第七十六話 二つの戦い


「そ、想像以上......」

自らの術であるにも関わらず、カナはその威力を前に呆然としていた。それほどにカナが放った"散水破"の性能が上がっていたのだ。
全てはテンゾウがカナに授けたブレスレットの能力のおかげだろう。攻撃範囲も大幅に広がり、先ほどまで北波が走っていた枝だけでなく、周辺の木々も傷を受け 折れているものが多数だ。

だが、カナはすぐに顔を引き締めた。その目が左右を注意深く観察する。
北波の姿が、どこにも見当たらない。

「 (気配もない......)」

木の上では足場が悪い。カナは地面に降りた。散水破で折られた枝や散った葉がそこら中に落ちている。水遁術を使った為に当然ぬかるみだらけで、べちゃりと音をたてた。

北波が出てくる気配はない。隙を見せれば一瞬で襲撃されるだろう。
カナは緊張感を張りつめながら意識を集中させた。相手の実力が自分よりも遥かに上である以上、奇襲を待つのは得策ではない。幸運にもカナには周りの状況を把握できる能力ーー"風使い"がある。

カナの周囲に風が生まれ出した。銀色の髪が揺れる。風が静かに、だが素早く木々の間をすり抜けていく。
そして数秒後、カナはぱっと顔を上げた。

「見つけ、......!!」

だが、カナは不意に両足に違和感を覚えていた。何かに掴まれている...捕まっている?

恐る恐る自分の足下を見下ろした。そして息を呑むーーー全く気付かなかった。最初からぬかるみだったからだろう。
土遁・黄泉沼。

「気付くのが遅えよ......」

カナはすぐさま顔を上げた。木々の葉陰に隠れていたのだろう、上から北波が跳んで降りてきた。
その目で真っ直ぐカナを射止めている。その姿に、頬の傷以外の怪我はない。散水破は状況打破しか効果をなさなかったらしい。

動けないカナ、無表情の北波。
カナはきゅっと下唇を噛んだ。その双眸を、一瞬だけ閉じる。



弟を支えながらひたすら前に進んでいたテマリは、不意に音を拾ってハッとした。

「降ろせ......テマリ」
「動けるのか、我愛羅」

テマリはすぐに足を止めて言われた通りにしてやる。だが我愛羅はすぐに頭を抱えて呻きだした。
「お、おい、我愛羅!」と慌てた姉は、思い出したように携帯用の医療パックを取り出した。我愛羅の体を襲っているのはサスケとの試合で負った傷だ。カンクロウが敵を足止めしてるこの隙に。

「今、手当てするから...」
「......あっちへ、行ってろ......」
「え?お、おい」
「いいから早く、向こうへ、行け!!」

しかし低く呻いた我愛羅がそれを遮った。テマリが疑問を口に出すが早いか、我愛羅はその腕を振りかぶり、問答無用で姉を弾き飛ばしていた。テマリの体は木の幹に打ち付けられる。
我愛羅のその目は、未だ痛みに苛まれているだろうに、先ほどよりもギラついている。テマリよりも素早く相手の来襲を察知していたのだ。

その瞬間、サスケが立ちはだかるように現れた。

「てめーら砂が何企んでるのかは知らねーが、お前はオレが止める。......そして、お前の正体を見定める」

サスケにとって今、一番得体の知れない存在が我愛羅だ。
そう静かに言った途端、我愛羅はまた唐突に苦しみ始めた。うめき声が上がりーー同時に、顔や腕にまとっている砂の鎧にヒビが入り始める。ぜえぜえと呼吸する合間にぼやき声を上げる。

「強い、お前......"うちは"と呼ばれるお前......仲間のいるお前......目的のあるお前......オレに似ている、お前......」

我愛羅に大怪我を負わせる程に強く、周囲に親し気に名を呼ばれ、仲間と共に歩み、生きることの理由を持ち、何よりも辛い孤独の重みを知り、ーーそして。

「あの女の......カナのそばにいるお前......!」
「!」
「お前を殺すことで......その全てを消し去った存在としてオレはこの世に存在する!オレは、“生”を実感できる!!」

