なんでオレがこないなヤツのために...。そんな文句が紫珀から聴こえてきそうであった。
巨大化した紫珀の背には現在、カナとカブトが乗っている。向かう先は天地橋。不機嫌な紫珀とは裏腹に、この広大な空は晴れ渡っている。早くカブトを背から下ろしたい紫珀はいつも以上のスピードで飛んでいた。

目的地はもう近い。
だが、カナの中では、嫌な予感がずっと膨らみ続けていた。

それから隠れるように、カナは羽織っているコートのフードを目深く被る。陰から覗くカナの表情ははたから見ていても普段通りではない。カブトはそれに気づき、意味ありげな視線をカナに送った。

「なにか感じたのかい?」
「いえ......」

全員の視界に、天地橋が映った。



ーーー第九話 激昂



その時だった。唐突に大きな風が、天地橋からカナたちのほうへ吹き上がったのだ。
"風使い"。その能力ゆえに、カナはいとも容易く風で全てを感じ取ってしまう。そして、カナは途端に目を見開いていた。

「(......え?)」

どくりと高鳴った心臓さえ、カナは信じたくなかった。その手は見てわかるほどに震えていた。真っ先に気付いた紫珀が眉をひそめてカナを伺っている、が、カナは無表情を貫けなかった。


「(なんで、ここに......!)」


ーーその言葉をなんとか呑み込んで、乾いた唇を動かす。

「......カブトさん」
「ん?」
「今更ですけど......何の用で、天地橋に」

するとカブトも怪訝に思う。カナはひたすらカブトのすることに興味を示さなかったはずだった。だがとりあえずカブトは答を提供してやった。

「僕をスパイとして出した、"暁"のメンバーとの接触のためだよ」
「......大蛇丸を裏切って?」
「なわけないだろう?僕はまだあっちの駒だと油断させといて、"暁"を減らすのさ。"赤砂のサソリ"をね」

カブトの言ったことに違和感を覚えて、カナはフードの中で困惑した。例の事件に関わったカナは知っている。"赤砂のサソリ"は死んだはずだ。カナの手の平に滲む汗。ならば考えられる可能性は、一つ。
木ノ葉がその事を知って、やって来ている。

「どしたんや、カナ」
「......紫珀。橋の一歩手前で降りてくれる?」
「構わんけど......なんかあったんか」

だがカナは紫珀の問いにはなにも答えず、振り向いてカブトにも構いませんか、と聞いていた。
ーーーもう橋が近い。
紫珀は降下を始めた。カナの胸は高鳴る一方だった。



切り立った崖を堂々と横切る巨大な赤い橋。それこそが天地橋だった。
吹き飛ばされそうなほどの強風が吹き、ばさりと衣が翻る。その白いコートを羽織るカブトはただ佇んでいた。だがその時、カブトはぴくりと反応して橋の向こう側に視線を向けていた。そこにいたのは、赤雲模様の黒地の衣を着た、背丈の低い男。

「お久しぶりです......サソリ様」



「(赤砂のサソリ......彼が)」

三年前、砂隠れからの帰還中に襲撃してきた"暁"の一人であったことを、カナはこの時やっと知った。
カブトが渡った側の茂みに紛れている銀色。紫珀の姿は既に消えている。アジトに帰るふりをしてこの場に隠れたカナは、じっと気配を消して様子を伺っていた。

「(でも彼はもう、あそこにいるはずがない)」

眉をひそめてカナは思う。それは紛れもなく事実だった。

「(あれは変化してるだけだ。......このチャクラを、私は......知ってる)」

一瞬脳内を過った三年前の記憶を、カナはすぐさま振り切った。

カナの考察通りならば、"暁"に扮した者もカブトも、互いに騙されている。そうなると命を張っているのもお互い様である。それを知っているのは今、カナしかいない。だがカナがカブトにそれを教えないのは当然であるし、相手側に教えられるわけもない。

風が否応無しにカナに状況を教える。
"向こう"の気配やチャクラを感じるたびに、カナは下唇を噛み締めていた。そこには、紛れもなくカナがよく知っている者たちがいる。それが何より今、カナの心をざわつかせる原因だった。


「楽しそうじゃない」


その時、ふっと背筋が凍ったような感覚に陥った。
バッと振り向いて、出来得る限りまで後退する。今までのものとはまた違う嫌な感覚がどっと溢れた。

「感じているようね?あの子たちのチャクラを」

ーーー"蛇"。大蛇丸、と擦れた声がカナの口から漏れた。
長い舌、黒の長髪、捕食者の目。その全てでカナが最も嫌う爬虫類を体現している大蛇丸は、愉快そうに口元を歪める。その首に巻き付く本物の蛇に威嚇され、目線を逸らす。

「あの子達......?何のこと」
「トボケるの?もう用もないのにこんなところにいるのは、違うことに惹かれてるからでしょう?」

大蛇丸は愉しそうに、カナを視線の上で弄ぶ。
額に滲む汗。痛いほどに握りしめている拳。押さえ付けている感情ーー。カナは何も言わなかった。無言で、大蛇丸の視線に対抗しているだけだった。

焦燥が、溢れる。
大蛇丸がここにいる。不利なのは......木ノ葉と音側、"どっち"?

