朱雀、とカナは走りながら脳内で唱えた。

カカシたちからは離れていく。リンの伝言を伝えたその後は、カナに彼らの間に入る資格はない。であれば、今為すべきことは、ナルトたちを追って最後の敵・うちはマダラを倒すこと。

しかし、脳内で何度唱えても、朱雀の応えが返ってこないことが気がかりだった。

「(朱雀の本体は完全に分離しちゃったのか…!)」

オビトの中でもカナは朱雀の声が聴こえなかった。どういう原理か分からないが、カナ自身は要らないものとして別々にされたのかもしれない。
尾獣たちも今は連合と一緒にマダラを追ったはずだ。だとすると、やはりカナが向かう先は一つだ。

あとは、マダラさえ倒せば。


その頃には、ナルトとサスケはマダラへと辿り着いていた。
ずっと相対していた柱間の元への救援。しかし、一度封印まで仕掛けたそのマダラの体に、唐突に生気が舞い戻る。
穢土転生ではあり得ない血肉───鼓動。

「やはりこの体でなければ!血湧き肉躍ってこその戦いだ!!」

黒ゼツに支配されたオビトを糧に、ついにうちはマダラが息を吹き返してしまった。



ーーー第八十四話 愛する宿命



「(見つけた!)」

カナの瞳がいくつかの人影を捉えた。
まず第一に凄まじい気配を放っているうちはマダラ。そのマダラの手には、両膝をついて首を絞められている千手柱間。そして少し先には攻撃を受けたのか、転がってしまったままのナルト。
そのマダラに、カナよりも先に攻撃を仕掛けようとしているサスケの姿。

「うちはの末裔か」

マダラがサスケの剣を避けたところに、カナも飛び込んだ。
クナイに風を纏わせ、サスケの刀の流れに入り込む。マダラの愉快そうな笑みは増した。

「と、風羽が来たな」

「カナ!」とナルトの叫ぶ声。察していたサスケは写輪眼を光らせる。

「カナ、オレが合わせる」
「うん!」

カナがサスケの流れに合わせるよりも、写輪眼の見切りに任せたほうが良い。
一歩前に踏み込んだカナは躊躇なくマダラの胸を狙う。避けられることなど分かっているから、二撃も三撃も追い続ける。そして唐突に、カナの顔の横すれすれを狙ったように、サスケの刀が一閃を放つ。
チリ、とその刀がマダラの腕を掠った。

カナはその途端目を見開いた。

「(血…!?)」

マダラの傷あとに滲む鮮血を見て、カナに動揺が走る。
カナはまだ輪廻天生に気づいていなかった───サスケがそれに気づく。

「カナ、コイツはもう生身だ!」
「え…!?」

マダラがニヤリと笑った。

「これで対等だろう?」
「何で…!」
「だがこれで確実に殺して、あの世に送り返すことができる…それこそこちらのチャンスだ!」

サスケの一切の躊躇いのない動きがマダラの体を捉えた。

「穢土転生のままが良かったと、悔やみながら逝け!」

マダラの右腕を突き刺す。鮮血が舞う。
全員が息を呑んで見守る中、だがそれでも、マダラは躊躇いもなく、逆に腕に刺さった刀身を左手で掴み、奥まで引いていた。───サスケの刀が捕らえられた。

