第七十三話 木ノ葉崩し...!


三代目の周囲には煙が立ちこめていた。爆発音は文字通りのものではなく、煙玉によるものだった。
とはいえ突然の出来事には変わりない、にも関わらず三代目の落ち着きようは他の比ではなかった。視線だけが、隣に座る、他里の長に向けられていた。

「風影殿......何を」

確信だ。砂隠れの長、風影も否定をしない。両者とも落ち着いた目で相手を見据えている。
三代目の側に控えるライドウのほうが反応し、三代目の安全を確保しようとした。だがその瞬間、飛んできたクナイがライドウの胸に刺さっていた。

「ライドウ!」

だが、三代目もそれ以上の行動は許されない。クナイがその喉元に突き付けられていた。背後から忍び寄っていたのは風影は、そのまま無言で三代目を掴み飛び上がった。
煙から一瞬で離脱したーー皮肉な程の青空に出てしまえば、煙外で里の長の心配をしていた者の目にも映った。カナにも、言うまでもなく。

「おじいちゃん!!」

カナは咄嗟に叫んだ。シノも険しい目で三代目と風影の行く末を睨んだ。
しかしそんな二人の周囲にも、瞬身で何名かの忍が出現した。

「!!」

気配を察知したカナとシノはすぐさま背中合わせになる。二人の目に映ったのは見慣れない忍装束。"砂"と"音"の額当て。さっと緊張した二人の前で、男たちは楽しそうな笑みを浮かべる。

「わりィがこの本戦の出場者である以上、木ノ葉にとっての戦力になることは解ってるんでねェ!」
「作戦が邪魔されるとかそんな面倒なことになる前に、お前らはここでオレたちが始末する手筈になってんだ。大人しく、殺られとけ」

物騒なことを言い放つ砂忍と音忍。
カナとシノは静かな考察をしていた。砂隠れと音隠れが別々に反乱を起こしにきたとは考えにくいと。明らかに綿密に仕組まれた計画ーー砂と音はグルで木ノ葉に戦争を仕掛けにきた。
その目的は分からないが、今はとにかく自里を護るのが先決だと二人が思うのは同じだった。

「しょうがないみたいだね...」
「そうだな...やるしかない。何故なら逃げ道も塞がれた」
「背中、預けるよ」
「任せておけ。こっちも頼む」

怯むよりも、惑うよりも、今 自分たちがすべきことを。
カナはちらりと三代目らがいる方向を見たが、すぐにまた目前の敵を見据えて飛び出した。



風影が三代目を連れて降り立った場所は、観客席の屋根の上だった。
未だに三代目の首にクナイを突き付けられているが故に、追ってきた木ノ葉の暗部も動けない。その背後から四つの影が飛び出て、屋根の四隅に着地した。

「音忍...!」
「忍法 四紫炎陣!!」

音忍四人の術が発動される。紫色の光が三代目と風影の周りを囲った。
それに勢いづいて飛び込んだ暗部の一人が、燃えた。人間の焼けた匂いが、一瞬にして辺りを覆っていた。

ぎりぎりのところで止まった暗部たちは恨めしそうな声で「結界か」と呟く。今ので無闇に突っ込むことは考え無しだということが証明された。つまり術者である四人の忍を内側からどうにかしなければならないのだが、それができる三代目は今や不自由の身。
クク、と笑い声を上げる風影に三代目は眉をひそめた。

「風影殿...まさか砂が木ノ葉を裏切るとは」
「クク...条約なんてのは、相手を油断させるためのカモフラージュですよ。チンケな試合ごっこはここで終わりです。ここからは、歴史が動く」
「戦争でも、始めようというのか」
「ええ。そうです」

火影の肩書きは伊達ではない。この状況でも三代目は努めて冷静だ。風影の眼光にも負けない鋭さを三代目も瞳に宿している。それほどに、三代目は戦争を嫌っていた。

「武力による解決は避け、話し合いでの解決を模索すべきだ。今ならまだ間に合う、風影殿...!」

一つ一つに重みをかけ言う三代目の言葉は嘆願のようだった。火影としてのプライドより大事なものが里の長にはあったのだ。だが、そうして全てがうまくいくわけもない。風影はすっと瞼を下ろし、また喉の奥で笑うだけ。

「年を取ると平和ボケするのかな...」

笑って言う言葉は、三代目をも動揺させた。

「猿飛先生?」



「片付いたか?」

自分側に残っていた最後の敵を蹴り、シノは背後のカナに問う。カナもまた自分側の最後を手刀で終わらせ、「うん」と頷いた。音忍・砂忍共に、中忍試験を受けていてもまだ下忍と油断していたのだろう、二人はそれほど疲労はていない。意識を失った忍たちがカナとシノの足下で伸びている。

「余計な時間を食ったな。聞くまでもないと思うが、ケガは?」
「平気。それにしても、彼らの目的って...」
「......考えたところで分かるものでもないだろうな」

いつもの調子で冷静に言うシノに、カナは「...そうだよね」と歯切れ悪く返した。
その二人の横に既に砂の兄妹の姿はない。カナとシノが戦っている最中に階下へ降りていったのだ。階下には今、サスケ、ゲンマ、砂の三兄弟、更にその上官であるバキが揃っている。何やら話しているようだが、無論 穏やかな雰囲気ではないようだ。

カナは暫く階下を見ていたが、ふいに視線を上げた。三代目と、風影と、暗部。三代目に向けられたクナイはまだ下ろされていない。

「...気になるのか」
「......うん。私をここまで、育ててくれた人だから......」

シノの言葉に、カナは視線を変えずに返す。シノはそんなカナの横顔をじっと見てから同じように三代目たちを見上げた。

カナの同年代では、風羽の悲劇を知っている者は多くはない。だがシノは優秀な忍である父に聞いたことがあった。里外に住んでいた一族が一夜にして滅ぼされた。だがその中で何故か唯一生存したのがカナ。そして天涯孤独になってしまった少女に手を差し伸べた者こそが、三代目火影なのだと。
カナにとって三代目は父であり祖父であり恩人。カナの強ばった顔はそれだけで説明できる。

「......カナ」
「?」
「オレは、オレのやるべきと思うことをやりにいく。だからお前も、お前のやるべきと思うことをやれ」

シノの言葉に明確なものはなかった。だがカナは全てを分かったように、目を丸くしていた。シノの言葉は間違いなくカナの背中を押した。
数秒後、カナは強く握りこぶしを作った。

「......ありがとう、シノ。絶対に...お互い無事で、全てが終わったあとに」
「ああ。また会おう」

シノの返事にカナは深く頷いた。そしてすぐさま手すりに足をかけて飛び上がっていた。目指すは言うまでもなく、三代目が今 掴まっている場所。
何故か今、三代目の笑い顔がカナの脳裏に甦っていた。走馬灯のように、今までの記憶が脳裏で流れていた。


「...! お前は!」

その場にいた暗部は近づいてきた人影に驚いた。束ねた銀髪をなびかせ走って来る少女は暗部達も十分見覚えがあったのだ。

「待て!!」

勢いづいて飛び込んでくるカナに、暗部たちは焦って叫んだ。カナの前に立ちはだかりその進行を止める。一応制止したカナだが、「どいて下さい!」と怒鳴る様は尋常でない。

「どうして止めるんですか!?おじいちゃん、......三代目様が捕われてるのに!!」
「結界が見えないのか!?これに触れると体が燃え、取り返しがつかないことになるぞ!!」

暗部が大声に大声で返せば、カナは息を呑んで止まる。ハッと見上げると、確かに、見慣れない紫色の壁が三代目と風影の周囲を覆っている。結界は立ちはだかる壁として言っていた、ここから先は通さないと。

