第八十話 降臨


金の瞳。それは、二度目だった。

束ねてある銀色が強風になびく。蛇の姿は今や墨となって飛び散り、カナを縛り付けていた木も風の衝撃で倒れている。

銀の風に護られ、北波の視界から逃れた少年は、揺らぐ瞳の中 カナに目を向けていた。
少年、それに北波も、この異様な雰囲気に感じるのは強い違和感だった。そう、二度目だーーーカナが瞳を金の色に変えたのは。
だが、少年も北波も感じていることがあった。"予選時のときの、怒り狂ったカナではない。"

カナの金色には今 これといった感情が映っていない。憤りも憎悪も何も。ただ、冷えている。

「てめえは......誰だ」

北波は自然と口にしていた。短刀を持つ手に酷く力を入れながら。銀色をまとう"カナ"を見つめながら。

金色は木々の茂みの先に見える、澄んだ空を眺めていた。だが耳に入ってくる音は心地よいものではない。爆音、金属音、喚き声。

「騒がしいな...ここは」

"カナ"は呟いた。その声は確かにカナのものだが、間違いなくこのセリフは本人のものではない。
金色はすぅっと目を細め、ゆっくりと北波を貫いた。

「我が誰か、だと?」


小さく開いた口が紡ぐ。



ここは。そう、あの白い世界だ。

ここ最近しょっちゅう現れるどことなく空虚な世界。意識がそこに引き寄せられ、現実の体の感覚が消えている。だがカナの脳裏のどこかに流れてくる映像があった。
瞳を金色に変えた"カナ"が、そこにいる。とてつもなく冷たい目をして、北波を睨み据えている。

「......これは、だれ......?」

「あれは、我だ」

その時、カナの耳に届いたのは、威厳のある低い声だった。

カナは恐る恐る振り向いた。気配を感じないというのに、カナの胸は酷く高鳴っていた。
ーーーカナはようやく、この空間で、白以外の色を見た。

紅。そして、金。

「やっと"完全"になったか......我が主(あるじ)よ」

カナは暫し呆然としていた。カナが今 目にしているものはそれほどの威圧感を放っていた。
金色の瞳に、燃えるようで鮮やかな紅の躯。

「あれが......あなた......?」

カナは固唾を呑み、慎重に言葉を紡いだ。

「あなたは......"なに"?」

金色の目が細くなる。その中でカナの存在は嫌に小さい。

「教えることの程でもない。今まで全く気付かなかったか。我は主と最も近しい者だというのに」
「近しい、者」
「聞いているといい......お前にも視えているはずだ。現実が」

"金色"の意味深な声色。カナは怪訝気に眉根を寄せた。途端、カナの脳裏に主張するように現実が映り出す。
風だけが唸り戦闘音がやんだ森の中。
金色の瞳の"カナ"と、対峙する北波、横たわっている少年。北波と少年の目はひたすら"カナ"に。北波が言った。

"てめェは......誰だ"。

カナがたった今 この金色に向かって発した台詞を、北波はそのまま"カナ"に問うていた。

"騒がしいな...ここは"。

対して"カナ"は、北波や少年のように緊張感をまるで持っていない。だがその金色が北波に向けられた時、それは底冷えするような色をしていた。

"我が誰か...だと?"

小さく開いた口が紡ぐ。


「我が名は朱雀。通称ーーー"神鳥"だ」


紅の巨体に金色の瞳。カナの倍以上もある翼。鋭く尖った嘴。巨大な、鳥。



ナルト忍法帖は順調に炸裂していた。何十人、何百人、何千人といるナルトの数は、一人一人の力は我愛羅に及ばずとも、我愛羅を四方八方に翻弄することによって何百倍ものパワーを発揮していた。先の起爆札で重大なダメージを負った我愛羅はそんなオレンジ色について行けずにいた。
あの我愛羅が、ナルト一人に苦戦しているのだ。

