第六十七話 君の隣に


まだ顔を合わせたら気まずいだけだと思いつつも、自宅へ帰ればきっと暗部に見つかってしまう。そればかりは避けたい今、カナは重い足取りで岩場へと向かっていた。

日はもう沈みかけている。あれから自来也と話題を切り替え暫く話し続け、この時間にまでなってしまった。

ナルトが最後まで起きない隣で、複雑な心境ながらもカナは自来也の話を聞いていた。ナルトは今、自来也の元で"口寄せ"の会得を試みているという。オタマジャクシしか出せないという現状らしいが、ナルトなら絶対にやってのけるんだろうと、カナは自然と確信した。真っ直ぐなあの瞳が何かを諦めることは有り得ない。どんな困難なことでも乗り越える、諦めない心の持ち主ゆえに。

カナがそう思った時、自来也は自然とカナの心情に気付いたのか、優しい声色で言っていた。

『こんな鉄砲玉のようなバカは稀だ。普通は人間、大きな悩みを持つことも、人生に一度や二度は必ずある。それを飛び越せばまた一歩成長するってことだのォ』

その微笑みも相変わらずで、勘がいい自来也の言葉はカナの気持ちを幾分か楽にした。俯いて歩き続けていたカナだったが、ふと思い出した自来也の台詞に弱々しく微笑んだ。


その時、ふと感じた気配があった。

鋭く察したカナはびくりと体を震わせ、立ち止まる。そこにいる人物は容易に想像できた__カナはゆっくりと顔を上げた。
どうやらいつの間にか岩場の周辺に着いていたようだ。さっきまでの町中の風景は既にない。そして、その人物もいた。
いつもの表情を崩さないサスケが、すぐそばの岩の上に立っていた。

無言。視線だけを交差させる数秒。気まずさに先に顔を逸らしたのはカナだ。だから、その瞬間サスケが眉を眉間に寄せたのにカナは気付く事もできず。とはいえサスケはすぐに表情を無に戻し、顔を背けるカナの前にとん、と降り立った。

「......帰るぞ。メシだ」
「...うん」

カナは小さく頷いた。
そのカナの視界に唐突に現れたのは、よく知っている手の平だった。

サスケは何も言わずにカナに手を差し出している。数秒の、間。カナはおずおずとその手を掴む。するとサスケも力を込め、無言のまま姿を翻し歩き出した。
それはサスケなりのぶっきらぼうな優しさ。カナは急に胸が詰まり、弱音を吐き出しそうになって強く唇を噛んだ。サスケの手を握りしめる力が一層強くなった。


二人がいつもの場所に到着するまでそう時間はかからない。最後までサスケは何も言わず、カナも何も言えなかった。カナがそっと目を上げる頃には、暗がりの中でちりちりと燃える焚き火が視野にあった。
もちろんその傍にはカナとサスケ、二人の師ーーテンゾウとカカシが、座っていた。

「おかえり。サスケ、お迎えごくろうさん」
「フン」
「相変わらず可愛げのない......カナ、今朝から何も食べてないんじゃない?腹減ったろ、こっち来い」

声をかけたのはカカシだった。思わず立ち止まっていたカナは緊張に固まる。手招きされているーーその隣のテンゾウも同じで、柔らかく微笑んで待っている。未だ繋いでいるサスケの手に軽く引かれた。

「早くしろ、バカ」
「う、ん」
「......キミたち、そうやって手を繋ぐこともあるんだね。羞恥心は?」
「別に、もうねえよ」
「ハイハイ......仲のいい幼なじみだことで」

テンゾウやカカシが苦笑いで茶化す。それを気にすることなく、サスケは適当な場所に腰を下ろし、カナにも促す。なされるがままカナも座り込み、ぼうっと焚き火を見つめていた。

それからも飛び交うのはいつも通りの会話だけだった。今日のカナの態度には誰も触れようとせず、温かい談笑が場を包む。唯一加わりづらいカナにも、どこからともなく平凡な話題が振られて、おずおずとそれに返事をするーーーいつも通り、だった。

けれど。

それで良しと思うほど、カナも無神経ではなかった。
三人は気遣ってくれているのだ。責めることなく、受け入れてくれている。今日のは全て、カナのワガママだったというのに、気遣って、何も言わないでくれている...。

カナは、そっと顔を上げた。焚き火の向こうでカカシと会話しているテンゾウが見える。その視線に気付いたんだろう、テンゾウの目もカナへ。それを機に、カナはぐっと拳を作り、意を決したように顔を振り上げた。

