第五十五話 半歩


「それでは、始めて下さい」

ハヤテのその言葉をもって、サスケvsヨロイの試合は開始された。その次の瞬間から二人の攻防は始まった。
サスケの目の前に迫った手裏剣。無論その程度、サスケは呆気なく避けきるが、予測できない痛みには対処しようもなかった。呪印が直後に疼いたのだ。
ヨロイは無論その存在を知っているがゆえに笑みを零す。とはいえ、やはりサスケも好きにはさせない。隙をつこうとしたヨロイの攻撃を避け、逆に隙をついて関節を決めた。

「やった!」とナルトが口に出す。

しかし、事態は急変する。ヨロイはこの状況にも関わらず余裕だった。触れたところからチャクラを吸い取る、その能力の持ち主であるヨロイには、逆に好都合だったからである。
サスケの力が抜ける。ヨロイは容易に抜け出し、オマケとばかりにサスケの腹を手の甲で殴った。そして更に追撃する。

「ぐぁあっ!」

ヨロイの手がサスケの頭を掴んでいた。チャクラがサスケの中から消えていく。抵抗する力さえ無くなったサスケは為されるがまま。ヨロイの馬乗り状態を許すしかない。
目を見開く木ノ葉のルーキー達。階上から見ているだけでは、サスケが何故無抵抗なのかわからない。

「お前、オレのチャクラを......!」

やっとの思いでサスケは言った。ヨロイから不気味な笑い声が漏れる。分かったところで、サスケにはどうすることもできない。しかし、その脳内にはカカシの言葉が木霊していた。

"力に頼るな。呪印を発動したら、その時点でオレが止めに入る"。

それだけは絶対に避けなければならない。こんなところで蔓延ってるわけにはいかないのだ。そう思った途端、焦燥からか力が湧いた。

「この、ヤロォ!!」

サスケの足がヨロイの腹に決まる。ヨロイは吹っ飛ばされた。その間にサスケはようやく顔をあげる。だが、息は荒い。一方でヨロイはダメージは受けつつもまだまだ余裕だ。

「早く立って、サスケ!」

そう叫んだカナの声に反応するようにサスケは足に力を入れた。向かってくるヨロイをその両目でしっかと見る。再び伸びてくるヨロイの手をかわしていく。だが、何回も同じことを繰り返していくうちに、ヨロイの手にみなぎるチャクラがサスケに擦った。

「くッ!」
「どうしたどうしたァ?もう終わりか?」

苛立ったようにサスケは回し蹴りをするが、ヨロイはそれを飛び上がって避けるだけ。触れるだけでチャクラを奪ってくる相手は、呪印に縛られているサスケにとってかなり相性が悪い。


その様子を階上から見ている第七班。サクラは下唇を噛み、カナは柵を強く掴んでいた。サスケの現状を知っている二人の思いは同じだった。勝ってほしい、けれど、呪印を使うくらいなら負けてくれたほうが数倍マシ───
その時、カナの隣でガンっと音が鳴った。柵を痛いほど握って身を乗り出したナルトだ。

「サスケェー!てめーはそれでもうちはサスケかァー!!ダッセー姿見せてんじゃねェ、しっかりやりやがれェー!!」

会場に響いた声。カナやサクラが目を丸めて見ている隣で、ナルトはサスケを睨んでいた。サスケもまた肩を上下させながら階上を見上げる。

その途端、サスケの瞳が瞬時に見開かれた。もちろん、意識していたのはナルトなのだが、その隣に更に目立つ少年を見つけたのである。とどのつまり、全身緑の暑苦しい少年、ロック・リーだった。

「余所見してる暇なんかないだろう?これで最後だ!」

ヨロイが叫び、サスケもハッとして意識を戻した。
ヨロイの攻撃をまた避けていく。その光景は先ほどと変わらず、状況は変わっていないように思えた。
だがその時、何かを閃いたサスケは、ヨロイの予想を越える行動に出た。サスケの姿がヨロイの視界から消える。かと思うと、ヨロイの顎に衝撃が襲ったのだ。

「ガッ...!」

ヨロイの体が浮かび上がる。すぐさま気付いたのはそのロック・リーだった。何故なら、サスケのその様は以前、リーが使ってみせた技と酷似していたのだ。
浮かび上がったヨロイの下に現れるサスケ。間違いなく影舞葉。顎の衝撃に未だ対応できていないヨロイにはどうしようもない。

「終わりだ」

サスケは自らが作り出したこの状況に口元を上げた。後は、ヨロイが動けないうちにチャクラを使わずに伸してしまえば終い。一気に形勢逆転───


「くっ......!!」


しかし、サスケは再び、痛みに苛まれていた。ずくりと体に浮かび上がったのは呪印。
サスケは誰にも悟られないよう必死で声を押し殺した。サスケの意思とは裏腹に、痛みと共に呪印が体を駆け巡る。これに甘んじてしまえば楽だろうと、サスケはどこかでそう思う。だが、サスケの脳内に駆け巡る言葉がそうはさせてくれなかった。

