第五十二話 巻物争奪


その人影を見つけたのは、二人が手を取りあってから数分もしない頃だった。

「誰かいる......?」
「! あいつら、あんな接近されやがって!」

サスケの手が竹筒を放り投げる。水がばしゃりと地面に落ちる頃には、早とちり二人はその場にいなかった。





「───ったく、救い難いな」
「危ないところだったね」

項垂れるナルトとサクラを前に言うサスケ、そしてもう一人、薬師カブト。
「ごめんなさい......」とサクラは素直に口にし、ナルトも珍しく申し訳なさそうな顔だ。その光景にくすくすと笑いつつ、カナは「びっくりしたよ。何もなくてよかった」と言った。

事の発端はナルトがサクラに「巻物を開いてみよう」と言ったことからだったらしい。つまり、二人はルールを破ろうとしていたのである。

「ルールを無視した者は、必ずリタイアせざるを得ない状況に追い込まれる。前回の試験では、途中巻物を見た者には、催眠の術式が目に入り込むように仕組まれていた。試験終了の時間までこの森で横たわるという寸法さ」

チーム内の誰かが戦闘不能に陥れば、塔に辿り着けても不合格となる。カブトの登場がなければ、第七班は失格となっていたということだ。ナルトとサクラは顔を見合わせてホッと息をついた。
しかし感謝は置いておいて、カブトを胡散臭そうに見上げる者一名。何事も慎重に慎重を重ねるサスケだ。

「ところで......確かカブトとか言ったな。こんなとこ一人で何ウロウロしてたんだ?」

サスケの視線に気付いたカブトは、サスケの視線の意味を読み取り、微かに笑う。

「別にキミたちの巻物を奪おうとしていたわけじゃないさ」
「......だろうな。アンタも狙いは天の書ってわけか」

しかしサスケの予測は外れ、「いや」と言ったカブトが懐から取り出したのは紛れも無く、この試験の合格基準の書だったからだ。サスケは目を見開き、その他三名は感嘆の声を漏らした。「僕はもう揃ってるよ」とカブトはにこりと笑う。

「色々あってね。はぐれた仲間を塔の近くで待とうと急いでいた途中だったんだ」
「そうだったんですか......でも、その、一人で大丈夫なんですか?」
「ん?まあ、多分ね。心配は無用さ。じゃあ、僕は行くよ」

カナの声にさわやかな笑顔で返したあと、カブトは姿を翻し颯爽と歩いていく。じゃーなーとナルトは声をかけ、サクラはありがとう!と声をあげた。カブトの背中が徐々に遠ざかっていく。

「......じゃ、私たちもそろそろ動く?」
「そうね。気は乗らないけど、このままじゃ不合格だし」
「だーいじょうぶだってばよサクラちゃん!敵見つけたらオレがちょちょいとやっつけてやるからさ!」
「楽観的すぎよ、バカ」
「あはは......サスケ?」

いつもと大差ない雑談に興じていたカナは、不意にサスケに気付く。その視線の先は、未だ去ろうとしているカブトの背中。睨むような視線だ。どうしたの、とカナが問いかける暇はなかった。サスケは足を一歩踏み出していた。

「待て!!」

威勢の良い声が響き、それはカブトの背中に届いた。立ち止まったカブトは顔だけを振り向く。サスケはチームメイトの驚いた表情も気にしない。

「オレと、勝負しろ」
「......勝負だって?」
「なッこのバカ、急に何言ってんだってばよ!!」

真っ先に喚いたのはナルト。しかし相手にされない。

「本気かい?」
「悪いが、オレたちにはもう時間がないからな......」

サスケの頬に伝う冷や汗。だが、瞳は真剣そのものだ。緊迫した空気の中、サスケはクナイを手に取った。対し、カブトは落ち着きを払ってサスケを見ているだけ。

「(サスケ......)」

そしていつもならサスケを止めるカナも、今はじっと様子を見ていた。サスケのことを昔から知っているがために、焦りようもなかった。

「んー。嘘だね」

カナの気持ちをそのまま表した言葉は、カブトの口から漏れていた。「嘘ォ?」とナルトは首を傾げる。同時に目に見えるほど動揺するサスケ。カブトは笑った。

「サスケくん。キミは自分で言っているほど、心を徹しきれていない。もしキミが本当にこの試験にシビアになりきれるのなら、何故宣言する必要がある?わざわざ宣言せずとも、僕が背中を向けた瞬間に襲えばよかっただろう?」
「......」

