第七十八話 憎むモノ


クナイを片手に持つカナは凄まじく息を上げていた。
始まってから数分、カナは幾度となく風遁や水遁を使い、チャクラコントロールを駆使してきた。常人程度にしかチャクラを持たないカナは、急激な消費量に息を荒げていた。

「お疲れか?」

対して北波は変わりない。使い慣れているのであろう短刀を指先でクルクルと回し、上に放ったかと思うとまた右手で掴む。そして鞘にしまい込んだ。
その行動を見ていたカナが目を見張る。

「一体、なんのつもりですか?」
「......息上がりすぎだろ。休憩ぐらいとってやるよ......そんな状態のお前を倒してもつまんねえからな」

口で息をしていたカナも、さすがに閉口して北波を睨んだ。

「最初に言いましたよね...」

カナは言葉を紡いでからすぐ、クナイを構えて北波に迫った。キィン、と金属音が鳴る。鞘から数センチ抜かれた短刀と、カナのクナイがぶつかった。

「あなたたちが今ここに攻め込んでるのは私のせい...!それなら、私は責任をとるために貴方たちを追い返す!!」
「......へっ。いい度胸だな、姫。姫なら姫らしく誰かに守られてろよ、"神移"で木ノ葉に送られた昔みてェにな!!」

お互いを弾きあい、後方に下がるカナと北波。息つく間もなくカナはクナイを北波に放つ。北波は軽く短刀で弾いた。

"神移"。

その単語をカナが聞いたのは実に十余年ぶりのことだった。それを耳にしたのはたった一度、風羽の事件後に三代目が幼いカナに事情を説明したときのみーーーだがカナがその言葉をよく覚えている理由があった。
"神移"。
それは誰かに強く願われることで、神人を時空間移動させることのできる能力。言い換えれば、神人"だけ"を守る能力。そして願った者を傷つける能力。カナが最も呪った能力だった。
しかし、それよりも今、カナの心に響いたことは。


「"姫"、"姫"って......一体、何なんですか!」


初対面から北波はカナを"姫"と呼び続けていた。名前くらい知ってるだろうに、それでも。そして、カナはそう呼ばれるたび、酷い違和感を覚えていた。

声を張り上げて北波に問いかけるカナの顔は、カナ自身は意識もなく、歪んでいる。その目で無表情となった北波を見つめていた。

「......誰のせいだ」
「......え?」
「バカみてェなことを言いやがったのは、どこのどいつだよ」

深い色の瞳にカナは映っていない。カナを見ているはずが、本当に今目の前にいるカナを捉えているかもあやふやだ。
それにに気づき、カナは恐る恐る構えを解いた。今の北波の様子はカナが初めて見るものだった。

「オレは、風羽が憎い......掟に縛られてオレを絶望に追い込んだ、風羽の血が......一族が......!」

視線を地に落として、北波はギリと歯ぎしりした。二人の耳に森が先ほどよりも静かに感じていた。
北波は握っていた拳を解くと、その手で右頬の傷に触れる。
その瞳には、燃え盛る炎が映っていた。


平和を笑い合う、一つの一族の、小さな忍里。里にはその一族特有の色の髪の人々が行き交い、みんな笑っていた。
そんな中、違う髪色をした少年と、その父親らしき人物が里を歩いていた。その二人の傍に、藍色の髪の女性が近づいていく。三人になった。少年は両親と手をつなぎ、心底嬉しそうにまた、笑った。

しかし、時が流れた。
その里は、炎に包まれていた。家々は燃え、辺りにはいくつもの、死体。

ある一家でもまた、大きく炎が上がっていた。その家の書庫にその三人はいた。
だが、両親は既に動けない。意識がやっとある程度で、部屋の壁に凭れ掛かり、今にも息絶えそうな様子で。

それでも、二人の子供は必死に立ちふさがっていた。涙を流しながら、父と母を護るように両手を広げていた。少年の頬に流れている血。そこに立っているのは、数人の忍。
彼らの瞳が少年を見下ろしていた。