だが同時に、我愛羅を良く知るテマリには確信があったのだった。我愛羅は、未だに"バケモノ"を秘めている。そしてそれは事実だった。


「こんなヤツに!!負ける筈があるかァァアアアア!!!」


咆哮、そして風がナルトの影分身を巻き込んでいった。
オリジナル一人に戻ってしまったナルトは、「な、なんだってばよ...!?」と呆気にとられて空を見上げた。それは、サスケも同様。煙に巻かれつつ見えてきたシルエットに、サスケは零さずにはいられなかった。

「なんだ......あれは!」

煙の奥から、見える鋭い眼光。黄土色の巨大な体躯。我愛羅の境遇を作り上げてしまった真犯人が、そこに佇んでいた。

「......これが......アイツの中の............バケモノ」

ナルトは目前に迫る巨体に圧倒され、小さく零した。一尾を持った我愛羅の姿。しかし、我愛羅の原形は既にない。だが、ナルトにはやはり、我愛羅の瞳の色はただ、"寂しかった"。

「まさか貴様らにこの姿を晒すことになろうとはなァア!」

叫んだ我愛羅はその土色の手をバッとナルトに向けた。
途端にナルトの体を覆い始めたのは、抵抗もできない量の砂だ。慌てて逃れようとするナルトだが、もがけばもがくほどその姿は土の中に消えていく。サスケの声も虚しく、ナルトは暗闇に包まれたーーー。

だが、闇の中で、ナルトの脳裏に浮かぶ者たちがあった。
サクラ。サスケ。カナ。全員が必死になって戦っている。今もどこかで戦っている。それぞれができる限りのことを。できる以上のことを。


「これで終わりだ!!」


我愛羅が叫ぶ。だが、我愛羅が術名を言い切らないうちに、それはナルトの声に遮られた。

「口寄せの術!!」

二度目の口寄せ。今度こそは、完璧に。周りの木々を押し倒し、そこらの山が小さく見えるほどの、巨大な蝦蟇だった。
赤色の体に、イボだらけの蝦蟇の上に乗ったナルトは、威勢良く言ったのだった。

「みんなは......オレが護る!!」




「神、鳥」
「そうだ。我は主の中に住まうもの。"神鳥"......そして初代"神人"が我につけた名が"朱雀"。主は紛れもなく、もう何代目かになる"神人"だ」

いつか三代目に聞いた話をカナは脳内で再生していた。"神鳥"についてのことだ。
"神鳥"とは千年に一度という頻度で転生するらしい、と三代目は言っていた。風羽の血を受け継ぐ者の間に現れ、強大な力と特殊な能力で一族と"神人"を護るという。ただし詳細は火影である三代目さえも知らなかった。
風羽はそれほどに他国との交流を持たない一族だった。いくつか知っていることを三代目はカナに教えたが、三代目は最後まで口を濁していた。

「......急に姿を見せたのは......私が強く望んだから......?」
「そうだともいえる。だが一番強いのは、今の主には我を受け入れる決心があるからだ』

ーー"神鳥"も、事実も、何もかも受け入れて、強くなって、みんなを、仲間を......これまで以上に、護る!ーー

あの夜、サスケと話しているうちにカナの中で生まれた意志。カナは確かに断言し、サスケに笑った。
今カナの中に沸々と沸き上がる力強い何かがある。これが"神鳥"の力なのかと、カナは内心で震えた。底が見えない力。カナが少年を護りたいがために望んだ力。

「(......力を......願った。私は、確かに)」

カナはきゅっと拳を握りしめた。ーーーだが、現実に、その護る力を願ったカナはいないのだ。

「......"神鳥"......さん。勝手なことだとは分かってるけど、私がいかなくちゃ......!」

自分があの場にいなければ意味がない。北波と戦うべきなのは紛れもなくカナ自身。他人に戦場を任す事などできはしないのだ、と。
そう、カナは言いたかった。しかし、それは遅かったのだ。

「悪いが、今 主と長話をしている時間はない。安心しろ、主の願い......小僧は我が護ってやる」
「! 違う、待って!」
「主はこれからも此処に来ることがあるだろう。ゆっくりと話すのは、その時だ」

