第七十一話 木の葉舞い


シカマルは後一歩のところで自ら身を引き、負けを宣言した。すなわちこれ以上トーナメントを続ける権利はなくなったということだ、が、それは本人の本望であったし、結果的に本人の知らぬところで評価は抜群だった。

そんなことになっているとも知らず、ナルトは会場のど真ん中で、シカマルに文句をまき散らしていた。

「このバカ!」
「うるせー超バカ」
「お前よー!何でギブアップなんかしたんだってばよォ!」
「もーいーだろ、そんなことは」
「よかねェーーよ!!もう少しで勝ってた試合じゃねーか!」

ただ全く相手にされてないのだが。シカマルは悠々と服についた埃を払い、ナルトに目を向けすらしない。試合が始まっても終わってもめんどくせーヤツだ、とシカマルは溜め息をつく。だが、「つーかそれよりよ、ナルト」と切り出すシカマルは、ナルトの脳内を転換する術を知っていた。

「上で次の試合、ゆっくり観戦しようぜ」

シカマルの狙い通り。ぶつぶつ文句を言っていたナルトはぴたりと止まり、ぱあっとその表情は輝いた。
この次の試合は、風影の計らいで後回しにされた試合。

「サスケ!!」

そしてまた、銀色の少女も、待っている者の一人。

しかし、二人が全く現れる気配がないのも事実だった。観客席は再び文句に包まれ、二人の知人は不安を感じ始めている。



「火影様。うちはサスケ、それと風羽カナもですが、まだ会場に到着していません」

三代目の側に控えるライドウが三代目に囁く。三代目は低く唸った。暗部の報告によりサスケ・カナの無事は確認したが、時間内に来なければ結局のところ失格となる。カナにはまだ猶予があるがサスケはもう後回しにはできない。

「やむを得ぬか......これ以上 客人を待たすワケにも」
「あと十分だけ待ってみませんか」

その三代目の苦渋の決断を遮ったのは、その隣に座る風影だった。だが、二度目ではあれど、それは異例の注文。「しかし!」と異議を出すライドウは最もだ。にも関わらず風影のその意思は妙に強固だった。

「客人達は何より次の試合を楽しみにしている...中止にするのは酷というもの。なに、ここまできたらあと十分待つなど」

心なしか厳しい目で風影を見る三代目。ライドウが「火影様...」と三代目の意見を求める。その瞳はふっと観客席のほうへ移った。確かにほとんどの観客が出て来ない"うちはサスケ"への文句を飛ばしている。
三代目の思考は長かった。何故ならそうすれば不公平も同然のことだ。しかし、里の住民たちの声がその耳に届いていた。



「(なるほど、十分間の延長か)」

迅速に仕事を終わらせたライドウがまた三代目の側に戻ったあと、ゲンマは自前の時計を見る。その間もヤジは一向に収まらない。中にはこんな声も聴こえる。
うちはがいないなら、先に風羽を出せ。
風遁使いで有名な一族。既にその血が滅ぼされたことは無論 木ノ葉でも知られている。その末裔が三代目の元で育てられたことも然り。どこまでも強者による派手な試合を求める観客たちだ、カナの名が出ることも当然であろう。
だがしかし、迷惑なことにそのカナもサスケと共にいないのだ。


「(サスケくん、カナ......)」

観客席にて両手を組むサクラがそこにはいた。二人のチームメイトであるサクラからしてみれば、開会式時点から心配は募っていたのだ。
試合に間に合えとは言わない。せめて、無事でさえいてくれれば。


しかし、時間は刻々と迫る。


「ッかァーーったく、サスケのヤツ!!カナちゃんもォ!何やってんだってばよーー!!」

ナルトの苛々はどんどん堪っていた。この台詞も十分の間に幾度となく吐かれた言葉である。シカマルはそんなナルトに呆れ気味だが、やはりどこかそわそわしている。ただ冷静なのは相変わらずで、十分という猶予を知らないまでも、隣で時計を見続けているゲンマに何かを感づき始めていた。

あと三十秒。

「サスケーっカナちゃんーっ早く来いってばよーっ」

同じところをウロウロ歩き始めるナルト。それを嗜めつつも門から目を離さないシカマル。長針を見つめるゲンマ。騒然としている観客たちの中、組んだ両手に強く力を込めるサクラ。じっと観客達の声に耳を傾ける三代目。

制限を知る者も知らぬ者も、真摯に二人の姿を待った。

ーーしかし、ゲンマが時計を気にし始めてから、秒針が遂に十周した。タイムリミットだ。
息をついたゲンマは、ゆっくりと顔を上げ、すぅっと息を吸い込んだ。

「......えー、最終戦ですが......」

ぴん、と空気が張りつめる。

「制限時間いっぱいとなりましたので......___」



ーーーその時、不意にナルトは、上空を舞う木の葉に視線を奪われていた。

初め一枚かと思われたそれは、徐々に数を増やしていく。そこら中を舞い、風に踊らされーーついに風は旋風となってはっきりと存在を現した。

ゴゥ__!

