第七十九話 真の力を


「影分身の術!!」

ナルトが印を組んだ直後、ボンッと煙が渦巻き中から五人のナルトが現れた。

「たった今から、秘伝体術奥義!うずまきナルト、分身体当たりィ!!」

我愛羅へと狙いを定め、先手必勝とばかりにナルトは飛び出した。数体はすぐに捕まるも、意外性抜群忍者は止まることを知らず、遂に一体のナルトは、クナイを握りしめて目的の場所へ到達する。

「くらえ!!カカシ先生から教わった、木ノ葉隠れ秘伝体術奥義!!」

ナルトの脳内にはいつかカカシに直接喰らったおふざけ奥義。

「千年殺し〜〜〜〜〜!!!」

......ぶずり。

クナイは刺さった。我愛羅から生える尾の下に。
無論、冷たい視線を送った我愛羅はすぐにナルトを殴り飛ばす。しかし、ナルトは痛みを受けながらも口角を上げていた。

「ボカン」

その瞬間、爆音が響き渡った。我愛羅にお見舞いしたクナイには起爆札を巻き付けていたのだ。
ナルト自身も爆風に飛ばされてしまうが、その体は大木にぶつかる寸前に誰かが受け止めた。「サスケ!」と驚き零すナルト。サスケの顔にはまだ呪印が残っている。平気ではないはずだ。

「あんだけやって、やっと一発かよ」
「...うるせってばよ」

ふてくされたように言うナルト、その横顔をサスケは見つめた。ナルトの仲間を思う瞳の色は変わらない。

「......ナルト。サクラはお前が意地でも助け出せ」
「え?」
「そして助けたら、サクラ担いでさっさと逃げて......カナ探し出して安全なとこにいろ。お前ならやれる」
「......サスケ、お前」
「少しなら今のオレでも足止めできる。ここで終わるなら......オレはそこまでのヤツだったってことだ」

サスケの言葉を聞きながら、ナルトは不意に波の国での任務を思い出していた。
再不斬、白と、決着がついた最後の戦い。他人に興味を示す様子もなかったあのサスケが、カナとナルトを庇って仮死状態にまで陥った。

「オレは、全てを一度失った......もう、オレの目の前で大切な仲間が死ぬのは......見たくない」
「......大切な......仲間」

『オレの仲間は絶対殺させやしなーいよ!』ーーカカシの言葉が脳裏に甦る。戦う心に何が大切なのか、カカシが第七班に教えたセリフ。

「そうだ......そうだってばよ」

ナルトはぽつりと呟いた。サスケがナルトを怪訝気に見る。揺るぎない瞳が、もう何も迷わない瞳が、今のナルトに宿り始めていた。

「自分に似てるから。同じような寂しさとか哀しさとか感じて、生きてきたから。そんな孤独な中で、自分のためだけに戦い続けてきたアイツを、強いと......オレは思った。けど、本当に強いって、そんなことじゃなかったはずだ。自分だけのために戦ったって、本当に強くなんか、なれねェんだ......!」

波の国で白がナルトに教えたこと。イルカがミズキから身を挺してナルトを護った時も、カカシが第七班全員を庇ったときも、イナリや町民が国を護ろうとした時も、それらは全部『大切な何かを護りたいと思った時』。

ナルトは強い目で笑って、印を組んでいた。


「みんなは絶対、オレが護りきってやるってばよ!!」


十字印。それはナルトの最大の武器。
辺りを包み込んだ煙の後には、無数のナルトが現れていた。全員が目を見開く中、オリジナルのナルトがビシィっと我愛羅を指差し、自信満々に吠えた。

「なーがい間、待たせちまったってばよ!こっからがうずまくナルト忍法帖の始まりだぜ!!」



ーーもう見ていられない。一体何故こんな事になったのか。
あの少年は何の関係もない。北波と決着をつけなければならないのは彼ではないのだ。今は対等に渡り合えていても、北波はまだ全力ではない。彼には逃げてもらわねばならない。北波が本気になる、その前に。

