第五十三話 裏舞台


ナルトが作戦を成功させたその後は、特に危機に陥ることもなく、雨忍戦は終了した。最後にナルトがドミノ倒しのように雨忍を殴ったのが結末。

ただその直前に、サスケとカナには気になるところが残った。

とあるタイミングでナルトを助けたカブトが、地に転がった時である。その隙を狙って雨忍はカブトに向かったというのに、雨忍はそこで突如動きを止めたのだ。気付いたのは雨忍の他、サスケとカナの二人だけだったろう。

カブトから、とんでもない殺気が溢れ出したことに。

あれはただの下忍が出せるようなものじゃない、とカナは塔への道のりを歩きながら思った。体が動かなくなる程の密度の殺気。どうしてあれで下忍でいられるのだろう。まるで、カカシが再不斬と戦った時に発したものそのものだ。これまで優しく見えていたカブトは、今はカナの瞳に酷く歪んで見えた。

「口にするなよ」
「......サスケ」
「アイツの素性 確かに気になるが、何にせよただ者じゃないことは確かだ。簡単に手を出すわけにはいかねえ」

カナの横に来たサスケの目には、ナルトやサクラと仲が良さそうに話しながら歩くカブトの姿。カナもしっかりとカブトを見据え、うん、とサスケに応えた。少なくとも今は、第七班の危機を救ってくれた人に過ぎなかった。

その時、ちょうど視界が拓けた場所に変わっていく。前方に建っているのは目的の塔。「うっしゃあ!!」と声を上げたナルトが一番乗りにその元に着いた。
同時に突然近くの草むらが揺れて、現れた二人はカブトのチームメイトだった。

「遅いぞカブト」
「ちょっとゴタゴタに巻き込まれてね。すまない」

サクラが安心したように息をつく。くたくたになってやっと塔が目の前になったというのに、また戦闘なんて冗談じゃない。しかし疲れているサクラに対し、ナルトはいつも通り。

「でもさ、でもさ!おかげで巻物全部揃ったってばよ!ありがとな、カブトさん!」
「いやあ、キミらが頑張ったからだよ。最後なんてすごかったよ、ナルトくん」

ナルトが照れたように笑う。それを見て微笑み、カブトは「それじゃ」と手を上げた。どうやら扉はそれぞれ別れているらしく、カブトたちは向こう側の扉へと近づいていく。「うん!」と応えたナルトは満面笑顔だった。



ナルトたちとは別の部屋の扉を開けたカブト、同チームの赤胴ヨロイ、剣ミスミ。その中でも先に部屋に足を踏み入れたカブトは、すぐさま見えた人物に口元を上げた。
とはいえ、その者に声をかける前に、横から「お疲れさん」という声がかかってそちらを見ることになったが。

「......どうやらキミのほうが早かったらしいね」
「そりゃそうだ。もう時間ヤバいぜ、間に合って良かったな」

そこに座り込んでいたのは、北波。
落ち着いた様子で和んでいるその様子にカブトはやれやれと首を振る。そしてもう一歩踏み出し、初めに見た人物に近づいた。

「収穫は」
「ああ、予想以上ですよ。第二の試験での彼らのデータは全て書き込んでおきました。これ、いるでしょう?」

ナルトたちと話す時よりも数段低い声がカブトの口から出る。そのカブトの懐から出てきたのは二枚の札。その人物はそれらをぱっと手にとり、それから口元を上げて笑んだ。

「で、どうだったの?」
「やはり気になるようですね───大蛇丸様」

闇をも思わせる黒を誇る長髪、音符のついた額当て、そして腰に巻かれた紫色の帯。それらは間違いなく、この試験中幾度も問題を起こしてきた音の忍、大蛇丸のものだった。

「お前の意見を聞きたいのよ。音隠れの、スパイとしてのね」
「それは必要ないでしょう。全てをお決めになるのはあなたなのですから」

言いながら、カブトは自らの手を鼻元へと持っていく。そこにあるのは雨忍との戦いでついた傷跡だった。しかしその手で一瞬触れただけで、その傷跡は無かったものとなる。その一連の動作を見ていた大蛇丸は鼻で笑い、そして静かに壁を離れると、どこからともなく煙が吹き出てきた。

