第七十五話 信じる心


「ついてこい」

そう言って背を向けた北波に、カナは迷わず頷いた。胸にあるのは緊張と決意と使命感。木ノ葉を仲間を、"家族"を護りたいという願い。踏み出した足に惑いはなかった。

結界の中で蛇と対峙している里の長は、その颯爽と遠ざかっていく背中に、力強さを感じた。そして柔らかく微笑んだ。ーーーあの子はもう、強く成長した。

巣立っていく雛を見て、親鳥は酷く安心したのだった。もう心配する必要はないのだと。あの子にはもう、"火の意志"が宿っているのだと。



その頃、森の中で目立つ金髪が木々の間を移動していた。その後ろには桃色、黒と続いている。そして三人の先頭を切っているのが忍犬である。ナルト、サクラ、シカマル、パックンはある任務の遂行を目指していた。サスケの跡を追い、サスケを止め、そして四人と一匹で別命があるまで待機せよ。というのがカカシから出された"Aランク任務"。
先ほどの幻術にかかり、一部始終を知らなかったナルトは、説明されてようやくこの任務の意味を知った。

「なるへそ!そういうことになってたのか!」

やっと合点がいったという表情をしたナルトだったが、それはすぐに「サスケのヤツ、焦りやがって...!」とふてくされたものになった。

「......で?何でオレが借り出されんだよ、クソめんどくせーなァ」
「しょうがないでしょ!カカシ先生の命令なんだもん!」

いつもの口癖と分かりつつ、ムッときたサクラがシカマルを咎める。だが気のなさそうな同期にサクラは一つ長い溜め息をついた。全く、こいつじゃなく、いつも通りカナがいてくれればーー。
何気なくそう思ったところでサクラは顔に影を落とす。その脳内に、先ほど見た光景が映し出された。

屋根の上の巨大な結界と、その中の三代目、大蛇丸と、その外にいた暗部、怯えていたカナ。
サクラは無論 カナが蛇を大の苦手とし、あの大蛇丸がまるで蛇のような男だということは知っている。だがそれだけではカナの表情の理由にはならない。それほどカナの怯え様は尋常ではなかった。
サクラはその事から一つの結論を導き出していた。カナの首筋の痣は間違いなく大蛇丸の仕業であり、カナがあれほど震えるほどのことをしたという事だ。

「後ろを見んな、サクラ」

ちょうどサクラが試験会場のほうを振り向いた時、シカマルが前を見据えたまま口にした。サクラはピクリと反応する。ナルトが首を傾げてシカマルを見ている。

「シカマル......」
「心配すんな、って言ってんだ。アイツはああ見えて、ここにいるオレらよりも強ェだろーが」

シカマルはサクラが何を気に病んでいるのかお見通しのようだ。でも、とサクラは俯く。サクラの頭からはカナの恐怖する顔が離れなかった。

「でも...!」

キュッと瞼を閉じるサクラ。その様子にナルトは「サクラちゃん...」と呟く。仲間の安否を気遣う姿に、ナルトでさえ言葉をかけるのを躊躇う。ただ一人シカマルだけが、わざとらしく長い溜め息をついていた。

「心配する気持ちも分かる。オレだってそうだ。口ではこんなこと言ってたって、心の中まで徹しきれるわけじゃねえ。......けどな。アイツを信じたい、そう思ってんのも確かだ」

アイツは大丈夫だ。何があってもアイツは強い。アイツの心が折れることなんて絶対にない。アイツがやられるわけがない。
シカマルはサクラに言い聞かせるように言った。同時に自分にも言い聞かせるように。シカマルの表情もまた、柔らかいものでは決してなかった。
だがきっと、今の話をカナが聞いていたのなら、カナはいつものような微笑みで言うだろう。

『平気だよ。心配しないで』

カナは常に他人優先で考えていた。だからこそ、予選の時は誰もが驚いた。仲間のことになど目もくれないカナは最早カナではなかった。
だが、今はあの時とは違う。帰ってきたカナの目は以前と同じ色をしていた。

「アイツは......カナは、サスケと同じで強くなって帰ってきたはずだ。そりゃあ勿論、中忍になるためにって思いもあっただろうが、きっと大前提は......オレらや里を護るために。なら、信じてやらねーでどうすんだよ。オレらが信じてやらねーと、アイツが強くなった意味がねェじゃねえか」

シカマルが憧れる、雲を連想するような笑顔を零す、カナが脳裏に映った。

シカマルは僅かに微笑していた。何を言えなくなったサクラをその姿が悠々と追い抜いていく。
いつも面倒くさそうな姿勢だが、今ばかりは真っ直ぐピンとしている。そのまた前を走っているナルトは、ようやくシカマルとサクラの会話内容が判ったのか、ニィッと口元を上げた。サクラに、シカマルの言う通りだといっているようだった。

