カカシ班は再び走っていた。今度こそサイも交え、全員で目的に向かって進み続けていた。ナルトはサイと、サクラはヤマトとペアを組み、それぞれ片っ端から大蛇丸のアジトを捜索中である。だがそのほとんどが空で、その度 ナルトを襲うのは焦燥感だった。厄介な相手にぶつかる前に、目的を果たさなければーーー。
「さて......サイ。アナタはどちら側につくのかしら?」
ーーしかし、そんな思いも虚しく、ナルトとサイは呆気なく"蛇"に睨まれていた。
顔を歪めたナルトが真っ先に大蛇丸に吠えている背後で、サイは沈黙する。上司に命令されたことを優先するなら、サイはここにいるべきではない......だが。
このオレンジ色の背中に、賭けてみたい。その思いだけが、今のサイを突き動かしていた。
ーーー第十二話 邂逅
二人で足止めをするより、一人でもサスケとカナの元へ。
そう思ったナルトはすぐに先にサイを行かせていた。とはいえ、大蛇丸相手にナルトは一人で立ち向かえるほど 簡単な話ではないことも確かだった。
「さっきまでの威勢はどうしたの?」
「クソッ」
「そんなんじゃいつまでたっても私を倒すことも、あの子たちを連れ出すことも叶わないわね」
しかしその時、不意に助け舟が現れた。「あら」と大蛇丸がナルトの背後に視線を向ける。そこに現れたのは、ヤマトとサクラ。ナルトのチャクラを感知してすぐさま走ってきた二人もまた消耗している。
それで三人で"蛇"を見据えるが、対する大蛇丸は鼻で笑った。
「ナルトくん。キミはまだ生かしといてあげるわ......せいぜい"暁"を一人でも多く始末してちょうだいね。それより、私はサイのほうに用があるから、これで失礼するわ」
そうして一瞬で消えていた。
あまりに呆気ない幕引きに、だがサクラは心からの安堵の溜め息を吐いた。ナルトだけが実に悔しそうに眉を寄せているが、その負けず嫌いにサクラは「サイは?」と聞く。するとナルトも我に返り、顔を引き締めた。
「サイは先に二人を捜してるってばよ。大蛇丸に見つかる前になんとかしなきゃ......チャクラ使い切っちまうけど、多重影分身で探すから、ヤマト隊長とサクラちゃんはそっち側を」
どう考えても大蛇丸がサイをただで逃がすはずがない。サクラは素直に言われたほうを見やっていた、が、不意に他の物に目を取られていた。
「あれ......これって」
それは一冊の本。表と裏表紙に一人ずつ少年が描いてある、正しくサイの絵本。それを手にとったサクラが逐一 開いたのは中央の見開きのページ。つい先ほどまでは、笑顔が描けず未完成だったはずのそこには、今は完璧に描かれていた。
「笑ってる......」
「......アイツ、思い出せたんだ。その絵描いた時、アイツ、初めてホントに笑ってた......心から」
嘘偽りのない笑顔をサイはやっと見せたのである。柔らかく微笑するナルトとサクラを横目に、ヤマトもそっと口角を上げた。
だが、何気なく置き去りにされていたサイのバッグを手にした途端、その和やかな表情は消える。「これは」と呟く隊長にサクラが反応し、その手元を覗き込んだ。
そこにあるのは真っ黒な本だった。
「サイのバッグの中にあった。これは暗部の者が己のターゲットを記す暗殺リスト、いわばビンゴブックだ」
「暗殺リスト?」
後から寄って来たナルトが息を呑む。ヤマトは本を自分の手元に戻し、ページをめくった。大概のページには"暗殺済み"を示すバツ印が記されており、サイの暗部としての有能さが伺える。
だが、また一枚ページをめくった途端、ヤマトは尋常でない衝撃を受けていた。
それに気付いたナルトが片眉を上げ、「どうしたんだってばよ」と聞く。一度唾を呑み込んで、ヤマトはそれを二人に向けた。
「見ろ......」
「!!」
"うちはサスケ"。
そのページにはまず、そう書かれていた。顔写真と共に、サスケについて事細かに書かれてある一ページだった。