カブトの話を聞きながら、カナは僅かに苦笑していた。それは安堵のものであるけれど、そう安堵することが酷く哀しくもあったから、微妙な微笑みだった。

音忍達の襲撃事件。サスケの異様な姿。あの時、サスケは敵の意思に関係無く、敵を打ちのめしていた。怖いほどの笑みを浮かべながら。けれど、今、それはない。昔から知っているサスケの優しさを垣間見ることができ、カナは密かにホッとしているのだった。

「僕はそんなキミが嫌いじゃないよ」

そしてにっこりと笑ったカブトは、思いもよらぬ、しかし七班には嬉しい行動をとることとなった。



それはつまり、共に行動しながら助言を与える、ということだ。

五人は木々を跳び回りながら、一直線に塔へと向かっている。先頭はカブト。カナはその背中に頼もしささえ感じてしまう。
しかし、未だに疑問は残っていた。カブトは四年もこの試験を受け続けきたという。一年に二回あるのだから計八回だ。しかしずっと下忍のままだということは、それだけの数落ちてきたのにも等しい。それだというのに、何故こんなにもカブトを頼もしく思えるのだろう。

「どうかしたの?カナ、その悩んでるような顔」

ふいに隣から声が聴こえ、カナはぱっと反応した。サクラが怪訝そうにしている。「あー......ううん、ちょっと傷が痛んだだけ」とカナが口を濁せば、それはそれでサクラは心配するのだが。
前を跳んでいたサスケもちらりとカナを見たが、すぐにカブトへと視線を泳がせた。

「本当に、まだ敵はいるのか」
「ああ、間違いなくね。ちょっと考えれば分かる。こういうジャングルや広い森の中での戦闘において、最も利口な戦い方を知ってるかい?」

カブトの問いかけに、サクラが「さあ」と返す。ナルトも首を傾げているだけだ。カナは暫く思案したあと、少々遠慮気味に口を開いた。

「待ち伏せですか?」
「その通り。ラスト一日になった時点で、両方の巻物を持った受験者が塔へと集まってくるからね。それを狙うんだ。けど、これは三分の一の正解に過ぎない」

全員が納得したような顔をしたが、カブトはまだ続ける。

「そう考えているのはキミたちだけじゃないってことさ。塔の付近には、同じ穴の狢がもう罠を張ってるだろうからね」
「そっか!オレらを迎え撃とうと待ち伏せしてる敵がいっぱいいるってことだな!」
「そういうこと。けど、まだこれで三分の二の正解」

耳元で風が唸る中、サクラは「残り、三分の一の答って?」とカブトに問う。カブトは笑って「この手の試験で必ず出現するコレクターのことさ」と返した。
例えば、命を見逃してもらうために。例えば、のちの試験を有利に進めるために。余分な巻物を持っておけば、その分 試験を有利に進めることができるために、そういう者が現れてくる。しかし、そう考える者は、少なくとも弱いはずがない。

「コレクターと称される者は、決して慢心しない最悪の敵なんだ」

カブトの話を聞き、 カナはまだ戦闘でもないのに手に汗をかいた。

「......なるほどな。アンタがオレたちの前に現れた理由がわかったぜ」

カナとは対照的に少しも動じなかったサスケは、「アンタも怖いんだろ」と笑ってカブトを見た。カブトはサスケの言葉に憤りもせず、数秒後に軽く「そうだよ」と返すのみ。

「あ、そうだ。カナ......さんでよかったかな?」
「はい?」
「キミにはやってもらいたいことがあるんだけど、いいかな」







冷たい夜風が頬を滑る。塔までは結構な道のりだ。もう既に空は暗くなっている。
星降る夜空は近く、思わず魅入ってしまいそうになり、カナはブンブンと頭を振った。現在カナは人一人程の大きさもあるフクロウに一人で乗っている。

