第五十四話 意志、意思


中忍選抜試験、第三の試験、予選。それが唐突に行われることになったのは、第二の試験を合格した者の数が多い為だった。第三の試験、本戦は各国から呼ばれた大名や忍頭がやってくる。ゆえに時間をかけ過ぎるわけにもいかない。よって、中忍試験規定により人数を減らす必要がある、という。

「えー......というわけで、体調の優れない方、これまでの説明で止めたくなった方。今すぐ申し出て下さい。これからすぐに予選が始まりますので」
「これからすぐだと!?」

会場内にざわめきが走る。五日間分のサバイバルの疲労がある、当然の反応だ。
しかし、その中でカナは、自分のことを顧みる余裕はなかった。

カナの目の前に立っているのはサスケ。死の森での最後の戦いで、呪印のために思うように体が動かせなかった、サスケだった。けれど、辞退する気などさらさらないのだろう、サスケだった。
カナの手が拳を作る。その手は一度緩んでサスケへと近づいたが、届くことはなく、また垂れた。

だがカナはまるで代弁してくれるような声を聞いた。

「サスケくん」

カナの後ろに並ぶサクラ。サスケは僅かに振り返り、その声に反応した。サスケを見るサクラの瞳は痛々しいほどに歪んでいる。

「この予選。やめたほうがいいわ」

「え?」と呟いたのはサスケの前に並んでいるナルトだ。だがそれに応える余裕もなく、サクラはサスケの痛いほどの視線にまごつきながらもまた言う。

「だ、だって、大蛇丸ってヤツにやられてから、サスケくんずっと変よ!今でも痛むんでしょ......その、痣」

首を傾げるナルト。二人の様子をじっと見るカナ。首元を抑えているサスケ。
このままいけば、と弱々しい声で言うサクラの脳裏に甦っていたのは、初めて見たサスケの姿。サクラはあの姿のサスケを二度とは見たくなかった。

「お願い......」

サクラの瞳に涙が溜まっていく。サスケは何も言わなかった。サクラはその手で涙を拭き取った。

「お願いだから、やめて......私、怖いの」

サクラの体の震えは収まらない。
伸びたのは、カナの手だった。その手がサクラの背中を撫でる。サクラはそれに気づき、そっと目を上げた。サクラの目にも、カナは苦渋の顔をしているように見えた。

「(......言えないんだ、カナは)」

サクラは心の奥底で思った。サスケの痛いほどの思いを知っているから、言えないのだと。
しかし今、サクラの瞳に映ったのは、カナの顔だけではない。捉えたのは、その首筋だった。

「バカカナ......」

サクラの口からまた震えた声が出る。カナは「え?」と返したが、サクラの瞳は強かった。カナを睨んでさえいた。

「アンタもそうなんでしょ......!」
「!」
「気のせいだと思いたかった!でも、いくら隠したって、たまに見えるのよ......そのハイネックの下。わかってるんだから......!」





「やはりな......」

遠くから第七班の様子を見ていた三代目は、ぽつりと呟いた。会話内容は聴こえずとも、サクラの表情から十二分に予測はできる。春野サクラはうちはサスケを懸念している。そして、風羽カナのことも。
「どうします?」と問うたのは森乃イビキ。しかし、応えたのは三代目ではなくイビキの隣に立つみたらしアンコだった。

「彼らは試験から降ろし、暗部の護衛をつけて隔離すべきです。即刻辞退するよう勧告して」
「そう素直に納得するヤツらじゃないでしょーよ」

七班の担当上忍、はたけカカシが口を出す。「特にサスケはね。なんせあの、うちは一族ですから」とにっこりと笑い続けるカカシを、アンコはキッと睨む。

「なにバカなこと言ってんの!!力づくでも止めさせるわ!チャクラを練り込むだけでも呪印が反応しちゃって、無理に力を引き出そうとするのよ!」

その言葉は、アンコ自身がサスケと同じ呪印をつけられたため、痛みを身を以て知っているからこそのものだった。アンコは汗ばんだ手で自身の呪印を抑えている。

「あの子達が耐えてるだけでも不思議よ」

アンコの視線の先のサスケとカナ。アンコの言葉は切実だった。大した関わりはなくとも、同じ苦しみを味わわせてやりたくないという思いがあった。

「うちはの子がもし駄目でも......せめて、風羽の子だけでも」

だが、それさえもカカシは否定する。「ま!それもきっと無理だな」と軽い口調で。サスケが受ける以上、カナも絶対受けるよ、と口にするカカシをアンコは更に強く睨んだ。けれど、それは一瞬のみ。
カカシは意外にも真剣な表情をしていたのだ。自身のチームを遠目で見ながら、そこに佇んでいた。

「オレの部下たちだ。そりゃ、止められればいいが......どう足掻いても進んでいくヤツらだよ、あいつらは」

カカシの口からぼそりと漏れる呟き。それは誰に聞かれることもなく、四散した。




「あのー、僕はやめときます!」

不意に会場に響き渡った声は薬師カブトのものだった。
「え!?」と真っ先に反応したのはナルト、しかしナルトの意思とは無関係にカブトの辞退は決まる。「では、下がって良いですよ」とのハヤテの言葉と共にカブトは姿を翻した。

「カブトさん!なんでやめちゃうの!?ねえ、なんでだってばよ!」
「......すまない、ナルトくん。けど僕の体はもうボロボロなんだよ。実は、第一の試験の前に音の奴らともめた時から、左の耳が全く聴こえないんだ。とても今すぐ戦うなんて......それに命がけって言われちゃあ、僕にはもう」