「くッ…」
「感じるぞ…その万華鏡は…直巴。道理で良い動きをする。オレの輪廻眼が帰ってくるまでの間、お前の眼をいただくのもいいかもしれんな」

マダラはずっとその両眼を閉じたまま、それでもサスケとカナの動きに対応していた。輪廻天生をきっかけに特異な目は消滅したらしい。

「ただ、殺すには惜しいな。どうだ…同じうちはの生き残りとしてオレと組む気はないか?」
「同じだと?勘違いするな」
「マダラ、あなたは死んだ人間だ!」

マダラの背後からカナは再びかかった。同時にナルトも立ち上がり、仙人モードでマダラへと突っ込む。

「オレもまだいるってばよォ!!」

マダラの前にはサスケ、後ろにはカナ、横にはナルト、三者が一気に攻撃を仕掛けた。しかし、


「火遁 灰塵隠れの術」


両目を閉じたままのマダラが口を膨らませたかと思うと、ブワッと熱を持った風塵が発生した。

誰もがそれで後退する───しかも、マダラの姿ももちろん、お互いの姿をも見失う。

「(熱い…!風を、)」

顔を腕で覆ったカナはいつもの感覚で風を呼び寄せようとした、しかし、直後慣れない感覚を感じて目を見開いた。
───風が集まらない。いつも手足のように使っていたものが消えている。
動揺は体の硬直に現れた。


「かはッ……!」


視界が白く何も見えない中、カナの腹が何者かに蹴られた───いや、この状況でそれはマダラ以外にありえない。

カナの体は勢いよく吹っ飛んでいく。灰塵の煙から飛び出て更に遥か向こう側、地面に足がつかないまま、後方へ後方へと飛んでいく。
その風圧に抵抗できないまま、瓦礫の壁に打ち付けられて、やっと止まった───

「がっ……」

しかし追い討ちをかけるように、頭を壁に押し付けられた。かろうじて開いているカナの瞳に、マダラの顔が映った。



チッ、とサスケは舌打ちをこぼした。
マダラの灰塵隠れの術がやっと晴れてきた。その場にはまだ動けないでいる柱間、ナルトはいるが、たった今まで相対していたはずのマダラが消えている。
それに、カナの姿もない。

「どこ行った…」
「任せろ。オレには仙人モードがある、探知ならお手のものだってばよ!」

同じく周囲を見渡していたナルトがすぐに集中した。三秒と経たずに「見つけた!」と目を開く。
ナルトはぱっと顔を上げる。

「尾獣たちの方だ…!…いや、あと…影分身か?マダラの気配が二つある!そっちにはカナもいる!」
「…影分身か」
「カナの方は任せたぞサスケ!」

その瞬間、ナルトはサスケの返事を待たずして走り出した。尾獣化したそのスピードは一瞬にしてこの場から遠ざかっていく。

「……」

サスケはザリと足元を均して、ナルトと反対方向へ行こうとして、しかしその足はすぐ留まった。
たった今ナルトに言われた言葉の通りに動こうとしたのだが、それをすんでのところで止めていた。サスケの眉間に皺が寄る。

間違いなく、カナのところにいるマダラのほうが影分身だろう。どういう状況でこの場から離れたのかは分からないが、それだけは確信できる。
何故なら、尾獣を再び我が物にし、オビトと同じように人柱力になることがマダラの野望だ。無限月読を現実のものにするために、マダラは一刻も早く尾獣に手綱をつけたがっている。
ならば、尾獣たちの元にいるのが間違いなく本体。

「(…それを止めるのが優先だ)」


サスケの足は方向を変えた。

「待て!」

しかし、それもまた別の人間に止められた。
サスケは写輪眼のまま振り向く。両膝をついたまま、マダラに戦闘不能にさせられた柱間が、サスケのほうを見つめていた。

「うちはの少年…お前に術を渡す…」
「術だと?」
「お前にオレの残りのチャクラ、全てを渡す…マダラを止めてくれ」

背中に無数の黒い杭が刺さったままの柱間は、懇願するような声で言う。その様子に感化されたか、サスケは改めて柱間に向き直る。

「…何故うちはのオレに」

柱間は顔を俯けた。黒い長髪がその顔に影を落とす。

「…お前は似ている…マダラの弟…うちはイズナに」
「……」
「マダラは元来…優しい男だ。弟想いで…願掛けをする、信心深いヤツだ。それにお前は、ヤツと同じように、風羽と深く繋がってるようだ」
「…同じように?」

