タイヨウの君 | ナノ


▼ 5:ふりつもる

小さなクローゼットの奥の方をごそごそ探す。もう結構掃除してないからホコリが凄まじい。一度げふげふと顔を戻すと、昨日と同じくスマホアプリに噛り付いてたナルトが顔を上げた。瞬間、ゲームオーバーの音が鳴ったけど。

「アキねーちゃん、なにしてるんだってばよ?」
「んー、帽子をね」
「ぼーし?」

扱いには十分気をつけてねと言ったことが功を成したのか、ナルトはスマホを慎重にローテーブルに置いてから、こっちに駆け寄ってくる。着てるのは私のTシャツなのですごく動きにくそうだ。
私を押しのけてクローゼットを覗いた。恥ずかしや、ほんとに汚いのだ。

「オレんちと同じくらいごちゃごちゃしてる…」
「ナルトのおうちはこんなにばっちいんですかー?」

返答はない。しらばっくれるか。
そんなことはともかく、もう一度顔を突っ込む。奥の方をごそごそと。もう暫く全然使ってなかったけど、多分あったはず......

「おっ」

そして発見した。

「......ぼーしだってばよ」
「そー、帽子。ナルト、この帽子どう思う?」

窓を開けて帽子からホコリを払い落としながら。
ツバのあるキャップで、黒を基調にしてるシンプルな柄。それをナルトのほうに向ければ、ナルトは首を傾げて。

「か…かっこいい??」
「なんで疑問系?」
「…オレが被んの?」
「ご名答。キミに被ってもらいたいの」

なかなか鋭いじゃないか。
きょとんとしてるナルトの頭にキャップを被せる。まあ予想通りちょっと緩いけど、だからこそ目元とかも隠れていい感じだ。と、思ってるのは私だけで。

「なんでオレに?ぶかぶかだってばよ...?」
「ナルトくんは外を出歩く時常にこれを被っててください」
「なんで??」
「おねーちゃんからのお願いです。約束してくれる?」

理由は言えないけど明白だ。この子、このままで出歩いたら確実にバレるもん。そうなった時のことなんて考えたくもない。多分というか絶対望む形にならないし。
キャップの下から覗くナルトの目は実に不可解そうだけど、ごめん、言えぬのだ。

「だいじょーぶ、似合ってるよ」

ぽんぽんと撫でてやると少し不満そうに口を尖らせた。

「お出かけ…すんの?」
「お買い物、行ってみたくない?」
「お買い物…」
「ナルトがあとどれだけ夢を見続けるか分からないけど、とりあえずいつまでも私の服じゃ大きすぎるでしょ?」

言われて、ナルトは自分の格好を見る。私のお古で、私は割と小柄なほうだから、とりあえず服としての機能は果たしてるけど、あんまり格好良くはないし。この子がいつまでいるのか知らないけど、最初から着てた服も合わせても、一応もう少しあったほうがいいだろ。
…けどなんか、あっさり頷くだろうと思ってたのに、ナルトはどことなく渋ってるように見えた。

渋ってる……?
怯えてる?

「ナルト?」
「な、なんでもないってばよ!オレ、ちゃんと行くから…」

怯えてる。そう感じて、ハッとした。
そういえば初めて会った時も、ナルトは警戒心を前面に押し出してたのと同時に、酷く怯えていたような気もする。
今もそうして、私の顔色をうかがってる。こんなに小さい子が、自分の思いを押しつぶされてる?

「嫌なら嫌って言っていいんだよ。お姉ちゃん怒らないから」
「…嫌、じゃ、ねえってばよ。ただ…」

瞳を歪ませて俯くナルト。なんて小さいんだろう。

「…なにか怖いことがあるのなら、ちゃんとお姉ちゃんが守ってあげるよ」

目元を隠してたキャップを取り、金髪をふわふわ撫でる。ちょっとしゃがんで、目線をナルトに合わせてみると、ナルトも戸惑いがちに目を合わせてくれた。
うん、と呟いた声。

......なんなんだろう。



外に出てみると、ナルトは立ち直ったみたいだった。
私の部屋の窓から外は眺めてたけど、こうしてちゃんと外に出るのは初日以来。とはいえあの日は泣いてたしでそれどころじゃなかっただろうから、しっかりと外の世界を認識したのは初めてだろう。
手をつなぐ先にはきちんとキャップをかぶったナルトがきょろきょろ頭を動かしてる。

