タイヨウの君 | ナノ


▼ 3:けつい

スプーンで深めの皿から一掬い、牛乳にひたったシリアルを一つ、二つ。
一人暮らしの部屋なのに、私がゆっくりそんな動作をしているうちに、前からしゃこしゃこしゃことシリアルを噛む音がするのは何故か。

「…チョコレート味、おいしい?」
「うん。目玉焼きもおいしいってばよ」
「あー、ありがとー…」

少年…いやもう、ここまできたら心の中での名前を呼ばないという現実逃避はよそう。
ナルトはまだ、ちゃんと、ここにいた。寝ぼけ顔でシリアルと目玉焼きを空きっ腹に詰め込みながら。

「(なんでだ…)」

絶望したのは昨日の昼間だ。ナルトより早く昼寝から目覚めた私は、未だに目の前に日本人離れしたちびっ子が寝てることに固まった。日本人らしければ良かったというわけでは断じてない。子供が一人暮らしの部屋にいることがまず大問題なのだ。

つまり、やっぱり、夢じゃない。
とある人気漫画の主人公であるはずの少年が、この現実世界に間違いなく、存在してるのである。

「やっぱり、寝ても覚めなかった…この夢」
「う、うん。そうみたいだね」
「姉ちゃんってば、この夢の中で学校行く?」
「いや、今はお休みだから…」

ナルトはといえば、未だに私が作ったホラ話を信じてくれている。もうこうなってしまえば昨日の私グッジョブとしか言えない。夢ならなんでも許される。

しかし、私はこれからどうすれば…。
なにも決断できなくて、昨日はそのままナルトをうちに泊めてしまった。小さな少年一人くらい、いくら大きくない部屋とはいえ別に苦ではなかった。
お留守番を頼んで、食材を買ってきて、いつもよりちょっと多めに材料を切って…むしろ家で誰かと食べるっていう久々の感覚が楽しかったくらいだ。
後は、ナルトは風呂に入る前にまた爆睡してたし。子供ってよく寝ますね。

しかし、このままズルズルといくのか?解決策もなにもないのに?この子、本当にいつか帰れるのか?

むしろ誰か他の人に預けたほうがいいんじゃないの。せめてこの子のいるはずの世界、というより、あの漫画の内容をよく知ってる人に。警察に預けたらどうなるだろう。…見世物にされたりしないよな。

目の前のナルトは最後に器を傾けてぐびっと牛乳を流し込んでる。ちょっと行儀悪い。飲み干したその口の周りには牛乳製のおヒゲが。かわいいな。

「ナルト、こっちむいて」
「? むぐっ」

テレビの前にあるティッシュに手を伸ばして、首を傾げたナルトの口に押し当てた。

「ふ、ふが」
「ふがって。はーいキレイになりました」

手の中で丸めてゴミ箱へぽい。
そうしているうちに、ナルトがなんでかさっきよりも居心地悪そうにし出した。もじもじして、私の顔を上目遣いにちらちら、ちらちら…

「なに、どーしたの?」
「…んーん、別に……ご、ごちそーさま、だってばよ」
「はい、お粗末さま」

その言葉もなんだかぎこちない。昨日の夕食しかり。ちゃんと言えるあたり良い子だと思うんだけど。やっぱり私には、この子のことがわからない。

私も皿にあるものを平らげて、ご馳走様でしたと手を合わせる。そしたらナルトは何を思ったのか、おそまつさまでしたってばよ、と呟いた。ううん、ちょっと違うぞナルト。でもかわいいから許そう。

じゃなくて。

「お腹ふくれた?大丈夫?」
「ん…ヘーキ。姉ちゃんは?」
「私の心配はしなくていーの。さて、じゃあどうしようかな」

学生の夏休みに曜日はない。何もなければ長期間一日中ヒマを持て余すものだ。ただ、唯一問題なのがバイトか。
どうする。昨日はたまたま休みだったけど、今日は夕方からあるぞ。

「どうする、って、なんのことだってばよ?」
「…君の処遇をね…」
「しょぐー?」
「…えーと、ナルトのこの夢が覚めるまで、ナルトはどこで生活するべきかなあってこと」

ぱちっと目を丸めたナルトのその顔を見ながら考える。

どう考えても、下手なところには連れて行けない。サブカルチャーに疎い私でさえ、一目見た瞬間にどっかで見たことあるなって思ったんだ。もしどうにかなってしまった場合…もうどんなことになるのかとか想像もできないけど…とにかくダメだと思う。激しく。

既にちょっと情が移ってる。ここまでしちゃったんだから、この子にとって最適な場所を見つけてやらねば気が済まんぞ。

とまあ、意気込んでた私に、爆弾が投下された。

「…ねーちゃんは、ダメ?」
「えっ」

何かを堪えるような顔をしているナルトがその大きな目で私を凝視していた。こ、心が揺れるぞ。

「えーと…わ、私?」
「うん…だって、この夢、オレの知ってるヤツが出てくるわけじゃヤツねーんだろ…」
「そ、そーだろうけど…だからって私は」

キミのことを何も知らなさすぎる。きっと、あの話をよく知ってる人のほうが適任なんじゃないの?
そんなことをこの子に言うわけにもいかなくて、うずうずする口を抑える。

「…オレ、メーワク?」

ひどく心細そうな目をしたナルトがそうぼやいて、私はガタンと立ち上がった!


「んなワケないでしょ!!」


するとナルトはビクッと震えた。私のほうがハッとすると、え、なんで?ナルトの目に涙が溜まり出してる。必死で押しとどめてるけど、な、なんで泣く?

「ご、ごめん、びっくりした?」
「…!ど、なられるかと、思って、」

ナルトは大慌てで目をこする。怒鳴る?確かにまあ、大声出しちゃったけど、怒ったわけじゃない。
昨日からちょくちょく思ってたけど、この子私がすることに一々敏感だ。異常なほどに。

「大丈夫だよ、怒ってないよ、ごめんね」
「うん…っ」
「ナルトのこと迷惑だなんて思ってないんだよ?ただね、私じゃナルトと住むのに役不足かなって思ったの」
「……そんなこと、ねーもん…!ねーちゃん、優しいし、オレのこと、ちゃんと見てくれるから、オレってば、」

ローテーブル越しに話してたのを、私はずりずりとナルトの側へ移動した。肩に手を回してぽんぽんとあやしてやると、赤くなった目がうるうるとこちらを見上げる。その瞬間抱きつかれて、うおうってなった。小さいなあ。

「…私といたいの?」

ふわふわな金髪を撫でる。抱きついてくる力が強くなった。何も言わないけど、コクンと頷いたのが伝わる。

懐かれてしまった、らしい。素直に嬉しいけど、いいのかな。
私、何もわからない。この子のことも、この子をどうしたら返してあげられるのかも。こんなにも小さな子だから、庇護は絶対必要だけど。

「…私でいいの?」
「アキねーちゃんが、いーんだってばよ!」

確かめるように尋ねたら、初めて名前を呼ばれてしまった。
わかった。心に決めよう。とにかく私は、私なりにできることをちゃんとする。幸い夏休みだからちゃんとこの子を見てあげられる。この子のために全てはできないかもしれないけど、できないことばっかりじゃない、って信じようか。

「わかった、ナルト。じゃあナルトが帰るまで、一緒にいようか」

そう言えば、ナルトはぱあっと明るい顔を見せた。くそかわいい。

「そうと決まれば、まずは…」
「?」
「バイトやめて、ニートになるか…」
「……にいと?」

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