最早それは小さな台風のようだった。くるくる、くるくると一点に集中して待っている。木の葉に、くるくると、包まれる。
ゲンマの台詞はいつの間にか途切れていた。小さな台風はそれだけの存在感を秘めていた。

"その予感"は、十二分に当たっていたのだ。


「いやー、遅れてすみません......」

風の中から、声。それだけでなく、もう姿も見え始めている。三つの人影。ナルトにとっては見慣れた者たち。待ち望んだその姿。
一旦セリフを中断したゲンマも、どこか満足そうな顔で、遅れてきた者たちに声をかけた。

「名は?」

「うちは...サスケ」
「風羽、カナ」

二つの小さな影、サスケとカナは、それぞれの表情でそれに答えた。

ところどころで歓声が上がる。しかし、仲間たちの名を呼ぶ声であっても、この会場の中では届く事も難しい。一気に沸いた観客達の声は最早言葉としては届かない。
「わ、すっごい数」とカナは呆然と呟き、サスケは鼻で笑った。するとハッとしたナルトが急にだんっと一歩前に出た。

「へッ、随分遅かったじゃねーかサスケェ!!オレと戦んのをビビって、もう来ねえと思ったのによォ!」

悪態を向ける先は無論ライバルであるサスケのみだ。絶対来るっつったのはどこのどいつだよ、と全てを知ってるシカマルが心中で愚痴る。苦笑するカナ、微笑むカカシ、そしてサスケは不敵な笑みを。

「その様子だと、一回戦、勝ったのか」
「モチロン!!」
「...フン。あんまりはしゃぐんじゃねーよ、ウスラトンカチ」

いつも通りの憎まれ口を叩き合いながらも笑い合う二人だ。くすりと笑ったカナは、一歩引いてシカマルの横に立つ。ライバル二人の中を割り込む気は更々ない。
加え、カナには気になることがあった。ちらりと顔を向けたシカマルはカナの表情に眉を潜める。

「どうした?」
「聞きたいことがあって......シカマル、最近、ヒナタ見た?」

二人の脳裏に控えめに笑う同期が映った。だが尋ねられたシカマルにそれ以上のことは思い浮かばない。

「いや。最近は十班のメンバー以外とは会ってなかったからな」
「そっか......」
「どうかしたのか?ヒナタと」
「......ちょっと、ね」

カナの表情が暗いのは明白だ。シカマルは眉を寄せて頭をかく。シカマルにはカナとヒナタの事情など想像もつかないが、ここで首を突っ込むほど野暮でもない。頭がよく回る上に気配りも上手い少年は、話題転換を図った。

「ま、でもよ。お前は、今は他に大事なことがあるだろ」
「?」
「間に合ってるか微妙なところだぜ」

カナがハッとしたと同時だった。二人の背後でカカシがゲンマに近づき、苦笑いしながら頬をかいた。

「まーなんだ...こんな派手に登場しちゃってなんだけど。もしかしてコイツら、失格になっちゃった?」

おどけた調子で言うが、サスケとカナにとったら最重要事項である。カナは振り向き、サスケはナルトから目を離した。注目を浴びているゲンマのほうは、一つ間を置いて溜め息をついた。

「アナタの遅刻癖が移ったんでしょ、ったく」
「......で、どうなの?」
「大丈夫ですよ。カナの試合はまだ回ってきてなかったし、サスケの試合も後回しにされて、時間ギリギリの到着ですが、失格にゃなってません」

周囲の者全員が安堵の息を漏らした。「アハハ...そりゃ良かった良かった」とカカシは肩を竦めて頭を振った。仮に失格になっていたとしたら、間違いなくサスケに殺されかけただろう。
だがカカシがサスケを見やると、その目はもう別の方向を向いていた。

「(......我愛羅くん)」

カナは心中で呟いた。
サスケが見る先には、階上に腕を組んで立っている少年。赤い髪に額に刻まれた"愛"の一文字。サスケがこれから戦う相手。カナが今 憂う相手。未だに強さが未知数の相手。
サスケとカナが視線を向ける人物に気付いたナルトは、同じく冷たい瞳の少年を睨み、ライバル兼仲間であるサスケに激励する。

「あんなヤツに負けんじゃねーぞ、サスケ!」
「......ああ」
「それと。......オレも、お前と戦いたい!!」

それは以前、サスケがナルトに宣言した言葉だった。
二人は力強い笑みを、その場にいる全員が口元に弧を描いた。


ーーーそんな時だった。

___カコンッ!

前触れもなく、何かが物凄い勢いで飛んできて、ぶつかって跳ね返ったのだ。なにって、カナの頭に。

「痛ッ!?」
「!?」
「いった、ぁ......え、なに?」

地味な痛みに頭を抱え、目に涙を浮かべるカナ。周囲も急なことに目を丸くするばかり。カン、と音をたててコロコロと転がり始めたのは、ただの空き缶だったわけだが。

「......ありゃ相当怒ってんぜ、カナ......」

この中で唯一 状況が把握できたのか、シカマルが哀れみの視線でカナを見る。頭を摩るカナは未だにハテナマークを浮かべつつ、ワケの解らないままにシカマルが指差す先を追った。
そこには賑わう観客席。だが、正確にいうと違う。


「サ......サクラ」


普段 花のように笑うチームメイトが目を逆三角形にして、観客席の手すりに足をかけ、今にも乗り出しそうなのを後ろから必死に止められている姿があった。
カナでなくとも口元をひくつかせる恐ろしい剣幕である。

「カナーーーッアンタどれだけ私たちが心配したと思ってんのよ!!本気でだいじょーぶなのか恐かったんだからァ!!それを何よ呑気に、サスケくんと仲良くのんびり登場して、ちょっとは悪びれたらどうなわけ!!?心配してた私たちがバッカみたいじゃないのォ!!!」

それなりに距離があるのに吹き飛ばされそうな勢いである。賑わう他の観客たちにサクラの声は負けていない。まァ確かにな、とサクラに同調してしまう者もカナの横にいたが。

「サ、サクラ!!一応そのコトにはワケが...!」
「黙らッしゃい、言い訳なんて聞くもんですか!!」
「ええっご、ごめん、ごめんってば!!」
「謝ったってダメよ!!私がアンタを許す条件はただ一つって、もう決めたの!!」

あまりの恐怖に咄嗟に謝罪を口にしたカナだったが、サクラの言葉でぴたりと止まった。その間、誰一人口出しすることもなく。全員が階上のサクラを目に、そして今、カナ以外の全員が密かに笑った。
一瞬の間があった。カナとサクラの間に声が消えた。サクラも少しは落ち着いたのだろう、手すりから一歩離れ、それから笑ってまた大声をあげた。


「無事に勝たないと、ゆるさないんだから!!!」


階上に一際 響き渡った声。サクラはそれだけ言うと、満足げにべっと舌を出し、さっさと席に戻っていった。サクラを抑えていたいのやチョウジ、側で見ていたリー・ガイ師弟も肩を竦め、苦笑しつつ戻っていく。
カナの思考停止はそう長くなかった。全員が笑ってる中で、「こりゃ負けられないね、カナ」とカカシが肩をすくめる。カナは力強く頷いた。

「あーんなにカナちゃんに怒ってるサクラちゃん見んの初めてだったってばよ」
「うん...サクラに怒られるってすごく怖かったんだね...」
「お前はいつも怒鳴られてるがな、ナルト」
「うっせえっつの!!」
「お前のがうるせーよ......つかオレらは戻るぜ。もう試合始まんだろ」
「そうだね。行こうか」

「あー待て、カナ。お前には先に言っておかねーとな」

雑談もそこそこに歩き出そうとする下忍選手三人。その中でカナも行こうとした時、ゲンマの声がそれを呼び止めた。

「一回戦、お前の相手は変更だ」
「え?」
「音の忍、ドス・キヌタはここに来れない。よって失格。お前は第四回戦の勝者、テマリと戦うことになった」

ゲンマが手にするトーナメント表のメモからは、確かにドスの名前が消されていた。サスケ対我愛羅の試合が終了後、カナはテマリと戦うことになっている。
その事にカナは一瞬 不穏な空気を感じたが、再度呼ばれたことでそれは掻き消された。