ああ、と頷いた柱間の脳裏にはかつて同じ夢を追い求めたシギの姿が甦る。
気高く強いくノ一であったシギを一時柱間も特別に思ったことがあったが、シギはいつも危なっかしいマダラを気にかけていた。理想に対して足並みが揃っていたのは柱間の方だったというのに…女としてのシギの視線の先は決まっていた。

「風羽シギという…初代神人は、マダラとは切っても切れない関係だった」

その全てをサスケに語ることはせず、柱間は目を瞑って言う。

「お前はイズナに…風羽の末裔はシギによく似ている。偶然というよりは、マダラを止めるための運命かのようだ。お前たちが揃えば、マダラを止めることが出来るかもしれない…」
「……」
「引き止めてすまないな。お前は風羽の子孫の救援に向かうんだろう。さあ力を託す、オレの前へ…」
「いや。オレはカナの元へは向かわない」

サスケの断言に、柱間はなに、と眉間に皺を寄せた。否定したサスケは涼しい顔で柱間の前へ足を運ぶ。一切の迷いのない瞳だった。

「マダラの影分身程度、アイツなら一人で乗り切る……オレはそう知っている」

忍として生まれた者に、完全に愛を優先できる者はいないのかもしれない。瞠目した柱間は顔を伏せ、いつの世も戦よ、と苦く笑った。



戦いはまたもいくつかに分断されていた。

カカシたちの元には、黒ゼツ───マダラの意志と名乗った黒ゼツこそが、瀕死のオビトの体を操って、マダラに輪廻天生の術をかけていた。
オビトの半身は黒く染まったまま、オビト自身の意思に関係なく、カカシとミナトに対峙している。輪廻天生は自分の生と引き換えに結ばれる術、だが黒ゼツがついている限りはその命が生きながらえる。
黒ゼツも離れた瞬間カカシとミナトに殺されると察知しているからこそ、動かない。完全に状況は膠着していた。


風影以外の五影含む、連合軍の大勢の元にはそれとは別に、白ゼツの分身のようなグルグル面に足止めされていた。全ての性質変化を操れるらしい。
本来ならばたった一人、そう大した敵ではないだろうが、無限のチャクラを持つ相手とは違い、忍たちには限界がある。もう長い戦いで消耗し切った連合のみなにとったらこれほど厄介な相手はなかった。

その戦闘の先に、尾獣たちと、かつて人柱力だった我愛羅が彼らを率いてマダラの本体に相対していた。当然そこにはナルトも加わってくる。
マダラが尾獣たちに首輪をかけるのが早いか、ナルトたちがマダラを封印するのが早いか。
当然、マダラはナルトの中の九尾をも狙っている。マダラの余裕な笑みはいつまでも消えない。



そしてその影分身が今、瓦礫の壁にカナを押し付けていた。銀色の頭をがっしりと掴んでいる。カナの鼻先十センチの距離。カナがかろうじてふるったクナイも、呆気なく別の手で止められた。

「朱雀とは分離したようだな」
「…!」
「印を結ばぬ風が使えなくなっているだろう。それは朱雀由来のチカラ…まだ多少は朱雀のチャクラが残っているようだが、風を扱えるほどではないだろう。…そうなると、風羽一族もただの一介の忍だ」

カナは苦々しげに表情を歪める。今までであれば印を結ばずとも、風で攻撃もできた。忍として意識し始めた頃からその能力はカナのものだった。それが使えなくなることが、こんなにも無力感に襲われるとは。

「お前は今やただの小娘だ。生かしておくには値しない」

ぞくりとした悪寒がカナの背を走った。カナは目前のマダラの顔を凝視したまま息を呑んだ。

だが数秒、何も起きない。
次第に悪寒が疑念へと変わる。両目を閉じたままのマダラの表情は一向に変わらず、口を真一文字に閉じたまま。
沈黙の数秒間、この諸悪の根源が何を考えているのか、カナにはまるで分からなかった。カナはやっと口から酸素を取り込んで、声を震わせないよう気をつけながら呟いた。


