ふっと写輪眼が露になる。それは、近づいてくる気配に気付いたからだった。暗闇の中でも鋭く光る眼光はゆっくりとそちらへ向けられる。そこに視線が辿り着いた時には、その気配は影となってそこに立っていた。

黒いフードで隠された表情。聴こえてくる息づかいは荒い。だが、あちらから何かを言う様子はない。
サスケは小さく口を開いた。

「どうした」

すると、影はすっと顔を上げ、フードの奥からサスケを見つめた。それはどのくらいであっただろうか、ようやくそのフードをとり、出てきたのは暗がりでも映える銀の色。カナはそれでも暫くサスケを見続けた後、徐々に俯いた。

「ううん、なんでもない......」

ぽつりと零れた吐息のような声。サスケがそれに応える間もなく、カナはサスケへと近づく歩を進ませる。だがその歩みが止まった頃も、二人の間には十分な距離があった。カナは、それ以上は進まなかった。

アジト内の大広間。恐ろしい顔をした蛇が背後で構えている。
その段上にサスケが座っているのに倣い、カナもそこに腰を下ろしていた。そうして静かに目を閉じる。視界を闇で覆うーー。高ぶった心情を落ち着かせるように。


ーーー第十話 刻(とき)


その頃、天地橋での戦いは既に終わっていた。勝者も敗者もない死闘は、ただ、"蛇"と"九尾の人柱力"の激闘だった。ナルトはナルトとしての意識を持ち合わせていなかった。ゆえに、冷静である相手よりも、大蛇丸とカブトは容易に退却していた。

その人数は一人分増えている。木ノ葉側だったはずのサイが、今は大蛇丸に追随していた。


「ところで、カナはいないようですね」

木々を跳び回りながら口火を切ったのはカブトだった。サイは小さく反応をするが、口は出さない。

「ああ、そういえばそうねえ。ナルト君に気をとられて、あの子のこと考えてなかったわ。早々に逃げ帰ったんじゃない?」
「そんなところでしょうね...」

代わりに大蛇丸がせせら笑い、カブトも肩を竦める。それ以上会話はない。サイはじっと聞いていた目を戻し、木々を蹴る自分の足を見つめた。

サイの記憶の中にもカナは住んでいた。サイにとってはカナはただの任務対象であったが、それでもサイはよく覚えていたのである。ただしそれは綺麗な形を為しているわけでもない。あの頃も、そして今も、サイがカナを考えると浮かぶのは疑念だった。ーーーどうして彼女はああも幸せそうだったのか。

「......そのくせ、里を抜けた、馬鹿な人だ」

サイが自分でも気付かぬうちに呟いた言葉は、風に飛ばされた。
「何か言ったかい?」と感づいたカブトが振り返ったが、サイは首を横に振るだけ。サイがふっと目を向けた青空には、鳥が心地よさそうに飛んでいた。



優秀な火影直轄暗部、ヤマトはいち早くサイの裏切りを知り、木遁分身で大蛇丸の後を追っていた。
この道を行けば大蛇丸のアジトに繋がり、そしてカカシ班の目標であるサスケとカナにも辿り着く。そう考えると、自然とヤマトの足にも力が籠る。
"テンゾウ"として過ごした半月を、"ヤマト"となった今でも覚えている。

「(まさかこんなことになるとはね......)」

飽くまでも慎重に追跡を続けるヤマトにも私情は多少ある。急く思いを心底に終い、冷静に任務の為に走り続けた。



「......帰って、くる」

そう呟いたのはカナだった。閉じていた目を真っ直ぐ前に向ける。"風使い"が吹く風の動きに気付くのは容易い事だった。

「大蛇丸か」
「うん。......私、もう行くね」

サスケに返事をしたカナは、それからゆっくりと腰を上げていた。あの"蛇"に会いたくないのは至極当然のことだ。
それを知っているがゆえに、サスケは何も声をかけない。銀色が揺らめいて遠ざかって行くのを、写輪眼は見ているだけだった。しかし、不意にサスケは眉をひそめていた。
カナは今一瞬、何かに気付いたかのようにびくりと体を揺らし、その場に立ち竦んだ。

