第六十九話 試験開始!


淡い電灯だけがそこを照らしていた。暗く狭い場所。大きな柱が四本立ち その間に渡り廊下が存在している。そしてその中央、四方に繋がっている所に、一人の老人が杖をついて立っていた。その右目には何重にも包帯が巻かれ、顎には十字傷があった。

「分かっておるな」

老人は、向かい側に跪いている少年に声をかけた。その顔は見えない。俯いているせいもあるが、何より、その顔には面を被せているからである。
少年は、「はい」と頷いた。そのほんの一言には、年のわりには無感情な冷静さが感じられた。

「"根"の意志は分かっています。どうぞ安心して、この地下で見守っていて下さい」



本戦当日、会場。派手に上がった花火は、本戦が始まる合図を示していた。沸き起こる歓声。階上の観客席は、最早 満員状態だ。
その多くが、うちは一族のサスケ、風羽一族のカナ、そして日向一族のネジの三人の試合を目的としていた。名門の日向、うちはと風羽に関しては一族最後の一人として、かなりの期待が寄せられているのだ。

周囲がワーワーとうるさい中、受験者の一人であるシカマルはふと辺りを見渡した。

「(......いねえ)」

その場にいる者は、シカマル、我愛羅、カンクロウ、テマリ、シノ、ネジ、試験官。何故か第七班は全員おらず、更にカナの対戦相手であるドス・キヌタもいない。カナやサスケは当然、流石のナルトでもこんな日に遅刻はしないだろう。
その時。
遠くから地響きが聴こえ、シカマルだけでなく全員が入場口のほうを見た。そこから一直線に会場内に飛び込んできたのはナルトだ。試験前から何故かのびているナルトを見、シカマルはハァと溜め息をついた。

「ったく....めんどくせェなァ」

とりあえず目の前で倒れている顔見知りを放っておけるわけもなく、シカマルはナルトに肩を貸してやる、が。

「みんなァ、逃げろォ!里中の牛が、牛の大群が追いかけてくんだってばよォ!」
「はァ?何言ってんだ、お前」
「っもォマジなんだってばよ!とにかくとんでもねェ数の!......って」

いきなり喚きだしたナルトは、やっと今の状況を確認した。こちらを見てくる受験者たち、試験官...。明らかに場違いである。ようやくここが試験会場であることに気付いたナルトは、二人の班員がいないことにも気付いた。

「アレ、サスケとカナちゃんは?」
「さあな。カナの対戦相手のドスってヤツもいねーぜ」
「おら、そこのお前ら、おろおろしてんじゃねー。ちゃんと胸張ってしっかり客に顔見せしとけ」

辺りを見渡していたシカマルとナルトにぴしゃりと言ったのは試験官だった。特別上忍、不知火ゲンマである。ナルトはゲンマの言葉にこの場に来て初めて観客席を見上げた。
三つに分けられている建築物のうち、真ん中にそびえているものは火影や大名、お偉方に設けられた場所。そしてあとの二つが一般の観客席。全てに空席など見当たらなかった。

「この本戦.....お前らが主役だ」

ゲンマの銜える千本が、照らす光にきらりと反射した。



「そろそろ時間。過ぎてるんじゃ......」

未だに岩場にいるカナは、本戦会場の方角を見て冷や汗をかいた。隣に佇んでいるテンゾウも同じくである。
先ほど上がった花火は開会式の始まりの合図だ。選手であるカナとサスケはそれまでに会場に行かなければならないはずだったのだが。カナが振り向いた先には、まだ体術修行を続けているサスケとカカシ。時間の事を考えていないに違いない。テンゾウは苦笑した。

「カカシ先輩は遅刻に慣れてるだろうからね...」
「でも遅れたら失格になります...よね」

まあね、とテンゾウはカナを横目で見る。今度はカナが苦笑を零す。さすが遅刻魔のカカシ上忍といったところか。サスケのほうは恐らく気付いてすらいないのだろう。気付いたときには恐ろしい形相になるに違いない。その事を想像したカナは、現実逃避をするようにテンゾウに別の話題を振った。

「そういえば、なんでサスケ、今日は雷遁術の修行をしてないんですか?」

体術よりも雷遁術を重視するべきではないのか。そういう意味合いで、カナは横に立つテンゾウを見上げる。サスケは早朝からあの威力の高い雷遁術でなく、体術修行だけに打ち込んでいたのだ。