二人のやり取りを静かな目で見ていたのはサスケとカナ。二人の中でカブトの違和感は未だ消えていない。それに、今までカブトが耳を気にするような素振りをしていただろうか。否、カブトの動向は普通の上に普通だった。
しかし、やはりカブトは優しい笑みだけを残し、出口へと歩いていっただけだった。

「えー......では、辞退者はもういませんね」

ハヤテがボードを見ながら言った。
それに真っ先に反応したのはサクラ。今のカブトの辞退で話が流れたが、サクラの懸念はまだ続いているのだ。定期的に顔を歪めているサスケ、それにカナにも、辞退をしてほしい。サクラの思いは変わっていない。せめて上忍達に言えれば。

既に彼らが事情を知っているとも知らず、サクラの腕に力が籠った。サクラの手はゆっくりと挙げられようとしていた。


"パシン_!"


しかし、それは挙がる前に他の手によって制されていた。
サクラの手を柔らかく掴んだのは、サクラのものと同じく白い。サクラは顔を上げる。真っ直ぐで、それでいて申し訳ないような眼差しが、サクラに突き刺さっていた。

「ごめん......サクラ」

カナだった。

「隠してたこと、ごめんね。心配しないようにって思ってたんだけど、逆効果だったみたい......ごめん。でも、お願いサクラ、私はこの試験を受けたい」
「......!」

カナの静かな声を聞き終えたと同時に、サクラの脳裏に、どんなにボロボロになろうとも戦い続けたカナの姿、そして守られていた自分の姿が描かれた。自然とサクラの目に涙が溜まっていく。「どうしてよ......」とサクラはぽつりと呟いた。

「どうして?何でアンタはいつも無理ばっかりするのよ......仲間なんだから、心配するのは当たり前じゃない!」
「うん......私も、サクラがもしケガを負ってたら、今のサクラと同じことをすると思う」
「なら!私の気持ちがわからないわけじゃないんだったら!」

カナは途端に笑みを零していた。それを見たサクラは息を呑む。サクラは、カナのこの顔を知っていた。
カナはいつでも笑っている。第七班で騒いでる時はもちろん、つまらない任務の途中でも、楽しそうに笑っている。けれど、今のような笑顔は、少し違うのだ。まるで、誰か大切な人を想っているような、そんな微笑み。

「けどね」

カナは口を開いた。

「私は......今、前に進みたい。立ち止まりたくない。約束したことを、守りたいから」

七班の間に滞る沈黙。サクラは何も言えず、ナルトは終始不思議そうな顔で、カナは真っ直ぐサクラを見ている。
そして、カナの約束の相手であるサスケはその数秒後、サクラの手を抑えているカナの手に自身の手を乗せていた。

「サクラ......オレもカナ同様、この試験を下りるつもりはない」
「サスケくん、」
「前に一度言ったはず。......オレは、復讐者だ」

サスケの言葉は重い。サクラは制止の言葉を口にすることができない。カナもまた、サスケの言葉の深さを知っているがために、何も言えない。
サスケの手が二人の手から離れる。漆黒の瞳はギラついている。

「これは、オレにとって単なる試験じゃない......中忍がどうのこうのなんてのも、オレには関係ない。オレは強いのか、ただ、その答が欲しい。サクラ、いくらお前でも、オレの道を奪うことは許さない!」
「......!」
「てんめーサスケ!何カッコつけてんだってばよバカ!サクラちゃんがこーんなに心配して」
「ナルト」

何も分かっていないながらも腹を立てたナルトは感情のままに口出ししたが、それは落ち着いたサスケの声で遮られた。ナルトに向けられたサスケの目。

───オレは、お前とも戦いたい。

その言葉はナルトの胸に深く沈殿していっていた。
戦うことに熱くなった少年達はもう止まるすべなど知らなかった。一瞬で蚊帳の外になってしまったカナは苦笑する。そして、カナは黙ってサスケの背中を見ているサクラに振り返った。

「ごめん。サクラ」

すると、サクラはハッとしてカナを見た後、意外にも首を横に振り、弱々しく笑った。

「......心のどこかで分かってたわ。私がとやかく言ってみたって、サスケくんもアンタも、棄権するわけないってね」
「......ごめん。ありがとう」
「なに言ってんの」

カナとサクラは向かい合って笑いあい、それから、頑張ろう、と拳を合わせる。一瞬だけ触れたお互いの体温に、お互い同じことを思っているのだ、となんとなく感じ取れた。この試合に関する不安。けれど、もう戻ることはできない。


第一試合。うちはサスケvs赤胴ヨロイ。


電光掲示板のその文字を見た時、カナは自然とサスケに目をやっていた。傷だらけでありながら、真っ直ぐとした意志を宿す瞳。
それと目が合った時、カナは不安ながらに、微笑んだ。止めることはできない。何故なら、自分も止まりたくないから。

だからカナがサスケに言いたいことはもう一つだけだった。自分もきっと前に進むから、サスケにも前に進んでほしい。


"勝って"。


「......あ〜らら、っと」

その様子を近くで見ていたカカシはふいに呟いた。カナからのメッセージを受け取ったのだろうサスケが、あからさまな闘志を燃やしているからだ。
「心配してたんじゃなかったの?」とカカシがカナに近づきそう聞くと、カナは驚いたようにカカシを見上げてから、ふわりとした笑みを零すのだった。


 
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