だが、サスケがその疑問を口にする間もない。ギギィ、と立て付けの悪い扉の音が響いたのはその時。巨大なそれを押し開け入ってきた人物。ーーー三人。

「(......どうして、ここに)」

高鳴る胸を抑えてそう思ったのはカナだった。扉が開いた瞬間、反射的に柱の陰に入っていた。
いるはずのない人物がそこにいる。見ずともそれを感じたカナと、視覚でそれを確認したサスケ。だがサスケはまるで興味無さげに写輪眼を閉じた。

「遅かったな......午後から新術の修行に付き合うって話じゃなかったか。大蛇丸」

あからさまに不機嫌な声色のサスケに、「またそんな言葉遣いを」と嗜めたのはカブト。「そう怒らないで」と悪びれもなく言ったのは大蛇丸。
その大蛇丸の視線はサスケに向けられた次に、柱のほうへ向けられる。ニヤリとその顔が歪んだ。

「代わりに今日はちょっとしたプレゼントが手に入ってね。"アナタたち"と同じ木ノ葉出身......懐かしい故郷話でもできるんじゃなくて?」

写輪眼が闇の中に浮かび上がる。新参者ーーーサイは、その赤色を目に焼き付けていた。

「(うちはサスケ......それと)」

サイもまた大蛇丸と同じ方向に目をやったが、敢えて口にせず、得意の作り笑いを顔に貼付けた。

「初めまして。僕はサイといいます。キミがうちはサスケくんで...」
「失せろ」

だがそれは一瞬でサスケに一刀両断された。サイは暫く沈黙するが、別段傷ついているわけではない。笑顔は変わらない。更にまるで試すように言う。

「笑顔を作ってはみても、僕は何かと嫌われやすいみたいだ。ナルトくんには嫌われたばかりだってのに」

サイの目の中で、サスケの写輪眼が少し細められる。

「でも、ナルトくんと比べれば、キミとのほうが仲良くできそうなんだけどな」

ーーーだが、サイは判断を見誤っていた。その瞬間、サイはサスケの術中に嵌っていたのだ。
平衡感覚がとれない空間に投げ出され、ただただ襲ってくる"力"をぞくりと感じ取る。攻撃や言葉があるわけではない、ただ圧倒的な"力"を見せつけられ、満足に酸素を取り込むこともできない。感情のないサイが感じるはずはない"恐怖"ーーー。


「サスケ」


それがサイの中から消えたのは、静かな声が聴こえた時だった。この異様な空間でただ一つ、悪意のない声。

サイの意識が現実に帰る。それから初めてサイが見たのは、汚れのない銀の色。写輪眼の悪夢を止めるために柱の陰から一歩出た少女。それが成長した風羽カナだとサイが気付くのに、時間は然程かからなかった。

いつの間にか写輪眼はまた姿を消していた。それでサイは自分が尻餅をついていることに気付いた。

「あまりサスケくんをおちょくらないほうがいいわよ。私より厄介だからね」
「そんな奴はどうでもいい。これから今すぐ付き合え、大蛇丸」

座っていたサスケが腰をあげる。サイが体勢を整えるのも、それとほぼ同時だった。そして再三にっこりとわざとらしい笑顔を向ける。

「お久しぶりです、カナさん」
「......」
「キミのこともサスケくんのことも、ナルトくんやサクラさんから色々聞いてますよ」

何も喋らないカナも気にせず、サイは喋り続ける。サスケもまた動作を止めた。

「キミたちのことをずっと探していたみたいだ。この三年間」
「......いたな。そんな奴らも」
「ナルトくんはキミ達の事を......本当の兄妹のように思っていると。そうサクラさんから聞きました」

サスケが苛立たし気に眉をひそめると同時、カナも今度こそ小さな反応を示した。
だが、ただ事実なのは、ナルトがどう思っているにしても、カナには既に肉親と呼べる者は一人もいないことと、サスケの肉親は恨むべき兄一人だということだった。サスケは心底から鬱陶しそうにサイに言い放つ。