「お前のその賢さは、私のお気に入りよ......ご苦労」

そして蛇の姿は、煙に巻かれて消えた。

カブト然り、北波もその数秒をじっと見ていた。瞳の奥には何かが隠れていた。だがそれを見せまいと、一旦目を瞑り、再び開けた瞳でカブトを映した。

「姫はどうだった」
「"姫"?......誰のことかな」
「察しろよ。カナのことだ」

ふぅん、と漏らすカブト。その眼鏡の奥の瞳の色が気に入らなかったのか、北波は幾分か雰囲気を刺々しいものとする。するとカブトは悪いとでも言うように首を振った。

「どうだったとは、随分アバウトな質問だけど。何でも良いのかい?」

しかし、北波は応えない。カブトはゆるりと首を振って笑った。

「彼女は"風使い"だからね。気付かれるかもしれなかったから、会話内容までは聞き取れなかったけど......遠くから見ても、彼女がサスケくんに入れこんでいることはよくわかったよ」

カブトが脳裏に描いたのは、カナとサスケが河原で会話をしているところだった。遠くもないが近すぎでもない距離を保って、二人はそこにいた。そしてそれはカブトから見ても、二人がお互いを思っての距離だということは十二分に分かった。

「それがどういう感情なのかまでは知らないけど。それに、僕らが重要としているのは二人がお互いをどれだけ求めているか......とりあえず、その点はまったく問題なかったよ」
「......へえ」
「キミも随分彼女に執着しているようだけど、それはキミの素性と関係があるのかな?」

カブトが続けて問いかければ、北波は鋭い視線でカブトを捉えた。普段まとっている緩い雰囲気は一瞬で姿を消す。
二人、いや、北波と"音"側にある一定の距離。それは双方が完全に癒着していないことを示していた。

「......お前らに関わってもうかなり経つが、契約内容は覚えてんだろうな」
「もちろん。僕らに有益な情報を教える代わりに、キミの目的に協力しろ、だろう?」
「そしてオレの素性を詮索するな、だ」

ふっと目を逸らした北波は立ち上がり、すぐそばの扉に手をかけた。

「忘れんなよ」

そうして扉の向こうに消えていく、灰色に近い銀色。じっと黙っていたヨロイやミスミは最後まで北波を睨んでいた。カブトの口元に滲んでいた笑みも消えている。警戒心は十分に表れていた。

「(とはいえ、キミがくれた情報ももう十分だ......今こちらが望んでいる一番の情報は、後は、キミのことだけなんだけどね)」



「だーれもいないってばよぉ?」

殺風景な部屋に、ナルトの声が響く。
部屋にはほぼ何も無かった。入ってきた扉が一つ、向こう側にももう一つ。そして、壁にかかっている大きな額。達筆な文字がその中に連なっていた。

「"天"無くば、智を知り機に備え......"地"無くば、野を駆け利を求めん」

読み始めたのは額に最初に目をつけたカナ。ナルトたちは一瞬きょとんとした顔でカナを見た後、その視線の先を辿る。

「天地双書を開かば、危道は正道に帰す。これ則ち"───"の極意、導く者なり。これ、おじいちゃん......三代目様が書いたものみたい」
「あそこの文字、抜けてるわね。どういうことかしら」
「ちっとも意味わかんねえってばよ」

サクラとナルトが揃って首を傾げる。逐一 意味に気がついたのはサスケだった。"天地双書開かば"の文字に目を走らせ、「天地の書を同時に開けってことじゃねえか」と口にする。
それで、ナルトが片方の書をサクラに手渡した。二人は頷き合って真剣な瞳で巻物を睨む。

「それじゃあ、開くってばよ......!」

"ぺりっ"。

巻物の端をほんの少しつまむ二人。まだ、何も見えていない。全員の緊張が最高にまで達する。

"べりっ"。

そうして、二人は一気に巻物を開いた。
見えた文字は、"人"だった。

「......な、なんだ、こりゃ」
「"にん"?」

ナルトとサクラが困惑した顔で首を傾げる。同じく書を覗き込んだカナは、しかし二人とは違う反応を示した。

「その術式、どこかで見た覚えが」
「えっなに!?」
「なんの術なんだってばよカナちゃん!」
「えーっと、ちょっと待って......すごい懐かしい気がする」

しかし、思い出したのはアカデミートップのサスケのほうが早かった。「口寄せだ、バカ!」となぜかカナがはたかれる。しかしそんなことは気にせず、紫珀と契約した時をぱっと思い返せたカナは閃いたような顔をして、「そう、口寄せ!......ってことは」とナルトとサクラを見た。

「ナルト、サクラ!」
「とっととその巻物はなせ!」
「え、お、おう!」

曖昧な返事をしたナルトとサクラはすぐさまサスケの言う通りにした。額があるほうにころんと転がっていく二つの巻物。

すると、いきなりぼわんと煙が吹き出していた。四人は思わず身構える。四人の瞳に映る煙の向こう側。徐々に消えていく煙は次第に"影"を映し出す。
現れたのは、全員がよく知っている人物だった。