「あの、テンゾウさん...!」
「な、なんだい?」
「今日はその、......修行を放り出して、勝手にいなくなったりして......ごめんなさい」

テンゾウ、カカシ、サスケ、全員が驚いてカナの銀色を見つめていた。
テンゾウはすぐには言葉が出せない。思わずカカシのほうを見たテンゾウだったがーーその次に見たのは、カカシの柔らかい笑みだった。テンゾウも釣られるように笑って、カナの視線を戻した。

「気にする事はないよ。落ち着くまでって言ったのは僕だからね......それにキミのことだ。一人でも修行をしてたんだろう?」
「!」
「ここ数日、ずっと僕との修行漬けだったんだ。たまには一人で復習も勉強になるしね。さ、そんなことより早く食べなよ。お腹空いてるでしょ」

焚き火で焼いていた魚を一匹とり、カナのほうへ差し出すテンゾウ。
今度はカナのほうが驚く番だった。
それはテンゾウに全てを見抜かれていたからか、それともテンゾウの優しさに触れたからか__呆然としたまま、カナは魚を受け取った。串の熱さに一瞬落としそうになったが両手で持ち直し、数秒見つめて、__何故か全員の視線が集まっている中、小さくかぶりついた。

カナの口に広がったのは、焼け過ぎて少しばかり苦いような味だった。魚も、今はまさか商店街に入って買うわけにもいかないために川で取ってきたものだろう、初めからいい味とはいえない。
けれど、カナは最後まで呑み込んでから、はにかんでいた。

「すごく......おいしいです」
「......そうか」
「はい。...ありがとう、ございます。......本当に」

テンゾウの、カカシの、そしてサスケの、全員の心がカナには嬉しかった。言う言葉などそれしかなかったのだ。
一日ぶりにカナが見せた笑顔は、柔らかい。テンゾウもカカシも穏やかに微笑んだ。

また談笑を交え始める中、サスケも珍しく笑みを浮かべ、自分の分の魚に口をつけた。




その日は、星が一段と綺麗な夜だった。

暗闇を無数の星と月が照らしている。その真ん丸より少々欠けている夜の太陽をバックに、向かってくるものがいた。

バサ、と羽音が辺りに響く。続いてホー、と一鳴きする、真っ白いフクロウ。
長い空路を辿ってきた彼は、何かに気付いたように急行下し始めた。トンと身軽に岩場に下り、とた、とた、とた。短い足でぎこちなく歩いたフクロウは、今、岩場に座っている人物に擦り寄っていった。

言わずもがな、"鳥使い"の血を引くカナ。フクロウの存在に気付いたカナはふわりと微笑み、白い羽毛を撫でた。

こんなことが以前もあった、とカナはフクロウを見つめながらふと思い出した。月が明るい夜に自分は外で空を眺め、その時 一羽のフクロウがやってきた時が前もあった、と。

そして、あの時 カナの元を訪問してきたのはフクロウだけではなかった。ーー幼い頃から一緒に過ごしてきた彼も。


「風邪ひくぞ...ウスラトンカチ」

こんなふうにやってきた。
まるで同じだと、カナは苦笑を零しながら、背後の声に振り向いた。_サスケはいつもの表情でカナを見下ろしていた。「...サスケ」と呟いたカナに、サスケは持っていた何かを放り投げる。

「わっ......毛布?」

僅かな温もりが籠ったそれを目に、もう一度 カナがサスケに目を向けても、サスケは何もなかったかのように夜空を見上げているのみ。けれどサスケが薄着しているカナの為に持って来たということは明白だった。カナは何も訊かずに、ただ「ありがとう」と微笑んだ。

それを横目で見たサスケもまた、この状況が以前もあったことに気付いていた。
あれは第七班が結成した日。担当上忍のカカシが、初対面で迷惑な脅しをしてきた日の夜。サスケも確かに緊張のせいで眠れず、夜中の里を散歩していた。だがそこでたまたま遭遇したカナはサスケよりも更に暗い面持ちだったのだ。今となっては笑える思い出だが、恐らくあの日は全員が不安だっただろう。カナも例外なくあの日、そうだった。

だが、今はどことなく違うように、サスケは思えた。昨日とも変わっている。あの日とも違う。ーー星空を眺める少女は、なにかを捜しているようだった。

白い指先はふと一屑の星を指差した。それもまた、あの時と同じ。くりんと首を回したフクロウが、それにつられるように再び闇に帰って行く。フクロウの一鳴きが暫く二人の耳に残っていた。
夜にしては温かい風が流れーーーカナは、ようやく口を開いた。