「(まさかこんなに大きな夜目の利く鳥がいるなんて。一日目に知ってれば......)」

あんなことにはならなかったのに、と捕食者の瞳を思い出して、それこそカナは盛大に自分の頬を叩いた。集中力を欠いてはいけない、今自分にはやるべきことはあるのだから、と。

夜になる前、カナはカブトに上空から敵がいないか探ってくれと頼まれていた。
その時、カナは何故カブトがこの能力を知っているのかと疑問に思ったが、制限時間が迫ってきている中ではいつまでもそんなことを気にかけている余裕はなく、ほどなく忘れていた。

他の七班メンバーとカブトは、カナの真下に値する位置で塔へと向かっている。カナはその少し先をしっかりと見据え、自身の能力、風を扱う能力を以て、敵の有無を確認していた。
"風使い"と"鳥使い"、その二つを併せ持つカナだからこそできる仕事であった。

「(このまま塔に着くまでは誰にも遭遇しなければいいけど)」

待ち伏せを喰らうなんていう不利な状況には陥りたくない。
カナは自身の手を見つめた。頭に巡る自分の能力の名前、"風使い"。チャクラを使わずとも風を自由に操作することができるという能力。
今はカナのみしか使えないもの。そして、三代目に人前で使うなと言われているもの。

『なるほど。流石、"風使い"の一族というわけだ』

ドスの言葉がカナの脳裏に甦る。何故そんなことを、他国の忍が知っているのだろう。一体、他国で流されているという噂は、どれだけ広がっているのだろう。噂を流している人物は、何故、そんなことをしているのだろう。

「(......駄目だ、集中しなきゃ)」

暫く顔を暗くさせていたカナはふと我に返り、自分を咎めた。
その時だった。不意にフクロウがホウと一鳴きし、くりんと頭を回してカナを見つめたのだ。

「どうしたの?」

"ホー"

フクロウはカナの呼びかけに答えるように目を瞬かせた後、今度は地上を見下ろしていた。カナは促されるようにそれに倣っていた。
すると、その瞳に映ったのは、一面に広がる暗い緑とやっと見える小道。他は何も無い。
しかし、今のカナにしてみれば、"何も無いこと"が異常だった。

「えっ......サスケ、ナルト、サクラ、カブトさん!?」

塔は徐々に見え始めているというのに、仲間が来ていない。フクロウは自ら停止飛行をした。
思案している間に何かがあったか。しかし敵が襲撃してきた程度なら、少なくともサスケが呼びかけてくるはずだ。さすがにそれに気付かないほどではなかったはず。

カナは一度じっと考え、それから片手印を組んでみた。

「解!」

だが、何も起こらない。少なくともカナが幻術にかかっているわけではないことがわかった。

「みんなのほうが幻術にかかったのかも......フクロウくん、ここまで来てもらったけど、戻ってもらってもいい?」

カナがフクロウの柔らかい羽毛を撫でながら言う。すると一秒もしないうちにフクロウは方向転換し、遠くまで聴こえるような一鳴きをした。早くなったスピードに振り落とされないようにしながら、カナはしっかりと前を見据えた。






それから数分飛んだ頃である。

「あれは......私?」

カナの瞳に映ったのは、"カナ"他ならなかった。どうしたことか、頭の天辺から足の先まで正真正銘の"カナ"が、カナが乗っているフクロウと同じ"フクロウ"に乗っているのである。

本物はひくりと頬を引き攣らせ、なにあれ、と素直な感想を漏らした。どちらのフクロウも飛んだままだから、距離は徐々に近づいてきている。

すると、突然"カナ"がぎらりと目を光らせた。一瞬にしてカナの目の前に飛んできたのはクナイで、「わっ!?」とカナは瞬間的に避ける。

「オマエ、ジャマ......」
「......敵なのはわかったけど、私の声でそういうこと言わないでほしい」

溜め息をついた後、カナもクナイを持ち、フクロウの背を借りて飛び上がった。"カナ"も応戦して手裏剣を投げてくるが、柔らかい体を使って完璧に避ける。そして空中でクナイを放つと、"カナ"は避けたが"フクロウ"に当たり、ボンっと煙となって消えた。これでお互い足場がない。これをチャンスとばかりにカナはすぐさま印を組む。

