第七十二話 おわり・はじまり


緊張が高まる中、開始を言い渡されたサスケと我愛羅の試合。
初めから警戒しているサスケはすぐさま臨戦態勢に入り、対戦相手を注意深く射止めている。対して我愛羅は開始から一歩も動いていない。ただ、我愛羅の背負うヒョウタンから出ている砂が徐々に増えていた。

「そんなに、怒らないでよ......かあさん」

前触れもなく呟いたのは我愛羅だった。その声を耳にできた誰もが耳を疑う。我愛羅の血走った目がサスケを捉えている。
砂はまだ動き出さない。まるで我愛羅を護るように囲っているだけだ。そのわりに我愛羅は何故か苦し気に。

「さっきはまずい血を吸わせたね......ごめんよ......でも、今度はきっと、美味しいから...!」

どこにもいない"かあさん"にぶつぶつと話し続けている。だが、その"かあさん"に献身的な言葉を吐く割りには、我愛羅の苦しみは増しているように見える。数秒後には一層苦しそうな声を上げていた。
砂が一旦、舞うようにして地面に落ちた。それが引き金となったのか、我愛羅の瞳に本人の意思が戻ってきたようだった。暗い瞳が確かにサスケを映す。

「...来い!」

サスケは足下の土を均した。



二人の様子を上から見ているカナは、たった今 我愛羅が見せていたおかしな様子が気にかかっていた。シノの力強い言葉がかなりの励みになったのは確かだが、カナにとってはそれだけではない。
サスケ一人でも、我愛羅一人でもなく、カナは二人の行く末が不安で堪らなかったのだ。

「我愛羅くん......サスケ......」

複雑な心境はカナ自身も説明できるものではなかった。重い声がカナの口から漏れていた。
その声を横で拾ったのはシノだ。サングラスの中で静かな考察が行われる。たった今のカナの発言と "死の森"で第八班が見た光景を思い出していた。

「やはり、知り合いなのか」

落ち着いたシノの声色には問うていること以上の含みはない。ふっとシノを見上げたカナはその事を悟った。ゆえに、再び階下に視線を下ろしてからカナが口にした解答も簡潔だった。一言、うん、と。



完璧に自我を取り戻した我愛羅の表情は涼しいものだった。自分の実力に圧倒的な自信を抱いている。だが、それはサスケも同じ。

「行くぞ!」

怒鳴ったサスケが手裏剣を取り出して放った。無論 それらは砂にガードされる。一瞬で作り出された我愛羅の砂分身が本体を護るようにして サスケに立ちはだかる。その一瞬を見据え、サスケは手裏剣を放った直後に地を足で蹴った。
ーースピードはどちらもかなりのものだった。
サスケが次々に攻撃を加えていく。しかし我愛羅の"強度"も並大抵のものではない。サスケの強い拳を受けた砂分身がようやく散った。今の今まで身動き一つしなかった本体、我愛羅の目がゆらりと動く。
二人の視線が交差する。しかもその間もサスケは動きを止めない。

右拳を標的に当てようとした、時だった。

我愛羅の砂は、それでも"絶対防御"を誇る自動防御の能力を備えている。確かに砂は動いたのだ。砂分身が消えても、健気に我愛羅を傷つけまいと。
しかしサスケがいた場所は、既にそこではなかった。口元を上げたかと思うと、砂が動いた方面と"反対側"で拳を振りかぶっていたのだ。

「!?」

一段と上がったスピード。それは我愛羅に"ある忍"を彷彿させた。我愛羅の目はサスケの姿を追う事しか叶わず、ガードする余裕もなく、我愛羅はサスケの拳に吹っ飛ばされた。主人を護りきれなかった砂の盾がその後をついていく。
数秒の静寂が場を包み込んだ。砂埃の中で尻餅をついている我愛羅は既に顔を上げ、サスケを不快そうに睨んでいる。その顔に、ぴしりとヒビが入った。