それで、サクラはやっと緊迫した面持ちを外していた。そうねと小さく零す。どうやら私より、シカマルの方がカナを分かってたみたいーーーそう思った時、サクラは少々癪に思い、格好付けている(ように見える)シカマルに近づいて耳打ちしていた。

「アンタ、ほんっとにカナが好きなのねえ」

否定ができない少年は途端にカッコ悪くなり、顔を背けて頭を掻いていた。



......まだか。

サスケは誰に言うでもなく、どこか不機嫌そうな声で呟いた。砂のスリーマンセルはまだ視界に入っていない。ダメージを受けた我愛羅が落とす砂を目印としているので迫っているのは確実なはず。だが一向に見えない目標にサスケも段々と焦燥感が募っていた。
我愛羅を早く止めなければならない。サスケに砂忍の目的がはっきりと解るわけではないが、敵忍が負傷した我愛羅を連れてまで遂行すべきことがあるのは明白。それを思い通りにさせるわけにはいかない。

サスケはいつしか血の匂いを感じた。目標が近くなってきたのだと知った。

「.........」

それと同時に、血を嫌う幼なじみの姿が一瞬、脳裏に過った。


ーーーカンクロウは、目の前に現れた人物に足を止めざるを得なかった。颯爽と現れたサスケが三兄弟の前に立ちはだかったのである。我愛羅がまともに走れないために三人の進みは遅く、いつかは追いつかれることは自明だった。

「逃がしゃしねーよ」

肩で息をしながらもサスケは不敵に笑う。テマリが忌々しそうに舌打ちした。何せ、三人にはある"任務"が与えられていた。急がなければならない。そうすると、兄弟たちの選択肢は一つしかない。
手負いの我愛羅はともかく、カンクロウとテマリは揃って目配せした。カンクロウは背負っていた我愛羅をテマリに引き渡した。

「オレがヤツの相手をするじゃん。囮役が務まるかどうかは分かんねーが、お前は全速で我愛羅を届けてやってくれ」
「......ああ」

小声の言葉にテマリは無念そうに頷いた。テマリは試合後のためにチャクラがそれほど残っていない。「行け!」カンクロウのその号令で、テマリは跳んだ。その姿は一瞬で木々の奥へ消えていく。

ある程度の予想していたサスケは特に動じることもなかった。カンクロウはそんな相手を見てフンと笑う。

「しょうがねーじゃん。お前の相手、オレがしてやるよ」


ーーーしかし、"その声"は、カンクロウにとっても、更にはサスケにとっても予想外のものだった。


「いや......違うな」

サスケの背後から聴こえてきた声。サスケはバッと振り返った。

「お前の相手は、こっちだ」

その年齢にしてはやけに落ち着き払った声と、インパクトのある黒い眼鏡の持ち主は、やはりシノだった。
カンクロウは冷や汗を流し、サスケは瞠目した。

「シノ。何故お前がここに」
「お前が会場を出る前に、メスの蟲をつけさせてもらった。メスの匂いはほぼ無臭...そのメスの微かな匂いを嗅ぎつけるのは同種のオスだけだ」

サスケの額当てを這いずる小さな蟲は、シノがあの会場内で真っ先に飛ばしたものだった。
サスケはともかく、笑えないカンクロウは 新たに出現した敵に苦虫を噛み潰したような顔になっている。ここまでくれば、話の流れなど一つしかない。

「サスケ、お前は我愛羅を追え。何故なら、お前とヤツとの勝負はまだついていないからだ」

カンクロウの予測通り。「オレがコイツとやる」とカンクロウを目にシノは続ける。無表情に加え無感情な声にも強い意志が垣間見える。サスケと同じように、勝つことに自信を持っているようだった。

「ここは任せろ。行け」
「えらく強気だが......大丈夫かよ」
「心配はいらん。十分もあればお前の援護に行ってやる」

どうやら 無駄な心配だったようだ。サスケはフンと笑った。

「その頃にはこちらも終わっている」

次の瞬間にはザッとそこから飛び退き、シノとカンクロウから離れた位置に着地した。早く行かなければ面倒な事になりそうだ。きっとそれだけは間違いない。

ーーーだが、サスケは何かに迷って、すぐには飛び出せなかった。
違和感にぶち当たり、サスケの足は止まった。一度は目を背けたはずが再びシノに目を向ける。シノは動じず敵しか見ていないが、不意にその口は動いた。