「何を…躊躇しているの…?」


マダラがそれで表情を変えたのが分かった。

「…本当にお前はシギに似ている」
「……だから、なに」
「ヤツを殺した時のことを思い出した」

カナは瞠目した。
初代神人・風羽シギの末路は戦争前、朱雀に聞いた。“終末の谷”。木ノ葉を捨てたマダラと里を守る柱間の最期の戦いに、巻き込まれた形で死んだと言っていた。

「柱間を守るため飛び出してきたシギに、オレは攻撃を止めなかった」

マダラの声色から感情が読み取れない。

「里を捨てる前にシギに言われた言葉があったからだ。あの時も…シギは体を張ってオレを全力で止めようとした。オレはそれが鬱陶しくて仕方がなかった。戦闘能力でアイツに負けるわけがなかった、なのにオレはそれでもアイツを殺せなかった……その時アイツが言った言葉がそれだ」


『珍しいじゃない、マダラ。何を躊躇しているの?…私を殺すことについて?』


シギ自身も葛藤を抱える顔をしながらも、それでもシギはどこまでも強気にマダラを挑発した。マダラが殺さぬ程度につけた傷をものともせずに、笑っていた。
マダラはそれでもその時、シギを殺す決意を抱けなかった。

「だから終末の谷では殺してやったのだ。躊躇することなく…オレの、この手で」

カナの頭を抑える力が強まった。その痛みに顔を歪めながらも、カナは悟ってしまった。風羽シギとうちはマダラの関係は───

「シギ様は、あなたにとって……」
「そうだな。シギは、オレの特別だった」

マダラがあっけからんと言う。その顔が初めて自嘲気味な表情を溢した。

「それこそ、穢土転生……柱間ども共々こういう術でこの世に戻るすべを知っていれば、オレはシギを殺したあの時、別の方法を選んだかもしれんな」
「……どういう意味?」
「柱間との戦いの後、生きながらえたオレは、終末の谷の底に沈んでいたシギの体を引き上げ、いっぺん残らず燃やし尽くしたのだ」
「!?」
「どこかの忍にその体を利用されるくらいならばと、一切の情報を残すまいとしてひたすらにシギの体を焼いた───それがオレなりの愛し方だったのだ」

カナは心にくるものを覚えてしまう。その状況を想像してしまう。
互いに愛する者と敵対して、最期にはその愛する者を手にかけ、そして死んだその体でさえも遺すことを許されなかった。忍の世の戦乱の為に。

「だが、オレがあの時アイツを消し炭などにせず、僅かでも体の情報を残してやれば……シギも穢土転生で生き返っていたのだろうな」

その言葉の裏が読み取れる。
生かしておくに値しない、とまで断言して、いつでもカナを殺せる状況まで持ってきておきながら、いつまでも実行する様子がないマダラは…シギに似ているというカナを未だ殺さないマダラは、本当はシギに逢いたかったのだろう。
それほどまでにマダラはシギを愛していた。

「…仮にそれでシギ様が生き返っていたとして」

カナは目先のマダラを睨みながら言う。

「あなたの野望に同意するとは思えないけれど」

マダラは鼻で笑った。

「そうだろうな。シギもオレを愛していたが、貫くべき芯を一切曲げることはなかった。生き返ったとて、シギは柱間側についたろうな。……それに、穢土転生の体が死体なことに変わりはない……今のオレと違って」
「…!そういえばその体は」
「正真正銘、オレは生き返ったのだ」

カナは輪廻天生という術自体を知らない。何故、と繰り返し問うカナに、マダラはその術の説明をしてやる。つまり、術者の生と引き換えに、対象の命を生き返らせる紛うことなき禁術。
マダラは此度の術者について言及することなく続ける。