「熱かった......あの......炎は」
「炎......?」

脈絡のない北波の台詞に思考が追いつかないカナ。しかし何となくカナが思ったのは、このまま北波の話をうわ言と思ってはならないということ。北波を、"見失うわけにはいかないということ"。
だが、急に北波はカナを睨んでいた。それはもう元の目の色だった。

「関わらなけりゃよかったんだ...ガキの言う事とほっときゃよかった...!後からこんな感情に苛まれると知ってりゃあ...!」
「ど...どういう意味...!?あなたと私のつながりは何!?何があなたをそこまで!!」
「答える義理はねェ!!オレは......風羽が、憎い!!」
「教えて、教えてよ!私の胸につっかえてる、この痛みはなに!?私はあなたと、戦いたくなんか、ない!!」

一層強く眉根を寄せた北波は、強く歯を噛み締め、叫んだ。


「うるっせェエエエエエエ!!!」


カナの言葉に反発するように。カナの言葉を放り出すように。
聞く耳持たずして、北波は短刀を手に走り出していた。ギラついた目で、"風羽カナ"に向かって。

カナは硬直したように動けなくなっていた。術のせいではない。カナの内側に沸々と沸き起こる感情がそうさせていたのだ。ただ、迫ってくる北波を見ていた。

なんて。なんて、哀しい瞳なんだろうと。
知らない。知らない筈なのに。どうして、こんな気持ちになる?


「____!!」



キィイイイイン__!


カナの間近で、冷たい金属音が響いた。ーーだが、カナは一つも動いてはいなかった。

静寂。
カナはゆっくりと瞼を上げた。最初に見えたのは、黒だった。黒い忍装束を着た、黒髪の少年だった。
一瞬カナの脳裏に過った幼なじみ、だが、すぐにそうではないと気付く。

「誰だよ......てめェは」

北波もまた、いきなり入ってきた第三者に苛ついたように目を眇めた。少年と北波の短刀がキリキリと悲鳴をあげている。だが少年はすぐには北波の問いに答えない。
北波の短刀を弾くと素早くカナの背後にまわり、カナを軽々と抱き上げたのだ。

「え!?」

驚いた声を上げるカナにも動じない。少年の動きは俊敏だった。たんっと地を蹴ると、背後にあった木の枝の上にカナを下ろした。
その面の下で、ようやく口を開く。

「"誰"......か。僕には名前はない。けど、そうだな......あえて言うなら、ダンゾウ様の使い......かな」

カナと同じ程度の背丈の少年の声とは思えない、一定の高さで揺るがない声。カナにはわけがわからなかったが、北波は一切動揺しない。

「ダンゾウ......じゃあ、お前は"根"の者か」
「そう、僕は"根"だ。それ以外の何者でもない。......そして、今は"風羽カナ"を守るためとして送り込まれた、一忍者だ」

"ダンゾウ"。”根”。"風羽カナを守るため"。
カナはそれらの言葉を聞いていることしかできなかった。



ナルトは混乱していた。登場から数分、サスケの危機を救ったはずが状況は悪化していた。サスケは呪印に蝕まれ自由に動けず、共に来たサクラも我愛羅の腕に捕まり気を失っている。動ける者はナルトしかいない、だというのに。

この一ヶ月で修行して得た術を使っても、小さなカエル一匹しか現れなかった。
ナルトは我愛羅を前に、いつものような根性が湧いてこなかったのだ。ナルトほど我愛羅の痛みを分かる者はいないーーーその事が逆効果だった。

しかし、それでもどうにかしなければならないのは事実。

「オレがみんなを、助けなきゃ...!」
「ハッ......みんなを、だと?笑わせるな!!オレを倒さなければこの女の砂は解けないぞ!それどころかこの砂は時が経つ度に少しずつ締め付け、いずれこの女を殺す!!」

