第五十九話 焦燥
『逃がさないわよ、カナちゃん。あなたは私と一緒に来てもらうわ』
その言葉を吐いたのは、"蛇"だった。
射止めたものは絶対逃さないというような、意志をもった鋭い瞳が、幼い私を貫いていた。周りの炎が"蛇"の白い肌を照らし、より一層不気味さを引き出して。"蛇そのもの"であるそれを前に、"私"は何もできず、抗いもできず。
私はその光景をぼうっと見つめていた。
元々その"蛇"をよく知っているわけではなかったし、実感はとてもじゃないが湧かなかったのだ。ただじっと、"蛇"に目を塞がれたまま泣いている"私"を見ていただけだった。
ようやく、私の思考回路が再び回り出したのは。
あまりにも強い衝撃を受けて、世界がぐるぐると回り出したのは。
"風羽の情報を、他国に......そしてお前の一族を殺した大蛇丸に提供したのは━━━オレだ。"
そんな言葉を、北波の声で、聞いてしまった時。
ずっと北波とは戦いたくないと思っていた自分の気持ちが、反転してしまったとき。
「いや......嫌!どうして、北波さんが、なんで!!」
『......』
「戦いたくないって、思う気持ちだって確かだったのに!今は、こんなにも......痛い......!」
カナの言葉は、真っ白な空間に響いていた。
何もない空虚な空間で、独り、小さくなって座り込んでいた。色の白い両手が自身の顔を覆っている。涙がその隙間から零れていた。
姿はなくとも、確かにそこに"いる"存在が、厳かな声を響かせる。
『その気持ちが暴走したか』
「ぼう、そう?」
『覚えていないか......お前の意思は、確かにあそこになかった』
聴こえてきた声に、カナはゆっくり両手を下ろした。しかし代わりに両足をぎゅうっと抱きしめる。その表情は、声の主が言っていることを聞きはしていても、それほど意識はしていないものだった。
声の主の溜め息に似た吐息が聴こえた。
『......あの北波という男、妙な感じがしなかったか』
「なにが......」
『うまく言うことはできないが......"近い"。その言葉が一番当てはまる』
声を聞き、カナはほんの少し顔を上げる。目の奥に銀色の髪の青年が浮かんだ。
カナが最も理解できない青年。記憶には一切残っていないのに、まるで知り合いのように声をかけてきた北波。思い出しただけで、カナは心が掴まれる感覚に陥った。
「分からない......」
弱々しい声がカナの口から出た。「わから、ない......!」と繰り返される言葉。
『......そうか』
すると、重みのある声も返ってくる。沈黙。数秒、数十秒と経った後、『ともかく』と再び声が響いた。真剣味を帯びた声。
『焦るな。先走るな。我の力は、ヤツの呪印で微弱にも封じられた......"我"が"我"で在りながら力を貸すことは、今はできないのだ』
「......?」
『それでもお前が強く望むのなら、多少なりとも力になることはできる......だが、勘違いをするな。我が力を貸すのは、"お前に戦う力を与えるため"ではない』
カナには理解できない言葉が、次々と脳内に送り込まれてくる。
『"お前がお前であるがために"力を貸す。もう決して暴走するな。自分の意識を手放すな。だからお前は、強くなれ』
途端に、世界が割れていく。亀裂がどんどん深くなり、純白の空間が黒に染まっていく。カナは黙ってそこに座っていた。そして、全てが消える前に。微かに、頷いた。
何にしても、今自分がやらなければならないことは強くなることだと。"彼ら"に平穏を奪われないよう、力をつけることだと。
そうすると。
カナの瞳に最後に映ったのは━━━鳥のような、金色の瞳。
■
少女はそこにいた。少女はそこに座っていた。見渡す限りただ白で覆われた一室で、ベッドの脇に椅子に、黙って座っていた。