「それが砂の鎧か」

サスケは動揺しない。我愛羅も返事をしない。敵意しか交差しない戦場。お互いを倒すことのみを目的とする。「来い」、と静かな低いサスケの声が我愛羅を貫いた。



「まるで予選のときのロック・リーだ。砂瀑の我愛羅の砂が全く追いついていない」

シノは確かな感想を呟いた。その間にもサスケと我愛羅の戦いは続いている。戦況は微妙なものだった。我愛羅の砂はサスケに追いつけないが、砂の鎧はサスケの攻撃を通さない。この様子は、一ヶ月前の予選で見た我愛羅対リーの試合と同じものだった。

「私が体術ではサスケに敵わなくなった理由はアレ。私にはどうしてもできなかった」

カナは苦笑し応えた。カナもテンゾウに相談したことさえあるが、「あればっかりはね」とあっさり言われてしまったことである。

「リーさんの真似...正確にいえばコピーは、写輪眼を持つサスケだからこそできることだった。体術のスペシャリストであるリーさんを完璧にコピーすることで、サスケはとんでもないスピードを手に入れた。その結果が今」

その時、ちょうどサスケと我愛羅、双方の動きが止まった。それと時を同じくして、シノは静かに言う。

「だが、いくら写輪眼で真似たとはいえ......サスケが勝つ確率は低いはずだ。何故なら、その体術の本元であるロック・リーでさえ、砂瀑の我愛羅に歯が立たなかったのだから」
「......うん」

カナは否定しない。カナの口から出た声は暗い。カカシからの情報は明るいものばかりではなかったのだから。
シノの言葉は確かだった。だが同時に、サスケも確かに、それだけではない。「(サスケ...)」とカナは胸の中で唱えた。



戦況に変化が訪れる時がきた。
我愛羅の周りを舞っていた砂が、我愛羅を取り囲むようにして球体を作った。出来上がる前にとサスケが攻撃をしかけにいったが、それは意味を為さなかった。今や我愛羅の姿は完全に隠れていた。

苛立ちに舌打ちするサスケは安易に近づくことはできない。我愛羅を囲む砂の球体の上に現れた、我愛羅の"第三の目"がサスケを監視している。

だが、これはある意味でサスケにも好都合だった。その両の目に瞬時に写輪眼が宿る。球体から一定の距離を置き、サスケは腕を前にする。左手につけているガードのボタンを、ぱちんと音を鳴らして、外した。

「(なんのつもりか知らねェが、ちょうどいい。オレのコイツも、時間がかかる!)」



カナとシノ、テマリとカンクロウの四人がいるその場所は、二つの緊張感に満ちていた。ナルトとシカマルは未だに上ってきていない。
一方のカナとシノ側には、階下の雰囲気がそのまま伝わってきていた。カナには両者に謎を感じているわけではない。サスケの行動の意味は解っている。しかしそれでもその額に汗が滲み出ている。
ただし、シノには解らない。

「今の状況を脱する手があるのか。サスケの顔を見る限り、切羽詰まった様子には見えない。何かあるらしいな」
「うん。サスケが習得したものはスピードだけじゃない...というより、リーさんのコピーは準備段階なんだって、カカシ先生は言ってた。今までのサスケにはなかった戦法のね」

それが果たして我愛羅に通用するのか。カナも顛末までは予想できない。だが恐らく、今の均衡状態は破れる。「それで、良い方向に転べばいいんだけど...」とカナはぽつりと呟く。
それを拾ったシノは、すぐさま「無駄に心配性だな」と返した。シノにしては珍しく茶化すような言い草だった。思わず階下からシノへと目線を移したカナは、それでも真面目な表情を崩す事はないシノに、逆に可笑しくなってしまった。

だが、僅かに和らいだ雰囲気に水を差す声があった。

「チッ。ああなったら何しても駄目じゃん...」
「計画どころか、無茶苦茶にするつもりか!?我愛羅のヤツ!」

明らかに穏やかではない会話が、カナとシノの耳に届いた。
二人は気付かれぬように横目でそちらを見る。テマリとカンクロウが冷や汗を滲ませてまだ何かを言っている。会話内容はどう考えてもこの試験のことではない。

「......何の事だろう」
「あまりいい雰囲気ではないことは確かだな。それに......気付いてるか、カナ。この試験が開始した時からあった周囲の違和感」

カナとシノは極限にまで声を潜めて囁き合った。テマリとカンクロウは気付いていないようだ。
シノの問いに、カナはふっと向かい側の観客席のほうを見た。戦況に動きがないことにブーイングをしている観客たちが大勢いる。この騒がしい空間だからこそ目立つものは、カナも薄々感じていた。