我愛羅の瞳がナルトを、貫く。ナルトはその眼光を受けて、唇を噛み締めた。

その目の色をナルトは知っている。幼い頃のナルト自身の目と同じ。里の者たちに否定される苦痛がナルトをそうさせた。何故生きているのかが分からなかった。孤独な少年は一人、自分は誰にも必要とされてないのだと思った。
それは何よりも、辛く、苦しいことだった。

だが、ナルトには転機があった。アカデミー卒業間近。十余年孤独と戦い続けてようやく。

イルカ、サスケ、カナ、サクラ、カカシ。

存在を認めてくれる仲間ができた。一緒に笑える仲間ができた。それだけでナルトは救われた。九尾の事など気にならなくなった。独りじゃない、それだけでナルトは最高の笑顔で笑えた。やっと安堵できる時間がナルトにも訪れたのだ。

だが、だからこそ、最悪の地獄も最高の幸福もナルトは知っているからこそ、今、ナルトの足は竦んでいた。我愛羅は今もまだ"戦っているのだ"。


「どうしたァ、このオレが恐いのか!!自分のために戦うか、他人のために戦うか...!自分だけを愛してやればいい、自分のためだけに戦え!!それが一番強い者の定義だ!」

その目は気付いていないのだろう。我愛羅自身が本当に望んでいるものを。

「さァ、オレと戦え...!さっきまでの威勢はどうした!オレに力を見せてみろ......オレはその力をねじ伏せてやる!さっさと向かってこないと、先にこの女を殺すぞ!!」

それだけは許されない。ナルトは苦い顔で、ただ単に我愛羅に向かって行った。だが、あっという間に蹴散らされる。木に背中を打ち付け、酷いダメージを負う。
それでも、ナルトはずっと我愛羅を睨みつけていた。恐怖は確かだ。でも、一方で、ナルトの胸の中に確かに渦巻くものがあった。

「なんでか...コイツにだけは...!死んでも、負けたくねェ!!」



「あなた、どうして私を...?」

カナは訝った声で口にした。何故自分を助けたのか、そもそもこの少年は誰なのか、ダンゾウとは何者なのか、とにかくカナの脳内は今 様々な疑問で溢れている。
どこかサスケに似ている黒髪少年は、その顔に狐の面をつけていた。面の中の瞳もやはり黒色のようだ。

「近くで見ると、思った以上に整った顔をしてるんですね」
「......は?」
「でも、甘い。戦いに感情はいらない。そんなものを抱えていたら、今のようなピンチに何度も陥るだけですよ」

少年は淡々と言葉を紡ぐだけ。カナの質問に答えることもなく、ひたすらに落ち着き払った声だ。サスケやシノとも違う、一切 感情のない声で話す少年を前に、カナは首を傾げる思いだった。
だが少年はカナにはそれほど興味ないらしい。その視線はすっと北波へと流れた。

「.....で?てめェはどうするつもりだ」

短刀を片手に北波は言う。カナも下の北波を見下ろした。そして、息を呑んだ。
北波の今の表情は鋭利な刃を潜めているものだ。不機嫌な様子を露にしている。今までの表情とは全く違う。まずいとカナが思うも間に合わず、少年はやはり何でも無い事のように応えた。

「どうするもこうするも、"風羽カナ"本人がこんなでは どうも落ちついて見ていられない。木ノ葉に害を為す者は排除する、それが"根"だ」
「......つまり」

北波は一瞬にして地を蹴り、少年と刃を交わせていた。

「オレの目的を......姫を連れてく事を、邪魔するワケだな」
「そういう事に、なりますかね......」

少年はどこまでも狼狽えることはない。北波は忌々しそうに顔を歪めていたが、そのうちニヤリと口元を上げた。
北波の刀を防いだ少年も、さすがに体格差で押し負けて後方へ跳ぶ。そしてそのまま地面に落ちていく二人を、カナは枝に両手をつき見下ろした。カナの疑念の感情に違うものも混ざり込んでいった。

金属音が絶えず辺りに響き始めた。


 
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