「オレの兄弟は、殺したい男......ただ一人だけだ」

それだけ言って、サスケは一瞬にしてその場から消えていた。カナは密かにサスケが消えた場所を見つめていたが、それに誰が気付く事もない。

「私も行くわ。サスケくんの機嫌をこれ以上悪化させたくないからね」

大蛇丸もまた元の扉から出て行こうとする。それに準じて、カナも真っ先にこの場から退避しようと試みた。カナはその間一切サイに目を向けなかった。
しかし、大蛇丸は広間を出る前に一言、カナを見て付け足していた。

「そうそう......カナ。サイを案内してくれるかしら?」

ぴくりと反応したカナは、大蛇丸に振り返って睨みつける。どうして私が、と言う前に大蛇丸は続けた。

「私はこれからサスケくんの修行を見る事になっているし、カブトはこれから今私が渡した資料についてまとめないといけないのよ」
「......」
「それくらいできるでしょう。頼むわね」

不敵に笑ってから大蛇丸は勝手に広間から消えていく。それを眉根を寄せて見送ってから、ゆっくりと動いたカナの瞳に、サイが映った。サイはただじっとカナを見つめているだけだった。

「......部屋に案内します。こっちです」

ようやく退出しようとするカナの瞳に、最後に広間にて映ったのは、カブトの意味深な目の色だった。



ぼんやりと蝋燭が灯すだけの通路。カナが先を歩き、サイがそれについていく。

サイは背後からじっと銀色を見つめていた。二年半経った今、サイの記憶の中のカナと現在が変わっていないのはただそれだけだった。年相応に伸びた身長、女性らしく成長した体躯、より忍らしくなった振る舞い方。
そして何より、ひたすらに闇を背負うその表情。

「(......これっぽっちも、似合わないな)」

サイがそう思うのは自然だった。サイが今でも覚えているカナの無邪気な表情は、現在とはまるで正反対だ。

だがーーーそれはきっと深い意味では違うのだと、サイは思った。それは、前々からサイが密かに考えていた事だった。だが、考えていただけの事だった。
それが木ノ葉にとってプラスになろうとも、サイは自分ですら説明できないこの気持ちを、口にしたことはなかった。


「ありがとう」


その時、聞き慣れない言葉が聴こえ、サイは目を瞬いた。カナが目だけで振り向いていた。

「覚えてますか。木ノ葉崩しの時のこと」
「......はい」
「そういえば言ってなかったと思ったから......あの時、北波さんから助けてくれた時のこと」

二人の頭の中に回る過去。北波を前にして動けなかったカナの身を守ったサイ。結局あの場をどうにかしたのはカナの中の"神鳥"だったが、あの瞬間は助けられたのは言うまでもない。

「ありがとうございました。もしあの時あなたが助けてくれなかったら、私はきっと......」

もう一度お礼を言われる。サイは小さく戸惑い、ようやく「礼には及びませんよ」と答えた。

「あれは僕にとってはただの任務......当たり前のことだったんですから」
「......じゃあ、謝罪のほうが合ってそうですね」
「?」
「あなたがあの時守ったのは私ではなく、"神鳥"だったんでしょう?なのに、今の私は大蛇丸の研究に手を貸してるから」

沈黙が落ちる。今度ばかりは、カナに返すいい台詞がサイの中では思い当たらなかった。人間関係が希薄で、対話の経験がとても豊富とは言えないサイには、こんな状況に当たった事は今までなかったのである。

「(...何を言えばいいのか、わからない...)」

沈黙の中、また前を向いてただ歩いて行くカナの背中を眺めながら、サイは眉を寄せた。
あの時もそうだった。木ノ葉崩しの後、里中で犠牲になった人々を弔っていたあの日。あの時もサイはカナになんて言えばいいのか分からず、無言を貫くしかなかった。
今もそうだ。ならばと、サイはこの瞬間、思いあぐねていた考えを全て呑み込んだ。

「あなたは......馬鹿な人だ」
「......随分、唐突ですね」
「以前にも言ったように、僕には感情がない。泣けないし、笑えないし、ナルトくんたちが僕の言動に一々怒る意味もわからなかった。僕にはへたくそな作り笑いしかできない......けど」

カナさん、あなたは違う。

サイは真っ直ぐカナを見る。対するカナはふいと顔を背けていた。サイは目を細める。サイが今 その瞳で見たのは、やはりどう考えても、"偽り"なのだ。

「......あなたは今、自分を必死に騙してるんじゃないんですか。自分を......そして周囲を。本当はあなたが一番、」
「着きました」

だが結局最後まで言い切れず。確かにカナが目を向けた先には扉があったが、どう考えても今のはサイの言葉をわざと遮ったようにしか思えない。まるで、聞きたくないというかのように。

サイはそれで口を閉じる。扉の前まで歩いて行くカナに遅れて付いて行くのみ。
しかし、不意にカナの様子に異変を感じた。カナは到着する前に、急に立ち止まっていた。

「すみません。少しだけ、待っててもらえますか」
「?」
「忘れてたものがあったから」
「...はい。待ってます」

サイが応えた、途端にカナはフッと消える。そこにあったチャクラはその一瞬で消え去った。
ーーーそれに、速いな、とサイが思ったのも束の間だった。


カランッ__!


何かが落ちた音を耳にし、そちらを見る。何かが落ちた音だった。蝋燭の灯りにぼんやりと照らされている。
近寄ったサイは、迷わずそれを手に取った。

ベルト部分が切れたそれは、もうボロボロの、ポーチだった。



大蛇丸のアジトの内部にある部屋のうちの一つ、資料室。
そこにあるのは禁術の巻物、"暁"内部の情報、他里の機密情報、そして中には北波がもってきた風羽一族について書き留められているものもある。そして今まさに、"木ノ葉"の火影直轄部隊のビンゴブックが加えられようとしているところだった。

だが、それを行うはずのカブトはまだ何も動いていない。あまり整理されているとはいえない本棚にもたれかかり、手の中の存在を弄んでいた。


「......ああ、来たね」

前触れもなく開いた扉に、カブトは笑った。そこにいる人影の全貌が見える前に、カブトの手が何かを放り投げる。ーーーカナはそれをぱしりと掴み、それを確認した。
このアジトにある部屋のカギ。普段からカブトが持ち歩いている物だ。不機嫌そうにカナはカブトを見る。

「その様子だと、分かってたんですよね。なんであの場で言わなかったんです?」
「......そうだな。別に理由はないんだけど。強いて言うなら忠告かな」

肩をすくめたカブトはゆっくりとカナに近づいていく。

「最初はただ単にちょっとしたイタズラのつもりだったけどね」
「......趣味が悪いですね。客人を待たせることになりましたが」
「客人というほどの者ではないだろ、サイは。......でも、忠告のほうは感謝してほしいと思ったんだけど」
「......?」
「どうやら見る限りじゃ、遅かったみたいだ」

カブトはカナの姿を見てそう言った。だが、対するカナには思い当たる節がない。怪訝気にカブトの顔を見るカナを、カブトは実に愉しそうに笑う。その一挙一動が"蛇"にそっくりで、カナはやはりカブトから遠ざかる、が。

ーーカナの不意をついたカブトの言葉に、その全ての動作を停止していた。


「カナ。......キミが一番"なくしたくないもの"は、どうしたのかな?」
「......!!」


ーー何故カブトがそんな事を言えるのかなど、カナの頭には最早なかった。
ばっとコートを脱ぎ捨てたカナは、すぐさま感触を確かめる。

しかし、そこにいつもの感覚が消えていたのだ。

「な......い」
「その反応。やっぱりよほど大切なものが入っていたようだ」
「!!」
「人前じゃ言わないほうがいいだろうと思って、さっきは言わなかったんだよ。戦闘中も肌身離さず持ってるもんだから随分痛んでたのに......気付いてなかったのかい?」

ーーそんな言葉を気にしている間もなかった。カナはすぐさま部屋を飛び出していた。


残されたカブトはやれやれと笑う。そしてカナの嫌う"蛇"に似た顔で笑った。カブトは実際 "カナがずっと所持していたもの"の中身を見たことがあるわけではないが、想像は容易かった。

「(あの顔で隠し切れてるとでも思ってるのか......まあ、無表情は随分うまくなったって、言ってあげても良いけど)」



そんなカブトの心情も知らず、カナはただ必死に"それ"を探しながら走っていた。
普段、誰にも見せようともしない、苦渋の色を顔に染めて。


 
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