「生き返った…この世に無限月読という真の安寧を創り出すために」
「……」
「シギにもこの世界に居てほしかったと思うが…まあ過ぎたことを言っていても仕方がない。───代わりに、どうだ?カナ」

カナは強く眉根を寄せた。意味が分からない。

「シギに似ているお前だ。今のお前はただの小娘に過ぎないが、生かす猶予をくれてやると言っているのだ」

ふざけたことを言っている。その言葉でカナもようやく理解できた。もうこの世にいないシギの代わりに、カナをそばに置こうとしている。
カナにとっては腹立たしい上に、それがどれほど虚しいことか、マダラも理解できないわけではないだろう。

「……それに私が頷くと思ってるの?」

カナの口から出た言葉に、しかし返事はなかった。目を瞑ったままのマダラは微動だにせず、真顔でカナに顔を向けている。

カナのほうがそれで顔を歪めた。


「(…この人は、本気で言っているのか)」


それほどまでにシギの影を追っている───うちは、という一族の宿命のようだった。
オビトが愛する人を失ったことをきっかけに闇を目指したように、マダラの野望のきっかけにも愛という理由があったのかもしれない。
この世に見限りをつけたこの男は、無限月読という偽りの平和を創り上げる中に必ず、風羽シギを蘇らせるだろう。

マダラは本気でカナの返答を待っているようだった。
だが、マダラの想いの本気度がどうあれカナは当然頷かない。

「(───潮時だ)」

もう随分長いこと話し込んでしまった。


そう考えたカナの次の行動は、


「───!」


マダラが初めて顔に動揺を表した。

少なくとも見かけ上は敵意を消したカナが、両手を伸ばして、マダラの体を包み込んでいたのだ。

確かな体温を持ったマダラの体を強く抱きしめる。
───動きを止めるために。

「なにを、」



───その背後から、もう一人のカナが現れ、クナイに風遁をまとい、マダラの背を容赦なく切り裂いていた。


「未来を、仲間を、裏切るわけがない!!」


鮮血が舞う。


「貴様…分身か…!」


その不意打ちを予期できなかったマダラは憎らしげに顔を歪める。マダラの顔を見上げる目の前のカナは笑った。

「シギ様じゃなくて申し訳ないです」

そのカナの体がぶわりと風に変わる。
初めから、風分身だった。

ずっと身を潜めていたほうの本体のカナは、マダラの血が滴るクナイを放り投げ、そのままマダラの背中に体当たりして地面に押さえ込んだ。
手際良くマダラの両腕を背中に回して縛る。

「私がシギ様に似てたから、私の抱擁を避けられなかったんですよね…シギ様にお礼を言わなきゃ」
「…それで?これで封じたつもりか?」
「…まだ聞きたいことがある。あなたを生き返らせた術者は一体、」


───だが、その瞬間笑ったマダラの体もまた、煙となって消えていた。

突如押さえ込む対象が消え、カナは体勢を崩す。一瞬放心したカナもまた理解した。

「マダラも影分身だったのか…!」


周囲には誰もいない。マダラの本体もこの付近にはいないようだ。
ナルトとサスケが追いかけてこないのもずっと気になっていた。当然だ、カナを足止めしていたのはただの影分身だったからだ。

ならば、間違いなく戦場は、尾獣たちの元へ移っている。───嫌な予感を振り切るように、カナはすぐさま走り出した。



影分身が消えた時、影分身が得た情報は本体の元へ戻る。

同時刻、尾獣たちと我愛羅、ナルトと対峙しているマダラは今、地面から現れた白ゼツから輪廻眼の片眼を受け取ったところだった。
かつて自分の体に柱間細胞を取り込み、うちはと柱間二つの力を得たことで開眼した、マダラ本来の瞳だ。
その瞳が影分身の経験を映して愉快気に笑った。