「でもこのままじゃ三代目様は...!」

そうは言えど、既に周囲から結界を解く方法はない。三代目が自ら状況を打破する以外に道はないのだ。全てを察したカナは顔を歪めて結界の中を見た。三代目の顔にやはり焦りの色はないが、どう考えても不利な状況。
ちらりとカナを見た風影の、その顔色は涼しいものだった。

「やれやれ......我愛羅が事を起こした隙に、サスケくんとカナちゃんを頂くつもりでしたが」
「...!?」

カナは思わず一歩下がった。頭では理解できなくとも、しかし既に、第六感がその風影の正体を悟っていたのかもしれない。

「そうか......そういうことか。この木ノ葉と、あの子らが目的ということか」
「"この木ノ葉"がそんな大層なものですか。そんなことより、うちの我愛羅が完全に目を覚ませば、もっと面白いものを見せられますが......まァともかく、あなたの愚鈍さが木ノ葉をゴテゴテに追い込んだ。私の勝ちですよ」
「......」
「あなたの考えている事は手にとるように分かりますよ、"猿飛先生"...これからの歴史が分かるように」

三代目の言葉は既に風影に向けるものではなかったし、風影の言葉もまた最早"風影"のものではない。風影は笑いながら、ゆっくりと自分の顔に手をかける。その様子を横目で見ながら、三代目は無念そうに顔を歪めていた。


「全てのことはその終わりまでは分からん......そう教えた筈だったな。ーーー大蛇丸」


ガタン__!


屋根の上で、カナは、後ろに崩れて座り込んだ。



観客席にて敵を迎え撃つカカシとガイは、遠くで上がる煙、その場からでも見える大蛇に舌打ちをもらした。

「かなりの数だな......」
「迂闊だった...!おまけに、火影様まで」

応えたガイは三代目らのいる屋根を見た。だがそこにあった思いがけない光景を視界に、ハッと息を呑んでいた。ガイの表情に深刻さが増す。

「カカシ。結界の中を見てみろ」

言われるがままにカカシは屋根の上に顔を向けた。それは、下忍の中で唯一幻術を見抜き、難を逃れたサクラも同様。距離があるのですぐには判断がつかなかったが、数秒後、カカシとサクラは同時に目を見開いた。

「大蛇丸!!」

風影の衣服を纏っているがそれだけだ。二人が疫病神を判断するのにそうはかからなかった。不気味なほど白い肌が今も三代目を捕らえている。

バッと立ち上がったサクラの脳裏に死の森での出来事がサーッと甦っていた。サスケを目的としていた、あの蛇の眼を。冷や汗がサクラのこめかみに流れる。
それと同じ時だった。カカシが見つけたのは大蛇丸だけではなかったのだ。ガイよりも鋭くカカシは見つけていたーーー教え子の姿。

「カナまで、何故、あそこに...!?」
「え...カナ!?」

敏感に反応したサクラはまた視線を上げた。よくよく目を凝らし、結界の周辺を注意深く見ると、サクラは確かにカナ本人の姿を見つけた___サクラの今しがたの表情と同じように、真っ青な顔をした仲間を。
その瞬間、サクラの頭に浮かび上がったのは疑問符だった。カナが大蛇丸を知っているはずがないのだと。サクラ、ナルト、サスケが大蛇丸と遭遇した時、カナはあの場にいなかったはずなのだと。

___!

「まさか......。カナまで......?」

サスケが狙われていたように、カナまで。
サクラの中の嫌な予感が、息苦しい程に、満ちてきていた。



大蛇丸は前触れもなく笑い出した。クナイを持つ手も震えている。

カナは暗部に支えられてようやく立ち上がった。三代目はそんなカナを懸念する眼で見つめてたが、すっと視線を大蛇丸へと移す。大蛇丸の目には、全く似合わない涙が浮かんでいたのだ。

