タイヨウの君 | ナノ


▼ 2:おやすみ

なんか。
なんか知らんが、わけのわからない事態に陥っている。

目の前には不安そうに目をきょろきょろと動かす少年。周囲は最初と打って変わって、小さなアパートの中。

…...あれ、おかしいな。犯罪犯してる気分になってきたぞ。いやいや、悪意なんてカケラもなくて、むしろ善意だけなんだけど。
学生という身分で独り暮らしを満喫しているのでとやかく言う人はいない。むしろ独り暮らしをするために地方の大学を選んだようなものなので。

とにかく今は目の前のこの子だ。

「座っていいよ、ナルト」」
「…おまわりってヤツはどこだってばよ?」
「あーね…よく考えたら彼は多忙で」

なんだか意味を勘違いしているようだからそれを使わせてもらう。おまわりさんは固有名詞になったとさ。
おずおずとクッションに座った少年を見て少し安心。

「お茶と紅茶どっちがいい?」
「…こーちゃ」
「よし。じゃあアイスミルクティーを入れようか」

なるべく優しげな声で。にっこりと笑って少年の頭を撫でてから立ち上がる。少年はなんでか若干びくついたけど、なされるがままになっていた。
立ち上がって台所に向かい、水を火にかけるところまでやった私が、次にしたことといえば当然スマホを取り出すことだった。すごい震えてる指で某先生のページを開く。

息を整えろ、すーはーすーはー。
よし万全だ、なんでも来い!
いやできればなんでもは来ないで!最悪の事態なんて起こさないでくれ。

検索欄をタップ、キーボードを準備して。

ちらっと少年のほうを伺う。大丈夫、彼は不安そうにうずくまってるだけだ。
こちらがなにをしてるか気づく気配はない。

文字を打つ。

"ナルト 子供時代"…

検索ボタンを、押す。
今時の回線は焦らしたりはしない。結果はすぐに出て、文字がうじゃって出てくる。だけど私が見たいのは画像だ。
某先生サーチよ、画像を出してください。

画像ボタンを押した。


「…!」


そっくり、とかじゃない。
やっぱりそのまんまだ。

画像の中にちょこちょこ混じってる漫画の一コマのようなものを拡大すれば、更に。

だってばよ。だってばよ!

さっきから変な口癖だと思っていたさ。でもまあ外国の子だから変な知識を蓄えてるだけかなって思ってたのに。


待てよ。こんなにすぐ認めていいのか?
普通に考えてあり得ない。いくらそっくりだからって、漫画のキャラクターが現実にいていいはずがないでしょ。
私はあまりアニメに詳しくないのでぱっと見だとただの普通の子にしか見えないし。ちょっと言動はおかしいけど。

「…ねーちゃん?」
「うおうっ」
「お湯沸いてるってばよ」
「あっはいはい。ごめんね」

いつの間にか少年が隣にいた。スマホを持って静止している私を訝しく思ったんだろう。シュッシュ言ってるヤカンを持ち上げて、用意してたポットに注ぎ入れる。未だに隣で動かない少年に気をつけつつ。

「…それってば、なに?」

ちょい、と小さな手が私の持つスマホに触れた。内心びくっとしながら画面を再確認。大丈夫、ちゃんと消した。

「なにって、スマホだけど…」
「すまほ?」
「知らないの?」
「そんなん見たことだってねーってばよ」

そ、そうなのか。まずい、ほんとに色々困る。私はこの子がいるはずの世界がどういうところなのかほとんど知らないのだ。

「ゆ、夢の中だから…」

さっき血迷って使った言葉をもう一度。夢の中にしたらやけにリアルだ、と少年は心細そうに呟く。純粋無垢な子だった。そんな子を騙してる罪悪感。
紛らわすようにこぽこぽ、とコップに紅茶を入れる。氷を入れて、そして牛乳。少年の分には多めに入れておいた。

「入ったよ。クッションに座って飲もう?」

促せば、おずおずと頷いた。てとてとと歩いて、またさっきの位置に座ってうずくまる。
やっぱり不安だよなあ。私だってわけわかんないし。
苦笑いしつつコップを差し出す。小さな両手に受け取られた。一口飲んで、小さな声でオイシイ、って。なんとなくホッとして、私はやっと少年の隣に座った。
こうやって並んでみると、本当に小さい。小学校低学年くらいかな。