「......やっぱり、多いよね」
「ああ。一人や二人は最低限かもしれないが、ただの試験にしてこの暗部の人数は大掛かりすぎる...」

暗部独特の無音はこの騒ぎに馴染めていなかった。

「何かがある...そう考えるのが妥当だな。もしかしたらそれにヤツらが関わっているのかもしれない」

ヤツら、と言うところでシノは僅かに首をテマリとカンクロウのほうへ傾けた。

「杞憂で終われば一番いいが」
「...そうだね。気になるけど、今 動くのは得策じゃないか...」
「何かがあるというのならこの試験の最中なのだろう。ここにいればオレたちも出れる。とりあえず今は成り行きを見ているしかない。杞憂で終われば一番いいが、な」

二度目の同じセリフにカナはこくりと頷いた。その目がもう一度 砂の兄妹を気にしたが、やはり気付いている様子はない。カナの手すりを掴む力が強くなった。今はサスケと我愛羅の試合が最も気がかりなのは確かだった。


その時、サスケの長い集中が、終わった。
サスケは瞑っていた目を徐々に開いていく。どんな隙も逃さない鋭い紅い瞳が砂の球体を突き刺す。確かな変化はその左手にあった。
目に見える程の高密度のチャクラがその手を覆っていた、それだけではない。ゆっくりとではあったが、そのチャクラが性質変化を起こし始めていたのだ。

ーーチリ...チリヂリヂリ......

サスケの第二の基本性質、"雷"へと。
サスケの唸るような声に応えるようにそれは強く、激しくなっていく。青白く光り、小さな雷が集まり出す___。


「あれは...?」

反応するシノ。サスケの今の姿を既に見慣れているカナは、その姿を見ながら口を開く。

「あれが、サスケの新しい術」


ニヤ、と口元を上げるサスケ。ーーそれは行動開始の合図。
サスケは、電の迸っている左手を大きく振り上げると、そのまま壁を伝って駆け出した。初めは小さな存在感であった雷はいつしかうるさいいまでの音をあげ始める


「"コピー忍者のカカシ"って異名を持つカカシ先生の、唯一のオリジナル技なんだって」

カナの瞳には、サスケの現在の姿を目にしても、楽観視できない冷静さがあった。それは今朝テンゾウに言われた言葉があるからだった。日に何度も使えない諸刃の剣。我愛羅を相手にどうなるのか。


サスケは全速で我愛羅へと向かっていく。我愛羅を隠す砂の球体を破壊するために。その間も言うまでもなく、第三の目がサスケの動きを捉えていた。だがサスケを追い返そうとする砂の刃はサスケには届かない。


「なんでもああいうふうに、まるで千羽もの鳥が一斉にさえずってるようにも聴こえるから...カカシ先生は、術の名前をこう名付けたらしいよ」

カナの瞳の中で流れている、砂の球体へと向かっていくサスケ。砂の攻撃を全て避けているサスケは最早止まることを知らない。そしてまさにサスケが術を放つ寸前、カナの口は、はっきりと動いた。


「"千鳥"」


ーーーその瞬間、サスケの左腕が球体の中へと侵入した。
独特の音を奏でながら放たれた"千鳥"は、砂に当たると同時に今までで最も高く唸りを上げた。

「...何かが変わる」
「......うん......何かが」

シノとカナは呟き合った。


サスケの左手に纏う千鳥は徐々に小さくなっていった。千羽の鳥のさえずりが消えた。サスケはそれでも暫しじっと球体の中に腕を沈めていた。反撃も、我愛羅の叫び声でさえ、一切ない。

「(どうなってやがる...)」

心中で思ったその瞬間、サスケの背筋は凍った。


"...なに......この、あったかいの..............."


ーーー我愛羅はその闇の中、何かこの世のものではないものを見るような目で、自身の白い手に落ちる"生暖かいそれ"を眺めていた。サスケの攻撃は届いた。
それは我愛羅にとって、幼い頃以来 一切目にしたことのないものだった。これからも目にするはずのないものだった。

「うわぁァアアッ!!血がァッオレの血がァああアアアア!!!」


今度こそ我愛羅の叫びは会場内に響き渡った。会場内にいる全員が目を丸くする。未だに突き刺していた手をサスケは迷わず引き抜こうとするが、簡単に抜けないことに気付いたのはこの時が初めてだった。身の危険を感じたサスケは手段は選ばなかった。

「この...ッ」

再び小さな千鳥が鳴き喚いた。悲鳴があがる。砂の力が抜ける。一瞬の隙でも見逃さない。サスケは今度こそ、自分の腕を取り戻した__が、後ろに飛び退いたサスケを追うように、"それ"は現れた。

「な...ッ」
「サスケッ!!」

腕。"それ"は確かに腕だった。黄土色をした、巨大な、腕。凶暴な爪が逃げるサスケを捕まえようとする。とても我愛羅のものだとは思えない"それ"が。

カナの叫びに応えるようにサスケは危機を脱し、"それ"から間一髪のところで逃れた。"それ"は諦めたように球体の中に戻っていく。我愛羅が未だに閉じこもる球体へと。


カナが手すりを握りしめる力が強くなる。サスケと砂の球体を交互に見やり、下唇を噛み締める。

「(今のは、何......?)」

カナとシノが考えていたことはほぼ同一だった。だが、シノはその冷静さ故に、距離をとったところで観戦している二人の会話内容も聞き取っていた。

「完全憑依体になったのか!?」
「分からない...傷ついてるみたいだし、今までこんなことは...!」


砂の球体には今や穴が一つ空いていた。サスケが千鳥を灯して突き刺した場所だ。冷や汗を流すサスケはその穴の奥をじっと見つめていた。暗いが、中で何かが動く様子だけは見える。そして不気味な音も聴こえていた。その正体ははっきりとは知れない。だが一つだけ確かなのは、人間が出せる声ではないことだ。

唐突にサスケは"何か"を穴の奥から感じた。だが、あっさりとその球体は徐々に見る影もなくなっていき、砂が風に撒かれて消えていった。
現れたのは我愛羅。酷く血走った目で睨みをきかせているが、それでも人間である我愛羅だった。先ほどの太く大きな腕やサスケが感じた"何か"は決して今の我愛羅のものではなかった。

もっと違う何かが、そこにはあるはずだったのだ。


会場内はふっと静かになった。
騒がしかった観客達も異常な雰囲気に呑み込まれたのかもしれない。
息を呑む音がそこら中で聴こえていた。
それでも、観客達はそれ以上のことを想像できるはずもなかった。

観客達の注目するものが変わった。その時 上空から降ってきたのは、数多の白い鳥の羽根___

「...!?」

羽根はカナとシノの前にも現れていた。確かなのは、これがサスケや我愛羅の術の影響のものではないことだった。
くら、と一瞬よろけたのはカナもシノも同時。だが二人目を合わせ、頷き合ったのも同時だった。二人の"忍"はすぐさま片手印を組んだ。

「「解!」」

途端、パンッと弾かれるようにして、羽根はカナとシノの前から遠ざかった。二人を襲った立ち眩みももうない。
二人は言葉を交わす前に瞬時に状況を確認するーーー既に半分以上も眠っている観客、声を掛け合う木ノ葉の忍たち、動き始めた何人もの暗部、慌てていない"隣の二人"。

「どうやら......予期していた何かが起こってしまったようだな」

小さく言ったシノにカナはこくりと頷いた。それからカナはハッとして手すりから身を乗り出し階下を見た。だがサスケと我愛羅の様子は何も変わっていない。
カナは安堵し息を吐いた、しかし、異変はそれだけではすまなかった。

盛大な爆発音。

カナ、シノ、更には階下のサスケでさえも目を見開いて、音の方向を見た。煙が盛大に出ている、その場所はーー里長が観戦していた塔。

「おじいちゃん...!?」

カナは呆然として呟いた。酷い煙のせいで中の様子は見えない。カナの唇は震えている。
シノだけは"砂"の兄妹が呟いた言葉を拾っていた。作戦開始、と。


 
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