そんな私たちの横を車が走り去る。その途端感激の声を上げたナルトはばっと私を見上げた。

「あ、あのさ、あのさ!あれってばなに!?ぶーんって、ぶーんって!!」
「あれは自動車って乗り物だよ〜」
「めっちゃ速いってばよ!あんなかに人がいんの!?」
「そう、人が運転してんの。車には乗れないけど、帰りにバスって自動車の仲間に乗ってみようか?」
「!! 乗っていいの!?」
「今は夏休みだからキミはタダで乗れるのだよ〜」

興奮してるナルトを見てると思わず笑みがこぼれる。うん、やっぱり子供はこうでなくちゃ。

「あっ、あっちは?!あんまり速くねーけど」
「あれは自転車。自分の力で動かすの」
「じてんしゃ、に似てるけどうるさいヤツはすげー速い!」
「それはバイク。…ナルトは乗り物知らないの?」
「んー、、、あっ!!?空飛んでるヤツがいるってばよ!!」

私の質問なんか耳にも入らないらしい。しゅびっと空を指差したナルト、その先を目で追えば、私にとったら珍しくもなんともないものが飛んでる。

「あれは飛行機っての。あれも乗り物だよ」
「オレってばあれにも乗れる!?」
「え''っ」

あ、あれはちょっと…。マネーが。

とりあえずナルトは見た乗り物すべてに興味を示した。この子が住んでるところには乗り物類なんてないんだろうか。まあ、ニンジャっていうくらいだから、あんなものに乗るより自分たちで移動したほうが速い…...のかもしれない。この子ももしかして走り出したら止められないのかな…恐ろしい。そんなんで迷子になられたらどうしよう。

「オレの夢ってばそーぞー力豊かだってばよ」
「......あはは」

真夏の暑さの中でもこれだけ元気なんだからさすがだ。キャップがやっぱりうっとうしそうだけど、おかげで人目を集めずに済んだ。





「いらっしゃいませー」

にこやかにお姉さんが挨拶してくれた時、握ってる小さな手がびくりと震えたのを感じた。

「お子さんのご洋服ですか?」
「お子っ!?あ......い、いや、その...親戚の子で」
「そうなんですね。ごゆっくりどうぞ」

硬直してる?
そう思ったけど、お姉さんの手前、変な質問をするわけにもいかず、素早く会釈をしてから手を引っ張った。店の中、お姉さんの視界から逃れて、ようやく顔を覗き込む。

「どうしたの?」
「……びっくり、しただけ」

びっくり?そんな、お姉さんが突如現れたわけでもあるまいに。

「…怖いの?」

私には全く分からないことを聞いてみる。すると、ナルトはゆっくり顔を上げて、私を見てから、お姉さんのほうへおずおずと顔を向けた。彼女は今は違うお客さんのお相手をしてる。優しい笑顔の、店員さんの鑑だ。

「……こわく、ない……オレのこと、見てない」
「……?」
「オレのこと、意識、してない…怖くないってばよ」

意識してないことが怖くない?
怪訝気に眉根を寄せたら、ナルトはハッとしたように顔を上げて、ぶんぶんと頭を振った。

「な、なんでもない!それより、見たことない服がいっぱいだってばよ!見て回っていい?」
「……もちろん」

ナルトと手を繋ぎながら、それから安めのお洋服屋さんを何件か回った。手を繋ぎながらなんて商品も見にくいだろうのに決して手を離そうとはしなかった。かわいいなあとは思ったけど、どこかでそれは違うって気付いてた。

ナルトと会ってからほんの数日だけど、この子はやっぱり違う子だなって思ってる自分がいる。

「(......こんな悠長なことしてないで、帰してあげる方法考えなきゃダメでしょ)」

ナルトに似合いそうな服を宛てがったり、子供らしいお話に付き合いながら、そんなことを考えてる。
金髪は帽子に隠してるけど、その影から覗く空色の瞳。無邪気さを滲ませてるその目はたまに暗くなる。

そりゃ怖いよね。
夢の中だって思ってても、こんなワケの分からない、長々と続く見知らぬ世界なんて。

「アキねーちゃん、あれ、かっこいいってばよ!」
「うーん、かっこいいけどナルトにはまだ大きすぎるよ。もっと大人になってからね」
「むー......あっ、これはねーちゃんっぽい!」
「私のはいいから。...あっナルト、ちょうどキミの背丈くらいの着ぐるみがあるよ。ほらこれ」
「......変な顔だってばよ」
「そんな、世界的にかわいいって有名の電気鼠さんなのに!?」
「?」


私は、世界的漫画のヒーローで有名な子を見ながら、私じゃどうにもできないっていうのに、的外れな意志に燃えていた。

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