「ナルトは、何歳?」
「…八」
「八歳かあ。学校には通ってる?」
「忍者アカデミーに行ってる…」

に、にんじゃアカデミー。和風洋風入り混じってんな、どういう世界観だ。
…ほんとにこの子は、私たちとは違うのか。まだ半信半疑であまりに現実味がない。

「ニンジャって、どういうことすんの?」
「…オレの夢の中なのに、忍者も知らないなんておかしいってばよ」

ぐうの音も出ない。残念ながらここは夢の中ではない、とは、こんな小さなコに突きつけられない。

「ちょっと特殊な夢なんだよ。教えて欲しいな?」
「…忍者は、色んな任務をこなすんだ。一番大事なことは、里を守ること。オレらはその為にべんきょーして、忍者になる。そんで、その中の一番が、オレの憧れで、火影なんだってばよ」
「へえ。ナルトはホカゲになるの?」
「なってやるって決めてんだもん。例えどんなヤツがオレを認めねえっつっても、絶対強くなって、あいつらを見返してやんだ…」

うじうじしながら語ってるけど、言葉は強い。私にはちんぷんかんぷんな話だけど、真剣なんだろうな。
それにしても、見返すって?同級生の間でイジメにでもあってるのか。

「(そういう設定なのかな…)」

「ねーちゃんは?」

不意に空色の目が私を貫いて、ドキっした。確かに、生きている瞳。

「私?」
「…夢の中だとか言ったけど、オレってば、ねーちゃんのことなんてどっかで見た覚えもないってばよ。夢の中に知らねえ人が出て来んのも初めてだし...」
「だ、だから特殊で…」

く、苦しい。
話題を逸らしたくて、えーっと私は、と切り替えた。

「ナルトと同じで、学校に行ってるよ」
「…でもねーちゃん、忍者のことも知らないんだろ?」
「ナルトが行ってるところとは種類が違う学校。危ないことなんてなーんにもしません」
「ふーん…何のため?」

何の為?
真っ直ぐな目に貫かれて目を瞬いた。なんだかすごく恥ずかしい気分になってくる。きっとこの子は、そうするのがこの国のフツウだから、って言っても納得してくれないし、納得できないと思う。
この子は確固たる思いを持って学校に通ってるのに。

「…意味は…探し中かな」
「…ふうん…」

少年は私から目を逸らしてコクコクとミルクティーを飲む。その視線から解放されて、肩の力が抜けた。不思議な子だな、と思いながら、私も倣ってゴクゴクと。

…奇妙な時間だ。

思わず連れてきてしまったけど、私はこの子をどうしたくって連れてきたのか。

少年には夢だと言ったけど、間違いなくここは現実だ。あまりにわけの分からないことだけど、この子の諸々のセリフにしたって、とても空想の戯言だとは思えない。某先生が見せてくれた画像の数々だって。

ちらりと少年を盗み見る。

キャラクター?漫画、アニメの中の?

さっき思ってしまった不遜なこと。漫画の設定、とか。そんなこと、二度と言えないくらい、言いたくなくなるくらい、この子はちゃんと生きてるみたいだ。一人の人間として。

じゃあ、もしこの現実で、こんな幼い子が何の庇護も得られなかったら?
…死んでしまう。そうしたら、この子はどうなるんだろう。こんな子はいなかったって、さっと消えてしまうのかな。

「(…何考えてんの、私…そんなことあるわけないじゃん。大体、キャラクターとか…)」

もう何を信じればいいのかわからない。私はどうすればいいんだ、誰か教えてくれ。

答が見つからないまま、少年のほうを見た。アイスティーを飲み切ったらしい少年はコップをローテーブルに置いてぼうっとしていた。
あれ、でも、と気づく。ちょっとさっきとは様子が違う?

「…あ、もしかして、眠い?」
「…ちょっと、だけ。…これ、寝たら、この夢も覚める?」

そう言われて、ハッとした。
待てよ?これは少年の夢じゃなくて、私の夢じゃないか?私の夢の中でわけわからんことが起きてるんじゃないか?
つまり?
今ここで寝ればこのわけわからん自体は実は夢オチでしたってことになるのでは??

「よし、寝よう。お昼寝しよう」

そうと決まれば早速、もうこんな事態とはおさらばだ!

「…ねーちゃんも?」
「ん。隣で一緒に寝ようね〜毛布も大きいからね〜」
「…一緒に…」
「ほらほら、クッション枕にして」

ベッドから毛布を引っ張ってきて、クッションを並べてさっさと寝転がる。なんとなくモジモジしてるふうの少年に首を傾げてなにしてんの、と声をかけたらようやくもぞもぞと転がった。その上から毛布をかけてやる。

二人、寝転がりながら、ぽんぽんと金色の髪の毛を撫でた。

「おやすみ。夢から覚めたらバイバイだね」
「…ん。姉ちゃん、ありがと」
「いえいえ。またね」

またね、なんて、ないと思うけど。
そう思いながら、私は笑って目を閉じた。終わりに近づくと、いい夢でした、な気分になるな。少年は何気にかわいかったし。特に知りもしない漫画のキャラが現れたのには驚いたけど。

あっさり意識が落ちて行く中、私は最後に思ったのだった。


そういや夢って、自分が知ってる知識の範囲でしか話が進まないって聞いたことあったっけ………アレ?

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