色素の薄い瞳が僅かに細くなる。その瞳に映るのは、少女と変わらぬ年齢の"銀色"だった。それは、少女の友人。ところどころに治療の痕を見せながら、病人服に身を包まれているその友人は、ベッドで安らかに眠っている。しかしまた、それに負けず劣らずの量の包帯を巻いている少女は、そっとその銀色を撫でた。
少女の脳内にまず甦ってきたのは、幼い友人の姿だった。何に対しても積極的になれない少女をいつも笑顔で後押ししてくれた彼女。元気が出る様なその笑い顔に、少女はいつも助けられていた。いつも感謝していた。月日が経った今でも、それは変わっていない。
......けれど次に脳裏に映ったのは、"恐ろしく冷たい表情の友人"。つい先日見たその友人の姿は、少女の記憶に鮮烈に残っている。
怖かった。悲しかった。そして、悔しかった。幼い頃から一緒にいた仲だというのに、少女には何故、あんなにも彼女が怒りに呑まれていたのかが、分からなかったから。
少女は、何も知らなかった。ただ、いつもそこで笑顔でいるということしか、友人のことを知らなかった。あの時、それをまざまざと見せつけられた。一瞬にして遠くへ行ってしまった友人に、少女はただ哀しかった。
ずきり、と大したことのないかすり傷が痛む。それは肉体的には大事でないとしても、少女の心には深く残っている。対戦相手のこと以外何も考えていない彼女は、少女の知らないところにいた。
「ごめ......っ」
不意に、少女の口から嗚咽が漏れた。
「ごめんね......ごめん、ごめんなさい......っ」
涙。白い肌にぽろりと零れていく。隠す気のないその涙は、少女の友人の額に落ち、そのまま耳元へ落ちていく。
少女は悔やんでいた。
友人の、対戦相手の言葉は、少女の心に深く突き刺さっていた。
"違う"ということは分かっていたのに......かすり傷が、痛んだ。
■
あたたかい、ひとの、温もり。
意識が浮上していく。明るみにはっきりと映しだされていく。
額に残る、雫の感覚。あの子の泣き声が聴こえてくる。ごめんね、ごめんねと、あの子は繰り返しているようだ。それは、気のせいでなければ、私に当てられた言葉なのだろうと思う。けれど、分からない。
どうして泣いているの?どうして謝っているの?そう訊こうとして、気付く。言葉にならない。声に出来ない。そこでようやく、眠っていることに気付く。
起きよう。そう思った。なんとなく、全身が気怠いけれど、動けないほどではない。何よりも、泣いているあの子を、放ってはおけないから。
そうして"友人"は、口にした。
「......ヒ、ナタ」
擦れた声。しかし、少女・ヒナタがハッとするには十分な声だった。
顔が勢い良く上がる。泣きはらした目に、たった今瞼を上げたばかりの、未だ焦点がはっきり合っていない、"友人"の瞳の色が映った。
それは紛れも無く、"友人自身の"瞳の色だった。
「カナ、ちゃん」
ヒナタの口からぽろりと漏れる声。"友人"・カナは、ヒナタの記憶通りの柔らかな笑顔になっていた。
「カナちゃん......!」
ヒナタはもう一度 大切な友人の名前を呼ぶ。つぅっと伝う涙は、今までの哀しみの涙ではなく、カナが意識を取り戻してくれたことへの歓喜のそれ。その涙を、カナの白い手がすくう。カナはゆっくりと上体を起こした。
「ありがとう。お見舞いに来てくれたんだよね」
「うん、うん......っ」
「...泣かないで、ヒナタ。私はヒナタの泣き顔より、ヒナタの笑顔が見たいな」
カナはそう言ってふわりと笑う。すると、ヒナタは一瞬 止まってから、きゅっと自分の服の袖で涙を拭った。泣きはらして赤くなっている目は隠しようがないが、それでもヒナタは、カナが言った通りにはにかむ。少々無理に作ったものでも、可愛らしい笑顔だった。
「うん。やっぱりヒナタは、笑ってたほうが可愛いよ」
「え、う、え、あ......あっえっと、」
羞恥心からか。ぼっとヒナタの頬に熱が溜まり、その白い肌が赤く染まった。その様子を最初から最後まで見ていたカナはきょとんとする。そして、笑い出す。
「あははははっ、ヒナタ、尚更かわいい」
「かかかかっかわいくなんて、えっとその、あっ、そうだカナちゃんっこれっ」
恥じらいも絶頂までいき、林檎のように顔を染めたヒナタは話を書き換えるように、しゅばっと素早く何かを差し出していた。目に溜まった涙を拭いたカナは「うん?」とそれを見る。ヒナタが手に取ったのは、机の側の棚にヒナタ自身が置いた、小さな花瓶。そこに慎ましく咲いているのは、
「スズラン?」
「おうちの、お庭に咲いてたものだけど......綺麗に咲いてたから」
「私に?」
「うん。お見舞いに、と思って」
ヒナタから花瓶を受け取ったカナは、そっと顔をスズランに近づけた。小さな、本当に小さな花だ。けれど確かに綺麗だった。
「ありがとう、ヒナタ。大事にする」
カナがそう言えば、大分落ち着いたヒナタも嬉しそうに「うん」と笑う。
とはいえヒナタがここにスズランを持って来たのは、ただ見舞いの為だけではなかった。
「それと......」
「うん?」
「予選通過、おめでとうって思って、持って来たの」
瞬間、カナは目を見開いた。
「え?予選......通過?」
「え、」
そのカナの様子にヒナタのほうが動揺した。なるべくあの予選の試合内容は考えないようにして口にした言葉だったのだが、それだけにしてはカナの反応はおかしいことを、ヒナタは一瞬で悟った。
カナは動揺している。あの時のことを思い出したからではない。通過した、という事実に。
「もしかして......覚えてないの?」
「だ、だって、私は北波さんの幻術にかかって、それで、」
カナは口を濁す。ふっと浮かんできた映像を慌てて消し去り、「それで、気絶して、今までここで寝てたんじゃ」と続ける。カナがここまで不安そうにしてヒナタを見ることは珍しい。いつもとは立場が逆だ。
ヒナタもまた焦って、何かを口にしようとして。
詰まった。
何故あんなことを、カナに言うことができる?
「......あのね、カナちゃん」
ヒナタは目を逸らしながら口にした。
「その、そういえば、カナちゃんが覚えてないのは当たり前で......ごめんね。私ったらすっかり忘れてて、その」
「うん?」
「カナちゃんの対戦相手ね......カナちゃんが幻術にかかって気絶する前に、降参、したの」
嘘だ。
だがそんなことをカナが知る由もなく、「降参?」とヒナタの言葉を鵜呑みにして言うしかなかった。ヒナタはそれにできるだけ早口で応える。
「うん、いきなり降参って。だから、通過したのは、カナちゃんなの」
ヒナタの胸に蔓延る罪悪感、しかしそれは、カナに本当のことを言う痛みよりもよっぽどマシなことだった。「そうなんだ......」とカナがまだ呆然としながら言っているはたで、ヒナタは自身の膝の上で拳を作る。
「(だって、カナちゃんの"いつも"は間違いなく、今のカナちゃんだもの......いつも笑ってくれるカナちゃんが、本当のカナちゃんなのに......あの時の様子のことなんて、言えるわけ)」
ヒナタの目の端に、カナの風鎌を避ける時にかすった傷が映る。大したケガではないのでもうほとんど治りかけているものだ。しかしたったそれだけのものでも、この目の前のカナが事実を知ってしまったら。
「__ナタ?ヒナタ?」
「あ、ご、ごめんカナちゃん、ぼうっとしちゃって......」
「大丈夫?顔色が良くないよ」
「ううん、平気」
「それならいいけど」
ヒナタが慌てて取り繕うのを見てから、カナは視線を落とした。カナの中では疑念が渦巻くばかりだ。
何故かは知らないが、北波は憎しみを孕んだ目でカナを見ていたというのに、幻術に落ちたその相手を殺すどころか試合の棄権までしたという。まったくもって整合性がとれない。
「彼......北波、さん」
「!」
「どうして降参したのかとかは、分からない......よね」
「......うん。ごめんね、それは私にもわからなかったし、きっと他の皆もわからないと思う......いきなりだったから」
「そっか......うん、ありがとう。あ......じゃあ、ヒナタは?」