『お願いだから、やめて』と涙目で嘆願していたサクラ。
『てんめェ、サスケェー!ダッセー姿見せてんじゃねェー!!』と奮い立たせようと叫んでいたナルト。

"勝って"───そう確かな願いを伝えてきたカナ。


「(お前の望み通り、勝ってやるよ......こんな力、使わなくったってな......!)」


途端、サスケの体から紅い呪いは消えていった。その意味を知っている者全てが驚く。サスケの呪印は元の首元に全て戻っていったのだ。


「獅子連弾!!」


サスケの勢いづいた足は見事ヨロイの腹に決まった。
受け身もとれず、ヨロイは多量に吐血する。サスケもまた自身の技の勢いに負けて吹っ飛んだ。

しん、と会場に暫しの沈黙が訪れた。

ハヤテがまず確認に向かったのはヨロイのほうだった。だが精査するまでもなく、ヨロイが気絶していることは確かだ。ハヤテは次にサスケに視線を向けた。
サスケは既に立ち上がっていた。

「これ以上の試合は私が止めます。よって第一回戦の勝者、うちはサスケ。予選通過です」
「ハハッ......やったァー!!」

戦ったサスケよりも先に、ナルトが腕を振り上げた。会場内の緊張が消えていく。

勝者であるサスケは、しかし、喜ぶよりも疲労のほうが大きく、そこでぐらりと体の力が抜けた。
だがその時 サスケの背後に現れた煙、正確には煙から現れた七班の担当上忍・カカシが、サスケを片足で支えていた。

「ま、よくやったな」
「......フン」

満更でもなさそうに笑ったサスケだった。



階下のサスケとカカシを見ながら、カナはやんわりと笑い、それから手すりに体重を預けてもたれた。ふぅー、と気が抜けた深呼吸をする。それを聞きつけ、ナルトが真っ先に首を傾げた。

「カナちゃん?」
「どーしたのよカナ、そんなマヌケな顔しちゃって」
「マ、マヌケって。二人と同じだよ、安心しただけ。見てるだけでも疲れるね」
「確かに、一時はどうなるかと思ったわ......良かった、サスケくん、勝ってくれて」
「へんっ。あんな程度のヤツに負けそうになるとか、サスケも大したことねーよなァー」

カナとサクラから目を逸らして憎まれ口を叩くナルト。サスケ信者なサクラがもちろんそこで怒りだすのだが、カナは暫しきょとんとしてから、ぷっと小さくふき出し笑っていた。

「でも、ナルト、なんだかんだいってサスケのこと認めてるでしょ」
「なっんなことねェ!」

当然ナルトは慌てた様子で否定するが、カナはそのナルトを見てくすくす笑うばかり。

「だって、ナルトさっき言ってたでしょ?"てめーはそれでもうちはサスケかー"って。それって、つまりいつもの強いサスケなら勝つだろー、って言ってることになるんじゃないの?」
「う、うぐっ」
「クスっ......なーんだナルト、実はサスケくんが強いってわかってんのね!」
「ち、ちちち違うってばよサクラちゃん!それはなんつーか、言葉のあやってヤツで!」

ナルトが慌てて弁解しようとするが、サクラはもちろん聞く耳もたず。恥ずかしさゆえか頬を赤く染めていくばかりのナルト。一気に緊張が解けた三人は、既にいつものような談笑にひたり、カナもこの状況を面白そうに笑っていた。
不意にカカシの声が聴こえるまで。

「オーイ、カナ〜」
「?」
「あらカナ、カカシ先生が呼んでるわよ。さっさと行ってきなさいっ」
「ちょっと待つってばよカナちゃん、この誤解をどうにかしてくれってばよー!」

だってそれ誤解じゃないでしょ、とだけカナは返事し、さっさと手すりから飛び降りる。背中にかかる非難の声は、今は笑いを込み上げさせるものにしかならなかった。



カナが小走りでやってきてる様子を見ながら、サスケは怪訝気にカカシを見上げた。

「何でカナを呼んだ?」

しかしカカシはサスケを一瞥したのみで、すぐにカナに視線を戻した。
やってきた銀色は、すぐさまサスケに声をかけた。

「お疲れさま、サスケ」
「ああ」
「疲労困憊って感じだね。立てる?」
「なめんな」

いつものように生意気な口をたたいたサスケは、なんとか自力で足に力をこめ立とうとする。「オイオイ、無茶すんなよー」というカカシの言葉も何のその、ようやく立ち上がった......までは良かったが、途端にふらめいて、その場にいる二人に支えられる羽目になった。
「座っときなよ」と苦笑するカナに、「うるせェ平気だ」とサスケは悔しそうに返し、二人から離れる。今度はちゃんと両の足で立てていた。

「......やれやれ」

それからの二人のやり取りを眺めながら、独り言を呟いたのはカカシだった。少年と少女はいつもと変わらないようにも見える。
しかし、その実、そうでないから厄介なのだ。

カカシが二人から目線を逸らし、次に見たのは三代目火影のいる方だった。三代目もまたカカシを射止めていた。その眼差しは今、いつもの柔らかなものではない。カカシはこくりと頷き、そしてすぐ傍で喋り合っている二人の名前を呼んだ。