瞬間的に、紅の姿は消え去った。散った羽根がふわり、ふわりと舞っている。カナは伸ばした手にぐっと力を込めた。



神鳥"朱雀"と名乗った"カナ"は、歩くというよりは飛ぶように少年の側に寄った。無表情を貫く"カナ"を少年も驚くことなく見つめている。北波は警戒して自ら手を出す事はしない。
「立てるか」とカナの声が労るように少年に問うた。少年はやっと自分の体を顧みた。

「......いえ。すみませんが、暫く動けません」
「ならば待て」

すると"カナ"はしゃがみこみ、少年の額に手を当てた。白い手から淡い光が漏れ出している。少年は不思議な感覚に陥った。体内に流れ込んでくる力強いチャクラが少年の力に変わるだけでなく、少年のチャクラの並を平坦にしていく。
"カナ"が手を離したところで、少年はハッとした。

「これでもういいだろう」
「......何を?」
「チャクラを流し込んでやった。我のチャクラは少し特殊でな。少量ではあるが、もう動くのに支障はあるまい」

確かに、少年の体は随分と軽くなっていた。"カナ"が立つのに続いて少年もゆっくりと立ち上がる。支障があるどころか、戦闘前より力が漲っていると少年は感じ、真剣な顔で"カナ"の背中を見つめた。姿形は変わらぬはずが"カナ"を見ていてもそこにカナを感じさせるものはない。
「あなたは一体......」と知ってはいても少年は思わず口にしていた。案の定、振り向いた"カナ"の顔には若干の呆れが交じっている。

「言っただろう。我は今、お主の知っている"風羽カナ"ではない。体を借りているだけの存在だ」
「......体を借りる......か」

だが返したのは少年ではない。"カナ"ーー朱雀はゆらりと視線を変え、その人物を眼光で突き刺した。少年へと向ける目とは全く違い、北波へのそれには完全なる敵意が見え隠れしている。

「今まで、"神人"に願われる度 そういうことをしてたのか?」
「......そんなことあるわけなかろう。貴様も知っているのではないのか。我は本来口寄せされるべき者...それが、」

朱雀は右手でハイネックの裾を引っぱり、首筋を露にした。少年は静かな目で、北波は眉根を寄せて"それ"を見る。

「あの"蛇"のおかげで、こんな形でしか出て来れなくなっているわけだ」

カナの首筋に浮かび上がる黒き呪印。北波のみがそれの名称と力を把握している。「("柵"か...)」と北波は心中で吐き捨てた。
朱雀の視線は今やカナのものではない。"神鳥"という存在は鳥ではあれど、逆に蛇を喰い殺しそうな風格すら北波には感じられた。

「じゃあアンタはこれから、姫に願われる度に体を乗っ取るつもりか」
「......それは違う。本来なら、我は主にそこの小僧を護れるだけの力を与えてやればそれで良かった」

朱雀は背後に立っている少年を見る。少年は面を付け直した状態で黙って立っている。力が戻ったとはいえ、さすがにこの状況で出しゃばる気は少年にもないようだ。
「....だが」と朱雀はそう続ける。そうして一瞬目を伏せ、北波をまた強く睨みつけた。

「主にはまだ、貴様を殺れるだけの強き心がない。しかし我にとっては貴様もあの蛇と同格だ。主の生き方に口出しする気はないが......主を護るために我はここにいる。危険な芽を摘むのは早いほうが良いからな」
「......姫に代わってオレを殺すってことか」
「当然だ」

自身の言葉でカナが酷く哀しむことを朱雀は知っている。だが、朱雀に前言を撤回する気は一切ない。
"神人"を護ることこそ"神鳥"である朱雀がずっと守ってきた使命。朱雀が風羽の血の流れに入ってきた時から、朱雀はそうであったのだ。