唐突に自分のことを尋ねられ、ヒナタは若干慌てた。
「わ、私は、その。ネジ兄さんに当たっちゃったから、全然敵わなくって」
「お兄さんに......」
「で、でもね!ナルトくんに、見せられたから。私が、ナルトくんを目標にしてるんだってことを、きっと伝えられたから、試合には負けたけど、ちょっとだけ嬉しいの」
ヒナタはそう言って小さく笑う。先ほどカナにからかわれたからではない種の赤らみが、ヒナタの頬を染めていた。カナも今回ばかりは恋する女の子だね、などと茶化したりはしなかった。ヒナタがナルトに抱いている感情はただそれだけではない、もっと大きなものだから。
カナは微笑み、そっか、と呟いた。
白いカーテンが勢いよく舞ったのは、その時だった。
開いていたらしい窓からの突風に目を瞑るカナとヒナタ。二人の少女の髪も舞い、カーテンに遮られなくなった分の日光が部屋の中へと差し込む。
そしてカナとヒナタが目を開ける頃には、二人の目には見慣れたシルエットが映っていた。
頭はすぐには付いて回らなかったが、カナはようやく呟いた。
「......サスケ」
「よう」
窓からの来訪者はほんの一言だけ言うと、窓枠から部屋の片隅にすたっと降りた。ちなみにこの部屋は二階である。サスケは不躾にも飛び上がってきたらしい。
ヒナタは相当驚いたようで、声も出ない様子だった。ヒナタをそんな状態にしたサスケはどこ吹く風で数秒カナをじっと観察したあと、一瞬眉をひそめたがすぐにいつもの表情に戻る。
「調子はどうだ、カナ」
「......なんか、こう。もうちょっと挨拶とか説明とかないの?」
「必要あるか?」
「まあ......いいんだけど。今起きたところだよ。でも気分も普通だし痛むところも特にないし、ほぼ万全かな。どうして?っていうか、サスケのほうこそ」
「オレはとっくに起きてた」
どうして?のほうには答えないらしい。今度はその視線は壁にかかっているカレンダーのほうへ向けられる。そういえば今日は何日だろう、とカナの頭に新たな疑問がもたげた。
「その万全とやら、本当だろうな」
「......?うん。今にも運動できそう」
「どーだか。お前はめんどくさいところで強がりだろ」
「そんなの、サスケだってそうでしょ?」
一変して意地の悪い顔をするサスケにカナは笑って返す。意味のない軽口はお互いいつも通りだ。
だが、その空気を遮ったのはヒナタだった。急に動き出したヒナタがハッとして珍しく積極的にサスケを見たのだ。
「まさか、サスケくん、ここに来たのって」
「そのまさかだ。本戦のことはカカシから聞いてるからな」
切羽詰まったようなその声にカナは不思議そうな顔をする。一方でサスケはヒナタを見てあっさり頷いた。ヒナタが戸惑って言葉を失くす間に、サスケはカナに再び話を切り出す。
「カナ。予選の結果はヒナタから聞いたか?」
「......うん、一応は」
「本戦の話は」
「ううん。何の話?」
カナが聞けば、サスケはカレンダーの前まで歩いていって一枚紙をめくった。そこには八月の日にちがずらりと並んでいる。
「カカシの話では、本戦は予選の一ヶ月後に行われることになってる」
「一ヶ月......それまでの猶予は、修業期間ってこと?」
「そういうことだ。まあ、各国の大名や忍頭へ召集をかけるためのものでもあるらしいが。何にしても出場者のオレたちにとっちゃ嬉しい期間だ」
こんこん、とある日にちを指してからカレンダーから手を放すサスケ。こつこつと再び窓際の近くに歩いていき、止まる。「服は?」とのサスケのその質問に「多分、そこのタンスに」と答えた瞬間、カナは全ての合点がいったようだった。
ことり、と窓の桟にスズランの花瓶を置き、サスケに向かって笑顔する。
「分かった。ちょっと待ってて、すぐに着替えて」
「駄目だよ、カナちゃん!!」
しかし、カナがひたりと床に足をつけた瞬間だった。
ヒナタの大声を聞き、服の裾を掴まれ、カナは行動を止めた。