「カナか?」
「!!」
「図星のようだな」

シノの視線は全く揺らいでいない。ただ一点、カンクロウを掴んでいる。それと同じくサスケの思惑も掴んでいたようだ。
幼なじみの名を聞き、やっとサスケの中の、シノを見た時からの違和感が消えた。試験会場でシノとカナは共にいたはずだったのだ。

「...カナとは別行動をとったのか」

突如 熱が沸き起こり、サスケは急くように口にした。

「アイツが今どうしてるか......いや、無事なのか、分かるか?」

この"戦争"が始まった時から、サスケは心底でずっと思い悩んでいた。基本的に戦闘を好まないカナが果たしてこの状況をどう受け止めているのか。...受け止めきれているのか。
カナが忍になったのは戦うためではない。だが、今回で恐らくたくさんの者たちが死ぬ。傷つく。倒れる。ーーーカナがその事を考えないわけがない。あるいはまた"暴走"してしまうのではないかとサスケは懸念していた。

だが、問われたシノのほうはといえば、数秒後にフッと鼻で笑っていた。そう鈍感ではないはずのシノがだ。サスケは僅かに狼狽し、シノの言葉にもうまく反応できなかった。

「お前達二人は、似た者同士だな」
「...?」
「アイツも...カナも本戦の時、今のお前と同じようにお前のことを心配していた。だがオレにはどうしてもそれが滑稽なことにしか思えない」

その時、シノに数本のクナイが襲った。ハッとしたサスケ、無言でかわして後方へと跳ぶシノ。痺れを切らしたカンクロウが隙をついたつもりだったのだろう、舌打ちを零している。

「おい!」

話の核心を聞いていないサスケは遠ざかったシノに叫んだ。何故シノはお互いを案ずることを可笑しく思うのか。シノは、カンクロウから目を離さずに口を開いた。


「何故なら、お前たちは昔から、誰よりも互いに信頼しあっているからだ」


その台詞に目を丸めたサスケだったが、それでもその胸に広がる何かがあった。先ほどよりも温かいものだ。常に幼なじみと歩いてきた抽象的な道がサスケの頭に浮かび上がった。

「......悪い、シノ。やっぱりさっきの質問は取り消しておく」
「ああ」
「ここは任せた」
「言われずとも分かっている。さっさと行け」

短く応えたあと、サスケは枝を蹴った。その一瞬 カンクロウがサスケを止めようとしたが、シノが邪魔することでサスケはすんなりカンクロウの背後へと回った。木々の音のみがサスケの耳に残る。
サスケに"も"もう惑うものはなくなった。



また別方向の木ノ葉の森の中、駆け抜けていく姿が二つ。銀色が続けざまに走り続けていた。北波という"敵"と戦うことに迷いをなくしたカナは、凛々しい瞳で北波の背中を追っていた。しかしもうそれも暫くのことだった。北波が止まる様子はない。

カナの耳に届くのは単純な周囲の音だけではなかった。様々な音がその耳に届いている。

破壊する音、される音。クナイや手裏剣がぶつかりあう音。起爆札や閃光弾が爆発する音。
それに、これは既に"戦争"なのだ。人のからだが切り裂かれる音でさえ、風で音を拾ってしまうカナには届いていた。その残酷な音が聴こえる度にカナは歯ぎしりした。

こうなった原因の一つには、カナ自身にあるのだから。

だからこそどんなことがあってもこの戦を止めなければならない。これほど悠長に"敵"に従い 付いて行っているわけにはいかない。それに誘導されている場合もあるのだとカナは用心深く思う。"敵"の思い通りになるわけにはいかないのだと。

「(なにか...現状を変えることとを)」

ーーカナは不意に、その目を自身の腕へと持っていった。
その視界に入ったのは水晶玉。テンゾウがカナに渡した、水遁術を高めるというブレスレット。チャクラに反応しているのか、それは淡く、だが確かな存在感を持って輝いている。

カナは再び前を見据える。カナの前を行く北波が背後の行動に気付く気配はない。それどころか、カナが奇襲をかけるとは全く思っていないのか、ほとんど警戒もしていないようだ。
カナは前方を注意しながらブレスレットを手にとった。肌白い両手で挟み、印を組んだ。

瞬間、水晶が更なる輝きを放ち始めた。

ーーーいける!


「水遁 散水破!!」


ーーその声に瞬時に反応した北波は、バッと振り返った。見開かれた瞳にカナが印を組んでいる姿が映る。

「(水遁!?)」

北波は異変が起き始めた上空に気づいて顔を上げた。生み出された水が北波を狙ってくる。チッと舌打ちを零し、迫り来る水のシャワーを見据えた。


 
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