「......小僧」

朱雀は振り向かずに言った。面で顔を隠した少年はぴくりと反応する。朱雀の背後にいる少年の目に、朱雀の否、カナの銀髪はチャクラに揺れていた。

「巻き込まん自信はない。主が願っていたのはお主が死なぬことだ。見張りたければ見張るが良い。だが、さがっていろ」
「......分かりました」

少年は、カナの声での命令に違和感を感じたが、余計なことは言わず瞬身でその場から消えた。
残された"カナ"と北波。北波は空気に蹴落とされないよう。朱雀は威厳をもって。互いを睨み、見据えていた。

「いくぞ」

そう言った合図を出したのはどちらだったか。
ーーー今までにない一方的な戦いが、これから始まるのだった。



大蝦蟇・ガマブン太と共に戦い始めたナルト、守鶴の戦いは壮絶なものと化していた。ただでさえ両者とも図体が凄まじいのだ。山ほどもある守鶴と大蝦蟇が、互いに容赦ない術を繰り広げ続ければ、地形の変化すら容易いだろう。

「おもしろい...おもしろいぞ、うずまきナルトォ!」

その時、守鶴から本体の我愛羅が頭を覗かせていた。目を見開いて「あれってば...」と零すナルト。守鶴の体から上半身だけ出てきた我愛羅は 、全身の力が抜けたように頭を揺らしている。

「ここまで楽しませてくれた礼だ......。砂の化身の、本当の力を見せてやる」

我愛羅の顔が徐々にナルトたちに向く。だがその瞳は白目を向き、どこを見ているのかすら分からない。ガマブン太が冷静に口を開いた。

「あの目のクマ......あの霊媒も守鶴に取り憑かれ、不眠病の症状が出とんのォ」
「不眠病?」
「化け狸の"守鶴"に取り憑かれたモンは、一夜とて満足に眠ることが出来んようになる......恐ろしゅうてな。寝てしもうたら、じわじわと守鶴に自らの人格を食われ、いずれ自分が自分でのうなってしまうんじゃ。普段 まともに眠れねーから、霊媒は人格が不安定になっていく傾向がある」

守鶴が印を組み、チャクラを練り出している。ナルトは我愛羅を注意深く見ながらもブン太の言葉に耳を傾けていた。確かに、我愛羅の血走った目にもうまともな精神は感じられない。
そして、我愛羅はぼやいていた。

「狸寝入りの術......!」





ーー形勢は一目見ただけで丸分かりだった。
例え 突然この場を見せられたとしても、即答できるだろう状況だった。
この場で一段と激しくなった"カナ"と北波の戦いはーーー恐らくもう、幕が下りる。


北波が片膝をつき、朱雀がその目前で平然と佇み、北波を見下ろしている。


少年が消えた今、その場には北波の息切れの音だけが響いていた。この数分で傷だらけになった北波は「クソッ...」と憎々しそうに吐いた。対して朱雀はどこまでも冷静で、その態度が余計に北波の気に障った。
まだ闘志の火は消えていない。朱雀はザッと足下を均した。溜め息でもつきたそうな顔だ。

「何度かかってきても無駄だ。貴様と我には、圧倒的な差がある」
「うっせェよ!!!」

北波はだんっと立ち上がり、がむしゃらに朱雀に向かった。その目にもう冷静な判断力は残っていない。朱雀は遂に溜め息を零し、迫ってくる北波を見据えた。北波の手でぎらりと光る短刀は、無駄な動き一つせず片手で止められる。

歯ぎしりをした北波は苛いた顔で今度は拳を突き出す。だがやはり首を動かしただけで避けた朱雀は、今度は自分から動き出した。足下に風を起こし、ふわりと浮く体。柔らかい体で北波を飛び越し、そして北波の関節をきめる。

「、く......!」

痛みに耐えきれず 零した北波。朱雀は北波をいとも簡単に地にひれ伏させていた。だが無下に痛み付けることはなく、ほんの数秒でカナの体は北波から離れる。それでも一時はといえ押さえつけられた北波はすぐに痛みからは逃れられない。

朱雀は静かに一言呟いた。
「終わりだな」、と。


 
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