「それと。お前を待ちわびていたのは仲間たちだけじゃないぞ。あちらもお呼びだ」

ゲンマがすっと目線を上げた先には、中央の立派な客席がそびえ立っていた。



「遅かったの」

背後に現れた気配に、三代目は振り向くこともなく言った。ライドウは空気を察したのか一歩下がり、風影は横目で後ろの訪問者を見ている。
たった今到着したカナがそこに立っていた。三代目の言葉に返す言葉もなく、口元に浮かぶのは苦笑い。勝手に消息を絶ったことは勿論後ろめたかった。
だがテンゾウの時と同じく、三代目が怒りを露にすることはなく、柔らかな笑みを浮かべている。

「色々と言いたいことはあるがの。とりあえず、何もなくて一安心じゃ」
「おじいちゃん......ごめんなさい。修行してたの。サスケとカカシ先生、...と一緒に」

テンゾウさん、と言おうとして、カナは咄嗟に言葉を呑み込んだ。カナに水遁を伝授したあの忍の任務はなんだったか。命令無視をしたことがバレればテンゾウに罰が下るかもしれない、とそう考えたカナは、事の事情を知らなかった。
だが三代目も無理に訂正せず、愉快そうに笑って「分かっておるわい」と返すのみ。

「これだけ遅れてきたんじゃ。強くなっとるんじゃろう?」
「...! もちろん!」

何せ風遁術ではなく、水遁術の修行をしていたのだから。風羽の風遁術を、一族に変わってカナに叩き込んだ三代目も、カナの水遁の才能については未だ知らぬことだ。きっと驚くだろうなと思うと、カナの顔には自然と笑みが零れていた。三代目も無論 孫同然の少女の微笑みに笑い返した。

だが急に笑みを消したと思うと、三代目は唐突に真剣な顔でカナを見据えていた。

「決して道を外れるな......カナ」

カナは僅かに動揺する。三代目は冗談でテキトウなことを言う人ではない。

「どういう......」
「わしが例え......、............いや、なんでもない。早く戻らんと、サスケの試合が見れんぞ?」

それは明らかな誤摩化しだった。しかしその違和感に、何故かカナは言及する事も叶わない。
「う、うん」とどもりながら返す。カナのカンは杞憂なのか、三代目はまたも朗らかに笑っていた。それに一応安堵したカナは、小さく会釈をしてから、来た道を戻っていった。


その後ろ髪を三代目はじっと見ていた。「火影様?」とライドウが小声で尋ねる。

「......いや。何もない」

だが三代目は、何事もなかったようにまた階下へと視線を下ろす。しかしそれも一瞬のことだった。横にいる人物の視線の先に気付いた三代目は、僅かに首を動かした。
ーーー風影。彼の視線は、カナが消えた方向へ。

「どうかなさったかな?......風影殿」
「......いえね。確かあれは、風羽の生き残り...。アナタ様が引き取ったお子、だったと記憶にあるのですが」
「......確かに、そうではありますがのぉ。わしにとっては、もう孫のようなかわいい子。紛れもなく、わしの"家族"の一人......そう、記憶に刻んで下さらんか」

三代目は心底大切そうにそう言った。その感情は、変わらず、木ノ葉丸に向けるものと同じ。不思議な、温かいもの。
だが、対して風影は、冷たい空気を放っている。口布は全ての感情を隠すーーだが、彼は確かに呟いた。

ーーそれは結構なことですね...。

誰にも聞き取られることのなかったその言葉は、風がひゅうと運んでいった。



タンタンタン、と軽やかに廊下を走る音。銀色の髪が揺れている。三代目らの客席より降りてから割と焦っているカナがいた。サスケ対我愛羅、二人の試合が開始していないかどうかが気がかりで、カナは灯りの少ない回廊をほぼ無意識で走り続けていた。

幼なじみの顔と、森の外でできた初めての友人の顔が、カナの脳内で重なっていた。どちらに勝利が収まるのか、などという、そういう問題ではなかった。ただカナの胸で何かがざわついていた。

「(嫌な、感じ......。おじいちゃんが言いかけた何かとつながってるのかな......)」

足音だけが響いていた薄暗い廊下に、カナの息切れも加わり始める。無闇で当てのない考察がカナのペースを乱している。しかしそれでもなお、カナは焦りからスピードを上げていた。
ーーーーーーのだが。