「風羽はこの時代になってもオレを愉しませる…」

「なんか言いました?」と地面から生えたままの白ゼツがマダラの顔を見上げる。それに応える気がないマダラは、笑いながら自分の体から流れる血液を指に取った。

口寄せの術。

煙に巻かれてマダラの背後に呼び出されたのは、外道魔像。尾獣たちよりも巨大な禍々しさ───輪廻眼を持ってして初めて口寄せできるものだ。
ただ、巨像は胸から上の上半身だけ地面から現れたが、その右肩から先が無かった。

「右腕をもがれたか…向こうにもまだ良い眼を持っている奴がいるようだな」

これまで外道魔像は、十尾の人柱力となる時に、オビトがその体内に吸収していた。つまり、この口寄せはオビトがいるところから為された。そこで直前に誰かが攻撃したのだろう。

「まあ特に支障はない。───これでアイツらの小屋はできた。後はぶちこんでいくだけだ」



対するは、ナルトと我愛羅、九匹の尾獣と、神鳥。
尾獣たちの上で羽ばたいている朱雀は苦々しげにマダラと外道魔像を睨んでいる。

「オイ、朱雀…お前、神人とのリンクは」

上空を見上げながら九尾・九喇嘛が言う。朱雀は視線を合わさずに「切れた」と応えた。

「切れた…?んじゃお前、こんなトコにいていいのか。お前のチカラがなけりゃ、風羽も普通の忍だろ」
「普通の忍だが、アレは弱いわけではない。それに……嫌な予感がするのだ」
「あァ?」
「我がアレに戻れば、また共に呑み込まれてしまうかもしれん。それを一番避けたいのだ」

朱雀はオビトに呑み込まれた時のことを思い起こす。オビトの目的であった十尾と朱雀自身がカナの腹にいたがための結果を。「ああなってしまえば、カナも闘えなくなる」と続けた朱雀はもう、そう思いやれるほどにカナへ情を寄せていた。
九喇嘛はちらりとその表情を見てマダラに目を戻す。

「まァ……確かに、嫌な予感は……するな」
「おい化けギツネにトリ頭!グダグダ喋ってんじゃねーぞ!」
「何かしてくるかも……注意を、」

一尾の守鶴、二尾の又旅がそう言った直後だった。

「来るぞナルト…!」
「分かってるってばよ我愛羅!」

全員の視線の先で、マダラが外道魔像の頭の上に飛び上がった。
右眼に戻った輪廻眼が、ギラリと瞳力を発動した。


───輪墓・辺獄。


だが、来ることが分かっていても避けられる攻撃ではなかった。
マダラとの距離数十メートル。マダラは一切動いていない、だというのにその瞬間、尾獣たちが唐突に吹っ飛び出した。

「(なんの気配だ……!)」

朱雀だけがそれの正体を感じる。マダラから唐突に現れた、通常目に見えないマダラの分身のようなものが、一瞬で間合いを詰めてきて、尾獣全員を捉えたのだ。
九体を倒し終えた分身が、ダンっと足元を弾いて宙に舞う。
朱雀の頭上まで届いた。

「当たるものか!」

その気配だけは察知している朱雀は、その上空の影を弾き返すように風を送る。
空中でそれを避けられなかった影はそれで消えた、が───


「さすが六道仙人由来の存在だ、朱雀……”輪墓”のオレを感じたか。だが、背中がガラ空きだな」


地上、外道魔像の上にいるマダラが別の印を組んだ。
マダラの口から吐き出された業火が朱雀の羽を焼く。「グッ…!」と表情を歪めた朱雀は、耐えられず地上へ落ちていく。

「なんだ!?」
「九喇嘛!みんな!」
「急に尾獣たちが吹っ飛んだぞ!」
「少しは大人しくなったな。これでやっと、首輪がかけられる」


その瞬間、外道魔像の口から吐き出されたのは、十本のチャクラの鎖。
九匹の尾獣と神鳥は呆気なくその鎖に捕まる。全員が地面に爪を立てて引っ張られるのを防ごうとするが、抑え切れる力ではない。

