第七十七話 修羅の姿


サスケは息を潜めて機を伺っていた。茂みの奥の視線の先には、変貌した我愛羅の姿があった。
血走った目。顔や腕に侵食している"人でないもの"。その黄土色で巨大な腕は、手裏剣やクナイをものともせず。我愛羅は最早、本来の人格をも失いかけている。
獲物を探す。視界から消えたサスケを求める。我愛羅は憎々し気に周囲に目を払っていた。

「うちは......サスケェ!!何故、向かってこない!!」

なぜ。
我愛羅の頭に唐突に強い痛みが走る。それは攻撃された故ではない。我愛羅が常に感じてきた痛み。それは、この世で最も強い痛み。

「なぜ......逃げる!!」

我愛羅の目に昔の映像が流れる。同い年の子供たちが全員 逃げて行く。みな一様に我愛羅を指差し、バケモノだと喚く。誰もが我愛羅の元から去って行く。ーーーー夜叉丸も。カナも。

「逃がしはしない...!逃がしはしないぞ!!どうした、うちはサスケ......このオレが怖いかァ!?」

またも叫ぶ我愛羅の声が、サスケの耳に自然と忍び寄った。サスケはピクリと反応していた。

「憎しみも殺意も、その恐怖にすくんだのか!?お前はその程度の存在だったのかァ!!オレと戦え...そして確かめろ!お前の価値を、存在を! 実験しろォ!!」

その言葉に、サスケは沸き立つ思いを抑える事ができなかった。
イタチという忌むべき存在。復讐への執心。サスケがあの惨劇から一日たりとも忘れた事のなかった想い。まだまだサスケの中には怒りと憎悪と殺意が混ざり合って住み込んでいる。存在理由はサスケの中から消えていない。

千鳥がその左手に宿る。サスケの瞳に映るは写輪眼。
イタチへの、憎しみだった。



カナを刺した時の焦燥は消え、北波は余裕のある目で枝に立つカナを見つめていた。
一方、カナは口を真一文字に締めて北波を見下ろしている。カナの決意は確かだが、心に残る想いも確かだ。しかしその手はしっかりクナイを握りしめている。

「風分身(かざぶんしん)か。が、気付かれちまったら意味ねえな」
「やっぱり.......退いてはくれないんですね」
「覚悟したんだろ、お前も」
「......はい」
「オレは退かない......どうしてもっていうなら、全力で追い返してみろよ」

静かな応酬だ。予想通りの返答にカナは目を伏せた。カナの心臓の音は予選の時よりも更に大きい。

何故こんなにも北波にこだわり、戦いたくないと思ってしまうのか、自分自身でも分からない。カナの中で、北波は確かに憎むべき存在なのだ。一族が死んだ原因を作った者をどうしたら穏やかな心境で見れるのか。
何かが、カナの決意をつついている。

「(北波さんは、一体......)」

カナは言葉をぐっと呑み込み、トンと地面に下りた。北波と対峙し、視線を交わす。カナの瞳から邪念が少しずつ消えていく。二人の戦闘の意思が重なった。
カナよりも深い色の北波の瞳は、真っ直ぐにカナを映しとった。


「......行くぜ」


じゃり、と足下を鳴らし先に動き出した北波。動かないカナへと短刀を構えて走っていく。ギラ、と光るそれを目に捉えながら、カナはクナイも出さずに方向を見極めた。
一寸。ギリギリのところで、短刀を避ける。

間近になった双方の顔。北波は皮肉気に笑って、カナは至って真剣な顔で。北波はそのまま体を捻らせて蹴りを繰り出す。カナはそれを避けることはせず、向かってきた北波の足を掴んで自ら後方へ跳んだ。

「風遁 風波・裂」

印を組んだカナの背後にいくつにも分かれた"風波"が蠢いた。それらは迷わず北波を狙うーーー回り込むように。
北波は軽く動いて避けようとするが、複数の風では避けるにも限界がある。既に一つは北波の背後に迫っていた。しかし北波はそれを目で確認する前に、

「土遁 土流壁!」

瞬時に対策をたてていた。叫ぶと同時に北波の背後に現れた土の壁。それが襲ってきた風波を防ぐが、同時に音をたてて崩れ落ちる。
だが、風波にはまだ数がある。未だ印を組んで風を操っているカナを横目に、北波はまた術を発動した。