「力を持つって......こわいね」

サスケはフクロウを追っていた視線を戻す。カナの顔は相変わらず空へ向いている。

「強くなろうって決めたはずなのに......一つの出来事でこわくなって、うまくチャクラまで練れなくなった。......新しい性質を覚えて、たくさんの術を身につけて......。なのに...私はどんどん、弱くなってる」

言葉だけ聞けば、ひたすらに悔やみ、馬鹿みたいに落ち込んでいるようにも思えた。しかしカナの瞳は星の輝きで照らされ、その表情も引き締まっている。テンゾウに告げられた事実に、今はただ哀しんでいるだけではないようだった。
この一日で何かがあったのだろうかと、サスケは思う。何を、捜している?

「ねえ......サスケ」
「......なんだ」
「私って、何の為に戦ってきたんだっけ......」
「......それを、オレに聞くのか」
「うん。今は、自分のことがよく分からない......それに今は、ずっと一緒にいた、サスケの言葉が欲しいんだ」

カナはようやく振り返り、サスケの瞳を捉えた。あまりに率直すぎてサスケのほうが息をつめた。月に照らされているその顔は、年相応ではないように見える。カナは確かに、真っ直ぐにサスケの言葉を求めていた。

サスケの脳裏に過る記憶の数々。事あるごとに強さを求めていたのは、サスケだけではない、カナもだ。しかし二人の動機が被ったことはない。カナの願いはいつだって一つ。
大切な人たちを、護るためだと。傷つける刃ではない、護る盾を身につけるのだと。カナはいつも、馬鹿の一つ覚えのように。

「お前は、__」

けれど、サスケはそれを言おうとしてやめた。
カナの台詞を思い出す。ーーー"サスケの言葉が欲しいから"。
今言おうとしたこれはサスケの言葉ではないのだ。サスケがーーサスケ自身が常に思っていたのは。

間違いなく、あの日の約束だから。


「......オレの。オレの隣に、いるため」


カナは弾かれたようにサスケを見つめた。

「他の理由はねえ。お前は、オレの隣にいるために......ここまで、オレと共に戦ってきた」
「......、」
「違わねえだろ」

随分勝手なことを言っていることはサスケも自覚している。だが口元に浮かんだ笑みは自信に溢れていた。何も後悔してないその目もまた、真っ直ぐカナを捉えていた。

「......あはは、」

笑い出したのはカナ。くすくすと、本当におかしいというように笑い出す。笑うなと小突いたサスケは、自然とカナの横に座る。カナもなにも怪しむことなく、サスケにも被さるように毛布をかけ直した。

「あったかいね......」

そう呟いたカナは、すっきりとした表情で笑っていた。一切の影のない本当の笑顔。カナはその表情のまま、再び夜空を見上げた。

「そうだよね。......私はきっと何よりも、サスケと一緒にいたかった。サスケといると、あったかいから......進むための力が欲しかった。悔しいけど、サスケはいつも私より強かったから、だから。頑張ってきた」

カナの目には、心なしか、空を埋め尽くしている星たちが、そして月が、先ほどよりも輝いて見えていた。そしてカナは気付いていた。それはサスケのおかげだと。いつだって誰よりもそばにいてくれた存在が、三代目とはまた別の存在として、そばにいるだけで、照らしてくれている。

「歩いて、歩いて、歩き続けて。色々な人たちに出逢って。そして見つけたのが、第七班で繋がった、ナルト、サクラ、カカシ先生、それに他の同期のみんな。......そんな"みんな"が、私の戦っていくもう一つの理由。私と一緒に笑ってくれた、大切なみんなを護りたいって、ずっと思ってた。......だから......傷つけてしまったこと、それが......悔しくってたまらなかった」

カナが少し笑顔を崩すと同時に、サスケの脳裏にその時のことが過っていく。カナの発動した風遁術が、対戦相手だけでなく、カナの親しい友人であるヒナタにも被害を及ぼしてしまった事。
あの、瞳が金色に変色していったときに。


「......きっと、私の中に眠る存在の力で」


サスケは一瞬、今の台詞を誰が言ったのかわからなかった。しかし無論ここにはサスケ自身とカナしかいない。サスケは目を見開いた。

「お前、それ、」
「......あの試合のとき、確かに聴こえたの。重くて熱い声が、中から響いてきた。私の怒りに反応したんだなって、今なら分かる......それが多分、引き金になった。最近、たまにあるんだ......お腹のあたりが、すごく苦しくなること」
「お前......それ、オレに言っていいのか」
「うん。サスケには、いつか知ってもらおうと思ってたから。......でもその様子だと、カカシ先生あたりからもう聞いてたんだ?」