「風遁 風波」

そうして生み出された風は、"カナ"も避けることもできずに腹にぶちあたり、数メートル吹き飛ばされたかと思うと煙に巻かれて消えた。その時、ちょうど真下にいた七班のうち誰かが「カナ!?」と叫ぶ声がカナの耳に入る。

「(しまった、受け身とれる状態じゃない......!)」

そこまで考えてなかったためにカナは冷や汗をかき、ぎゅっと瞼を閉じた。

しかし、何秒経っても衝撃は襲って来ず。カナが目を開けた時、見えたのは灰色の髪だった。

「大丈夫かい?」
「あ、りがとうございます......」
「どういたしまして」

にっこり。そんな効果音がつきそうな程の笑顔を見せたカブトは、ゆっくりとカナを地面に下ろした。その数秒をサスケが睨んでいたことなんてカナは気付かない。
それよりも、カナは上空のフクロウに手を振りながら、ナルトとサクラに詰め寄られていた。

「カナちゃん!何で返事くれなかったんだってばよ!」
「え?返事?」
「何回も呼んだのよ?でも、カナってば前に進むばっかりで」

不満そうに声を漏らすナルトとサクラは随分体力が削られている様子だ。カナはすぐさまこれが敵の狙いだということに気づき、戦闘用の表情に切り替わり、辺りを見渡す。無言だったサスケがそれに反応した。

「どうした?」
「多分、もう敵が近くにいると思う」
「え!?」
「みんなが見てた"私"は、敵の影分身だったんだよ。たった今上で消してきたけど」

目を瞬かせるナルトとサクラとは対照的に、サスケとカブトはそれだけで理解したようだった。カブトはそれでもナルトがどういうことだと言うので、ふっと目についた"事実"を二人にも気付かせる。それは数時間前、ナルトがクナイで射た巨大ムカデ。こんなところにあるはずがないのに。

「ど、どういうことなの!?」
「僕らはカナさんが行く方向を"塔の方向だ"と信じて疑わなかった。けどそれを逆手に取られて、幻術をかけてカナさんの影分身を作ることで、僕らは同じところをぐるぐると歩かされてたってわけだよ」
「そうして疲労を誘うって魂胆だろうな。それならもう敵の思惑通りだろうが」
「じゃあ、そろそろ来るかな......?」

カブトが眼鏡を上げ、後ろを振り向いたちょうどその時。地面から、草陰から、木の幹から、ありとあらゆるものから"人と思われるもの"が這い上がってきた。
強ばった顔をするカナとサクラ。が、いつも通り好戦的な性格の持ち主のナルトとサスケは、異様な光景にも動じず、鼻で笑って迎え撃つ構えをとった。

「フン、お出ましだ」
「ちょうどいいハンデだってばよ!」

現れた雨隠れの男たちは全員がまったく同じ姿。それもかなりの数であり、考えられるのは分身か、はたまた幻術か。

"フクロノ、ネズミ......"

男たちのうちの一人がぼやいた時だった。ナルトが躊躇無く走り出し、その拳を敵の腹にヒットさせたのだ。
いや。それはさせようとした、止まりだった。

「うわっ!?」
「え!?」

確かに敵の体に拳は触れた。しかしまるで手応えのないそれは、ナルトの勢いを殺さずすり抜けていた。
予想外の事態にナルトは地面に転がり、全員が目を見開く。その中で唯一冷静に観察していたサスケ。すぐさま特有の能力を発動させていた。

写輪眼!

サスケの瞳は瞬時に紅へと染まる。チャクラを見分けることのできる瞳はしっかと敵全体を見つめた。その時、ちょうど尻餅をついているナルトに、クナイを向けている男がいた。チームワークの心得があるサスケが手裏剣を放つのは至極当然のことだった。
手裏剣が敵の腕を裂く。
すると、今度は敵の目がサスケに向いた。

「サスケェ!!」

ナルトが叫んだ。放たれたクナイは、サスケへと。無論サスケはそれを冷静な瞳で追うばかり。しかし、唐突に異常事態が発生した。


ズキン__!