「土遁 土蛇(つちへび)!」

すると、地上に突然、蛇を象った土の塊が現れた。形態は風波と同じ__術者が自在に操れるという点でも同様。風波に土蛇が、土蛇に風波が向かっていく。

「!!」

まさか、とカナが思ったのも束の間、風と土はお互いにぶつかり相殺した。目を丸くしたカナだったが、ふいに苦笑いし「さすが...」と零す。北波はゆっくりと印を解いた。

「これでもまだまだ手加減してやってんだ」
「...!」
「全力以上の力で来ねえと......お前は確実に、死ぬぜ」

死。
その言葉がカナの頭に木霊する。
死ぬわけにはいかない。やりたいことが、やらなければいけないことがある。まだ自分は逃げるわけにはいかない。そして何より、サスケと交わした約束を放って死ぬことなどーーー


「私はまだ、死ねない!!」




サスケが放った千鳥は我愛羅に届いた。
だが、我愛羅は最初こそ痛みに呻いていたものの、次第にその声は変わっていった。サスケは眉をひそめてその姿を見やるーーー笑っている我愛羅を。

「そうか......そうだったのか。何故こんなに楽しいのか、今、分かった...!」
「...?」
「この痛み...!オレを傷つける程のヤツを倒し、そいつの全てを奪いさることは、オレにより強い生の実感を与えてくれる!!」

狂乱したように叫ぶ我愛羅。サスケの頬に冷や汗が流れる。「もっと...もっとだ...!」と呟く我愛羅の体がまたも変化していく。サスケに傷つけられた右腕も直り、更に尾までもが。

「(一体何なんだコイツ...!次から次へと!)」

サスケが思った瞬間、我愛羅は獲物へと飛び出した。しかも更に速い。
サスケは間一髪で逃げ出せたが、擦りでもすれば一発アウトなのは目に見えている。長引く前に終わらせなければならない、そうなれば手っ取り早いのは千鳥だーーーしかし、千鳥は連発できる術ではない。サスケはカカシに忠告を受けている。

『例え生き残ったとしても、お前にとってロクな事にはならないよ。...特にお前はな』

「どうしたァ!お前の存在価値はこの程度か!!」

我愛羅がサスケを目に叫ぶ。黄土色の尾がゆらゆらと揺れ、"強者"を待ち望んでいる。

「はっきり言おう......お前は、弱い!!」

挑発するが如く。

「お前は、甘い!憎しみが弱いからだ!憎しみの力は殺意の力...殺意の力は復讐の力!お前の憎しみは、オレより弱い!!」 

サスケの口が僅かに動く。「黙れ...」と、小さくはあるが、唸るような声。憎しみ、復讐、それはサスケが最も他人に口を挟まれたくない事だ。

「この意味が分かるか!?」
「黙れ!!」
「それはお前が......!オレより弱いという事だ!!」

サスケの憎しみのこもった瞳には、我愛羅を通り越し、兄を視る。
チリチリ...と鳴き始めた千鳥。二度目を過ぎた必殺技。怒りに燃えたサスケの赤。その目が我愛羅のそれを交差する。我愛羅は心底嬉しそうに口元を上げた。戦闘での悦びが我愛羅の望むもの。

二人の唸り声が重なった。

それは、一瞬だ。

互いに全力。サスケは首元に走った痛みをものともせずに。我愛羅がまず痛みに声を上げた。

「グァアア"アッ...!」

だが、ダメージを受けたのはサスケも一緒だった。そしてその顔には呪印が渦巻き、呪印による痛みをもサスケを襲い始め、写輪眼までもが解けるーーー
その間に、我愛羅は復活していた。ダメージを受けた腕は何度でも再生する。

「ウォオオッ!!」

我愛羅がまたもサスケへと跳躍する。だが今度ばかりはサスケも動けなかった。俊敏に反応するほどの余裕がなかった。
動けない。その黒の瞳で、我愛羅の腕が伸びてくるのを、見ているしかなかった。


ーーーだが、その時現れたオレンジ色が、我愛羅の顔を蹴り飛ばす。

目を見開いたサスケの視界に、いつもドベと馬鹿にしていた、ナルトが映っていた。


 
|小説トップ |


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -