第七十話 忍び寄る影


第二試合・うちはサスケ 対 我愛羅の試合は、風影の提案により、後回しにされることになった。未だ会場に到着してすらいないサスケは、幸運にも失格とされないこととなった。


岩場にて座り込んでいたカナは、ふと上空を見上げた。
大空を優雅に舞う鳥がその目に入る。すっと上に掲げたその腕には、先ほど師から貰った水遁威力向上のブレスレットが光っているーーカナに気付いた鳥は迷う事なく降りてきた。
可愛らしい鳴き声にカナは微笑むが、不意にその羽根を撫でたとき、首を傾げた。

「キミ、強いチャクラに当てられたの?」

カナの真似をするように首を傾げるのみの小鳥。

「すごく荒々しい...ここにその主がいなくても感じるなんて。...でも、このチャクラ」

カナは再度 鳥に手を当て、目を閉じた。カナにはこの鳥にまとわりついている力に覚えががあったのだ。カナの脳裏のイメージに霧深い橋が現れた。

「(そうだ......ナルトの。波の国で、白さんと戦った時に感じたものだ)」

ただカナが覚えているのはそこまでで、それ以上は思い出せなかった。

「...でも、ナルトのチャクラに当てられたってことは、ナルトの試合はもう始まってたってことだよね」

花火の打ち上げ音から随分時間が経った。始まりどころか既に終了している可能性も高いだろう。とはいえ、カナはその結果を心配することだけはない。カナの中で不思議とナルトは大丈夫だという確信があったのだ。
心配の種はむしろ、カナの目前の土煙の中である。

「......ナルトの試合の次、サスケの試合じゃなかったっけ」
『チルル?』
「いい加減に行かないとね」

カナが溜め息をつき一歩踏み出すと、鳥は笑うように鳴いてから翼を広げた。小さな姿は土煙を通り越し、空の彼方へ消えていく。
煙がたつギリギリのラインまで立ったカナ。その耳にちょうど入ってきたのは爆音だ。「(体術修行でどうしてこんな音が...)」と呆れ気味に、カナは大きく息を吸った。

「サスケ!カカシ先生!そろそろ行かないと失格になっちゃいますよ!!」

「___!」
「_!!」

無駄だった。聴こえていないらしい。
二度目の溜め息をつくカナである。だがこの轟音の中、土煙の中では予想は十分できたことだ。一応カナは第二の手段も最初から視野にいれていたのだが、可能な限り使いたくないというのが本音だった。しかしそんなことも言ってられない現実である。

「この土煙の大きさだとなあ......払うとなると、相当になるんけど......」

カカシ先生は心配ないだろうけど、サスケ、頑張って耐えてね。カナがそう心中で唱え、その長髪がぶわりと舞った時。びゅうと強い風が吹き荒れ、そのまま前方へと突き進んだ。

煙は風には敵わない。土煙が突風に撒かれ、上空へと逃げていく。視界が即座に良好になる、が、それで中にいた者に被害がない、はずがない。
カカシは無論無事だった。風の気配を感じたのか、すぐさま飛び退いたのだろう。
が、サスケは。

「.......うわあ」

かなり遠くのほうで尻餅をついているその姿。俯いている状態で表情は見えないが、カナは不吉なものしか感じなかった。余裕で回避したカカシも苦笑いしている。カナにもカカシにも聴こえていた、サスケのほうからする、ゴゴゴゴゴという音が。

「......カナてめえ......」
「さっサスケ、、....」

ゆらりと立ち上がる幼なじみに後方に下がるカナ。だが、青筋をたてながら歩いてくる相手からは逃げられない。あっという間に追いつかれたカナはサスケに頭をかなりの力で抑えられていた。

「いっ痛い痛い痛い痛い!」
「いきなりなにしやがる!!修行の邪魔すんな!」
「ちが、いた、違うよ!だって叫んでも聞こえてないんだもん!」
「もっとやり方っつーもんがあんだろーが思いっきり吹き飛ばしやがって!!」
「サスケがカカシ先生みたいに逃げられなかったから...、って縮む縮むいたたたた!」
「いいから修行の邪魔してんじゃ...」
「修行が無駄になったらどうするの!!」
「ハァ!?」

容赦のないサスケの手をようやくのけたカナは、眉を下げて言った。

「もう、開会式も終わってるんだよ?」

やっと本題である。途端 サスケは一時停止したのだが。
カナの思ったとおり気付いていなかったようだ。その数秒後サスケがバッと視界を変えた先には、にっこりと笑って頷く二人の担当上忍が。...またもや青筋がたつ音がした。