「よう。久しぶりだな」

四人のアカデミー時代の教師、イルカがそれから告げたのは、第七班の二次試験合格だった。






中忍の心得をしっかりと説いた後、イルカは第七班を広間へと連れてきていた。「頑張れよ」と最後に言い、イルカはその先へと進んでいく。
広間の中心には合格した下忍達が、その奥には担当上忍や関係者たちが。ナルトやサクラが他の同期メンバーとの再会を楽しむ中、カナはその奥へと目をやった。カナが見つけたのは、父でも祖父でもある三代目だった。

「おじいちゃん」

そう呟いたカナの行動は早く、そっと下忍の集まりを抜け出して一直線に三代目へと駆けた。三代目もカナに気づき、いつもと変わらぬ笑顔を向ける。何日かぶりの再会だ。

「少々久しぶりかの、カナ。無事で何よりじゃ」
「うん。思ったよりもずっと大変だったよ。ちょっと疲れちゃった」
「......そうか」
「巻物も最後の最後まで集められなくて、でも最後の戦いではナルトが......」

三代目はカナの話に相づちを打ちつつ、くしゃりとカナの頭を撫でていた。カナは余程会えたことが嬉しいのか、夢中になって試験のことを話している。
だから気づかなかったのかもしれない。三代目の視線の先に、何があるのかを。

呪印。

ハイネックから僅かに見えるそれを、三代目は目敏く見つけていた。部下であるアンコが言っていたのだ───大蛇丸の狙いとなったのは、エリート一族の末裔、うちはサスケだけではないかもしれないと。

「(外れてほしかった......)」

三代目は思った。その報告を聞いた時、真っ先に思いついたのが、無邪気に笑うカナだったから。

「......おじいちゃん?どうかしたの?」
「......いいや。それより、そろそろ集合の時間じゃ」
「あ......うん」
「まだ試験は終わっていない。頑張るんじゃぞ。ただし、無理は禁物じゃ」

いつもと変わらぬ笑みを貼付けて、三代目はカナの背を押す。カナは曖昧な返事をした後、振り返りながらも下忍達の集まりに戻った。
三代目はその小さな背中をじっと見つめていた。その瞳には謝罪の色が浮かんでいた。あの時、可愛かった教え子を止めていれば、こんなことにはならなかったのに、と。三代目は静かに、強く拳を握っていた。



三代目は合格した下忍達に、労りの言葉とこの試験の目的について話を進めた。
合格したチームは僅か七つ。音、砂の班が一つずつ、そして木ノ葉が五つ。ほぼ全員が疲労困憊気味だが、三代目の言葉に耳を傾けていた。

同盟国同士が試験を合同で行う理由。同盟国同士の友好、忍のレベルを高めあう、その真の意味。同盟国間の戦いの縮図。そして国の戦力を見せつける場。"国同士の友好"という言葉には、そのままの意味はなく、お互いのバランスを保つ、という裏の意味があること。

重々しい内容は数分かけて話された。下忍達の多くは巨大な国というバックに不満を持ったようでもあった。いつもは穏やかな面持ちの三代目も、この時ばかりは厳格なものであった。

「なんだっていい。それより、早くその命がけの試験というヤツの内容を聞かせろ」

興味無さげに言ったのは我愛羅であった。三代目は特に咎めることも無く、「うむ」と返す。しかし、「ではこれより、第三の試験の説明をしたいところなんじゃが」と言ったきり、三代目は言いにくそうに言葉を濁した。
するとその時、突然三代目の前に跪いた者がいた。

「恐れながら火影様。ここからは審判の仰せつかった、この月光ハヤテから」
「任せよう」

現れた人物は、実に不健康そうな若者である。立ち上がり、下忍達に振り返ったハヤテは、「皆さん初めまして」という言葉と共にいきなり咳き込んだ。「(寝てたほうがいいんじゃないのかな......)」とじっと見ていたカナは思ったが、もちろん口には出さない。
これでもかというほど不健康なところを見せつけたハヤテは、ようやく言葉を続けた。

「皆さんには、第三の試験前に、やってもらいことがあるんです」

そうしてまた何回か咳き込んだあと、色素の薄い唇がようやく言葉を繋ぐ。

「えー。それは本戦の出場をかけた、第三の試験。予選です」


 
← |小説トップ |


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -