"十日後の天地橋、そこに大蛇丸側のスパイが現れる"。それが、サクラが"暁"・赤砂のサソリから得た情報だった。
それが罠である可能性も十分に考慮した。その上で、ナルトとサクラは今回 綱手から託された任務に意気込んでいた。ただ、カカシは前回の任務での疲労がまだ抜け切っておらず、参加できないのは仕方がなかった。とはいえ、カカシが欠けたツーマンセル、というわけにはいかない。
カカシ班には二人の強者が増員された。一人はサイと名乗る少年。一人は上忍・ヤマト。
四人はすぐさま木ノ葉を出発した。
それぞれの想いを胸に秘め、邂逅の瞬間を夢に見て。
ーーー第八話 あの日の仲間
カナの頭の中に広がるのは今、機械音だけであった。けたたましい雑音ばかりの中、ベッドに横たわり、じっと黙って身動きしない。
その近くには興味深そうな目で資料を眺めているカブトがいた。時折手近の機械を触り、カナの反応を確かめている。
そして今、ずっと不動だったカナの体が唐突にびくりを跳ねた。意地でも声は上げないが、その顔に浮かぶのは苦悶。悠長にもカブトはその反応を見て資料に何かを書き留めた後、ようやくカナを苦しめたボタンを解除した。
「よし、もういいよ」
ふっとカブトの口から漏れた言葉に、カナはやっと自分の意思で動いた。カブトに教えられた順で自分の体にまとわりつく機械を外していく。そうして身軽になってすぐベッドから降り、履き慣れたサンダルに足を入れる。
「お疲れ。飲むかい?」
カブトから水を差し出されるが首を振って無言で拒否。カブトは動揺一つなくコップに口をつけた。
「色々試してみたけど、やっぱり無理矢理吸収しようとすると、キミの体が拒絶反応を起こすみたいだね」
「......そうですか」
「あんまり興味ないかい?これがどうにかなれば、転移ができるようになるのもそう遠くはないと思うけど」
得意げにそう話すカブトに視線を合わせ、カナは眉を寄せる。綺麗な顔が台無しだよ、などという言葉は平然と無視した。
「そんなことが......」
「できるんだよ、それがね。まあ拒絶反応が起こってるから、論理的に考えればできる、ということだけだけど......キミの"神鳥"の力を借りれば難なくだよ」
そう言って笑い、水を含むカブト。
カナの頭に"神移"という言葉が思い浮かんだ。それは本来ならば第三者の想いの強さを感じた時のみに発動するもの。カナは目を伏せ、ざわつく心を抑えようとした。
「あれ......怖いのかい?」
その様子を目に捉えたカブトが笑う。カナは強くカブトを睨みつける。カブトのほうが"神人"を理解しつつあるのが、カナはとてもじゃないがいい気分にはなれない。ずかずかと体の中に上がり込まれているようなものだ。
だが、カナは無駄な反論はせず、ひたすら無表情でこの機械で囲まれた部屋を出て行こうとした。だがそれを呼び止める声。
「ちょっと頼みがあるんだけど、聞いてくれないかな」
「......何ですか」
いつになくカブトは躊躇するような顔をしていた。
「明日、僕は天地橋へと出発することになっているんだ」
「天地橋......?」
「ああ。そこで良ければなんだけど、紫珀を貸してくれないかい?僕にはキミのようなスピードがないからね。今日のキミの検査を怠るわけにはならなかったから、間に合う時間に行けなかったんだよ」
なんとなく嫌味たらしい言い方である。
カナはひっそりと溜め息をついた。紫珀の顔が瞼の裏に映る。......もし紫珀がこの場に居合わせたなら、本気で嫌な顔をするだろう。少なくともカブトと二人なんてことになれば、紫珀は絶対に頭を縦には振るまい。
「......私も付いて行くことになりますが」
「構わないよ。......ところで、何の用でそこにいくのか、とは聞かないのかい?」
「興味ありませんから。あなたがどこへ行こうと、何をしようと。......例えあなたが"暁"側のスパイであっても」