「こ......これって」
「なんでサイの暗殺リストにサスケの顔が!?」
「まだ、バツ印がついていない......まさか!!」
ヤマトは数秒考察した後、思い立ったように次のページをめくっていた。そしてそのヤマトの嫌な予感は大当たりだった。
そこに記載されているのは、紛うことなく、"風羽カナ"についての情報だったからである。
穏やかな笑顔で写真に映っているカナを見て、最初、ナルトとサクラの口からはただの吐息しか漏れなかった。
「......嘘だろ......」
「サスケくんに、カナまで......!?」
嫌な汗が二人の体中から噴き出していた。どくりどくりと音をたてる鼓動、そのあまりの激しさに、血流の潮騒に似た音が聴こえてくるようだった。しんと痛いほどに落ちた沈黙。
その中で、ようやく一つの結論を掴んだヤマトが「そうか、そういうことだったのか......!」とぼやくように言った。
「サイ、アイツの任務は、大蛇丸とダンゾウのパイプ役になることなんかじゃなかったんだ......本当のサイの極秘任務は」
ヤマトは、絶句している二人の目を見ながら口にした。
「サスケとカナ......二人の暗殺だったんだ」
どくり。
一層強く、それこそ太鼓を叩くような震動が、ナルトとサクラに襲いかかった。
「そんな......そんなこと、あるわけねェってばよ!!だってアイツはさっき二人を助けるって、それに、ホントに心から笑ってたんだ!今までと違ってアイツはもう!」
「それが、全部ナルトを出し抜くための芝居だったとしたら......」
サクラは思わずそう言ってしまう。ナルトはまたも閉口する。ナルトにしてもサクラにしても、サイの本心など今はとてもわからなかった。ただ、そこにあるビンゴブックだけが事実を物語っている。
サイの黒い本に印刷されてある幾多の忍たちは、全員が全員、木ノ葉に害を為すと考えられていた者たちばかりだったのだ。それを、着実に消していったのがサイだった。
「サイは木ノ葉に対する危険人物の処理に当たっていたのか......そして、カナとサスケも、その人物の中に。ダンゾウの目的は......大蛇丸の新たなる肉体となるサスケ、そして"神鳥"によって大蛇丸の力を更に増幅させる可能性のあるカナを、葬る事だった」
木ノ葉を裏切ったわけではなく、木ノ葉の為に。裏から木ノ葉を護り続けてきた"根"として。
今のサイがどう考えていようが、サイの本来の任務がそうであったことは、疑いようもなく事実だった。だがナルトとサクラは、サスケとカナを連れ帰りたいのだ。
「急ぐぞ!!」
ヤマトが言った途端、ナルトとサクラは迷う事なく走り出す。今何より先決なのは、サイに追いつくことだった。
■
ーーーだがその頃、サイは既に行動に移していた。
サイは気配を消して目前の扉を開けた。サイの得意忍術、超獣偽画が彼に教えたとおり、そこにはうちはマークを背負う少年がベッドの上に横たわっている。サイの黒い瞳はそれを捉えて、目を細めた。
灯り一つない室内。状況としては好都合。サイは再び術を発動させる。描かれた蛇が飛び出し、やはり音も無くサスケのそばまで這っていく。
だがそれらがサスケの元に届く寸前で、氷のように冷たい声が響いていた。
「誰だ」
ただ一言。それは間違いなく、その後ろ姿からの声。さした反応もしなかったサイは静かに吐息をつき、「バレちゃいましたか」とあっけからんと言う。
「でも、僕はもう先手をとってる」
「目的はなんだ」
ひたすらに感情の無い声は、サイとよく似ていた。だが、今となっては似ているだけだった。
サイが目を伏せた時浮かんだのは、間違いなく、ニカリと笑って"失った二人"のことを語っていた金髪碧眼少年だったからだーー。
「僕は、キミたちを......」
だが、サイはそこでハッと口を閉ざした。
ひんやりと冷たい金属がその一瞬でサイの首筋に当てられていたのだ。
サイがゆっくりと背後を振り返ると、暗闇でもよく目立つ銀色が揺れている。
サイはまた目を細める。そこにいた少女、カナは、明らかに怒気の籠った色の瞳をサイに向けていた。
「サスケから蛇をのけて......」
声も、先ほど二人が交わしていた声色とは全く違う。刺々しい冷気が漂っている。
しかし、サイはやはりそれ以上は動じず、逆に、にこりと笑っていた。その笑みに違和感を覚えたカナは眉をひそめる。
「安心して下さい。僕はサスケくんに手出ししにきたわけじゃないですよ」
「信用できるわけ......」
「僕はキミたちを、木ノ葉へ連れ帰る」
その瞬間、カナは目を丸めていた。
口がきけなくなったカナにまた微笑んで、サイは再びサスケに目を戻した。首筋のクナイは下ろされないままだが、動くこともない。
「もっとも最初は、キミたち二人とも殺すつもりで来たんだけど......今の僕は、彼らが必死に手繰り寄せようとしているつながりってのを......守ってみたいんだ」
サイの喉元にあるクナイがぴくりと揺れる。だが口を開いたのはサスケのほう。
「つながり......?」
先ほどよりも随分感情をのぞかせた声で。
「そんなことのために......オレの眠りを邪魔したのか」
ーーーーーーその瞬間だった。
ドッ___!!
派手な音はアジト全体に響き渡った。続いて揺れが生じ、建物を震撼させる。
サイの姿を探して通路を走っていた三人は思わず足を止めた。
「なんだ!?」
「あっちのほうね...」
ナルトは戸惑い、サクラは高鳴る胸を抑えて先を見つめた。そしてヤマトは深刻な表情で、サイのチャクラだ、と呟いた。
大蛇丸に見つかったか、それとも、サスケかカナと遭遇したか。
何にせよただごとじゃない。三人は再び走り出す。
その一室を丸ごと破壊するほどの術を喰らったサイは、やっとのことで瓦礫から体を起こしていた。その背後には既に銀色の姿は見えない。合図も何も無かったあの場で、カナは、絶妙のタイミングで消えていたのである。
立ち上がったサイに眩しい光が差す。瞳の虹彩がようやく機能し出し、くっきりと目標の者たちを捉えた。
「さすがですね......僕の術を強引に振りほどくとは」
二人は、崖の上に立っていた。
ナルト、サクラ、ヤマトの三人がその場所に辿り着くのも、そう遅くはなかった。
入り組んだ通路を走り抜け、破壊された壁を視界に捉え、三人は急停止する。サイの姿が壊れた通路の先にある。それにすぐさま反応したのはサクラで、息つく間も無くまた走り出していた。
サクラは一気に壊れた通路の向こう側に踏み込み、その手でサイの襟首を掴んでいた。
「アンタ、本当は何が狙いなの!?私たちを一体何回裏切れば気が済む、」
「......サクラ」
ーーーが、怒声は、落ちてきたその一言で呆気なく消え去っていた。
一瞬で怒ることも忘れてしまった。全てがついていかない頭のまま、ゆっくりと顔を上げていく。
そうして、サクラは震えた。見開いた瞳に映る二つの姿は、サイが見ている者と何ら変わらない。数秒、息ができないほど体に自由が利かなくなって、サイを掴み上げていたその手はずるりと落ちた。
遠目に見ていたナルトとヤマトは目を丸める。
サクラが、ぼやいた。
「カナ......サスケくん」
ーーもう、考える間なんてなかった。ナルトもまた走り出していた。足がもつれて体を床に打ち付けようとも、よろめいて壁に衝突しようとも、とにかく全力でナルトは、縋り付くように。
空色の瞳がサクラと同じものを捉えるのは、そう遅くはなかった。傷だらけの体でようやく辿り着いたナルトは、数秒何も言えず、肩で息をしていた。
二人はただその場にいた。通路から姿を現す者たちを見ても、一切の無駄な反応はしなかった。
黒髪と銀髪が風になびく。三年前の面影は十分残っているその顔は、ただ冷静だった。
二人を呑み込むような空色の瞳を、二人もまた見つめていたーー。
「サスケ......カナちゃん」
互いの視線が、交差した。