第六十八話 孤独を知る者


「忘れるな......お前はオレの獲物だ」

我愛羅はサスケを前にして、不気味に言い放った。



カナの調子も戻り、また数日経った頃だった。テンゾウとカナは水遁の効果を高めるために川へとよく足を運んでいたため、その日も二人は岩場にいなかった。カカシとサスケのみが変わらず同じ場所で修行を続けていた。

そんな時だった。サスケのそばで修行をつけていたカカシが、岩陰に潜む我愛羅に気付いたのだ。常人なら失神するほどの殺気を平然と出していた我愛羅は、逃げることなく姿を現した。

「お前の目的はなんだ」

我愛羅は真っ直ぐサスケを見据えて言った。

「何の為に力を求める」

サスケはぴくりと反応した。サスケの瞳の裏に闇が広がる。その真ん中に、闇の中から現れた人物ーーサスケが最も憎む男。
サスケが力を求める理由は、カナのようなものではない。

「てめェには関係ねェことだ......失せろ!修行の邪魔だ」

その眼光は剣のようだった。ゆらりと方向転換をした我愛羅は、あっさりとサスケとカカシに背を向けた。だが、低い声で言う。

「お前はオレと同じ目をしている......力を求め、憎しみと殺意に満ち満ちている目......オレに似ている......」

低い声は地を這いずるようだ。我愛羅はそれから帰るように元の道を戻っていく。その後ろ姿を見るサスケには、我愛羅がわざわざここまで来た意味がわからなかった。見たところ他人に興味を持つようなタイプではない。

「......待て!」

思い立ったサスケは、すぐに叫んだ。

「何故、そこまでオレにこだわる」

ぴたりと我愛羅の歩がとまり、振り返る。異彩を放つ青緑の瞳はサスケに負けず劣らずの睨みを効かせる。二人の目には、確かに似たものがあった。

「本当の孤独を知る目」
「!」
「そして、それがこの世の最大の苦しみであると知っている目...。言ったはずだ。お前はオレと同じ目をしていると。力を求め、憎しみと殺意に満ち満ちている目......オレと同じ、己を孤独という地獄に追い込んだ者を、殺したくてうずうずしている目だ!」

我愛羅から吐き出された言葉は、サスケの頭に強く響くものであった。我愛羅の目にもサスケの目にも、浮かぶのは過去の忌まわしい出来事。我愛羅には幾人もの顔が、そしてサスケには、優しかった兄の顔が。
サスケはぐっと歯を食いしばった。

「その目だ...!」

追い打ちをかけるように我愛羅が踏み出す。その言い当てられるような感覚がサスケの癪に障っていた。更に強く睨み合う二人。どちらからともなく、ザッと足元を均す。今にも戦闘に入ろうとしているようだった。

「ハイ待った」

だがそれはカカシが許さず、唐突に口を挟んだ。サスケは我に帰り、我愛羅は邪魔だと言わんばかりの瞳を向ける。第三者の声が入ったことで先の空気は散り散りになっていく。

「我愛羅とかいったな。お前がサスケの何を知っているかは知らないけども、サスケの全てを見透かすような言い方はだめでしょ。本戦前にこんなとこまで嗅ぎつけてきて...一体何が言いたいの」

カカシの声にいつものふざけた調子は全くない。冷静にカカシの瞳は我愛羅を捉える。対する我愛羅は、一拍置いたあとに応えた。

「戦いとは...他者と自分の存在を賭け...殺し合うことだ。勝った者だけが、己の存在価値を実感できる」
「つまり言いたいのは、試合ではなく殺し合いをしようぜってこと?」

中忍選抜試験本戦、第二試合で。我愛羅とサスケ、二人が己が存在理由を奪い合うために。我愛羅の獣のような瞳は飢えに飢えているようだった。ギラついた瞳は再びサスケを刺す。

「うちは...!お前も本当は心の奥底で望んでいるはずだ!自分の存在価値を確かめたい...果たして自分は本当に強いのか。その殺意に満ちた目を向ける相手より、本当に強い存在なのか!」

サスケは、否定をしない。カカシは眉を寄せた。サスケは幼い頃よりずっと憎しみに捕われている。野望は、復讐。「(...だが)」カカシは唐突に思った。サスケには、それだけではない。
ーーサスケには、光がある。

「我愛羅...お前に何の事情があるかは知らないけどね」
「......」
「コイツ......サスケには、孤独から救ってくれるヤツが......。カナが、いた」

その瞬間。サスケの顔が若干和らいだと同時にーーー我愛羅の顔は驚愕に満ちていた。
我愛羅にとって、カナという名を聞いて思い出すのは、随分と昔に出会った、否出会ってしまった、幼き頃のカナ。

『だから、私と友だちになってほしいなって』

まだあどけないカナの声が我愛羅の脳内に木霊した。途端、我愛羅の顔が目に見えて歪む。

「黙れ...!」

呟くような、震えた声。サスケとカカシは怪訝そうに眉をひそめた。今まで無表情だった我愛羅が突如反応する理由が二人には解らない。
だが、次の我愛羅の言葉には分かるものがあった。

「あんな女...!」
「......なんだと」

瞬時にカナのことだと理解したサスケが凄む。しかし、我愛羅はそれ以上は何も言う気配もなく背を向けると、足早に遠ざかっていった。砂埃が舞い、その姿を覆っていく。
サスケとカカシは、無言でその姿を見送っていた。


風車が回されるその時まで、もう時間はない。


 
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