「まーまー、そう怒んなさんなサスケ!まだ十分間に合うって」
「......アンタが言うと全て疑いたくなる」

もう怒る気も失せたのか、サスケは溜め息をつくだけに終わった。「(...さすがカカシ先生)」と半ば失礼なことをカナが思う。サスケをここまで消沈状態にさせる人物は早々いないだろう。そう思った事を口に出すわけにもいかず、代わりのように苦笑いした。

「じゃあ、早く会場に行きましょう」

...が、さも当然のようにカカシは宣った。

「まだすぐには行けないぞ?」
「「...は?」」

この時ばかりはカナとサスケの声が重なった。二人とも呆気にとられカカシを見ている。しかし本人はどこ吹く風、遅刻が日常茶飯事である元暗部の上忍は全く焦っていなかった。ある意味冷静でもあったのだが。

「キミらね、ちょっと足りないものに気付かない?」
「......何が」
「ホラ、オレたち忍者がいつも持ってるものよ」

するとカカシはぴっと自分の足を指差す。そこには、忍者の小道具に必要不可欠なポーチ、ホルスター。
思い返せばカナとサスケは病院を無断で抜けて来た身。服はともかく危険物まで病室に放置されていたはずもなく、ここ数日間 二人はそういったものを身につけていなかったのだ。無論 自宅にも帰れなかったので補充も不可能だったわけである。

「まあ......確かにこれから戦うのに、身一つってのはあれですよね......」
「......だが一つ言いたい、カカシ」
「ん?」
「もっと余裕をもって言え」

最もな台詞を吐く教え子にも担当上忍は全く動じなかった。



シカマルは相も変わらず、いつも通りにやる気がなかった。
中忍選抜試験本戦 第三試合、奈良シカマル 対 テマリ。無気力 対 勝ち気である。第二試合の選手であったカンクロウが唐突に棄権したのだが、その無気力は自分も続けて逃げてやろうと目論んでさえいた。ただしそれは実行前に活発少年によって邪魔されたのだ。

「(恨むぜナルト)」

シカマルは心中で溜め息をついた。シカマルにとってテマリはやりにくい相手である。奈良一族秘伝の影真似は中近距離型だが、風遁使いのテマリは完全な遠距離型、影が届く範囲にまで易々と近づいてくれるはずもない。しかもテマリは頭も回るようで、シカマルの影が届く距離を既に把握している。
現在シカマルは木陰に隠れている状態だが、テマリが次いつ攻撃態勢に入るのかわからない。

「あーあ......雲はいいよなァ、自由で......」

気の抜けた声は風に乗ってゆっくりと空へ向かう。シカマルの脳裏に、今回の対戦相手と同じく風遁術を得意とし、そして雲のように柔らかく笑う少女が映った。



だが、その少女はまだこの場に現れない。



「......大丈夫か?ヒナタ」

観客席。
中忍選抜試験、第三の試験予選で敗退したキバは、隣のチームメイトを気遣って言った。小さな体を丸めて座っているヒナタは確かに顔色が悪い。だがヒナタは冷や汗の滲む顔で微かに笑って、大丈夫だと言い張る。

「それよりもキバ君、やっぱりまだカナちゃんとサスケ君は......」
「......ああ、来てねえ。会場にはもちろん、付近にもニオイはねえよ...ったくなにやってんだあいつら」

この会話も、二人の間で既に数回目となっている。ヒナタはその度 強く拳を握りしめていた。キバが同じ解答をする度、ヒナタの顔色が更に白くなる、という悪循環が続いている。
ヒナタは大蛇丸のことは知らない。だが嫌な予感がヒナタを襲い続けていた。自身の具合のことより、いつになっても現れない仲間のことが気にかかるばかりだったのだ。

「(...お願い、無事で......)」

だが芳しくない体調は容赦なくヒナタを襲った。

「ゲホッ、ゲホッゴホッ...」
「お、おい!マジでお前具合悪ィんじゃ...!つか、血ィ出てんじゃねえかよ!」
「だい、じょうぶ」
「なわけねェだろ!?お前まだ試合のダメージが!待ってろ、多分 会場内に医療室とかあるだろうから、担架でも借りて...」

焦るキバは乱暴に立ち上がり、すぐにでも観客席から離れようとした。
ーーだが、そのキバの前に、唐突に人影が現れた。

「うぉっ!?」
「私が見よう......」

それは、猫の面を被った木ノ葉の暗部。漆黒のマントに覆われ、それ以外の情報は取りえない。
キバは自分の背筋に過ったものを感じたが、その正体は解らなかった。仮面の奥の瞳の色は読み取れない。

「......アンタは?」

一歩下がったキバは、ヒナタを背に、用心深く問う。だが黒マントはやはり無感情に、「怪しい者ではない」と低い声で呟くのみ。キバにはそれ以上 後ずさりをすることはできなかった。


 
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