付け足すようなカナの言葉にカブトはにこりと笑う。それは、過去 カブトがカナに暴露した内容であったが、その時もカナはどうでもよさそうな顔をしているだけだった。
カブトはにこやかに「じゃあ明日、よろしく」と口にした。
■
里を出て天地橋へと向かっているフォーマンセル・ナルト、サクラ、サイ、ヤマトーーー新生カカシ班。この班は、つい先日結成されたばかりのはずが、ナルトとサイの間は既に険悪な雰囲気だった。
じとっとした視線を向けるナルトに、平然とした顔で前へと進み続けるサイ。だがすっとナルトを見たサイは、これまた平然と言う。
「なんですか?そんなにじろじろ見ないで下さい。ぶん殴りますよ」
「テメーはいちいちムカつく言い方しやがるなコラァ!」
無駄に冷静なサイとすぐ熱くなってしまうナルトの相性は最悪だった。
「別に悪気があるわけじゃないよ」
「嘘つけ!」
「こういうキャラ位置狙っていこうとしてるだけだから」
「やっぱ悪気あんじゃねーかよ!!」
にっこりとした笑顔でさらっと言うサイにナルトは既に我慢の限界だった。
「やっぱテメーはダメだ!!すっげームカつくってばよ!!」
びしっと指差して怒鳴るナルトに、ヤマトがいち早く溜め息をついて呆れた目を送る。
「隊長を前にして、いきなりそれはないだろナルト...。班には信頼とチームワークが最も大切だって、カカシさんにも教わったはずだ。あの偉大なカカシさんの班にいたキミが、なんだよそれ」
その言葉にナルトはぐっと言葉に詰まる。だが、それでもナルトには納得できなかった。
ナルトの脳裏を駆け巡るのは三年前のことばかりだ。ナルト自身と、サクラと、サスケと、カナと、カカシと。三年前の第七班なら、いくらナルトとサスケの仲が悪くともこうなることはなかった。失った二人の仲間がナルトの脳裏から離れない。
「コイツが......コイツがカカシ班じゃねェからだ!オレたちカカシ班の残りの班員は、サスケとカナちゃんだ!!コイツはただ、あの二人のいない間に穴埋めとして選ばれただけだ。こんなヤツ、班員として、オレは認めねえ!!」
ああ見えてチームワークを大切にしていたサスケ。いつも楽しそうに笑っていたカナ。あの二人とサイは、まるで違う。それがどうしても受け入れられない。
だがサイは、そんなことを言われてさえ、にこりと笑うだけだった。
「僕もそっちのほうが気が楽だよ」
ただし、それは誰が見てもわかる作り笑い。平坦な声で言ってのけたサイは、言葉を失ったナルトへと続ける。
「木ノ葉を裏切り、弱いくせに力ばかり求めて大蛇丸の下へ走った......そんな大蛇丸と同じようなゴミ虫ヤローと一緒にされたくないからね」
「...!!」
「カナさんも......そうだな。自分の考えにばかり取り憑かれた、浅はかな人としか思えないし」
ーーナルトの鼓動がどくりと疼く。サイの言葉が酷くその胸に突き刺さる。確かに沸き起こったあまりにも強すぎる憤りに頭がごちゃごちゃする程で、やっと「テメェ...!」と低く唸った。
しかし、ナルトが感情に任せて拳を奮うことは、結局叶わなかった。
ナルトの目の前に、さっと手が出されていた。
「......確かに大切なのはチームワーク。ナルトは......サイ、あなたのことをまだよく知らないから。言い過ぎたところもある。ごめんなさい。ナルトのことは許してあげて」
サクラだった。「サクラちゃん...」と、ナルトは目を丸めてその姿を見る。
ヤマトはサクラの行動に安堵しているようだったが、ナルトは違和感を覚えるばかり。そしてサイはというと、やはり表情一つ変えていなかった。「別になんとも思ってないよ」と、本心をそのまま口にするサイ。
それに、サクラは笑う。
「そう......良かった」
ーーーだが、事は無事に終わったかと思われた途端、事態は急変した。
ドガ___!!
サイの体が吹っ飛ぶ。それは、サクラが己の持ち得る怪力でサイをぶん殴ったからに他ならない。
「え!?」
ヤマトが目を見開き、ナルトは呆気にとられる。
たった今までの笑顔はどこへやら、サクラはサイを鋭く睨みつけていた。
「私のことは......許さなくていいから」
相当な力で殴られ、サイの頬は腫れていた。おまけに吐血までしたが、起き上がったサイは尚も笑っている。
「ダマされたな。キミのさっきの作り笑い」
「アンタもあの二人のこと何も知らないくせに、出しゃばったこと言ってんじゃないわよ!!」
サクラはその拳で殴るまで、サイに対する怒りを抑制していただけだった。サクラの想い人であるサスケと、親友であるカナを貶され黙っていられるほど、事実サクラも大人ではない。
「もう一度 二人のこと悪く言ったら......手加減しない」
「......分かったよ。キミの前ではもう言わない」
それを黙って聞いていたサイは、あまり誠意のない言葉で返した。
「しかし、作り笑いにもそんな使い方があるんだね。覚えとくよ」
「殴られてなにヘラヘラしてんだ、テメェは!!」
「厄介事をやり過ごすには笑顔が一番。それが作り笑いでもね。意外とみんな騙される、そう本に書いてあった」
僕がやってもあまり効果はないようだけど、とサイは悪びれもせず呟く。ナルトとサクラはそんな新しいチームメイトを睨むばかり。
ーーーしかし、ふと思い出したようにサイが「ああ、でも」と口にして、二人は目を丸めた。サイは何も変わらない笑顔で言う。
「カナさんのことは、何も知らないわけじゃないですよ」
「......え?」
「きっとキミたちは今、彼女のことを誤解している。カナさんについては殴られる筋合いはなかったと思うけどな」
「ちょっとそれ、」
どういうこと。
だが、サクラがそう言いきる前に、大きな衝撃が地面を走っていた。それは木材でできた牢という形で姿を現す。あっという間に木の牢屋に捕われたナルトとサクラは言葉を失う。印を組んで厳しい顔をしているヤマトが、ナルトたちを見比べて溜め息をついていた。
「キミらね。これ以上モメると本当にオリにぶち込むよ。天地橋まで時間がないって言っても五日はあるんだからね」
いくら温厚なヤマトといっても、チームワークの欠片もない三人にそろそろ堪忍袋の尾が切れる。その後 脅しまでかけるカカシの代理にナルトたちはぎょっとし、大人しくなったチームを引き連れて、ヤマトは再び道なりを歩き出した。
だがその間もナルトとサクラはサイを伺いながら、サイの意味深な言葉の意味を思いあぐねていたし、ヤマトもヤマトでじっと黙考していた。
"一族を殺した者への復讐を目的としている"というカナ。
そこに一体、どんな誤解があるというのか。
■
フクロウが鳴いている。実に穏やかな夜が訪れ、カナは夜風にさらされて座っていた。
そこは北アジト周辺の森の湖畔。岩に座るカナはじっと星が降る空を見上げている。
ざわり、と囁く木々の声がカナの耳に届く。それは、この静かな夜には似つかわしくない、カナの気持ちと同じ音だった。だがそうするものの正体を、カナ自身が掴めない。
「(あれからもう、一週間以上......)」
カナの脳裏に繰り広げられる光景。木ノ葉のあの二小隊が映り、それを掻き消すように抜け忍となった少女は目を閉ざす。そしていつしか開いていた口は、カナ自身も気付かないうちに口ずさんでいた。
「夜空、羽根が舞う......白いフクロウ、弧を描き......」
だが不意にハッとして、カナはすぐさま立ち上がり振り返っていた。
ぱきり、と枝が踏まれた音がその耳に届いた。ーーー森の暗がりから現れた影。
「......こんな時間にこんなところで、何やってる」
「サスケ......」
漆黒の髪が闇に同化している。いつものカナと同じように、無表情を貼付けているサスケ。カナは思わず目を逸らし、再び岩の上に座り込んだ。
「......何もしてないよ」
サスケに背中を向けて言うカナ。
復讐を求める少年は、カナの隣に並ぶことはない。
「歌わないのか」
カナの体が確かに反応する。しかしやはり振り返らない。
「歌わないよ。もういいの」
「......何でだ」
「......いいの。歌えるようになったときに......また、歌うから」
カナの声は風に掻き消される。それでもその声をちゃんと耳に拾ったサスケは、もう何も言わなかった。月に照らされるカナの銀色を見つめてから、姿を翻す。
「風邪を引く......さっさと入れ」
そうしてカナの返事を聞く前に、サスケは再び森の奥へと消えていった。
じっと身を縮めていたカナはいつしか顔を上げて立ち上がる。
その手には古ぼけた、布のポーチが握られていた。
それに入っているものの存在を確かめて、普段と同じようにそれを腰に巻き付けてから、カナは静かに湖畔を後にした。