意を決して飛び降りたカナ。その目が、カナにも気付かず戦い続けている北波と少年を強い瞳で捉える。

「風遁 風鎌!!」

風が巻き起こる。刃物のように鋭く尖った風がカナの前に完成する。形を整えた風が、かなりの速さで北波と少年のほうへ向かっていく。地面までもが抉れていく強さだ。

風鎌はちょうど、二人の間を切り裂くようにして通った。轟音に気付いた両者が咄嗟に後方に下がったのだ。
風鎌が木々を切り倒していく音ーーーそれらが全て収まってから、カナは二人に言った。

「一度......止まって」


北波と少年、二人の視線もまたカナに集まった。警戒は解けていないが、二人はようやく戦闘態勢を解く。カナに戦闘の意思がないことは明白だ。北波はやれやれと首をふり、短刀を鞘に納める。少年のほうは感情のない声で言った。

「邪魔しないで下さいよ」
「......邪魔してんのはお前のほうだろうが」

どこかボケた台詞に、北波が呆れた顔で言う。「ああ、そうか」とその北波の言葉に素直に返す少年。何とも言えない表情をしたカナだったが、邪念を振り払って少年に向き直った。

「助けてくれたのは感謝します。けど、この戦いは私と北波さんとの戦い。巻き込みたくないんです」
「......言いませんでしたっけ。僕の仕事は"風羽カナを守ること"。"風羽カナ"がアナタである限り、僕はここから立ち去る事はできないんですよ」

そのあまりに義務的な口調にカナは眉根を寄せた。カナは本当に少年に感謝しているからこそ、早く立ち去ってほしいのだ。
北波だけが危険なのではなく、もしカナ自身が予選の時のようになってしまえば、カナでさえ少年を気遣うことができなくなってしまう。

「......お願いです。私が北波さんと戦っている間に......この場を離れて下さい」

北波は何も言わない。北波にとっては、北波自身の目的が果たせればどうでもいいのだろう。だがカナは違う。
カナは真っ直ぐ少年の面の中の瞳を見つめた。サスケに似た黒い瞳はカナにも見えていた。カナの目には少年の目はひたすらに寂然としているように見えた。何の揺らぎもないひたすらに無音の闇。
まるで感情の一切をどこかに置き忘れてしまったように。少年はその年齢で、忍としての鉄則を守れるのだ。


「......しょうがないですね」


少年は唐突に、そう言った。彼特有の術名と共に。

一瞬だ。

カナは目を見開いた。カナに一瞬で迫ったのは、黒と白のみの二色で描かれた数匹の蛇だった。

カナの体はそれだけで硬直した。強い力で体当たりされたカナの体が大木の幹まで吹っ飛ぶ。その一瞬で、足も手も、体の全てが動かせないように、蛇たちが幹にカナを縛り付けたのだ。

「へ......び」

顔色が一瞬にして蒼白へ変わる。蛇が縛り付けてくる力が強い。息すらまともにできなくなっていったカナは、その意識を次第に手放していった。


「......人の獲物に勝手にしてくれんな」

北波は黙ってその数秒を見つめていた。感情のない目が少年を見下ろす。

「矛盾してんじゃねえのか?ソイツを助けに来たんだと思ってたが」
「助けに?......違うな。僕は命令で動いてるだけだ。......大体、彼女がああなってしまえば、僕にとってもそうですが、アナタだって好都合でしょう?批難されなきゃなりませんか?」

カナが邪魔しに入ることはなくなった。そして、カナが抵抗することもなくなった。
当然北波にとっても悪くない展開であるはずだ。だが、北波はただただ無表情だった。少年の言葉にも返事をせず、足元の砂を均した。

「さっきので全力だと思ったら大間違いだぜ」

二人のチャクラが辺りに立ちこめる。互いを見据え、互いを圧し合う。
先に動き出したのは北波だ。印の最後はやはり土遁で締めくくられた。

「土遁 土流弾!」

生み出される土の塊が数十個、少年に向かって放たれた。相当な数、相当なスピード。当たれば確実に痛手を受ける。少年は慣れた手つきで巻物を広げた。

「忍法 超獣偽画」

すると、少年が巻物に描いた絵が突如現実に飛び出した。
凛々しい顔つきの巨大な鳥の背に乗り、少年は上空へと飛び上がる。高くそびえている木々のそのまた上まで。

「変な術を使いやがる......けど、まだだ」

北波はすぐにまた別の印を組んだ。すると、土流弾の進みが突如止まる。そして北波が睨む方向、つまり少年のいる上空に突き進み出した。木々の枝も土流弾は避け、一切止まる様子はない。
それらを上空から見ている少年は無言で分析していた。北波の目の届く範囲であれば土流弾はどこまでも少年を追うのだろう。だが少年はこの場を離れるわけにはいかない。少年の"任務対象"がカナである限り、少年は放り出せないのだ。