「ぐっ......!」

痛んだのは首元。そこを抑えたサスケの体勢が揺らいだ。目の前にはもうクナイが迫っている。


「サスケ!!」


すぐさま反応したのは事情を知っているカナだった。間一髪でサスケを自分の体ごと押し、地面に転がった。

「カナっ、サスケくん!!」

サクラの声がかかり、カナは体を起こす。呆然としたままのサスケの顔を覗き込んだ。「サスケ、大丈夫?」と声をかけるが、返事はない。カナはすぐに辺りを見渡した。
するとカナの目に入ったのは、銀。地面に何本か落ちている自身の髪にカナは息を呑む。

「(髪が切れた?)」

咄嗟に避けたが、そういえば男たちは実体がなかったはず。
どういうことだ。ナルトの攻撃が効かなかったというのに、クナイは本物だなんて。

「このクナイも本物だよ」
「カブトさん」
「キミの髪が切れたのは僕も見た。どうやらコイツら、中々単純にはいかせてくれないみたいだね」

サスケに向けられて放たれたクナイ。鈍い光も間違いなく本物だ。しかし、見える敵は間違いなく幻術。
カナにはその正反対のものを見極める力はなかった。今その力を持っている者とすれば、呪印を痛めているサスケだけだ。ようやく我に返ったサスケは、肩を上下させながら呟いた。

「コイツらは幻影、敵の幻術だ......!」

その言葉にサクラはカナの側に落ちている銀髪を、続けてカブトの持つクナイを見る。「でも」と言うサクラの反論は尤もだ。しかし、サクラがそれを言い終える前に「いや、サスケくんの言う通りだ」とカブトがフォローする。
恐らく敵は身を隠し、幻術の忍の攻撃の動作に合わせ、別の場所から攻撃しているのだろうと。あたかも幻術が攻撃しているように見せかけて。

サスケの声が出る直前まで、その幻影に攻撃を仕掛けようとしていたナルトは、しかし、そんな事実を知っても良い案は思い浮かばなかった。結局は体当たりするしかない。

「じゃあ裏でクナイ投げてるバカ見つけて、ぶっ飛ばしてやるってばよ!!」
「待つんだナルトくん!」

しかし、すぐさまカブトの牽制が入った。

「これじゃあ本物のクナイの出所が誤摩化されて、敵の正確な位置は掴めないよ。分かるかい、それがコイツらの狙いさ。本物はきっと体術や接近戦に弱く、だから僕たちが完全に動けなくなるまで出て来ないつもりだと思う。......いいかいみんな、ともかく今は、敵の攻撃をかわすしかない!」

その途端 飛んでくるクナイ、手裏剣。
第七班はすぐさま散り散りとなり "全て"を避けた。どれが幻術でどれが本物か解らない以上、五感の全てをフルパワーで動かすしかなかった。しかし、いくらなんでもこれで解決しないことは、最初から分かりきっていることだ。

カナはふと、そうだ、と思いついた。顔前に迫っていたクナイを避けてから、微弱なチャクラを練る。誰にも気付かれない程の柔い風が辺りに漂う。能力で本物の敵の位置が特定できやしないかと思ったのだ。しかし、

「(......! わからない。なんで?近くにいないの?)」

思案しながらも、カナは優れた反射神経で攻撃を避けていく。結界でも張っているのか、それともまたそういう幻術なのか。カナは判断することができなかったが、しかしこれでは最悪の状況は変わらない。

「きゃっ!」

ふいに甲高い声が聴こえ見れば、尻餅をついているサクラ。カナは慌てて駆け寄った。サクラの後ろに迫っていた手裏剣を一応跳ね返す身振りをするが、幻影のものだったようだ。

「大丈夫?サクラ、立てる?」
「うん、ごめん......でも、これじゃキリがないわよ!」

肩で息をするサクラは相当 疲労しているようだ。元々体力は削られていたのだ、仕方ない。
その時、「ちっくしょー、こうなったら!」と、いきなり言い出したのはナルト。そのナルトは既に十字印を作っていて、それを見て焦ったのはカブトだ。