我愛羅にとっては何よりも誰よりも、殺すことに意義がある者が、サスケ。
鋭い視線が交える中、我愛羅は急によろめいた。だがその体に現れる変化は禍々しいほど強い。

「お前は......オレの......!」

我愛羅の咆哮がサスケの耳をつんざいた。


「獲物だァアァアア!!!!」




「まだまだだな、姫......忍としても、風使いとしても」

貶されるような言い方をされ、カナは北波を睨みつけるが、北波の目は恐ろしいほど静かなだけだ。

「それにしても......水遁を使えることにはさすがに驚いたが」
「私だって、この準備期間なにもしてなかったわけじゃありません。予感は薄々あった......」
「......予感、ね。そんなもんがあったところで、お前にはどうしようもねえほどの規模だ。残念だったな」

状況は、先ほどと似通っていた。つい数分ほど前の黄泉沼に捕まった北波と発動者の暗部のようだ。ただ一つの違いは、両者の実力の差。たった一つだが、かなり大きな差だ。

「お前が新たな二つ目の性質を身につけたところで、意味なかったってことだ」

カナはすっと顔を上げた。"二つ目の性質"。そう言う北波が見せる術は土遁ばかりだ。今のこの黄泉沼も、予選で見せた術も。
だが、直接見る以外にも、カナに分かることはもう一つあった。

「北波さんが持っている性質も、二つ......ですよね」

北波の眉がぴくりと動いたのは気のせいだったか。今は最早、北波は数秒前と一切 変わらない顔で肩を竦め、首を振っている。

「違うな。オレが持ってんのは土遁一つだ。極めるために他は使ってねえ......ああ、もしかしてあの時の"刻鈴"のことを言ってんのか?」
「......いいえ」

カナとて"刻鈴"がどの性質変化にも属していないことは分かる。"刻鈴"は恐らく幻術の一種だ。
カナが言う、北波が持つ土遁以外の性質はそれではなかった。もちろんカナがそれを目にしたわけではない。だが、カナは特殊な一族なのだ。


「 風の性質も、持ってますよね? 」


苦々しいほど北波の顔が歪んだ。図星であることは、その表情が証明する。鋭い眼光がカナを突き刺す。まるで、触れられたくないことに触れられてしまったかのようだ。
カナは顔を強ばらせながらも、北波の反応を見極めながら続ける。

「これまでのあなたの動作一つ一つに、風が付いて回ってるのは分かってた......無意識の内かもしれないけど、風遁が使える人っていうのは、私が風羽だからか、とても分かりやすいんです」
「......オレは風遁を使わねえ......」
「けど、使うことはできるんでしょう」

北波の声に苛立ちが溢れ始めているのが分かる。それが何故だかは、カナにも分かる道理がない。

沈黙が落ちた。黄泉沼はカナを抑えているが、それ以上飲み込もうとする気配はなかった。ザザアっと木の音色だけが響く中、カナは俯いて足元を見つめる。心中渦巻く一つの思いを確かに確認して。
決意したように、再び顔を上げた。


「私は...!できれば、あなたと戦いたくなんてない!」


北波の顔が様々な感情に塗られていくのが分かった。徐々に目を見開き、強く歯ぎしりする。

「ここまで来て、てめえは何言ってやがる...!?憎悪はどうした......予選でオレに見せた憎しみはどこへやった!」
「憎いからって、それがそのまま殺意に繋がるとは限らない!私には、北波さん、とてもあなたが芯から冷たい人だなんて思えないから...!」

覚悟はできている。だが、北波をただの敵として対峙する前に、カナは確かめたかった。北波の中の、冷徹さとは裏腹の一面を。
カナが北波と初めて遭遇したのは第一次試験会場だ。果たしてその時、カナは悪寒ばかりを感じていたか。それ以来の出来事で混沌し、北波を危険人物として認識していたが、それでも。

「初めて会った時、私はあなたに恐ろしさだなんて感じなかった」
「......」
「悪い人だなんて、思えなかった!」
「......!」
「どうしてか分からない、だけど!私はどうしても、あなたと戦いたくだなんて、ーーー!」


ドッ____!