「......あ、れ?」

......カナは唐突に急ブレーキをかけていた。その頬に滲む冷や汗。

カナの目線の先にあるのは、分かれ道。どちらも似たような通路。いかにも迷いそうな場所である。
だが、行きもこの場所を通ってきたはずなのだから、片方が先ほどの闘技場へ繋がる道であり、もう片方が階上へ繋がる道のはずだ。...しかしもう本人も知っているとおり、カナには方向感覚というものが"あまり"備わっていなかった。

「......。本当にもう、私バカ」

溜め息をついて自嘲するカナ。風を感じることができる才能も今は役に立ちそうにない。カナに残された選択肢は運まかせで進むことのみだった。二分の一という確率ならそう無茶でもないだろう、と。
だが。

「おい、そっちの道は違うぞ」
「え?」

ふいに背後から声をかけられ、カナはすぐさま振り向いた。

「ネ、ネジさん!」


そこには、直線の道のほうから来た、日向ネジがいた。ネジは小さく笑う。

「ネジさん、どうしてここに?」
「病室にまで歓声が聴こえてきたからな。お前たちが来たのだろうと直感で分かった......オレと話すのを楽しみにしている、とそう言ってただろう?」

ネジのその表情は、以前森でカナと対話したときとは、比べ物にならないほど変わっていた。ナルトに敗北した事など蚊ほども気にしていないようだった。微笑は蔑むようなものではない。眼光は薄暗いものではない。
それはカナが望み、そしてネジがナルトと闘うと知った時から予測していた変化だった。
カナも柔らかく微笑んだ。

「ナルトと戦って、やっぱり、"分かった"でしょう?」
「......悔しいくらいにな。ああも馬鹿で直球なヤツはそういない。まあ、そんなヤツのおかげだからな......一応 感謝はしているさ」
「ふふ、一応ですか?」
「ああ、一応......な。それと......お前にも」

ネジのその言葉に目を丸くするカナ。ネジはしかしそれ以上その事を口にするでもなく、微笑んでカナを見ているだけだった。それからカナの背後にまわって、ポンとその背を押す。

「さっさと行ってこい、方向音痴。オレが観戦することはできないがな」

押し出されたカナは、前に転びかけながらも振り返った。今のネジはカナを応援しているようであった。それに無下にするわけがない。
「はい!」と応えたカナは、気持ちの良い笑顔を残して強く走り出した。



サスケと我愛羅の試合はまさに始まる直前だった。
しかし、だというのに受験者たちの待機所にいるのは、シノ、テマリ、カンクロウのみ。階下にもナルトやシカマルの姿はない。ネジがいないにしても随分少ないはずだった。
そのシノは階段を登ってくる音に気づき、首だけ動かした。

「久しぶりだな、カナ」
「うん、久しぶり。他の皆......ナルトやシカマルは?」
「まだ来ていない。何かあったのかもしれないな...何故なら二人が姿を消してから、もう何分も経っている」

カナは息切れもそこそこに周囲を見渡した。走っている途中に一つに束ねた銀色がゆらゆらと揺れる。
そう、と吐息と共に吐き出したカナは、シノの隣に立ち、階下を見下ろした。

まだ試合が開始していないことに安堵したカナだったが、向き合って立つサスケと我愛羅、両者の間に滞る不気味な静けさに、唾を飲み込んだ。

「ずいぶん緊張した面持ちだな」

シノが声をかけると、カナはふっと顔を上げる。それから目尻を下げて苦笑する。

「そう見える?」
「ああ。一緒に修行をしてたんだろう?」
「うん、まあね。修行をつけてもらってた人は違うけど」
「じゃあ、お前が一番知ってるんだろう。サスケは強くなったか」
「......うん...かなり。悔しいけど、もう体術では敵わないし、なんか前よりも差をつけられた気分。......サスケは、強くなったよ」
「......それなら」

シノは言い、サングラスの奥の目でカナを見た。一区切りをつけるシノに、カナは首を傾げて目を合わせる。いつも通りぶかぶかな服に隠れていて、シノの表情は全く掴めない。だがいつも通りその言葉には説得力があった。

「それなら、そんなに心配することはない。何故ならカナ、それなりの実力者であるお前が、そう認めているからだ」



「ーーー始め!!」


そうしてゲンマの手が振り下ろされたこの瞬間から、サスケvs我愛羅の試合は始まった。
今は誰も予期しない、"最後の試合"と、して。


 
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