タイヨウの君 | ナノ


▼ 10:ほんとうの

「手荒な真似して悪かった」

キツネ面の下でそう言う人物は、未だにゲホゲホと咳が止まらない私の背中を優しく撫でていた。

「手っ取り早い方法で確認したかったんだ。アンタがその子供に害を成すために近づいたヤツなのかどうか」
「ゲホッ、あなた、」

やっと声が出たけど、また一つ二つ咳をこぼす。
首を絞められるなんて経験したの初めてだったんだ。当たり前だけど。正直、今謝られてるとは言え、恐怖は拭えない。背中を触る手も怖い。

「だ、だれ......」
「オレは......何て言ったらいいか」

改めて見ると、変な格好をした人だ。
キツネのお面はもちろん。服も、何かの装束?夏だっていうのに随分分厚くて頑丈そうな服だし、アームウォーマーには腕当てみたいなのまで付いてる。まるで何かのコスプレしてるみたいだ。

......だけど、それは違うっていう直感があった。

顔は見えないけど、髪の色はばっちり見えてる。普通に生活してたらそうそう見ることなんてない、銀色に輝く髪。
一週間前の私なら、ナルトを見つけた時と同じように、「外人さん?」なんて思っただろう。だけど今は、ナルトの例を知ってるから。

「ナルトと、同じ世界に住んでる、人?」
「!」

一瞬 動きが止まったキツネ面。やっぱり、と思った。

「......よく知ってるね、そのこと」
「ま、まあ......一週間くらいは、ナルトと一緒にいたから」
「一週間?」
「大体一週間だと思うけど......その子がここに来てから」

変なところで会話が止まって、困る。静かになると更に怖くなる。ナルトはまだ起きてくれない、ホントによく寝てるよ。咳は止まったけど、だからと言って冷静さを保てるわけじゃない。
トラウマっぽくなってしまった。お面がとても怖く見える。死ぬと思った瞬間に見ちゃったから。

「良かったらそのお面、外してもらっても......?」

おずおず。慎重に、聞いてみる。

キツネ面は数秒こっちを見るばかりだった。その後、ナルトのほうを見る。ぐっすり寝てるのを確認したかのようだ。
「あんまり怖がらせたくないんでね」と断りつつ、ようやくキツネ面は素顔をさらけ出した。


…すが、お?


「ま、ますます怪しい」
「失礼なこと言うね、アンタ」

お面の下から出てきた顔は、まだ半分以上隠されてた。首から鼻筋にかけて、黒いマスクをしてる。ふさふさした銀髪もだいぶ顔にかかってるし。
......ただ、少なくとも、すごいイケメンさんのようだ。ほとんど隠れてる顔なのに断言できる。そう思ったところで、ハッとした。

右と左で色の違う瞳。

私が息を飲んだのに気づいたんだろう、覆面さんはすっと赤い左目を閉じた。

「ま、色々混乱させちゃったと思うけど。オレは一応不審者じゃないから安心しといてよ」
「......善処します」

多分そんなに年齢離れてない気がするけど、ファーストインプレッションがアレだったんで出来るだけ丁寧にいこうと思う。さっきの失言は忘れよう。

「......」
「............」

そして、沈黙。

「あー。とりあえず、ゆっくり話せる場所ってない?」





そんなことを言われて思いついた場所といえば、言うまでもなく我が家だったんだけど、迷うことなく部屋に招き入れてから、私は絶望したのだった。

おい、おいおいバカか、私。
同年代ぐらいの男性、しかも一度殺そうとしてきた人を一人暮らしの部屋に招き入れるバカがどこにいるというんだ。

答は出てるけど。ここにいたよ!

「(イケメンだし!!困るし!!ナルト早く起きてよ!!)」

内心そんなことをぶちまけながら、健気にお茶を準備してる私って......