ハッとしてバツが悪そうに顔を背けるサスケ。しかしカナは別にいいよ、と笑った。...そして、更に言う。

「サスケ。......今、私に、カカシ先生の封印はある?」
「......ない」

サスケは静かな声で応えた。最早 カナを動揺させないために暫く黙っておこう、などという甘い考えは通用しない。カナは自身で答を探り出している。普段抜けているとばかり思う少女は、それでも、一端の忍だ。

「......この前 花瓶の水を汲みに川に行ったときにね、水面に映る自分の首筋に気付いたの。今の今まで言わなかったけど......サスケもカカシ先生も、きっと気遣ってくれてるんだと思ったから」

カナは毛布をたぐり寄せ、きゅっと身を縮めた。

「きっと、これも......"神鳥"の力。勘だけどね。目覚め始めたその力が、封印をはね除けたんじゃないかって......それなら、呪印のほうを消してくれたらよかったのにね。その時には、間に合わなかったのかな......」

サスケは、そっとカナの横顔を見つめた。カナの瞳はどこか違うところを見通しているようだった。自分には分からない感覚があるのだろうと思うと、サスケは逃げるように顔を背けた。

聞きようによっては、それでは"神鳥"とは役立たずなもののようだった。そんなものを持ち得るせいでカナは今、悩みに悩んでいる。封印を蹴散らし、時たま存在を主張するようにカナの中を蠢き、挙げ句の果てには暴走して___。

「でも」

しかし、サスケのその思考を遮るようにカナは切り出した。

「今は色んな事が悪い方向に向いているけど、まだ私にとって、"神鳥"の存在は大きいようですごく小さい......。私はまだ、きっと、全てを知らない。"神鳥"のことは、全然ってほど理解してないもの。決めつけるのはまだ早い......だからね、」

カナはそこまで言い、立ち上がった。かけていた毛布がずり落ちてサスケの膝に被さる。
一歩、二歩とカナは前に歩いていく。長い銀色の髪はゆったりと靡いていた。カナが行く先を見つめるサスケはふとその髪を追ってみたくなった。その耳にカナの静かな声が響く。


「もし。もし、この力が、"大切な人たちを護って、歩む力"に変わるのなら」


カナは、すぅ、と空気を吸い込んだ。茶の瞳は真っ直ぐと月に向かい、月光を呑み込むように透き通っている。穏やかな風がカナを包む。
ゆっくりとサスケに振り返ったカナは、ふわりと微笑んでいた。


「傷つけてしまったことも、乗り越えてみせる。もう絶対にそんなことにならないように、制御してみせる。"神鳥"も、事実も、なにもかも受け入れて、強くなって、みんなを、仲間を......これまで以上に、護る!」



ーーーサスケは。
そうか、と呟き、笑った。
いつもは見せない穏やかな微笑み。カナにしか見せない表情は、カナを誰よりも思っている証として。

夜空に溶けていったカナの声。それに応えるように、星たちが一層輝いた。





「おはようございます、テンゾウさん」

次の日の朝、一人風に吹かれていたテンゾウは、その声に酷く驚いて振り向いた。言わずもがなそこに立っていたのはテンゾウの弟子である。

「......カナ」
「今日もいいお天気ですね。昨日できなかった分、今日はしっかりやりますので、よろしくお願いします!」

そう言って微笑むカナは、もう全てを吹っ切ったようだった。それでも暫く惚けていたテンゾウだったが、数秒ののちに「(ああ、そうか)」と目を閉ざした。テンゾウ自身の声が甦る。

『長い間、カナと付き合ってきたキミだ。キミのほうがきっと、うまく伝えることができた上に、カナを癒せる一番の人物だったんだろうな......ってね』

昨日 テンゾウがサスケに向かっていった台詞。きっと全てがそのとおりになったのだろう。昨日の夕食時のカナの笑顔とは比べ物にならない、今の輝いている笑顔がその証だ。

テンゾウは柔らかく微笑み、頷いていた。

「それじゃあ朝食をとってから、今日は川に行って水遁術の威力を高めるよ!」
「ハイ!!」

歩き出したテンゾウを追いかけるように、カナは走り出す。


 
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