赤い鮮血が飛び散った。
カナは大きく目を見開く。
血の出所は、痛みと共にーーーカナの肩から、だった。

「ッ、うあ......!」

激痛が襲い、前のめりになるカナ。片手で抑えようとすると、そこには、依然深く刺さっているクナイの冷たい感触。
止まらない出血。どくどく、と溢れ出る紅。
カナの目が微かにぼやける。だが、そのクナイを突き刺した張本人のほうが、カナよりも顔を歪めていた。

「クソ......!」

そう、小さな声で呟く北波。
カナはそんな目の前の人物をーーー微かに笑いながら見ていた。

「私を、殺しては......いけなかったんじゃ、ないんですか......?」

このままじゃ私、死にますね。
切羽詰まった様子もなく、カナは続ける。ぼやける目で背の高い北波を見上げている。
北波は、ハァっと息を吐き出した。ようやくクナイから手を離す。北波がふと見たその手には、カナの血がべっとりとついていた。

「...なにをいけしゃあしゃあと...」

そしてその手でグッと握りこぶしを作った。「それに」と北波は続ける。落ち着きを取り戻し始めた目は、感情を閉ざした目でカナを映す。

「お前の一族の森に残ってた資料では、"神鳥"は一度転生すると千年間はその身体から出られねえんだと......例え、宿り主が死んでもな」
「......じゃ、あ、私が死んだところで、あなたたちの目的は、果たされると......?」
「......そういうことだ」

息切れが激しく、途切れ途切れに喋るカナ。だが、北波の答を聞いてもその胸に渦巻く疑念は変わらなかった。
今の話が本当だとして、大蛇丸らの目的が"神鳥"だとしたら、宿り主であるカナは不必要なはずだ。だが大蛇丸は確かに北波に「カナは殺すな」と命じていた。

「どうして......?」

カナは全てを問わなかった。だが北波には十分通じたらしく、僅かに口元を上げた。意味深な笑み。

「大蛇丸がお前のことを殺すなつったのは、ヤツがこの情報のことを知らねえからだ」
「......知らない......?だって、あなたたちは、仲間じゃ......」

ますます理解し難い。何故。北波と大蛇丸は、同じ目的を持った味方ではーー。
だが、北波はふいに呟いた。


「......かくれんぼは終いだ。何もかも教えてやるわけにゃいかねェんだ、よ!!」


北波の動きは俊敏だった。唐突に手裏剣を取り出して放つ__だがそれは決して、目の前のカナにではなかった。
狙いは頭上の木の茂み。
手裏剣が風を切る。しゅっと飛んでいったそれは、地上からでは闇にしか見えない木々の間へーー!


キン__!


金属同士が鳴る音が響いた。そして、落ちてきた手裏剣。

「いい加減、出てこい」

北波はすっと、傍にいるカナのほうに視線を移した。途端、ボンッと"そのカナ"は消えていた。刺さっていたクナイがカランと落ちる。風が北波の銀色を揺らした。


「さすがにダマせませんか......」


落ちてきた声に、北波は再び木を見上げた。

「当たり前だ。自称S級犯罪者の目を、侮るんじゃねえよ」
「自称......なんですね」

そこに立っていたのは、傷一つ負っていないカナ。眉根を寄せて北波を見下ろしている。
北波はその視線を受け止めつつも、右手で顔を拭いた。だが拭いたにも関わらず、北波の整った顔には、先ほどのカナの血がべとりとついていた。


 
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