「ど、どうぞ」
「どーも」

ナルトみたいな遠慮のない無邪気さはもちろんなかったけど、やっぱり色んなものが珍しいのか部屋中を眺めていた彼は、私から受け取ったマグの中身をじっと眺め始めた。中身は何の変哲もないコーヒーなんだけど。
私がひとくち飲んでもまだ口にしようとしないので、さすがに不思議に思う。

「あ、もしかしてミルク入ります?ブラックが飲めないとか」
「......いや、大丈夫。頂くよ」

疑って悪いね、なんてつぶやきが聞こえた気がしたけど、意味はよくわからなかった。
それから私も彼もコーヒーをすするだけで沈黙する。ゆっくり話せる場所を要求したくせに何も言おうとしない。見れば見るほどイケメンだけど、じっと見てたらすぐ気づかれるのでやめた。やっぱりこの人も、ナルトのいう、ニンジャ、なんだろうか。

ちら、とまたナルトを見た。

「......ナルト、起きませんね」
「多分あと数時間は寝てるよ」
「え?」
「寝かせたのオレだから。軽く手刀で」
「ええ!?」
「あんまりオレの姿を見られるのは本望じゃなくてね」

そう言って、ずずっとまたコーヒーを飲むこの人。頭がついていかなくて、思わず10秒くらい惚けてしまった。
シュトウって、なんかアニメとかで有名なアレのこと?子供になにしてくれてるんだこの人は。それともあれか、この人たちが住んでる世界では普通なのか?

「......あ、あの」
「ん?」
「あなたは、誰なんです?」

右目の黒が私を突き刺す。

「ナルトと同じ世界の人なんでしょ?でも、ナルトみたいにこの世界に驚いてるってわけじゃなさそうだし…...あなたはこっちのことが分かってるんですか?ナルトのところに来たのは偶然?それと、それにその、なんで、私を......殺そうとなんて」
「はいはい、分かった。ちゃんと説明するから落ち着きなよ」

覆面さんは勢いづく私をやんわり宥めてからマグをローテーブルに置いた。

多分、悪い人じゃないんだと思う。一度首を絞められたことは置いといて、それ以後はきちんとこちらへ気を使ってくれてる。お面を取ったこともそうだし、私を脅かさないようにか、動作も比較的静かでゆっくりだ。


そう……ゆっくり。


それから覆面さんは、何も知らない私にも分かるように、ゆっくり自分のことを教えてくれた。

自分は何者か。
どうやって、何しにここに来たのか。

あまりに飛躍的な話だった。少なくとも、ニンジャなんて超人の世界のこと、漫画のことを、全然知らなかった私にとっては。
突飛すぎて、逆にただただ盲信するしかないほどに。



「......ということで、アンタの疑問は全部晴れたかな」

10分ちょっとくらい。うまく反応できなかった私にとうとうと語り続けた覆面さんは、その言葉で一度口を閉じた。
「えっ……と」なんて私がやっと言えたのは、それから数秒後。

「つまり……あなたは元の世界から、ナルトを連れ戻すためにこちらの世界に来て」
「そう」
「こちらでナルトを保護してたっぽい私がその、里?の敵かどうかを確かめるために、こ、殺そうとして」
「その節は悪かったね」
「今は巻き込んでしまった私への責任を果たすために、こうやって話してくださっていると…...」
「義務はないんだけど、ま、一応ね」
「......どうやってこちらに来たって言いましたっけ?」
「理解できないならいいんだけど」

覆面さんは肩をすくめてもう一度教えてくれた。

「つまり一言でいうと、違う世界に渡る術があるってこと」
「......ジュツ」
「そ、忍術。......とはいえ、本来ならそんな術を使って異世界へ行くことは禁止されている。世界移動は禁術指定忍術だ。だけど今回はナルトの件があったから、ナルトを捜すために、ここしばらくは何人もの仲間たちがその禁術を行使してきた」

シュトウを喰らってまだ寝こけてるナルトを横目にしながら覆面さんは続けた。

「とはいっても、異世界はここだけじゃなく数多くあるし、しかも出向いたからと行ってその世界のどこにナルトがいるかどうかも分からないから、捜索はかなり難儀だった。費やしたのは実に、一ヶ月」
「えっ?」