難なくカナの睥睨をすり抜けた大蛇丸は、既に橋の上の対峙を見つめていた。

「さて、そろそろ出番かしら。一芝居打ってこなきゃならないのよ」
「......とても......楽しそうに見えるけど」
「フフ......そうかもね」


"蛇"は一瞬にして移動した。猿芝居を演じるために。

カブトはわざと"サソリ"側に回り、大蛇丸を睨む。それが演技であることを"サソリ"が気付くはずもない。"サソリ"がカブトによる不意打ちを受け、その中から別の忍が飛び出すのにそう時間はかからなかった。途端に大蛇丸の"潜影多蛇手"が伸びたが、変わり身で乗り切ったその者は、すたりと着地する。

その額当てに刻まれているのは正真正銘、木ノ葉の印に他ならない。
それは、彼の指示で飛び出してきた三名も同じく。

うずまきナルト。春野サクラ。サイ、そしてヤマト。
木ノ葉のフォーマンセルが、大蛇丸とカブトを睨みつけていた。



そして、彼らの姿をその目で確かめてから、息をつく間もなく、カナはその場から消えていた。



ナルトには既に"九尾化"の現象が現れ始めていた。憎悪の塊であるチャクラに呑み込まれ、今にも理性を手放そうとしている。
ナルトとしての記憶の片隅で笑う二人。サスケとカナを今も絡めとっている大蛇丸をナルトは決して許せなかった。

「サスケを、カナちゃんを......二人を返せ......!!」

腹の底から湧いてくる憤りがナルトの喉を突っ切る。ナルトの中で蠢く深く暗いチャクラは圧迫感を有していた。

「返せはないだろ、ナルトくん。ズレてるよ、それ。二人は望んで我々の元へ来たんだ。引きずりすぎだよ」
「黙れメガネ!ナルトの気持ちも知らないくせに!!そうやって冷静になんでも......!」

カブトの小馬鹿にするような言葉に怒鳴ったのはサクラ。確かにカナもサスケも引きずられて音隠れに行ったわけでない。だが、そうさせたのは大蛇丸に違いないのだ。しかし大蛇丸自身は、ただ悪びれもなく笑うだけ。

「あの子達の事が知りたいのなら、力ずくで私から聞き出してみなさい。......出来れば、だけど」


ーーーその挑発に乗るように、一瞬にしてナルトは動き出した。既に"妖狐の衣"を身に纏った"人柱力"を止められる者などいない。その鋭い爪が伸びた手で引っ掻くように殴り飛ばされ、大蛇丸は木々の中に吹っ飛んでいた。

一本目の尾。サクラもサイも何も言えず、ヤマトは苦々しい顔を。カブトは自らが仕える者が攻撃されたのにも関わらず、笑っていた。

「ナルトくん......"人柱力として"、かなり成長してるね」

その時がさりと茂みが揺れ、大蛇丸の姿が現れた。そして木ノ葉側は全員 目を丸める。大蛇丸の"皮"から、別人の顔が覗いていたのである。

「人柱力らしくなっちゃってるわね......ナルトくん」

既に、ほぼ"九尾"に意識に持って行かれかけているナルトは、赤色の瞳でその姿を睨んだ。怒り───怒り、怒り。ナルトから沸々と沸き上がる強大な力。
大蛇丸は、べろりと舌を出した。

「うちのあの二人......サスケ君とカナがどれだけ強くなっているか。今のナルトくんとなら、やらせてみたいわねェ」

その途端だった。チャクラの圧が一気に周囲に吹き荒れたーーーそれは間違いなくナルトからの、溢れんばかりの九尾の憎しみの混じったチャクラ。

「テメェのもんじゃねェ......!」

三本目の尾が生える。


「オレの前でまるで自分のものみてェに、二人の名を口にすんじゃねェってばよ!!!」


ナルトの意識が憎悪に侵食されていく。



誰にも悟られるわけにはいかない事実があった。決して口にすることができない真実があった。
少女はずっと口を閉ざし続けた。どれだけの苦痛がその身を襲おうとも、少女は絶対に弱音を吐く事をゆるされなかった。

何故ならそれは、少女自身が分かっていて、選択した道だった。

最早足掻いても足掻いても、どうしても抜け出せない闇に、少女は自ら足を踏み入れたのだ。そしてもう、"蛇"に絡みとられたように、もう身動きをとることはできなくなってしまった。

だがそれでも。それをわかっていても、少女は完璧にはなりきれない。胸の中にどこまでも広がる苦痛を無視することができない。
少女は走った。閉ざした口を開けられなくとも。少女は、ほんの一握りの安堵感だけでも得たかった。


「............どうした」

ーーー暗い広間に繋がる通路を抜け切った少女は、そう声をかけられる。
ひたすらに闇色の瞳が、少女を見つめていた。

息を切らした少女もまた、少年を見て、ゆっくりと深い呼吸をした。いつしか息を整えた少女は顔を上げる。
そして少女はまた自制する。自分を罵り、蔑んだ。


「......ううん。なんでもない......」


それが、少女の決めた道なのだから。


 
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