「サスケ、カナ」
「!」
「はい?」
「はい?ってカナ、あのね。オレは別に、サスケと雑談させるためにお前を呼んだんじゃないのよ?」

カカシがそう言えば、カナは素直に顔を引きつらせていた。どうやら忘れていたらしい。「すみません......」と項垂れるその姿にカカシは眉根を下げて笑ったが、途端に真剣な顔に切り替わった。

「ここからは真面目に聞けよ、お前ら」

同時にカナの顔も引き締まる。サスケは眉をひそめた。

「それはオレにも関係あるのか?」
「大アリ。お前ら二人のことについてだ」
「......私たち?」

カナは困惑した声で呟いた。自分たちの共通点と言ったら。
カナが察するのはそう遅くなかった。カナの片手が、いつしか自身の首筋へと届く。その行動を見やったサスケもまた気づき、カカシはそうだと言わんばかりに頷いた。

「観念しろ、カナ。オレも、もちろん三代目だって既に知ってる」
「! ......どうするんですか?私、絶対に予選、降りませんよ。先生が......例え三代目様が止めても、何が何でも出場します」

カナは顔を強ばらせつつも強くカカシを見上げた。しかし、気を張りつめていたカナに対し、カカシは軽く「そんなことは分かってるさ」と返すだけだった。逆に気が抜けるくらいだ。間抜けな顔を晒したカナと、じっとやり取りを聞いていたサスケ、二人の頭に同じ疑問が残る。止めるつもりがないなら一体?
そう言われることがわかっているカカシは、すっと電光掲示板を見上げた。

「サスケ、カナ。お前達には即刻、呪印を封印する必要がある」
「!?」
「というわけで、全ての試合を観戦することはできない。封印が最優先だ」
「ちょ、ちょっと先生、言ってることが矛盾して」
「まあ少し落ち着いて聞け、カナ」

急いてカカシに詰め寄るカナを、カカシはやんわりと止める。カナのその頭にぽすりとカカシの大きな手が乗った。

「お前の試合はちゃんとある。そんでもって、封印もすぐにしなくちゃならない......だから、お前の試合はこの後すぐ、ってことになってるんだ」
「えっ。ランダムなのに?」

カナはますます首を傾げた。だがカカシはカナの頭を撫でながら「そこらへんはなんとかしてくれるらしいからダイジョーブ」とあっさり言う。
何がどう大丈夫なのか、納得しきれるはずもない。サスケもまた同じくそうで、不満そうな顔を露にした。

「待て。オレは他の試合も見てェ」
「ん?ダーメ。カナの試合が終わった後は、お前ももちろん、封印の為に来てもらう」
「相手の試合を見る見ないとじゃかなり違う。こんな事で本戦を不利にしたくはない」
「聞かん坊だねえ、お前も。そこんとこはオレがちゃんと伝えてやるから。予選出場は見逃してやったろ、二度も我侭は聞いてやんないし......それに」

そこで、カカシはすっとサスケに近づいた。ちなみにカナはというと相変わらず自分の世界の中で考察中。それをいいことに、カカシはぼそぼそとサスケの耳元で囁いた。

"大事な幼なじみの試合は見れるんだから我慢しとけ"。

「なッ!」

「おっとと」とカカシは飛んできたサスケの拳を難なく避ける。ぎょっとしたのは今の今まで自分の世界に入っていたカナだ。

「え、突然なにしてるの」
「サスケクンがこれまた案外照れ屋でね」
「黙れカカシ!」
「め、目立ってる目立ってる......」

ただでさえ目立つ位置にいるというのに。
カナには理由が掴めないが、頭に血が上っているらしいサスケを止めようとするも、逆にあしらわれるばかりだ。「なにしてるの......」とカナは最終的に諦め、あれさっきまで暗いこと考えてなかったっけ、とようやく立ち返った。

だが。

そこで唐突に、電光掲示板が動き出した。ハッとするカナ、サスケ。
ヨロイが医務室に運び込まれたのを確認したハヤテが、ごほんと咳払いを一つしていた。

「えー、では。早速、次の試合を始めますね」

電光掲示板が、カナの対戦相手を躊躇なく決める。



第二試合───風羽カナvs北波



その文字が現れた時、カカシはカナに聴こえないよう、サスケに声をかけた。静まった会場内でサスケは「何だ」と小さく返す。カカシは電光掲示板を眺めているカナの背中をじっと見ていた。

「何があろうとも、絶対に飛び出して行くなよ」

サスケは数回目を瞬き、ギロリとカカシを睨んだ。その時にはカカシもサスケを見ていた。諭すような静かな目だった。

そんなことはサスケとてわかっていた。自分とて自分の試合には手を出されたくないし、仮に死にそうになったとしても、幼なじみにだけは絶対に出張られたくはない。それにそれ以前の問題だ......けれど。
本当にもしそんなことになってしまったとしたら、果たして理性は残るのか、サスケは予想もできなかった。

やけに痛い沈黙が、会場に下りていた。


 
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