その言葉にぎょっとして情けない声が出ていた。「そんなわけ......だってナルトが来てからまだそんなには」せいぜい一週間しか経ってないはず、とみなまで言う前に制される。

「どうも、時間の流れが違うみたいだね。アンタがナルトと過ごした一週間の間に、オレの世界では一ヶ月はゆうに経過していた。つまり一ヶ月もの間、ナルトは行方不明だったんだ」
「そんなことが......」

頭がパンクしそうだ。非現実的......なんて、今更すぎる言葉だけど。

「だけど、先週くらいに、やっと手がかりを掴むことができた。アンタの存在でね」
「わ、私?」
「覚えてない?さっきのあの公園で、誰かに会わなかったか」

あの公園。確か、数日前の早朝、ナルトを戻す手がかりが掴めないかと一人で行ったんだ。誰かに、と口の中で唱えて、あっと口から漏れた。
おじいさんだ。突然背後から声をかけられてびっくりしたっけ。

「その方、ウチの里のトップだったんだけどね」
「......え!!?お、お偉い方ですか!!?」
「ま、そゆこと」
「そんな、社長自ら出向いてナルトを探しに!!?」
「シャチョウ?......三代目はそういう方だから。ナルトを一番気にかけてるお人だし。で、アンタと遭遇して、怪しんだ」
「怪し......」
「確証はなかったそうだけど。この世界じゃないかというカンを得た」

カンって......カン程度で?い、いや、ニンジャのトップなんてお偉い方だから、そのカンはすごい信用できるのかもしれない......のか?
ていうか私あのおじいさんにすごい失礼なことをしてしまったような......

「それで、改めてオレが出向いたってわけ」
「......」
「理解した?」
「......まあ、元から私の理解を超越することだってのは知ってました」
「じゃ、それでいーよ」

いいのかよ。責任はどうしたんだ。......義務じゃないからいいのか。確かに、さらなる説明を受けても、ただただ超人的な話なんだ、としか思えないんだけど......。


また沈黙が下りて、気まずさを紛らわすためにまたコーヒーを啜る。
それから不意に違和感を得て、視線を窓へと向けた。ガラスに跳ねている水滴を見つけて、今度は窓の外の空へと目を移す。

いつ間にか、どんより雨空。話に気を取られて気づかなかったけど、しとしとと降り出していた。

暗い。

「......あれ」

暗い、ことに気づいてしまった。


「何で、ナルトはそんな、禁止されているはずの違う世界なんかに......こんなところに、来てしまったんですか?」


覆面さんがここに来た経緯や方法は大体聞いた。だけど、そもそもの話じゃないか。
無垢な表情で眠っている、まだ8歳の子供を見る。一週間前、この子はなんで自分がここにいるか分かってなかった。分からなくて、泣きじゃくってたんだ。自分の知ってるサトじゃないって......


「......覆面さん、どうしてナルトは」
「ナルトの事情を知ってるなら、多少は察せると思うんだけど」

まっすぐな目。ドキリと胸に刺さる。
覆面さんもまたマグを手に取って飲んで、長い溜息をついた。

「知りたいって言うのなら───」
「ま、待って!!」

遮った言葉は反射的だった。


昨日、イコとの電話の後で考えたこと、決意したこと。
子供だとはいえ、この子の知らないところでこの子のことを伝え聞くようなこと、したくないんだって。ちゃんと自分で話して、聞いて、謝るんだって。


「......ごめんなさい、覆面さん」
「......なにが?」
「この子を連れて帰るの、もう少しだけ待ってくれませんか」


嘆願。


「この子と話したいことがあるんです。......ちゃんと、話したいんです」

そっと立ち上がって、ベッドに寝かしているナルトの横へ。相変わらず柔らかなタイヨウの色を撫でた。

お願いします覆面さん、ともう一度。

そうしたら数秒後返ってきた答は、オレははたけカカシだよ、なんて今更な自己紹介と、初めて見た気がする柔らかな視線だった。

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