「ああ...そうだね。どうやらあの術は、写輪眼がないと使えないらしい。だけど、写輪眼と他の術を一緒に使うということは、体内のチャクラを爆発的に使うということなんだよ」
「...つまり、日に何度も使えない...ということですか」
「そういうこと」

そう応えたテンゾウは唐突に深刻な表情になる。テンゾウが知っている限り、あの雷遁術はカカシでも日に四発しか使えない。それがサスケとなると多くて二発といったところだろう。威力が大きいほどチャクラ消費量も多い。それだけ危険な技なのだ。しかし、そんなものをサスケに教えるということは。

ーーテンゾウは会場の方角を見た。どこからかひしひしと感じる、嫌な予感。自然とテンゾウの顔は引き締まり、強く拳を握りしめた。
すると、

「任務ですか?」

カナが、テンゾウの異変に気付いたかのように首を傾げていた。テンゾウは驚いてカナの瞳を見返す。

「......中々鋭いね、カナ。でも任務というわけではないよ」
「何か気になる事があるのなら、私たちのことなんて気にせず、行って下さいね?」

だが続いてかけられる言葉に、テンゾウはまたもや面をくらう。ふわりと笑顔を浮かべているカナは、また修行を続けている二人のほうに顔を向けた。弧を描いている口が開く。

「今までテンゾウさんには、任務を曲げてまで付いててもらったんです。そこまで迷惑はかけられません」
「......キミは?」
「私はサスケが行くまでは行きません。一緒に進みたいですから」

どこまでも澄んでいる瞳で、どこまでも一途な子だとテンゾウは思った。カナとサスケはこれまでも、そしてこれからも支え合って前に進んでいくのだろう。

「テンゾウさん?」
「...いいや。じゃあお言葉に甘えるとしようか。......でもその前に、カナ。......これ」

きょとんとするカナに、テンゾウの手は自らのポーチに手を伸ばし、何かを差し出した。じっと見ていたカナの瞳にきれいな青色が映る。ブレスレットのようで、普通のそれよりも長い。青水晶がたくさんついたアクセサリー。

「このブレスレットを、キミにあげようと思ってたんだ」

急な事に動けないカナの手を取り、テンゾウはカナの手の平にそれを置いた。勝手に受け取らされたカナは目を丸くしてテンゾウを見上げる。

「どうして、私に...?」
「キミだからだよ。...これは以前、水の国付近で行った任務のときに貰った物でね。水遁術の威力を高めるという、特殊な術が込められてるらしいんだ」
「でもそんな頂き物を、私が貰うわけには」
「それは、任務で世話になったから木ノ葉全体に向けてのモノだと、これをくれた依頼主は言っていたんだ。火影様は代表として僕にくださったんだけど、木ノ葉に向けてなら君でもいいはずだろう?」

返す言葉がなくなり、カナはもう一度まじまじとブレスレットを眺めた。澄んだ青は確かに水を連想させられる。術の効果を高めるとは相当なものだと思う。
しかし、テンゾウの言葉があるとはいえ、やはりカナにはまだ抵抗があった。

「本当に...いいんですか?」

カナは思わずまた尋ねる。が、テンゾウはにこりと笑っていた。


「それは僕からキミへの小さなプレゼントだよ。ほんの短い間だったけど......"師"としての、ね」
「...!」


テンゾウはそれだけ言うと、くるりとカナに背を向け、「それじゃまた...いつか会う時まで、元気で」__と、瞬身で消えた。
途端、大きな風が吹いていた。カナの長い銀髪が靡く。テンゾウの消えた先を、カナは暫く見つめていた。そうして、いつしか呟いた。


「ありがとうございました。......テンゾウ、師匠」



中忍選抜試験本戦、第一試合が始まり、既に数十分が経過していた。選手はうずまきナルト、そして日向ネジ。名門出のネジの試合に観客席は湧いている。状況は観客の予想通り、ネジの圧倒的優勢が続いていた。
人は運命に縛られていると主張するネジと、運命は自ら切り開いていくものだとするナルトは一切相容れない。だからこそ、実力差はあれど、ナルトは絶対に諦めなかった。それがネジの癪に障っていた。

『変えられないことなんて......ない』

以前 川辺で少女に言われた言葉がネジの脳内に蔓延っていた。あの時ネジはそれを全否定した。だがナルトとあの時の少女、カナの姿が、今、ネジの瞳で重なっている。
幾度 膝をつこうとも、幾度も起き上がってくるナルトがネジには堪らなく理解できなかった。

「オレは...逃げねえ!真っ直ぐ、自分の言葉は曲げねェ!それがオレの、忍道だ!!」

ナルトもまたそれは同じだった。ネジの思考をナルトは受け入れられない。ナルトは闇から必死に抜け出してきた一人だったのだ。自ら孤独な運命を突き破り、今ようやく光の元に立てたのがナルトなのだ。

「一生拭い落とせぬ印を背負う運命がどんなものか、お前などに解るものか!!」

故に、ナルトにしてみれば、ネジの言葉はゆるせない。

「かっこつけんじゃねーよ......別にてめェだけが、特別なんじゃねーんだってばよ!!」



「火影様」

会場内がシンと静まってる中、一人の暗部が三代目の後ろに姿を現した。一瞬 動揺したのは側に控えていたライドウだ。だが三代目は「よい」と一言、警戒する面持ちもなく横目で暗部を見やる。

「随分 報告が遅かったようじゃの」

咎める言い方でもあるが、あくまでも三代目の顔は柔らかかった。帰還が遅れた暗部の安否が確認できた安心からだろうか。今までの緊張が解れたかのように、三代目は深く椅子に座りなおす。対して、暗部は項垂れた。

「申し訳ありません...返す言葉もないです」
「ハッハッハ...よい、気にするな。戻ってきてくれただけでもうええわい。あとは...あの子らがここに来るのを待つのみじゃ」

そうですね、と暗部も面の中で少し笑ったようだった。暗部にとって心配なのは遅刻癖が染み付いている先輩上忍だが、間に合うようにと願うばかりである。三代目も無論その事を知っているため苦笑する。...だが、階下にいるナルトとネジを見下ろした後、三代目はすっと顔を引き締めた。

「お主も分かっておるじゃろうが、戦闘になる危険もある。戻ってきたところで早々に悪いが、里出入り口付近に付いてくれるか」
「御意」

暗部は刹那、瞬身で消えていた。
近くでやり取りを見ていたライドウは、思わず「何だったんです?」と三代目に問うが、三代目は笑って「ただの任務報告じゃよ」と答えるのみだった。



「どうしてそこまで自分の運命に逆らおうとする」

全身の点穴を突かれたナルトは、尚も体内のチャクラを引き出そうとしている。気合いのこもった声が会場に響いている。気迫は十分だった。

「落ちこぼれだと、言われたからだ......!」

瞬間、ナルトの体に再びチャクラが息を吹き返した。それは有り得ない光景。だが溢れ出ているのはナルト自身のチャクラではない。
ナルトの孤独の原因となった、九尾の妖狐の力。それすらもナルトは自分のものに変えたのだ。

「行くぞ!!」

驚愕しているネジにナルトはすぐさま突っ込んでいった。
攻防戦は数分と続いた。ネジも引けはとらない。だが試合は確実にナルトの優勢へと。急激にパワーアップしたナルトに、どれだけ優秀なネジでも、追いつけなくなっていく。
それでもネジは諦めるわけにはいかずに。"落ちこぼれ"と決めつけたものに屈するわけにはいかずに。
しかし、ナルトは赤色のチャクラを纏いながら、有無を言わさず突き進んだ。一瞬遅れたネジの反応。勝敗はまだわからない。

「日向の憎しみの運命だかなんだか知んねーがなァ!!お前が無理だっつーなら、もう何もしなくていい!!」

ナルトは思いっきり叫んだ。

「オレが火影になってから、日向を変えてやるよ!!!」

ド根性忍者・うずまきナルトと、日向一族切っての天才・日向ネジ、お互いの精一杯の力が今、衝突した。凄まじい音をたて、土煙が舞い、観戦者たちは勿論、自分たちでさえその瞬間、結末は解らなかった。

ただ、ネジの頭には、少女の言葉が浮かんでいた。ーーー『ナルトと戦えば、きっと解ります』ーーー既に、断片は掴みかけていた。



本戦会場の中の一つの大きな木にとまっていた鳥がはばたき、会場の上空を旋回する。円な瞳に試合の結果が鮮やかに映る。しかしそれは決して重いものではない。敗者は果てしなく続く大空を見上げていた。
自由な翼を持つ鳥はそのずっと先へと飛んでいく。どこまでも、縛られることなく。


「勝者、___!!」


試験官が声をあげると同時に、観客席に大きな拍手が響き渡った。


 
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