讐もうまくいかなくなるだろ。......ああ、あとカナの復讐も、かな?」

カブトはにこりと笑ってカナを見る。とはいえ、カナは見向きもしなかったが。そんな様子にカブトは肩を竦め、「復讐の可能性を一パーセントでもあげる為だよ」と続けた。今度はサスケも反論しない。

大蛇丸の手がサスケの腕から離れる。

「行くわよ」

大蛇丸がそう言った途端、四人の足下には青白い炎が上がった。何らかの術か、四人の姿がそれで揺らめく。
ナルトはすぐさま、それがサスケとカナが消える前兆だと判った。

「サスケ、カナちゃん!!」

ナルトは叫ぶ。しかし、サスケは最早 反応しない。大蛇丸もカブトもーーーカナを除いて。

カナはゆらりと顔を上げ、カカシ班を見つめた。そして最後に目を向けたのは、サイ。
サイもまたカナに意味ありげな視線を送っている。二人の視線が、交差した。

「......」

その時、風がぶわりと吹いた。その風が攫っていったのは、カナを覆っていた炎。

「え...」

ナルトたちは目を見開く。未だ炎に包まれている大蛇丸、カブト、サスケはふっとカナに目を向けた。そのカナが見るのはサスケだけだ。

「......先に行ってて」

カナがそう言うと、サスケはすっと目を閉じた。

そうして、いつしか、カナだけがその場に取り残されていた。

ナルトたちは黙ってカナの姿を見ていた。どうして、と言わんばかりに。対するカナはやはりどこまでも静かだった。その唇が小さく開く。

「何で分からないんだ......って、言ったよね」

それは今更ながらの答だった。そして、カカシ班は確かに"その変化"を見つけて、目を丸めた。カナの瞳の色が金色に侵食されていくのだ。

「分かってるよ。私はサスケとは違って、大蛇丸に殺されるつもりは毛頭ない」
「!!」
「でも......大蛇丸に殺されるかもしれないというリスクを背負ってでも、私には、成し遂げたいことがある」

金色の瞳が全員に向けられる。サイの目が細まった。

「復讐だよ」

その言葉が確かにカナの口から吐き出された瞬間、ナルトとサクラの胸が高鳴った。カナは無感情に、機械のようにそれを口にしただけだった。

「私は一族での暮らしが幸せだった。なのにそれを壊した人がいた。それが誰なのか、私は三年前、知った」
「北波......といったかな。あの青年......」
「......さすが、よく知ってますね。テンゾウさん」
「北波...!?」

サクラの口から漏れる。全員が全員、カナがあれだけ憤る原因を作った謎の人物を覚えていた。今のようにカナの瞳は金色に染まり、仲間の誰の叫び声があがっても、カナは北波を攻撃していた。
だが、カナが恐ろしい程の殺気を放っていたのは、ナルトとサクラの記憶でもその一度きりだった。あれ移行は何も変わりなかったはずなのだ。

「なんで......カナちゃんが......」

カナは目を伏せる。

「......私はどうしても彼が許せない。だから、木ノ葉では得ることができない力を、ここで手に入れようとしてる。......これが、私の全ての"答"。嘘偽りのない......」
「......でも、カナ!!カナは木ノ葉で笑ってたじゃない!!あんなに、楽しそうに...!」
「それも全部......過去の話」

すっとその瞳の色は元に戻る。"神鳥"の力は完全にカナのコントロール下にある。

そして、全員がそれに気をとられているうちに、カナはある物を手にしていた。
痛みに痛んだ、ポーチだった。
唯一その存在を知っているサイは眉をひそめる。

それは、瞬きするうちに、カナの手から離れていた。


「だから......今、木ノ葉の里は......私の心に、無い」 


あなたたちの笑顔も、思い出も、温度も......全て。私は、里に、置いてきた。


カナからその言葉が出ると同時に、サクラの頬に涙が伝った。
サスケとの、カナとの、確執。それが一気に襲ってきたかのように。今更、サスケとカナが一気に遠ざかってしまったと感じたかのように。

「......サヨナラ」

カナの口から言葉が漏れる。銀色の風が覆うようにカナを消していった。
誰も動けなかった。ただ、カランという音だけが響いて、カナが残した物が、地に落ちた。


 
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