───この中で、ナルトだけが人柱力として、九尾と命を繋がれている。

「なろォッ……九喇嘛を奪られてたまっかってばよォ!!」


必死に自分のチャクラと引き合いをする。
だが、抵抗の結末は、あまりにも残酷だった。



夜の闇の空を切っていく鳥の影が一羽。
巨大化した紫色の鳥の上には、サスケが乗っていた。

「ほんまに、よう無神経にオレ様を呼び出せたもんや…!」
「…何度目だ。うるさいぞ紫珀」
「他の鳥とも契約しとるくせに、お前がオレ様を選んでアシに使っとるんやろうが。文句ぐらい大人しく聞け!」

呼び出された直後、開口一番「マダラを追う」とだけ言われた以外、大した説明もされていない紫珀は延々と文句を言っている。
放心状態だったイギリとやっと落ち着いて話が出来てきたところだった。そこを邪魔されて呼び出された。世界の命運を分ける戦争中だ、相手がサスケとて拒否ができなかっただけだ。

「お前、ほんまに今は五大国側なんやな」
「…少なくとも世界をマダラに渡す気はないというだけだ」
「…いつまで道に迷ってんねんお前は…。…まァいい。アシにくらいなったる。けど、それだけしかできんぞ、今のオレには」
「別にそれ以上の期待をしたつもりはないな」

にべもない。つくづく腹が立つ奴だ、と紫珀は心から思ったが、もう口に出すのはやめた。
紫珀は戦況を一切知らない。カナが今どうなっているかも分からない。だがこの状況でサスケに全てを聞き出そうとは思わなかった。
とにかく、自分の全速力で、前へ。

「……もう気配が間近だ」

サスケが不意に言う。紫珀はそうか、とだけ返す。サスケは目を細めて、もう一度口を開いた。

「この戦争が落ち着いたら」
「ん?」
「……カナには、謝るつもりだ」

紫珀は目を丸める。それから軽く笑った。決意表明するためにオレを呼んだんかい、という軽口は、心の中に留め置いた。

「当然や。あとはオレ様に殴らせろ」
「……フン」


サスケの足が紫珀の背中を蹴り、飛び降りていく。その足が着地して走り出したのを見送ってから、紫珀は大人しく煙に巻かれた。


サスケは進み続ける。
眼前の巨大な瓦礫の向こうに外道魔像の影が見え始めている。
大層な砂埃が待っている。

嫌な予感はした、だが止まる理由にはならなかった。

そこにいるはずの尾獣たちの気配は消えていた。ナルトの姿も見えなかった。
ただ見えたのは、外道魔像の頭上、黒髪を靡かせるうちはマダラと、マダラの足元、黒い杭で縫い付けられている二代目火影の姿。

マダラの背後へ向かって、上空から飛びかかる。

先に扉間がそれに気づいたのが分かった。
マダラはまだ振り返らない。

サスケの手が刀にかかる。
音もなく、振動もなく、マダラの背中に一太刀入れようと───した。


「───!?」


サスケの吐息が漏れた。
マダラはまだ振り返ってもいない。だが、サスケの体が何故か、宙に浮いたまま止まっていた。
体を動かせない。握っていた刀がカランと魔像の上に落ちた。

やっとマダラの片目の輪廻眼が振り返った。

「この世界は言わば……柱間の矛盾した世界だ」

扉間としていた話の続きだろうか。サスケには意味が分からない。
ただ唯一動く瞳で、マダラの一挙一動を見る。

「何かを守るためには、何かを犠牲にしてしまう……例えそれが友であろうと、兄弟であろうと、愛する者だろうと……我が子だろうと」

マダラの手がサスケの刀を拾った。
扉間がマダラへ何かを怒鳴っているが、その声が異様に遠く聴こえた。

切先がサスケの胸へ向けられる。
胸の中心よりやや左寄りの、その一点が。


「時間は充分にやっただろう………残念だ」



貫かれた。


 
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