「やめろ、ナルトくん!チャクラの無駄遣いはよせ!こいつらに攻撃しても意味はない!」
「けどよ、カブトさん!これじゃあいつまでたっても!」

カブトの言うことも、ナルトの言うことも一理あった。この状況を打破するにはナルトのように立ち向かっていくしかないが、もしそれができなければ、ただチャクラを無駄に消費しただけとなる。どちらの可能性も考えられるからこそ、この二択は難しいものだった。

サスケはちらりと二人のやり取りを見たが、すぐに目を背ける。サクラはただ迫ってくる攻撃を避けることに必死だ。カナも同じく避けながら、思った。
このままでいいのか。カブトの考えに沿っていけば、どちらにしろ......

「......やろう、ナルト」

不意に口を開いて力強く言ったカナ。すぐさま反応したのはサクラで、「カナ!?」と驚きの声をあげる。カナは頬に冷や汗を流しつつも敵の攻撃を避け、笑って言う。

「カブトさんの言うことも分かってる。でも、こうしていたって何も変わらないし、本当に動けなくなる前にやるだけやったほうがいいと思う。......それに、それが"ナルト流"、でしょ?」
「......オウ!!さっすがよくわかってるってばよ、カナちゃん!」

カナににっこりとした笑顔を向けられたナルトは、ニッと笑い返して印を組んだ。

「さぁて、行くぜェ!」

威勢のいい言葉と共にそこら中にナルトが現れる。そして、その元気ある勢いのまま、多重影分身を用いて敵に体当たりし始めた。敵は倒す度に湧くが、ナルトは全く動じない。

「ったく、ウスラトンカチに火ィつけてどうすんだ」

しゅたっとカナの隣に着地したサスケは、呆れたようにそのナルトの所業を見た。今度は本物だったらしいクナイを弾いてから、「これがいつも通りでしょ」とカナは笑う。サスケは呆れた目をカナにも向け、だが、ふっと笑った。



しかし、空が白んできた頃には、余裕はもうなかった。

殴られたカブト、バランスを崩すサクラ、木に凭れ掛かるカナ、ふらつき腰を落とすサスケ、そして最後の影分身も消されたナルト。本体のナルトが「まだまだだ......」と強がって言うが、息が荒いことは否めない。既に全員が限界に近かった。

そして、その時、「奴らの精神は狩り終えた」というくぐもった声と同時に、幻影の忍たちは一挙に消え去る。残ったのはたったの三人。だがその中の一人に関してのみ、第七班は見覚えがあった。

「オマエ、オレの左肩をやってくれたヤツだよなァ」

最初に襲撃してきて、サスケが追い返した相手。通常なら十分相手にできる敵だ。しかし、この状況は絶望的とも言えた。全員が体力を消耗しているのだ。ナルトが必死に抵抗しようとしてるが、体は思うように動かない。
男はクナイを構えた。


「......フン」


その状況で唐突に鼻で笑ったのは、ナルトだった。

「袋のネズミだな」
「うまくいったわね、ナルト」
「お疲れさま!」

次に続々と聴こえてきたのは七班のメンバーの声。

雨忍は目を疑った。確かに聴こえてきたのは七班の声だったというのに、目の前のへばっている七班が口を開いた様子は誰独りなかった。
雨忍は悪寒を感じて振り返った。見えたのは、ナルト以外の四人の姿。

「バ、バカな......いつの間に!!」
「へっ。やーっと尻尾を出しやがったな、このヤロー!」

雨忍の前方のナルトが印を組む。すると、煙が現れ、晴れたところには、サスケ、カナ、サクラの姿はなく、ナルト一人だけがいるのみ。「影分身はただのネタ仕込みだってばよ!」とナルトはよれよれと立ち上がり、口元を上げた。

「オレ一人で、チーム全員を演じるためのな!」

ナルトの作戦は見事成功した。姿が見える幻術使いなど、既に大した相手ではない。


 
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