気味の悪い一室。不気味な物が揃う部屋を寝室とする大蛇丸の顔が、淡い光に照らされている。小さな蝋燭ばかりで浮かび上がる暗い部屋だ。その中心でベッドに座っている大蛇丸は、ゼイゼイと肩で息をするが、それでも病に屈してはいない。カブトという一流の医療忍者がいても治る徴候は見えないのだが、それでも呪いの痛みを和らげる方法は二つだけあった。
一つはカブトの調合した薬を飲むこと。そして、それよりも更に効き目があるのがーー

ギィ__

扉がゆっくりと開き、入ってきた人物の重みに床が軋んだ。その人物も、お世辞にも調子が良さそうとは言えないが、眼光だけは鋭く光っている。それは明らかな嫌悪の色を表していたが、それを見て笑った大蛇丸は何も気にしなかった。

「来たわね......カナ」

大蛇丸の口から出た自分の名に、カナは瞳を曇らせた。


ーーー第七話 ひと時


ぴちょん。何か実験用具に入っている水が滴る。
それしか響かない室内。大蛇丸は今ばかりはその蛇のような瞳を閉ざしていた。
そして、その横にカナはいた。ベッドの横の丸椅子に座り、大蛇丸同じく目を閉じている。その両手は大蛇丸の片手に宛てがっていた。

「だんだん上達してるじゃない?」

歪んだ大蛇丸の口元。カナがそれに返すことはないが。

「でも、アナタとてさっさと私から離れたいでしょうに。どうして手っ取り早く済ませないのかしらねェ」
「......馬鹿なこと言わないで。当たり前でしょう」

できるだけ大蛇丸に触ろうとしないカナ。チャクラを集中しやすい場所は他箇所あるが、カナは決してそこで大蛇丸に触れようとはしない。
この三年間で"蛇"には多少慣れたカナだが、近づきたくないことに変わりはない。

「誰が"蛇"になんて」
「フフ......そう?冷たいのね。でも本当にそれだけかしら」

探るような言い方にカナはすっと瞳を開ける。今 まさに"神鳥"のチャクラを送っているが故に、その瞳の色は金色だ。その鋭い色に恐れも為さない大蛇丸もカナを視線で射止めていた。

「アナタにはサスケ君がいるから、ではないの?」
「サスケ......?」

殊更眉をひそめたカナに、大蛇丸は心底面白そうに笑った。それきり何も言おうとはしない。だがすぐにでも大蛇丸から離れたいカナが、わざわざ尋ねることもなかった。
金色が元の色に戻る。その一瞬、カナは苦痛に顔を歪めた。大蛇丸はそれを見逃さない。

「近頃、ずっと体を酷使し続けてるみたいね。今回のことといい......何かあったのかしら?」
「......なにも。あったとしても、それをわざわざあなたに伝える義務はない」

チャクラの受け渡しを終えて、丸椅子から立ち上がったカナはすぐに退散しようとする。その後ろ姿に「相変わらず生意気」と大蛇丸は面白そうに笑い、更に続けた。


「アナタの命もサスケ君の命も、私の掌の上ってことが解ってないのかしら?」


ーーーその途端、カナは振り向き、刺すような視線を大蛇丸に向けた。

「三年以内にサスケに手を出したら」
「私の"神鳥"の研究を終わらせる前に自分の命を断つ、でしょう?」

大蛇丸の目には余裕が浮かんでいる。カナの手の平にじんわりと汗が滲む。
ーー効力がそろそろ切れるこの契約は、カナが大蛇丸の研究に手を貸す条件として、二年半前に突き付けたものだった。

「(北波さんは私が死んでも"神鳥"はいなくならないって言ってたけど......このことを大蛇丸は知らない)」

だから、カナの武器になる。

「私は本気ですよ」
「......フフ。でも......他人のことを思うばかり......もう"中身"のほうはボロボロじゃない?」
「......何のこと」
「とぼけるのがうまいわね。さて、この後はどうするの?」

カナは視線を一旦床に向けた後、扉へと歩き始めた。ギィ、と扉を開け、扉の向こう側へと足を踏み出す。

「それも、あなたには関係無い」

それだけ言って、カナは完全に室外へと消えた。
その瞬間足がぐらついたが、寸での所で耐えるカナ。紫珀の声をその脳裏に思い返す。確かにそろそろ限界が近い。
だがその前に、カナには行きたいところがあった。



岩場の奥深く。切り立った崖のすぐ近く。北アジト周辺の、決して小さくはない基地。

カナはその付近の見張り台をふっと見上げた。いつものようにそこには誰かが立っており、その者はカナを見つけ、一礼する。それを見ていたカナも軽く頭を下げ、また歩き出す。

不本意ながらも大蛇丸の近しい者であるカナは悠々とそこを通り抜けた。すると、目に入ったのは収容所ーーーまたは、人体実験場。
その扉を開け放つと、途端にカナの鼻を霞めたのは、混ざりに混ざった薬品と血の臭い。ここで実験が休まる時はない。何人もの大蛇丸の部下が休む間もなく、人体を弄んでいる。

眉根を寄せながら、カナは歩き始めた。無機質な通路を抜けていく。時折大蛇丸の部下とすれ違うが、目を合わせることもない。ただ真っ直ぐ前を向いていた。

最終的にカナが腰を下ろしたのは、北アジト収容所の最奥だった。そこには、何重にも錠がかけられている個室の牢獄がある。
その中に繋がれているのはたった一人の温和な青年。
彼もまたカナの気配に気付いたようだったが、何も言うことはなかった。

そうして何の雑音もないこの空間に、カナは久方ぶりに心を休ませていた。牢獄に捕まっている人物を知っているからこそーー。
カナは目を閉じて、静かに息を吸う。


"夜空 羽根が舞う..."


カナが口ずさむ歌は、三年の時を経ても、何も変わってはいなかった。



風影奪還任務より四日後、木ノ葉隠れの里。
ちょうどこの日に帰還したカカシ班・ガイ班は長期任務をようやく終え、各々報告した後はすぐに自宅へ戻って行った。......ただ一人、里が誇る優秀な上忍、はたけカカシを除いて。

カカシは他の班員と何気なく別れた後、再び火影室に戻り、五代目である綱手に対面していた。初めは怪訝な顔をしていた綱手も、カカシの真剣な表情に気づく。

「......どうした?」
「先ほど報告した件で......黒衣を羽織った、"暁"とは別の人物のことについて」

綱手は眉をひそめる。綱手も先ほどその人物について報告を受けたものの、全く情報の無い人物では判断のしようがないと保留になったところである。

「何か分かっているのか」

俯いているカカシの様子は、綱手の目から見ても変だった。どことなく、いつもの冷静さが欠けている。

「......確実とは言いきれません。確証もありませんし......もしかしたら私の思い違いかもしれません」
「?」
「それでも良ければ、一応お話しておこうかと」
「だから、一体何の話なんだ」

綱手は思わず鋭く言及する。それを前に、カカシは小さく吐息をついた。僅かに高鳴っている胸を紛らわすように。
数秒目を伏せてから、カカシは強い目で綱手を射抜いた。

"風羽カナ"。ーーその名前を久しぶりに聞いた綱手も、大きく目を見開いていた。


 
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