タイヨウの君 | ナノ


▼ 6:さがしもの

現実味を超越していた夢を、今の今まで現実と信じていたのに、不意に「あ、これは違うな」と感づいた。そんな、目覚めの感覚。

それから、ふっと目をあけた。すると昨日とおんなじ幼い顔が目の前にあった。
気持ちよさそうに深く眠っている様子を見て、穏やかな感情が広がるのを感じた。
起こさないように金色の髪を触ってみる。柔らかな頬を撫でて、その温もりを直に感じると、本当にここにいるんだという実感が湧く。

夢じゃない。今日もこれは、夢じゃないらしい。
この奇妙で長い夢の目覚めの感覚はまだない。私はまだ、これは現実だと錯覚しているようだ。

むずりと動いたので慌てて手を引っ込めた。それから頭を上げ、時計を確認する。
ちょうど六時を回った頃。早朝。
よく寝る子供が起きないのも当然で、起こそうとも思えない。一方で、この時間に起きるよう体内時計がセッティングされてる私。どちらかというと朝型で、だからこそ朝の散歩とかいう優雅なことができるのだ。
そしたら先日、その最中にナルトを見つけたのだけれど。

ゆっくりと上体を起こして、ぼさぼさ髪を手櫛でとく。あくびを一つ、頭が覚醒していくのを感じた。
落ちたら大事なのでとナルトはベッドの壁側に寝かしてるから、私がベッドから降りるのは簡単だ。そっと毛布から抜け出して足を床につけた。

窓の外は青い空。気持ちのいい朝が広がっている。
もう一度頭をひねって、未だ眠りこけてるナルトを確認した。

昨日買ったばかりの安物の寝間着に身を包み、一緒にベッドに入ったのが昨夜。ナルトはバスに乗った感動が忘れられなかったらしくて、布団を被ってからも「あのさ、あのさ」と何度も話をしたがった。それでも徐々に瞼が落ちていくのを、私は最後まで見つめていた。話し声が寝息に変わって暫くしてからようやく自分も眠りについた。

この子が帰る時、どんなふうになるんだろう?すうっと消えるのか、ぱっと消えるのか。私の記憶にはちゃんと残るのか、それとも全部忘れてしまうのか。
じくじくと胸が痛むのを感じた。同時に、まずいな、とも思った。

私が帰してあげなきゃ。今この子の事を知ってるのは、私しかいないんだから。

立ち上がって、部屋着から着替える。程々に人に見せれる程度の格好をして、玄関に向かう。サンダルを履いて、密かに静かにドアを開いた。
朝の風が吹いてる。けど今日はよっぽど暑い日になるのか、既に少し生温い風だった。



なんであの子はここに来たのか。ニンジャとかいう役職が普通らしい危ない世界から、何故こんな危険とは無縁のところへ?
ニンジャとかいうからには、多分、ニンジュツとか使うのかもしれない。現実を見るならこの世界でいう忍術は、布で身を隠したり水の中で筒を通して息して身を潜めたり、その程度の今の私たちにもできそうな技のことなんだろうけど、多分あの子がいた世界では違うんだろう。分身したりとか瞬間移動したりとか。なんせ少年誌の漫画だもん。
ナルトはそんな不思議ニンジュツを使ってここに来たとか。いやでも、あの子は今の状況を掴めてないから…逆に使われたとか?

なんにも知らない私が憶測ばかり組み立てても仕方のないことだと思う。もう、誰か答をちょうだいよ。

とりあえずナルトと初めて会った場所に来たものの、何をすればいいのかなんて全然わからなかった。

「(何かあったりしないかな。手がかりになりそうなもの)」

公園の中に足を踏み入れて、ふらりとそこらへんを見渡してみる。遊具があんまりない公園で、グランドばっかり広いだけ。数日前、ナルトはその隅で縮こまってたんだっけ。たった数日ぽっちなのに、事が大きすぎてもっと前の話のような違和感がある。

「(…何もないなァ)」

落胆。ため息。…少し、安堵も。
間違いなく、あの子が私に懐いてくれたように、私だって同じになってきてる。無垢な子供がきょろきょろしてるのが愛らしくて、おやすみとかおはようとか、いただきますとかごちそうさまとか、そういう何でもない挨拶を交わしてくれるのが嬉しい。
一方で、たまにズキっとくる。あの子が不意にただの子供らしくない仕草をするたび、ああ私はこの子のことを知らないんだなって思うから。



「おはよう」
「!!」

唐突に後ろから声をかけられて、びくっとした。振り向けば、初めて見るご老人が朗らかに笑っていた。えっいつの間に背後に立ってらしたんですかね。
朝の散歩だなんて我ながら年寄り臭い趣味だと自覚してる。だからこうしてその途中途中でご老人と挨拶を交わすことは珍しくないから、気にすることじゃないけど。

「お、はようございます」
「はは、びっくりさせてしまったかな」
「あ、いえ......えっと、今日は暑くなりそうですね」

なんだか恥ずかしくて、紛らわすように言ってみる。おじいさんはにこにこ笑ってるだけだけど。

「何か探し物を?」

どきーんと胸が高鳴った。

「えっ。......いえ、別に......何も探してないです」
「そうか......では違ったかな」
「??」

確かにさっきまでの私の行動は、グランドの真ん中に突っ立ってあたりをキョロキョロしてたから、挙動不審だったかも。見られてたようだ。気付かなかったな。
しかし、何が違うんだろう?
おじいさんは何故かじっと私を見てる。こ、こわくなってきたぞ。何だ、どうした。

「え、えっと......じゃあ私、そろそろ行きますね。ま、また」

脱兎。
いや、走り出したら失礼だから、早歩き程度だけれども。

ぺこりと頭を下げて、早々に公園を出た。後ろを振り返らずに歩き続けて、ようやく公園が見えなくなったところで、なんとなく肩の力を抜いた。わけ分からない人って怖い。

結局なんも収穫を得られなかったな、って思って、今度は肩を落とす。初めて会った場所に行ってみたら何か分かるかも、なんて思ったのに。そこにあったのはいつも通りの表情を見せる公園で、ただの夏の日の朝だった。

「(じゃあ、どうしたらいいんだよう......)」



出て行った時のように、静かにアパートの部屋のドアを開ける。耳をそばだててみたけど、良かった、物音はしない。
抜け出したはいいけど、その間にナルトが起きたら不安にさせちゃっただろうし。まだ起きてないみたいで幸いだ。

カギをかけて、靴を脱いで、手を洗って。それからそうっとベッドに近づくと、ちょうどその時、身じろぎしたナルト。
その様子をじっと見ていると、ゆっくりと瞼が持ち上がる。空色の瞳が顔を覗かせて、小さな手がごしごしと目を擦った。ぼうっとしてる表情で、瞬きを一回、二回。
覗き込むようにしてる私を、ようやく認識したようだ。

「アキ、ねーちゃん......?」
「うん。......おはよう、ナルト」

笑って頭を撫でてやる。気持ち良さそうに目を瞑ったナルトは、顔を綻ばせて「おはよってばよ」と返してくれた。

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