「涙が出るほど嬉しいか。それとも...師であるワシを殺すのに、多少の悲しみを感じる心を持ち合わせておるのか?」
「............いいや」

大蛇丸は、ニィと口元を上げた。ぞくっと更なる悪寒を感じたカナは、目を見開いて流れるような大蛇丸の動作を見ていた。大蛇丸が持つクナイに力が入るーー

「おじいッ...!!」


その瞬間、あたりに血が吹き出ていた。
刹那でカナに襲った恐怖は、しかし、次第に収まっていった。
血が出たのは、なにも火影の首が飛んだからではなかった。大蛇丸は三代目の首を捕らえている自身の手をそのクナイで突き刺していた。躊躇もなく。更に気にしたふうもなくあくびを零す。

「ふぅ...さっきから眠くてねぇ。やっと目が覚めました...。......それに」

唐突に大蛇丸の目はカナを捉えた。その図はまさに蛇に睨まれた蛙。カナの体が見て取れる程跳ねる。
だが、カナは今度こそ自律を保っていた。冷静さを幾分か取り戻したカナは、弱々しくも大蛇丸を睨み返した。
そうすると、大蛇丸は嬉しそうに口元に弧を描いた。

「......やっと。カナちゃんの顔も、よく見える」

カナは努めて必死に大蛇丸から目を離さないようにしていた。すると自然にその目についたのは、大蛇丸には全くといっていいほど似合わない風影の衣服ーーカナが昔 砂隠れで一度見た本物の風影が着ていたものだ。
カナの記憶の中で、本物の砂の長もいい雰囲気を放っていたとは言い難いが、それでも大蛇丸ほどではないのは絶対だった。

「......本物の......風影様は、どこ」

カナの頭に最早大蛇丸に対する敬意など残っていない。カナが大蛇丸に感じるのは、恐怖と憤りだけだ。

「あなたが今まで木ノ葉に来る筈の風影様を演じ続けてきた......なら、本物の風影様は」
「ふふ......さァね。教えてあげても構わないけど。例え知ったところで、君にはどうもできないでしょ」
「だからといって......!」
「あなたは変わらず、私に怯えるだけ」

大蛇丸の長い舌が彼の口から除く。ーー蛇。
カナは強く自分の下唇を噛み締めた。強がったところでカナの蛇に対するトラウマは消えていない。だが、暗部が「ここは我々に任せて下がれ」と声をかけても、カナは躊躇することなかった。「いいえ」、と横に頭を振り、一歩足を踏み出していた。

「ならぬ!!カナ、早くここから立ち去れ!!こやつはお前を狙っておるのだぞ!!」

恩人である三代目の命令であってもカナは暗部の制止を振り払った。大蛇丸を真っ直ぐ睨みつける。

「三代目様を......はなして」

強がった、しかし、震えを見せない声。
カナの束ねられた銀髪が風になびく。僅かに瞠目する三代目の隣で、大蛇丸はフンと鼻で笑った。蛇の目はカナを測るように眺めていた。

「分かったわ」

随分とあっさりした了承に全員が怪訝な顔つきになる。しかし大蛇丸は拘束することに興味をなくしたように、三代目から確かに離れた。悠然とした態度で大蛇丸は三代目と距離をとり、その様子を三代目はじっと見守る。

「お前が恨みで動くような男でないことは分かっている......お前には、目的も動機も何も無い」
「....そうですね。けど、目的ならなんとなくありますよ。あえて言うならば......動いているものを見るのは面白い。止まってると、つまらないでしょ...。廻ってない風車なんて、ま、たまに情緒があっていい時もあるけど。大抵は見るに値しない」

大蛇丸は腕を持ち上げ、似合わない風影の笠を放った。宙を舞ったそれは、図ったようにカナの目の前の結界で炎上した。カナはその様子を無言で見つめてから、再び結界の中に目を戻した。
大蛇丸は、口元を上げて三代目を振り返った。


「だから......今。木ノ葉崩しという風で、私が風車を廻したい」


"木ノ葉崩し"。それがこの戦争の名に変わる。


 
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