ヒナタの手は震えている。今まで黙っていたヒナタが必死な顔をしてカナを直視している。暫く、部屋が静まり返った。
ヒナタは分かっていた。カナが持ち合わせている強さは、単純な戦闘力だけではなく、意志の強さ。しかし分かっていながらもヒナタは腕の力を抜くことはできそうもなかった。
ただ、心配だった。予選であんな状態になっていたカナが、やっと起床した直後に修行に打ち込むだなんて。
「自分の体のこと、考えて......?」
「......ヒナタ」
「お願い、行かないで......!」
より一層ヒナタの手の力が強くなる。言葉に詰まったカナは、そうっとその白い手に自分の手を添えた。震えている様子から、十分にヒナタの気持ちは推測できる。ヒナタが優しいことを、カナはよく知っているのだ。
二人の様子を見ているサスケは何も言わない。サスケの目的は確かにカナを誘って修行をすることだったが、しかし、これは二人の問題であることは分かっていた。
黙っているその黒い瞳の中で、銀色の少女はゆっくりと口を開いていた。
「ごめん......ヒナタ。それでも私、行きたい。今の私に立ちはだかってるのは、試験のことだけじゃないから。もっと強くて、大きな......みんなに触れさせたくないものが今、迫ってきてるから。自分でそれに立ち向かえるようになりたいから......だから、強くなりたいんだ」
そのセリフを聞いてサスケは眉根を寄せる。しかし二人の会話は続いていく。
「でもカナちゃん、カナちゃんは今 起きたばっかりで!お医者さんに見てもらわなきゃ。きっとまだ動いていいわけじゃ、」
「ううん、本当に大丈夫だから。自分の体のことは自分で一番よく分かってるよ。それに、ここで寝てるくらいなら修行したいの」
「でも、でも私、カナちゃんのこと、心配で」
上げていた視線を下ろし、ヒナタはきゅっとカナの服の裾を握りしめる。その想いが痛い程伝わってきて、カナもまたヒナタに触れている手に力を込めた。
人の温もり。
意識がない時に感じた温もりはヒナタだったのだと改めて思い、カナは僅かに微笑んだ。
━━━けれど、それでも。
この平和な一室がカナの脳裏で一瞬遠ざかり、あの夜見た捕食者の視線が迫ったような気がした。
少しだけ間を置き、カナはぽつりと漏らした。
「......分かった」
「!」
ヒナタはぱっと顔を上げた。ヒナタの瞳にカナの茶色が映り込んだ。
「もう少しだけ、ここにいるよ」
「カナちゃん......!」
「心配してくれてありがとう、ヒナタ」
「う、ううん!そんなの、」
「ありがとう。......じゃあ、看護士さん、呼んできてもらっていい?いつ退院していいかとか、聞きたくて」
ヒナタはもう渋ったりせず、笑顔で「うん!」と頷いた。それを見て、カナも柔らかな笑顔を見せる。
「本当にありがとう」
カナはもう一度 礼を言ってから、僅かに俯いた。
「ごめんね」
その声色の変化に気が付くことなく、安心しきったヒナタは破顔する。「ううん、気にしないで。すぐに呼んでくるね」とその一言を最後に、ドアから出て行った。
ヒナタが廊下を走っているのだろう音は、カナたちのいる部屋にも聴こえてきた。
タン、っとサスケは窓枠に跳ぶ。だが、そのままカナを置いて行こうとするわけじゃない。
カーテンがまた揺れ、日光がサスケの影を作る。
カナはその影に話しかけるように口を開いた。
「私って、酷いよね」
そう言うカナの表情はサスケには見えない。
サスケはカナの背中から視線を外した。その脳内に甦るカナの言葉。
『みんなに触れさせたくないものが今、迫ってきてるから。自分でそれに立ち向かえるようになりたいから......だから、強くなりたいんだ』
サスケは眉根を寄せてから、ぼそりと呟いた。
「それが、お前なりの優しさだろ」
それっきり、人の会話は途絶えていた。
そして、いつだったか。その病室には、乱れを直された白いベッドと、几帳面に畳まれた病人服しか残っていなかった。