「......まったく、戦う羽目になるとは思わなかったな」

少年はそれでも感情もなく呟き、背中の短刀に手を伸ばした。
遠ざかることができない以上、少年のとれる道は一つ。墨の鳥を操りながら少年は下降していく。向かってくる土流弾を大破しながら、惑う事なく標的へ。未だ 印を組んでいる北波を捉え、チャキと短刀を構えた。

「これで終わりです」

耳元で唸る風の中、少年は確かにそう言った。土流弾は全て潰れ、忍具を出す時間もない。
ーーしかし、北波はそれでも涼しい顔をしていた。北波に短刀を突き付けようとする少年のほうが、怪訝な顔をした。

その、一瞬。


パァン__!


突然 少年の乗っていた鳥が破裂したのだ。
足場が消え、前のめりになる少年。叫ばずとも、微かに息を呑む声が北波の耳にも届く。
北波はその間に動いた。大きく足を振りかぶり、落ちてくる少年の腹に力加減なく蹴りを入れたのである。酷い痛みを受けた少年は、間一髪で着地はできたものの、両手で腹を抱えていた。

「...なに、を......」
「さあ、なんだろうな?」

冷ややかに笑う北波。その手にあるものを少年は目敏く見つけた。きらりと光った金属。それに少年は見覚えがある。予選時に北波が使ってた"あるもの"だ。

「"刻鈴"......ですか」

少年がそう言えば、よく分かったなと北波は笑い、刻鈴をつけている右手を前にかざした。

「本来の使い方は幻術だけどな。使いようによっちゃ、ドスの技みてェなこともできる。振動...空気を震わせ、お前のさっきの術を攻撃した」
「......なるほど......じゃ、彼女のあの反応も」

少年は後ろを振り向いた。カナは生気の薄い顔を歪めている。外傷はないが振動が応えたのだろう。
北波もそれを見て「ああ」とだけ答えた。だがーーーその表情には徹して無表情にしているような溶け込めなさが滲んでいると、そう気付いたのは、"その少年だから"だった。

「......分からないな......彼女も、アナタも」
「...何がだ」
「彼女もアナタも、戦うというだけのことに直情過ぎる。彼女はともかく......アナタは何人もの忍を殺してきた筈だ。感情なんてなければ、苦しむ事も何もなくなるはずなのに」

少年は北波のその顔に感情を見いだしていたのだ。
特殊な環境で育った少年は、本当に無感情である自身と北波の違いをはっきりと感じることができていた。そして北波の感情の矛盾にも。恨むというなら何故躊躇するのか。北波の行動にはたまに脈絡から外れている。

「アナタは本当に"風羽カナ"を、」

だが北波は少年に全てを言わせる前に遮った。

「うるせえよ。てめえには関係ねェことだ」
「...まあ、それもそうですね。僕には関係無い事だ......僕はただ、任務を遂行するだけ。それが......"根"」

少年はそう言うと、面の奥の黒い瞳でしっかと北波を見据え、顔の前で短刀を構えた。先ほど蹴られたことなど微塵も気にしていない。生意気なヤツだと北波は不快そうに吐き捨てた。その深い茶色の瞳に、今度こそ遊び半分のような心は消えていた。

再び交える刃ーーー少年の短刀が伸びるが、北波はそれを瞬時に避ける。少年は軽く跳躍して北波を飛び越し、背後に着地した瞬間に腕を振りかぶり、その勢いのままに斬りつけようとする、が、その時には北波はそこにいなかった。

「こっちだ」

そして背後から聴こえた声。少年が振り返る間もない。

「土遁 地柱(じばしら)」

鈍い音をたて、少年はその場から弾かれた。蔓のように伸びた土が少年の体を突き押していく。逃げる隙もなくその体は大きくそびえる大樹に叩き付けられるーーそこはちょうどカナが縛られている木の反対側。
かなりの衝撃が、その周辺一帯に響いた。


ーーカナの瞼が僅かに動く。だが、少年も北波もそれに気付かない。


少年は全身を襲う痛みを堪え、土をはね除け地面を蹴る。
忍法・超獣偽画、と一秒とかからず描かれた数匹の虎が目前の北波に襲いかかる。墨たちは再び刻鈴によって一斉に潰されたが、墨が飛び散ったその隙を狙い、少年は短刀を北波に突き付けた、しかし。

どろり。

「(土分身......!)」

少年が目を見開いているうちに地鳴りが響く。悪寒を感じすぐに上空へ飛び上がったが、

「土遁 土竜爪(どりゅうそう)」
「!!」

地面から生えてきた土色の竜からは逃れられず。
両腕、両足とあっという間に捉えられ、少年の手から短刀が落ちた。そして北波が片腕を勢い良く振り下ろした瞬間、少年も急行下し、地面に強く叩き付けられた。

「...!!」

少年の体が、跳ねる。
からん、と、音をたて、少年の面がずれ落ちた。
露になる少年の顔。白い肌の中の黒い瞳が、息切れを漏らしてる中でも、任務放棄などするまいと敵を必死で認識している。ーーだが、度重なる大ダメージでうまく体が動かせない。


ーー柔らかい茶色の瞳が放り出された面を映す。


「く、そ......」

面もない。服は泥だらけで、満身創痍に近い。仰向けに転がされている少年の上で、未だ発動されている竜が獲物を見張るように揺れている。
じゃり、と北波が一歩を踏み出し、冷たい目で少年を見下ろした。

「自信過剰だ、ガキ......終いだ」

チャキ。

北波の短刀が少年の上に突き出される。少年の短刀はとても届きそうもない位置に転がっている。

少年は悟るしかなかった。"任務を失敗してしまったのだと"。少年に突き付けられている短刀がぎらりと刃を向いている。少年にすぐにでも動ける力は既になかった。

「...どうぞ」

少年は無頓着に、"作り笑い"を貼付けた。


ーー銀色が揺れる。頭がゆっくり上げて目にしたものに、まだはっきりとしていない意識を懸命に集中させる。擦れた声でも、なんでもいい。

とにかくーーーカナは吐き出した。


「だ......め......」

少年の目が動く。北波はぴくりと手を止めた。

意識が徐々に浮上し始めたカナは瞳を歪めていた。手足は未だに動かせない状態だが、カナは今すぐにでも少年と北波のところへ飛び出したい思いだった。カナの脳裏に瞬間的に過った"死の光景"。

「殺さ......ないで」

か細い声はが再び少年と北波の耳に届く。
少年は何か不思議なものを見るような目でカナを見ていた。北波は眉根を寄せてカナを一瞥し、そして吐き捨てる。

「コイツはどうしても殺さないわけにはいかねえな。情報を持たしたまま、生かしとくわけにはいかねえ」

北波に躊躇する理由など一つもない。暗い色をした深い茶色の瞳は、ゆらりと少年に視線を戻した。
短刀を持つその手にまた力が入る。振り上がり始めるーーーーー


カナの目にはそれがやけにスローモーションに見えていた。残像が見える程に。死が目前で襲う場面が。


「(......いやだ)」


ーー体が動かない。
強く縛り付けられているから?蛇を近くに感じるから?チャクラが足りないから?
カナは爪で血が滲む程に手の平を握った。湿った吐息がその口から漏れた。全身が震え始め、嫌な汗が顔に伝った。


「(いやだ、わたしは、)」


あの子に、死んでほしくない。

死ぬところなんか見たくない。

力が欲しい。



あの子を、護るチカラ。



ーーーその時、カナの目に、見えたものがあった。
淡い紅の翼と、輝く金の瞳を持った、強大な存在感を持つ、何かーーー。



ゴウ___!!



ーーー北波はすぐさま飛び退いた。
突如 発生した、痛いぐらいの強風が少年の周りを囲っていた。まるで少年を護ろうという意志を持っているかのように、その、"銀色"の風は唸りをあげた。

「......!!」

冷や汗が頬を伝う。
不思議なくらい自然に、北波はカナのほうに目をやっていた。辺りを包む威圧感を受けながら。北波は、やっと口を開いた。


「また、てめえか......?」


スラリとそこに立つ、"金の瞳”で睨んでくる少女を目に捉えて。


 
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